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第三十三話「月の涙がどんなものか知っておるか?」


 アズが部屋を出て行ってから、少しして父上や母上が飛び込んできた。

 今まで見たことがないくらい必死の顔で部屋に入って来た二人は、こちらを見てほっと表情を和らげ、そして力いっぱい抱きしめられた。

 いつもは落ち着いた父上の目にも、穏やかな母上の目にも涙が滲んでいて。二人とも何度も何度も「良かった」と言ってくれた。

 つられて泣いてしまったのは内緒である。


――そんな少し前の事を思い出している私の目の前には、真っ白な丸テーブルの上にこれまた真っ白な器に入ったアツアツのパンプディングが三つ並んでいる。


 甘い香りがふわりと鼻腔をくすぐって、反応するようにお腹が鳴った。

 このパンプディングはアズが作ってくれたものだ。料理長たちはちょうど休憩時間だったらしい。

 三つとは、私とジャスパーとアイドの分である。

 シーライト王国ならばアズも一緒に座るのだけど、さすがに「屋敷ではちょっと」と遠慮されてしまった。

 ……こういうのが、やっぱり少し寂しいんだよね。

 身分だの立場だの色々あるし、そういう風に振舞う必要性も理解しているつもりだ。

 だけどやっぱり一緒にご飯を食べたいし、立場なんて関係なく気楽に接する間柄でいたい。トルマリン王国にいると、そういう欲求をよく覚える。


 そんな事を思いながら、パンプディングをスプーンで掬って口に入れる。熱さに続いて優しい甘さが広がって、じんと沁み渡った。

 いつ食べてもアズの料理は美味しいなぁ。私の向かいに座るジャスパーとアイドも笑顔で食べていた。

 そう言えば二人はアズの温かい料理って初めて食べたんじゃないだろうか。冒険の時にはアズがよくお弁当を作ってくれるんだけど、アツアツってわけじゃないからね。美味しさの共有が出来てこっそり嬉しい。

 

 ああ、それにしても本当に美味しいなぁ。五日間眠っていたということは、五日も食事を摂っていなかったわけで。紅茶に映る自分の顔を見たら痩せて――というか、少しやつれているように見えた。

 ……これなら少しくらい食べ過ぎた方が良いかもよ?

 何て悪魔のささやきに耳を傾けたくなる。頭の中で囁いたの自分だけど。

 しかし、五日かぁ……そう言えば、あれから五日経っているならアルマさんの解毒薬の方はどうなっただろう。


「そう言えばアルマさんは大丈夫だった?」

「ええ。解毒薬が間に合ったので、ご無事ですよ。学院にも通えるそうです」


 私が聞くとアズが答えてくれた。

 ほうほう、それは良かった。ダイヤ王子の頑張りも報われたというものだ。

 ……何かお咎めはあるかもしれないけど。


「むしろベリルの方が重体だったようじゃがの」

「面目ない……」


 アイドにしっかりツッコミを入れられてしまった。

 ミイラ取りがミイラになるってシーライト王国の格言でもあったっけ。

 ダンジョンや遺跡の深い場所にはアンデッド系のモンスターも多く彷徨っているんだけど、そういう所には手つかずの財宝や貴重な素材も多い。

 そういうのを目当てに向かった結果、自分もアンデッドになってしまうという話である。

 ある意味その格言通りの事をしてしまったんだけど、目も当てられないよねぇ……毒の耐性つけようかなぁ。

 食事に少量の毒を混ぜて摂取していくと毒の耐性がつくという話があるらしいんだけど、我が家は家訓でそれが禁じられている。

 ご先祖様が、食事を心から楽しめないような事はするな、と常々言っていたらしい。

 これには理由があって「~~しなければならない」という義務感だけで生きていたら、いずれ心が死んでしまう。心が死んだら何も出来なくなる。せめて食事が美味しければ、食事の時間が楽しければ、踏みとどまる事が出来るだろうって。

