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第三十一話「あまり顔色が良くありませんわ」


 歩き出してばらく。

 地図で位置を確認すると、そろそろ入り口が見えてくるだろう。

 幸いな事に道中は一、二度敵と遭遇したくらいで大きな被害はない。アンドラやガーネットさん、ダイヤ王子もまだまだ元気そうだ。

 ……なのだが、どうも私が一番まずそうだ。

 ウォータースピリットから受けた霧の攻撃が尾を引いている。

 肌のピリピリとした痛みは治まったが、その代わり熱が出たようで身体が寒い。痺れの方も不快な程度に残っている。

 解毒薬を飲みはしたけれど、やはり対応している毒の種類が違うのか、あまり効果を感じられなかった。


「ベリル様、大丈夫ですか? あまり顔色が良くありませんわ」


 ガーネットさんが顔を覗き込んで心配してくれた。

 どうやら見て分かるくらいに不調が顔に出ているらしい。


「やはり、一度どこかで休憩をした方が……」

「ありがとう。でも、少し疲れただけだから大丈夫」

「ですが……」


 それでもガーネットさんは心配そうだ。

 良い子だなぁ……。

 正直に言えば休憩はしたいところだけど……何となく、休んだら今度は動けなくなるような気もしている。

 幸い入り口まではもう少しだし、回復薬で騙し騙しいけば何とかなるだろう。

 そう考えて私は鞄から回復薬の瓶を取り出し、一気に飲んだ。

 ……何だか甘く感じるな。いつもは薬の味がしてあまり美味しくないんだけど。


「しんどい様なら背負おうか?」

「ありがたいけれど、戦力が減るからさすがにそれは遠慮しておくよ」


 自分が普段通りじゃないのは自覚しているから、私を背負ったせいでアンドラが戦えなくなるのはまずい。

 しかし、申し出自体は有難いのでお礼を言っておく。アンドラもアンドラで優しいね。


「……私が急かしたからだな、すまない。だが……」


 ダイヤ王子が申し訳なさそうに言う。


「いえ。進むと決めたのは私ですので、お気になさらず。ただ反省されるのでしたら、最初の事をですね」

「そ、それは……すまないと、思って……」


 ダイヤ王子は困ったように眉尻を下げた。

 月の涙(もくてきのもの)を手に入れたからか、ピリピリした態度が大分軟化しているように思う。

 ……まぁピリピリさせた原因の一端は私でもあるので、そこは私も言い方が悪かったと反省している。

 そしてそもそもの原因は悪役令嬢役なんてものを依頼してきた方なんだけど。

 あれがなければダイヤ王子とも、アンドラとも、ガーネットさんとも関わることなく、何の変哲もない日常を送っていたはずなのだ。

 ……今ならば、それはそれで少し寂しい気もするけどさ。


 そうして話しながら歩いていると、道の先に明るい光が見えてきた。

 外の光だ。

 神樹の森は幻想的で綺麗だけど、外の光の方がやっぱり落ち着く。

 ダイヤ王子を見ると鞄から月の涙の入った瓶を取り出し、落としていないか確認している。

 無事みたいだね。これでエピドート教授に月の涙を届ければミッションコンプリートだ。


 そう思ってホッとしたのも束の間。

 不意にガサリ、と頭上で枝葉がこすれる音が聞こえた。

 風の音とは違う。

 反射的に上を向くと、そこには木の枝に擬態した太い蛇のモンスターがいた。

 カメレオンスネークだ。体の色を自在に変える事が出来る毒を持った蛇である。

 狡猾な性格で、狙った獲物の後ろを音もなく尾行し、獲物が疲労し弱ったところを襲うという習性がある。

 いつからつけられていたのか。少なくとも湖に向かうまではいなかったはずだ。

 枝の上のカメレオンスネークはチロチロと舌を揺らし、獲物に狙いを定めている。


「モンスターです! 入り口まで走って!」


 私はそう言うと剣を抜いた。

 ――否、抜こうとした。だが、手が痺れていたせいで、柄が上手く握れない。

 アンドラたちがぎょっとして振り返る。

 止まるなと叫ぼうとした時、カメレオンスネークがダイヤ王子目がけて跳んだ。

 アンドラとガーネットさんは恐らく例外だ。

 しかし狙ったのは弱っていた私ではない。

 カメレオンスネークが狙ったのは、月の涙を持っていて武器に手が伸びにくいダイヤ王子だ。


「あぶない!!」


 突き飛ばしては駄目だと咄嗟に思った私は、ダイヤ王子の前に飛び出す。

 次の瞬間、左腕に痛みを感じた。

 痺れて感覚の薄くなっていたところに焼けるような痛みが蘇る。

 だがおかげで、僅かな時間ではあるが痺れが消えた。

 私は剣の柄を握り直すと、腕に噛みついたままのカメレオンスネークの頭を自分の腕ごと木の幹に叩きつけ、その体を斬り飛ばす。

 体液が飛び散る中、私の腕に噛みついたままのカメレオンスネークは、顎から力が抜けてボトリと地面に落ちた。


「だ、大丈夫か!?」

「ベリル様!」


 直ぐにダイヤ王子たちが駆け寄ってくるのが見えた。

 彼らは私の側にしゃがむと、各々の鞄から解毒薬などを出そうとしてくれている。


「だい」


 大丈夫、と言いかけたが、ガチガチと歯が鳴って上手く言葉に出来なかった。

 噛まれた箇所が焼けるように痛い。震える手で私は上着の一部を切り裂くと、傷口より腕を強く縛る。毒の回りを遅らせるためだ。

 あとは確か、ジャスパーが教えてくれたのは……傷口から血と一緒に毒を絞り出す……だっけ。

 右手で腕を掴もうと試みるが、どうにも上手くいかない。

 ……落ち着け。

 解毒薬を傷口にかけてもらいながら、ぐらぐらする頭で手を動かしていると、身体が持ち上げられるのが分かった。

 アンドラだ。


「入り口まで直ぐです! 先に行きます!」

「ああ!」

「兄様、お願いします!」


 アンドラはそのまま入り口に向かって走り出した。

 なるべく揺らさないように気を付けてくれているのが有難い。

 視界の端でダイヤ王子が何かに気が付いたようにカメレオンスネークの頭を持ち上げたのが見えた。

 それを最後に、私の意識はプツリと途絶えた。

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