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第三話「そ、それは大丈夫なのかい? その、言いにくいが……心の方が」


 有無を言わさぬ状況下で悪役令嬢役を引き受けてしまった私だが、やはりというか、なかなか上手くはいかないものである。

 主な原因は私の残念な演技力だ。

 シロガネ大根役者などとアズに称された私の演技力は拙いなんてレベルではない。

 そもそも気分も乗らないものなのだ、無理と言えば無理がある。


 しかし、だがしかし。

 一度引き受けた以上は、せめて形だけでも何とかしなければ。

 そう思って私はそれなりに頑張ってみた。

 演技が駄目なら言葉だけでもと、モルガ王妃から頂いた脚本を駆使し、台詞だけはそれっぽくしてみた。

 まぁ棒読みだけど。

 だが意外とそれが逆に「不気味」だと悪評的な意味で好評だった。

 事あるごとに脚本を読んでは話す私の姿が不気味だと、学生達が噂にしているのを耳にしたとアズが教えてくれたのだ。

 興味本位で詳細を聞いたところ「あいつに近づいたらやばい」くらいの認識を持たれているようになったらしい。

 ちくしょう、嬉しくない。


 さて、そんな大活躍してくれている脚本なのだが。

 一応最後までザッと目を通してみたんだけど、そこには「悪役令嬢ストーリーには王子、ないしは貴族の子息が不可欠だ」と書かれていた。

 何でピンポイントにそこを狙ったのだと思わなくもないが、必要不可欠なら仕方がない。

 貴族の子息なら選択肢の幅が広すぎて難しいが、王子ならば思いつく人物がいる。

 というより、今、私の目の前にいる。

 このトルマリン王国の第二王子だ。

 サラサラとした金髪と、銀色の目が特徴の端正な顔立ちの青年――ダイヤ王子である。


「――――君は人と話す時くらい本から顔を上げないのかい?」


 隠すこともせずに脚本(ひつじゅひん)を開いて話をしていると、ダイヤ王子にそう言われた。

 そりゃそうだ。人と話をする時は相手の顔を見て――というのがこの国では普通なので、今の私は単純に失礼な人である。

 だがこの脚本を活用しなければ私は悪役令嬢役を全うできない。 

 そもそもこれ、あなたのお母様が書いたものですし、事の発端はあなたのお父様ですよ。

 ……なんて事が言えるはずもなく。

 私はこういった時の対処法を探して脚本のページをめくった。


「あら、殿下だって、明後日の方角を向いたまま他人とお話をされるじゃありませんか。私にだけ仰られても困りますわ」


 棒読みは許して欲しいが、この長文をスラスラと話せるまでにはなった。

 そして初日と比べるとページをめくるスピードも上がっている。やはりどこに何が書かれているのか分かるようになると効率が良いね。

 慣れと言えば慣れだが、嬉しくない慣れである。

 まぁ、それはそれとして。

 私がそんな風に言い返すものだから、ダイヤ王子のご機嫌を損ねてしまったらしくムッと片方の眉を上げた。


「それは失礼したね。――――それで、何を読んでいるのかな?」

「え? ええと、あくや――――」

「魔法書ですわ、殿下」


 思わず悪役令嬢役の脚本です、なんて答えかけてしまった私を、アズがニコリと笑ってフォローしてくれた。

 ちらりとアズの方を見ると「ダメですよ、お嬢様!」と視線で訴えかけてくる。

 ……危なかった。聞かれたから普通にタイトルを口にするところだった。

 そんな明らかににギクシャクした部分があったが、ダイヤ王子は気にしなかったようで「魔法書」と別のポイントに注目して聞き返して来た。


「ええ、お嬢様の愛読書でございます。お嬢様はトルマリン王国だけではなく、古今東西あらゆる魔法書を一人部屋に閉じこもって読むのがお嬢様の趣味なのです」


 ……なぜだろう、皆の顔が引き気味になっている気がするのだが。

 アズの言う通り、確かに私は暇つぶしに魔法書は読むが、一人で部屋に閉じこもって愛読書にするほど執着はしていない。あくまで暇潰しだ。

 それに魔法書は読むけど、魔法はそれほど得意ではないから、そんなに必要なものでもないし。

 そう補足したい気持ちを押しとどめていると、ダイヤ王子が言いにくそうに、


「そ、それは大丈夫なのかい? その、言いにくいが……心の方が」


 などと心配してくださった。

 そんな目で私を見ないで頂きたい。

 そして言いにくいのならば、しかと胸の内に秘めておいて頂きたい。


「むしろ魔法書の存在がお嬢様の心を癒しているのです。ですので、どうか、どうか……魔法書の事はお許し下さいませ、殿下」


 アズが追い打ちをかけて来る……。

 そして演技がとても上手い。感情を込めて声を震わせ、目を潤ませるアズにダイヤ王子は心を打たれたような顔になる。

 

「――――分かった」

「ありがとうございます、殿下」


 ダイヤ王子がそう言うと、アズは深々と頭を下げた。

 恐らくダイヤ王子側からは見えないだろうが、私の方からはアズがにやりと笑ったのがバッチリ見えた。

 グッジョブだ、アズ。


「……侍女に頭を下げさせて、君は何とも思わないのだな」


 ダイヤ王子には最後にチクリと言われたが、それで終わり。王子一行はその場をそのまま去って行った。

 ……よし、アズのおかげで、何とかやり過ごせたみたいだ。

 ダイヤ王子たちの姿が見えなくなると、アズは顔を上げた。そして私を見て小さくガッツポーズをする。


「これで脚本携帯オッケーですよ、お嬢様! 褒めて褒めて!」

「アズえらい。今度ダンジョンで見つけたレアなお菓子あげる」

「嬉しくない! 嬉しくないけどお嬢様に褒められて嬉しいです!」


 いっそ悪役令嬢役もアズがやった方が良かったんじゃないかな。

 うふふ、と跳ねて笑うアズを褒めながら私はそんな事を思った。

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