 そういうわけで、我がミスリルハンド公爵家では食事に毒をなんて事はご法度なのである。


「でもさー、起きて直ぐに腹が減ったって感じるなら良かったわ」

「そりゃあもう、アズのご飯は美味しいからね!」

「やった、お嬢様に褒められた!」


 後ろで控えたアズがガッツポーズをしているのが見えた。

 ひいき目抜きで、アズのご飯は美味しいし落ちつくんだよねぇ。

 あっもちろんうちの料理長たちのご飯も美味しいけどね。ちょっと立ち位置が違いまして。

 ……いや私は何に対しての言い訳をしているのか。まぁいいや。


「そうだ、食事と言えば……」


 話をしていたら数日前の――あまり実感はないが――事を思い出した。

 学院の食堂でアルマさんが倒れた時の事だ。


「アイド、グラススパイダーって知ってる?」

「グラススパイダー? ああ、鉱山に住むモンスターじゃろう? それがどうかしたのか?」

「いや、この間、学院の食堂に現れてね。アルマさん――それに噛まれた子の解毒薬に月の涙が必要だったんだけど」


 アイドは怪訝な顔になってスプーンを置いた。


「……グラススパイダーの毒に月の涙が必要? それは少々過分じゃのう」

「え?」

「月の涙がどんなものか知っておるか?」

「強い魔力が籠ったもので、魔法の媒介や回復薬などに使われている……んじゃないの?」


 本で学んだ知識を引っ張り出して答えると、アイドは何度か頷く。


「うむ、確かにそうじゃ。じゃがの、付け加えるならば『最上級クラスのものに』じゃ」


 最上級クラスと言うと、どんな病や怪我もたちまち治してしまう万能薬と言われるエリキシル剤や、寿命を延ばしたという逸話のある回復薬のソーマがそれにあたる。手に入りにくい素材をふんだんに使い、なお且つ作る事が出来る者も限られていると言う、貴族であってもほとんどお目にかかることが出来ない代物だ。

 ほうほう、あれってそんなレベルのものが出来るんだ。


「トルマリン王国ではあまり馴染みがないだろうが、グラススパイダーの毒ならば中級クラスで十分じゃ。確かに良いものを使えば治りは早いじゃろうが、そこまでの危険を冒さずとも素材屋を探せば揃うぞ」

「えっですがエピドート教授が必要だと仰ったんですよ?」

「エピドート教授ってベリルが素材を持ってくと色々とアイテム作ってくれる先生さんだっけ?」

「そうそう。学院の教授なんだけどね、陛下から頼られるくらい腕の良い魔法使いらしいよ」

「そうなると余計にヘンじゃのう。グラススパイダーの事を知っているならなおの事、月の涙を要求する理由が無い」


 ……どういう事だ?

 私とアズは顔を見合わせて、お互いに困惑した表情を浮かべる。

 グラススパイダーの解毒薬に月の涙が必要ないのならば、どうして教授は採りに行かせたんだろう。


「グラススパイダーの毒って、どの程度のものなの?」

「噛まれた箇所が腫れて、毒が身体にある内には高熱にうなされるが……まぁ、数日で落ち着くと思うぞ」

「……何だかエピドート教授のお話と食い違いがありますわね」


 アズが腕を組んで神妙な顔になる。


「月の涙が解毒薬に使われたのは確かなのかな」

「解毒薬はエピドート教授が一人で調合したらしいですから、実際に見た者はいませんが」

「何かさー、厄介な話になってそーじゃんなー」


 ジャスパーが眉間にしわを寄せて言った。

 うん、私もそんな気がヒシヒシとしているよ。

 今まで良くしてくれたエピドート教授だから、正直に言えば、疑う事はあまりしたくないんだけど……。


「月の涙が解毒薬に使われなかったと仮定して。それ以外なら何になるだろう」

「回復薬を除外するなら魔法の媒介が候補として上がるがのう。その辺りはワシも良くは知らんが、ジャスパーはどうじゃ?」

「あー、そうねぇ……」


 ジャスパーはスプーンを置くと、腕を組んで天井を見上げる。

 それから少し考えたあとで、


「大がかりな結界とか、あとは……召喚魔法かねぇ」


 と言った。

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