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第三十八話「……君は療養中とかこつけて、まさか……」


 数日ぶりの王立学院。

 ざわざわと賑やかな廊下を歩いて、私とアズはエピドート教授の研究室へと向かっていた。

 歩いていると学院の生徒たちがチラチラとこちらを見ているのが分かる。

 視線というのは意外とはっきりと感じるものだ。

 ただ不思議な事に、以前のような「近づきたくない」系の意味合いを持った視線ではないように思う。

 どちらかと言うと「見直した」的な……。

 まぁ気のせいだろうけれど、何とも落ち着かない。

 そうして歩いていると、


「ベリル! アズ!」


 と名前を呼ばれた。声の方を振り返ると、手を振って近づいて来るアンドラがいる。

 彼女の後ろにはアルマさんがいた。おや、今日はダイヤ王子と一緒じゃないんだ。

 気になる点は幾つもあるけれど、なるべく表情に出さないように気を付けようっと。


「良かった。手紙には書いてあったが、回復したようで何よりだ。もう出歩いて良いのか?」

「うん、もう大分良いよ。心配かけて申し訳ない。それと……ご迷惑をおかけしました」


 私が謝ると、アンドラはきょとんとした顔になった。


「迷惑なんぞ掛けられた覚えがないが?」

「ウォータースピリットの毒の事。……ごめん、ちょっと意地を張っていた」


 そう言うとアンドラは「何だ、その事か」と腕を組む。

 それからニッと笑って、


「俺も飛び出した責任はある。そこはお相子さ」


 と言ってくれた。

 ……何だかすごく、ありがたい言葉を貰った。

 申し訳なさと、アンドラの気遣いをありがたく思っていると、その後ろからアルマさんが顔を覗かせる。

 アルマさんの顔色は良かった。彼女も毒の方はもう何ともないのだろう。


「あの、ベリル様」


 何だろうかと思っていると、そう話しかけられた。

 鈴の鳴るような可愛いらしい声だ。

 ……そう言えば私、アルマさんの声をこうしてまともに聞くのも、話をするのも初めてだな。


「はい、何でしょう?」

「ベリル様が私のために解毒薬の材料を採りに行って下さったと聞きました。そのせいで毒を受けて倒れられたとも。本当に申し訳ありません。そして、ありがとうございます」


 アルマさんはそう言うと私に向かって深々と頭を下げた。


「いえ。頭を上げてください、アルマさん。毒の事は私の不注意でしたし、それに素材を探しに行ったのも陛下やエピドート教授からのご依頼です。ですから、アルマさんが気に病む必要などありませんよ」

「ですが……」

「それにほら、もうピンピンしておりますし。アンドラや、ガーネットさん、それにダイヤ王子のおかげで毒も消えました。私もお相子です」


 顔を上げたアルマさんに軽くウィンクをすると、彼女は目をぱちぱちと瞬いた後、ふわりと表情を緩めて「はい」と微笑んだ。

 あ、これは可愛いな。ダイヤ王子が惚れるのも分かる気がする。

 つられて笑っていると、アンドラが何やら微笑ましいものを見るような眼差しになっていた。

 何だ、その眼差しは。落ち着かない、落ち着かないよ!


「そう言えば君たちは朝からいたのか?」

「いや、今からだよ。実はまだ療養中という事になっているから、授業に出るのはもう少し先になるんだ」

「それにしてはピンピンしているように見えるが」


 まぁ自分でもそう言ったけど。

 療養中と言うのはあくまで建前だ。サファイア王子から受けた仕事のために、療養期間を少し引き延ばしているのである。

 ……休んでいる間の授業、どこまで進むかな。それだけは頭が痛い。


「それでしたら、ベリル様はどうしてこちらに?」

「ええ、少しエピドート教授に用事がありまして」

「エピドート教授に?」


 アルマさんが首を傾げた。

 詳細は話せないので、とりあえず頷いておく。


「ええ。この間、消費した分のアイテムを少し補充させて頂こうかと」

「……君は療養中とかこつけて、まさか……」

 

 アンドラがジト目になって私を見る。

 ある意味で正しいけれど、今回は決して私利私欲のことではない。断じてない。

 アズが大きく頷いているけれど、今回に限っては違うと言える。……だけどまぁ、ね? サファイア王子に頼まれたから、仕方ないよね?

 それに「そういう事」にしておいた方が色々と都合が良いので、今回は不本意ながら頷いておこう。ふっふっふ……。


「いやぁ、はっはっは」

「やはりか! うらやましい! 出来れば俺も一緒に!」

「学院があるでしょう」

「なぜ学院があるのだ!」


 そう言われても。

 アンドラがとても悔しそうな顔でこちらを見て来るので、まぁ落ち着いたら冒険に誘っても良いかもしれない。

 今の彼ならばジャスパーやアイドとも上手くやれそうな気がする。


「アンドラ様。ベリル様にあまりご無理を言っては……」

「そ、そうだな。そうだった……すまない、ベリル。ついカッとなって……」

「いや、いいよ。たぶん私でも逆の立場ならそう言うからさ。ありがとうございます、アルマさん」

「いえ!」


 アルマさんは顔をぶんぶんと振ってそう言った。

 うーん、一つ一つの動作が可愛い人だな。何だろう、小動物的な……。

 まぁそれは置いておいて。


「そう言えば、今日はダイヤ王子はいらっしゃらないんですね」

「ああ、王子は謹慎中だ。その、この間の事でこってりと叱られていてな……」

「ああ……」


 なるほど、納得した。

 この間の事というのは神樹の森の件だろう。やはり何のお咎めもなく、とはいかなかったようだ。

 仕方がない事だけど少し同情もする。アルマさんを助けてたくて必死だった事は理解出来たから。


「まぁあと数日もすればまた学院に通えるさ」

「そうか、それは何より。……それじゃあ、そろそろ私たちはエピドート教授の研究室へ行くよ」

「…………」


 アンドラたちも次の授業があるだろうし、話を切り上げようとしたらアンドラからとても物言いたげな眼差しを向けられた。

 何だ、その視線は。いや何となく分かるけれども。


「お嬢様……」

「……分かった、分かったよ。一緒に来る?」

「良いのか!」

「アルマさんの許可が下りたらね」

「分かった! アルマ!」


 アンドラは顔を輝かせ、バッとアルマさんを振り返った。

 アルマさんはくすりと微笑んで、


「ええ、構いませんよ」


 と頷いた。するとアンドラはガッツポーズを取って分かりやすく喜んだ。

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