第三十六話「いや、何か……思い当る事がぽつぽつと……」
冒険者の酒場を訪れてから数日後。
未だ家で療養中――という事になっている――私は、アンドラたちにお礼とお詫びの手紙を送ったのと入れ違いで届いたラリマーさんからの手紙を読んでいた。
グラススパイダーの件も含めて、ラリマーさんが冒険者の酒場経由でコーラル王国に探りを入れてくれたところ留学生の『アルマ』という貴族は存在しないという報告が返ってきたそうだ。
もちろん隠し子という意味では存在する可能性はあるかもしれないが『コーラル王国からの留学生』という肩書きを背負っている以上はそれはないだろう。
ならば学院にいるアルマさんは誰なのか。
いよいよおかしな方向になってきた状況を、私はジャスパーとアイド、アズの四人で情報を整理する事にした。
そうそう、ジャスパーとアイドだけど、彼らはまだこちらに滞在している。
理由は転移魔法陣でこちらへ連れて来てくれたサファイア王子が忙しく、都合がつかないからだそうだ。
二人も最初は「それなら徒歩か乗合馬車で帰ろうか」と話をしていたんだけど、ラリマーさんの話を聞いて私たちを心配してくれたようで、サファイア王子の都合がつくまではこちらで一緒にいてくれる事となった。正直、こうして四人で話が出来るのが楽しいので、私は嬉しく思っている。
滞在場所に関しては、父上が「娘の命の恩人を放り出すような真似が出来るか」という事で、屋敷の客室を使って貰っている。
二人とも「慣れん……」って言っていたけれど、二日ほど経てば普通にくつろいでいた。その適応力はさすが冒険者である。
ちなみに服だけはどうしてもサイズが合わなくて買いに行ったんだ。
ジャスパーは何とか兄上の服が着られるけど、アイドはどうにもならなくて。
ラリマーさんから紹介して貰った店で、二人が気に入ったものを数着、お礼も兼ねて私持ちで購入している。もちろんお礼なのだからアズにも選んでもらった。
アズは遠慮していたけれど、押して押して押しまくったら、根負けして選んでくれた。
こう、ね。四人で服を買うなんて初めての事だから楽しくて。トルマリン王国の町を歩く事も今まではほとんどなかったから、故郷なのに新鮮だったなぁ。
というわけで、ジャスパーとアイドの装いは新しくなっている。
ジャスパーは白色のシャツに黒色のベストとズボン。アイドはこげ茶のシャツにジャケット、同じ色のズボンである。
アズは青色のワンピースにカーディガンなんだけど、今は仕事中だからという事で普通のメイド服である。三人ともセンスがとても良かった。羨ましい。
……とと、脱線するところだった。
そういった事情で、ジャスパーとアイドはまだここにいてくれているんだ。
「さて、それでは始めようか」
アズが淹れてくれたお茶を飲みながらアルマさんについて話を始める。
ラリマーさんの手紙にはコーラル王国には留学生のアルマという貴族はいないと言う。
存在しない貴族がどうやって留学生としてトルマリン王国に来たのだろう。
「コーラル王国ともシーライト王国とも国交はあるから、留学生がやって来ることは珍しい事じゃない。でも留学生としてやって来るならば、それなりの手続きが必要になる。……どうやってそこを掻い潜ったか、だよね」
「ふーむ。そもそも手続き自体は誰が担当しておるんじゃ?」
「王城の文官と学院の教師だね。二人分の確認印に、あとは陛下の承認印がいるんだけど……」
「えぇ……ザルじゃん……」
ジャスパーが呆れたようにそう言った。
……うん、こう、出てきた情報から考えると結構ザルだよね。
「学院の教師はエピドート教授の可能性が高いですね」
「下手をすると王城の文官もグルの可能性があるのう」
だんだんと話の規模が大きくなってきて頭が痛い。
何かをしようとしているのは分かるけれど、目的が見えてこないんだ。
中心部分が掴めず空白のせいで、より不気味に感じられた。
「ちなみにアルマさんってどんな人?」
「うーん、こう……ふわふわした人かなぁ。直接話をした事がないから良くは知らないんだけどね。……ああ、そう言えばスライムの核に興味がありそうな顔をしてたよ」
「スライムの核に興味? 珍しいなぁ」
「うん。ただ、嫌がらせを受けていたらしい時にダイヤ王子やアンドラたちが私に本気で怒ってきたから――良い子なんだと思うよ。嫌がらせをしたのは私じゃないってはっきり言ってくれていたしね」
「へー?」
スライムの核の話を出した時の目の輝きが私の見間違いでなければ、ぜひ一度話をしてみたいと思った相手である。
あわよくば学院で初めての友達に、なんて期待もしていた。
悪役令嬢役の仕事なんかなければなぁ……。
……いや、嫌な予感が当たってしまえば、友達になるどころの話でもないんだけど。
「なーベリル、これ誰かに相談した方が良いんじゃね? 俺らが聞いてても何かヤバそーよ」
ジャスパーが心配そうにそう言った。
そうなんだよなぁ……。さすがに規模が大きくなってきて、私だけではどうにもならない状況になりつつある。
そもそも私に宛がわれたのは悪役令嬢役というアレで、王立学院に不穏な動きがあるから孤立した人物を囮にそいつらをおびき出そうっていう……。
……あれ?
いや、待て待て。そもそも私、悪役令嬢役なんて仕事を受ける前も、そんなに皆と仲良くしていないな?
そもそも学院に入学するより前からシーライト王国には行っているし……。
そう言えばエピドート教授と知り合ったのって、その噂をどこからか聞いて、だっけ?
それで冒険に行った先で手に入れたアイテムを分けてもらえれば、回復薬を融通しますよとか言われて……。
…………あれ?
「ベリルさんや、唐突に頭を抱えてどうしたの」
「いや、何か……思い当る事がぽつぽつと……」
もしエピドート教授がアルマさんと協力関係になって、何らかの目的のために動いているのだとしたら。
私がアイテムをせっせと渡していたのって、もしかしなくてもまずい事なのでは?
…………。
自分の顔がサーッと青ざめるのが分かった。
まずい。とにかくまずいぞ、これは。想像通りなら、ズルタ陛下が図らずとも私は不穏な動きの当事者に接触して、アイテムを運んでいたわけで。
無自覚の内に片棒を担いでいたとしたら。
――――関係ないじゃ済まされない。
「誰かに相談しよう!」
「あ、復活したな。顔色悪いが大丈夫かの?」
「あまり大丈夫じゃないね!」
空元気でそう答えると、私は誰に相談しようか考える。
アルマさんの事があるので、彼女と交流のあるアンドラや、ましてダイヤ王子には聞けない。
そうなると父上か、あとは――――。
コンコン。
その時、部屋のドアがノックされた。
「お嬢様、お客様がお見えになっております」
「私に? どなただ?」
「その……サファイア殿下なのですが……」
その言葉に、私たちは顔を見合わせた。




