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第三十話「硬いんだか柔らかいんだか……!」


 予想通り、キング化したウォータースピリットは難敵だった。

 まず攻撃が効き辛い。相手の体が巨大化したため、氷属性を付与した武器やガーネットさんの氷の矢(アイシクルアロー)でも、その体の一部しか凍らせる事ができない。

 ウォータースピリットが元の大きさであれば大幅に動きを制限出来たのだが、ここまで大きくなってしまうと多少凍らせた程度では何の支障もなく動く。

 しかも体の途中までしか凍っていないので、剣で斬った時の感触は複雑だ。


「硬いんだか柔らかいんだか……!」


 アンドラがガーネットさんの魔法で凍らせた部分を剣で砕く。

 ゴトゴトと落ちたウォータースピリットの一部は、地面に触れると溶けて消えた。

 スライムと似ているけれどやはり違うね。あちらは倒すと消えたりせずにその場に残るから。


「ガーネット、もう少し大き目の魔法はないのか?」

「範囲系の魔法は不得意ですの。兄様もご存じでしょう?」

「そこを何とか」

「なりませんの!」


 本当に思っていたよりも仲が良いなぁ。

 ガーネットさんもアンドラ相手だと年相応に見えるね。

 二人のやりとりが微笑ましい。


「何でニヤニヤしているんだ」


 おっと、どうやら顔に出ていたようだ。

 何でもないよと誤魔化して、ちらりとダイヤ王子の方を見る。

 ダイヤ王子はムーンフラワーの花弁の蜜――月の涙を、持って来た小瓶に集めている最中だ。

 『月の涙』を採取する時は花を手折るのではなく、地面から生えたままの状態で採るのが品質的な意味で一番良い。

 もちろん花を手折って採取したものでも問題なく使えるけれど、そうしたら花は枯れてしまう。後の事を考えると、ダイヤ王子のやっているように地面から生えたまま採取するのがベストである。

 今の状況でそちらを選択したのは、良い意味でなかなか度胸があると思う。


「殿下! そちらはいかがですか?」

「ああ――完了だ!」


 ダイヤ王子はそう言って立ち上がる。

 よし、順調だ。それならばと私はアンドラとガーネットさんに声をかける。


「アンドラ、ガーネットさんを連れてダイヤ殿下と一緒に先に行って」

「君はどうするんだ?」

殿(しんがり)


 ジャスパーを真似てへらりと笑ってみせる。

 アンドラはサッとウォータースピリットの方を見て、何か言いたげに目を細めたあと、


「分かった。気を付けろよ!」


 と言ってガーネットさんの方へと走る。

 それとすれ違うように、ガーネットさんの氷の矢(アイシクルアロー)が飛んできてウォータースピリットに突き刺さった。

 矢が刺さった箇所からピシピシと音を立てて凍って行く。

 ガーネットさんの援護だ、ありがたい。


「お気を付けて!」

「ありがとう!」


 走って行く足音を背中で聞きながら、私はウォータースピリットを見たままじりじりと後退する。

 獲物が減ったせいか、散漫だった敵視(ヘイト)が私に集中する。

 表情が無いモンスターだから主に行動から感情を理解しているけれど、敵視(ヘイト)が一本に集中すると、ざわりと首の後ろに嫌な感覚が芽生える。

 うん、怖いね。ミノタウロスの時もそうだけど、やっぱり――倒せない相手と対峙するのは怖い。

 ……そう言えば、最初にシーライト王国で冒険をした時にアイドが言っていたっけ。

 恐怖を忘れたら死ぬぞって。


 そんな事を考えながら後ろに下がり、もう少しで木々が生い茂る場所だというところで、不意にウォータースピリットが体をぶるりと震わせた。

 何らかの攻撃の前動作だ。

 その途端にウォータースピリットの体が淡く紫色に発光する。

 これはまずい奴だと直感的に判断する。私は咄嗟にウォータースピリットに背を向けると、全力で駆け出した。

 目だけで後ろを確認すると、ウォータースピリットは息を吸い込むかのように膨れ上がり、


「――――――!」


 声なき声で空気を震わせ、紫色の霧のようなものを吹き出した。

 その霧は獣のようなスピードで背後に迫って来る。

 全力で走るが追いつかれ、周囲が霧で覆われる。

 肌にピリ、とした痛みを感じて咄嗟に服の袖で鼻と口を塞いだ。

 恐らく毒か、それに近い何かだろう。

 焼けるような痛みと軽い痺れを感じながら、とにかく足だけは止めるなと自分に言い聞かせて走る。


 そうして走って、走って、何とか霧から脱出すると、その先にアンドラたちの姿が見えた。

 こちらに向かって手を振ってくれている。

 後ろを確認すれば湖は遠く、ウォータースピリットも追って来てはいないようだ。

 ……何とかなったか。まだ肌はピリピリするし、全体的に痺れて感覚が薄いけれど。

 しまったな、と思いながら、私は鞄に手を突っ込んで解毒薬を取り出して飲んでおく。

 毒かどうかは分からないけれど、多少はマシになるだろう。


「ベリル、大事ないか?」

「大丈夫。そっちは?」

「ああ、おかげで問題ない」


 どうやら全員無事のようだ。良かった良かった。


「さて、あとは帰るだけだな」

「ええ。でも、兄様。ここから入り口までは距離がありますので、一度、精霊の安息所に向かった方が良いと思いますわ」


 アンドラの言葉にガーネットはそう言った。

 ああ、確かに。大分消耗しているから、少し休憩を取った方が良いね。

 ……私も出来れば少し休みたいな。

 そう思ったのだが、


「……いや、時間も押している。無理を言って申し訳ないが、このまま真っ直ぐに入り口まで戻らせては貰えないだろうか」


 とダイヤ王子が仰った。

 先ほどまでの強硬せんとする勢いはないが、焦る気持ちは伝わっていた。

 ようやく手に入れた『月の涙』を少しでも早くアルマさんに届けたいのだろう。


『……君たちも、私ではない者の味方をするのか』


 ダイヤ王子を見ていたら、精霊の安息所で彼が言った言葉を思い出した。

 何を思って、何を経験してダイヤ王子がああ言ったのかは分からないけれど酷く苦い声だった。

 私は鞄の中に入った回復薬を頭の中で数える。回復薬で怪我や魔力は不足は癒せても、実際の疲労を回復するには休憩が必須だ。

 だから精霊の安息所に向かうのがベストだ――とは、思うんだけど。


「ですが殿下……」

「……ガーネット待ってくれ。ベリル、どうだ?」


 少し思案した様子のアンドラが、ガーネットさんの肩に手を置いて言葉を止めると、私に振って来た。

 アンドラは休息が必要な理由も、王子の必死な気持ちもどちらも分かるのだろう。


「……そうですね。ガーネットさん、魔力の方はどうですか?」

「回復薬もありますし、まだ大丈夫ですわ」


 そう言ってガーネットさんは頷いた。

 神樹の森が魔力で満ちている事もあって、消耗した魔力の回復も早いのだろう。

 アンドラやダイヤ王子の二人も休憩しよう、という言葉が出ないあたり、疲れてはいるだろうがまだ平気のようだ。

 うーん……多少不安だけど、何とかなるか……?


「……分かりました。では、このまま戻りましょう。ですがくれぐれも慎重に」

「あ、ああ! ありがとう!」


 真っ直ぐに入口へ戻ろうと言うと、ダイヤ王子が目を見開いて心なしか嬉しそうな表情になった。

 そう言えばこういう顔を見るのは初めてな気がする。

 ダイヤ王子の表情が、何だか少しだけ感慨深かった。


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