第二十八話「……君たちも、私ではない者の味方をするのか」
適度に休憩を挟みつつ、その合間に斥候に出るのを繰り返す事数回。
運良くモンスターと接触することもなく、無事に精霊の安息所まで辿り着く事が出来た。
斥候って大事だなぁとジャスパーの顔を思いつつ、ちらりと後ろを見ると、ダイヤ王子が大分苛立っているのが分かった。
進みがそれなりに遅くなっているせいだ。
ダイヤ王子は出来るだけそういった感情を務めて外に出さないようにはなさっているみたいだが、雰囲気が大分ピリピリしている。
毒という時間制限がある分、アルマさんの事がより心配なのだろう。
……少しまずかったな。
ダイヤ王子が同行しているのと、組んだ事のないメンバーでの行動だったから、自分が少し慎重になり過ぎている感は否めない。
なるべく戦闘を回避出来た方が体力的にも進む速度的にも良いからね。
それに重要さの比重はやはり王子に傾いてしまう。
人の生き死にが関わっている時にこんな事を考えるのは最低けど――それでも私はトルマリン王国の貴族だ。
アルマさんとダイヤ王子を比べたら、優先されるのは王子の身の安全である。
……なんて心の中で言い訳をしている自分が少々嫌になる。
悶々としながら私は精霊の安息所の湧水を手で掬って飲んだ。
……ああ、美味しい。
ふと隣を見ればアンドラも湧水に手を伸ばしている。グランドメイズで経験済みだからか躊躇いが無いね。
その反対にガーネットさんとダイヤ王子は「どうしよう」という顔で私たちと湧水を交互に見ていた。
「……うむ、やっぱり美味いな。疲労が回復する」
「だよねぇ」
しみじみと呟くアンドラに同意すると、安全だと分かったらしいガーネットさんと王子も同じように湧水を手で掬って飲んだ。飲んだ後で二人は少し驚いた顔になる。
その事に「良かった」と思っていると、
「さて、ここからムーンフラワーが生息している場所へ向かうのだったか」
「そうそう。この地図の……」
言いながら私は地図を広げる。
それから印を指差しつつ、
「湖か、神樹のどちらかだね」
「先にどちらへ向かうんだ?」
「湖の方が近いから、ひとまずこちらかな」
そう言って私は湖の印を指で軽く叩いた。
どちらにムーンフラワーが生えているか分からない今の状況では、片方ずつ調べて行くしか方法は無い。
だけど神樹はこの森の最奥に位置するため満ちている魔力が多くて濃い――つまり強力なモンスターがいる可能性が高い。湖の方にムーンフラワーが生えていればそれで良し、最奥まで潜るなんてそんな危険をわざわざ冒す必要はない。
それに神樹の方を先に調べて、大怪我でも負った日には攻略事態を中断して戻る事になる。
襲い掛かってくる脅威でなければ、危険なものは最後に回しておきたいというのが本音だ。
「そうですね。湖の方で見つかればそれに越した事はありませんわ」
「俺も異論はないよ」
ガーネットさんとアンドラが同意してくれた。
うん、良かった。それならば、とダイヤ王子の方を向く。
「殿下もそれで良いですか?」
「いや――どちらかずつではなくとも、手分けをして向かえば良いんじゃないかい? ちょうど四人いるのだし」
ダイヤ王子は首を傾げてそう言った。
確かにその方が効率は良いし、人数も分けやすい四人だ。
だがさすがに手分けできるような戦力と状況じゃない。
うーん、何と言ったら良いものか……。
「殿下の仰る通りではありますが、戦力を割いて攻略できるような場所ではありません。四人でまとまった動く方が安全だと……」
「……私のお守りがあるからとでも言いたいのかい?」
ダイヤ王子が不機嫌そうに顔を顰めた。
どうやら最初に私が言った事を引き摺っているようで言葉に棘がある。
まぁそれもあるけど、今となればそれだけじゃない。
「というより戦力を割いたら全滅しかねません」
「私のせいだと言うんだろう」
王子は先ほどよりもピリピリした声で言った。
……どうやら私が言った言葉は、王子にとって触れられたくない部分の話題だったようだ。
私が自分で蒔いた種ではあるんだけど、どう話したら伝わるだろう。
しかし……ここで曖昧に濁しても変わりないか。いっそ不満を吐き出して貰った方が良いかもしれない。
もしかしたら逆効果になるかもしれないけれど、不満を抱えたままよりは言葉にした方が分かりやすいし、はっきりするだろう。
なので、
「殿下のせいなのは前提条件じゃないですか」
と言うと王子が目を見開いた。
私が王子の言葉を肯定するとダイヤ王子の顔に赤みが走る。
普段浮かべている穏やかな表情は消え、恐らく怒りで目が吊り上った。
ダイヤ王子の変化にアンドラが焦ったように、
「ベリル! ダイヤ殿下も落ち着いて下さい!」
と間に入ろうとしてくれた。
「アンドラ、黙って」
「これが黙っていられるか! 今ここで喧嘩など――――」
「いいから」
短くそう言うと、私はアンドラの肩を叩く。
そうしてその手で少しだけ力を入れて、間に入ってくれた彼の身体を押してずらした。
困惑気味に見下ろしたアンドラの目を見て「大丈夫だから」と口だけを動かす。
アンドラは心配そうであったが、見ていたガーネットさんが「お兄様」とその手を引いた。
何だかんだで手を取れるくらいに仲の良い兄弟のようだ。その事が少しだけ微笑ましい。
二人が離れたのを見計らって、私は目の前で顔を歪めているダイヤ王子を真っ直ぐに見た。
「出発前にも言ったはずです。あなたのお守りをする余裕はないと」
「私も言ったね。君たちに守ってもらう必要などないと」
「なぜそうしなければならないのか、という理由も一緒に伝えたはずです」
言いながら一歩前に出る。
「あなたが誰よりも強い英雄でも、一騎当千の猛者であっても、陛下のご命令であればあなたを連れて行くわけにはいかなかったのです。お分かりですか、トルマリン王国の第二王子ダイヤ様」
ダイヤ王子は別に弱いというわけではない。
学院の戦闘訓練の授業も成績は良い。魔法が使えると言う事ならば魔法だって、恐らく私に付けられた以上の家庭教師から教わっているはずだ。
王子は実戦経験が少ないだけで基本は身についているのだから、これから実勢経験を積めば私よりもずっと強くなるだろう。
だけど、そうであっても連れてはいけない。ズルタ陛下が王子に「行くな」と命じられたからだ。
例えダイヤ王子が自分の意志でついて来たとしても、王子の身に何かあれば責任を取らされるのは周りの人間だ。
王子の側仕えたち、護衛たち――そして私たち。
王子の勝手な行動であっても、私たちの方が悪かったと陛下が言えばそれは現実になる。
それは汚名として残り、それぞれの将来にも影を残すだろう。
私は元々トルマリン王国での評判は最悪なのだから構わない。
だけどアンドラやガーネットさんは私と違って将来が有望な若者だ。
彼らの家族にも、私の家族にも、そんな迷惑はかけたくない。
「あなたの言動は他人の人生を左右します。その事をどうかご理解頂きたい」
「今、人生を左右されているのはアルマだ。解毒剤が間に合わなかったら、彼女は将来すらないんだぞ!」
「そのために急いでいるんです」
「どこがだ! やれ斥候だ、やれ休憩だと、歩みを遅くしているのは君だろう! 君がアルマを嫌っているのなんて、誰が見ても分かる。大方、解毒剤が間に合わなければ良いとでも思っているんだろう!?」
王子の言葉に私は思わず言葉に詰まった。
……ああ、そうか。私はそういう風に思われているんだな。
恨みでも、怒りでも、誰かが死ねば良いと思った事は自分で覚えている限りでは、ない。
だけど……そうか、他人の目からは私はそう思われているのか。
ここでは。
「違います」
そこへアンドラが口を挟んだ。
つられて顔を見れば、アンドラの目は真っ直ぐにダイヤ王子に向けられている。
「見知らぬ場所へ行くにあたって、周辺の地形や状況を調べる事は確実に進むために重要な事です。ここまで戦闘を回避出来たのはそのおかげです。戦いを挟んでいれば、ここに辿り着くのにもっと時間が掛かったでしょう」
「そうですわ、殿下。それに何が起こるか分からない中ですもの、出来るだけ体力は温存しておいた方が良いと思います」
……アンドラ、ガーネットさん。
二人が庇ってくれるとは思わなくて、思わず胸がジーンと熱くなった。
「……君たちも、私ではない者の味方をするのか」
ダイヤ王子がぽつりと呟く。
アンドラたちが「え?」と聞き返す前に、ダイヤ王子はくるりと背を向けた。
「……湖の方へ、全員で先に向かえば良いんだろう? それで構わない」
そしてそれだけ言うと、黙ってしまった。




