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第二十七話「何をなさっておいでで?」


 『神樹の森』の探索日。

 空は晴れており、気温もほどよく過ごしやすい。冒険にはうってつけの日である。

 ……なのだが、そんな良い天気にも関わらず『神樹の森』の入り口で私は頭を抱えていた。

 理由は、なぜかここにダイヤ王子がいるからである。


「何をしているんだい、早く行こう」 


 質の良さそうな装備を身に着けたダイヤ王子がそう急かしてくる。

 ……何をしているんだい、とは私の台詞なのだが。本当にこの人は何をしているんだろう。

 ちらりと王子の横を見れば、申し訳なさそうな顔のアンドラと、彼に良く似た赤毛の少女――彼の妹のガーネットさんが困った顔をして立っていた。

 この二人は良いんだ。アンドラとガーネットさんの二人は、今回の探索の件をどこからか話を聞いたようで同行を申し出てくれたのだ。

 さすがに妹のガーネットさんが一緒というのは驚いたが「兄様が大変ご迷惑をお掛け致しました」と、先日の騒ぎの件のお詫びも兼ねて、と言ってくれた。

 二人の家族も「迷惑をかけた相手が困っている時に手を貸せぬとは、ダマスカスフィストの名折れだ!」と後押しもあっての事らしい。

 申し訳ないと思いつつも、これには正直有難かった。アズもアンドラが同行すると聞いて安心してくれたようだし。

 その時は頼もしい笑顔を浮かべていた二人も、今は揃って項垂れている。


「すまん……」

「申し訳ありません……」


 ……いや、うん、断りきれなかったんだろうなぁ。

 連れてくるつもりはなかっただろうから、二人が謝る必要はないと思う。

 反省すべきはむしろダイヤ王子の方ではなかろうか。


「ダイヤ殿下」

「何だい?」

「何をなさっておいでで?」

「私も手伝おうと」


 それは見たら分かるのだけど、聞きたいのはそう言う事じゃない。

 もちろんアルマさんのために協力してくれるという気持ちは有難い。

 だけど行くなと釘を刺されている王子を『神樹の森』に連れて行くわけにはいかない。

 はっきり言うと迷惑である。


「殿下はアルマさんの側にいてやって下さった方が……」


 とやんわり「帰って欲しい」と伝えたところ、


「いいや。やはり、黙って見ているだけなんてできない」


 と首を振って答えてくれた。気持ちは分からないでもない。分からないでもないけれど、やはり黙って見ていて頂きたい。


「……無礼を承知で申し上げますと、早急に神樹の森を攻略する必要がある中で、殿下のお守りにまで手が回りません」

「お守りは必要ない。私だってちゃんと鍛えているよ」

「鍛えている、いないの問題ではないのですが」

「ではどういう問題なんだい?」

「あなたが王子(、、)だからですよ」


 王子が戦力として数えられるのか否か――というのはこの際関係がない。

 王子はあくまで王子である。その身に何かあれば首が飛ぶのは周りの人間だ。


「率直に言うと迷惑です」

「なっ」

「お、おい、ベリル……」


 さすがに言い過ぎだったようで、ダイヤ王子の顔に赤みが走る。

 それを見てアンドラが慌てて間に割って入って来た。


「気持ちは分からないでもないが、それは……」

「どういう意味だい、アンドラ」

「えっいや、それは……」


 アンドラの言葉にダイヤ王子の目が不機嫌そうに細まった。

 言い辛そうにアンドラが口ごもると、それまで黙っていたガーネットさんが近づいてきた。

 何だろうかと思うと、彼女はこそりと耳打ちしてくる。


「ベリル様、このままですと無為に時間が過ぎて行くだけですわ。ダイヤ殿下の事は私も気を付けておきますから、ひとまず中へ入りませんか?」


 ……確かに、ここで押し問答をしていても埒があかない。

 ダイヤ王子だけ置いていったとしても、大人しく帰ってくれるとも限らないし。

 そうなったらなったで困るな……。

 私はガーネットさんに頷くと、


「……分かりました。ですが、決して無茶な真似だけはなさいませんよう」


 とダイヤ王子に言う。王子は「もちろんだ」と頷いてくれたが、本当に大丈夫だろうか。

 一抹の不安を感じながら、私たちは『神樹の森』の攻略を開始した。




『神樹の森』は静かで美しい場所だった。

 淡い光を放つ木々の葉、その隙間から降りそそぐ木漏れ日。そして森のいたるところには大小様々な光がふよふよと漂っている。

 この光は魔力が視覚化したもので触れても害はない。

 むしろ魔力の扱いに心得がある者ならば、普段よりも魔法の効き目が良くなったり、魔力の回復が早くなったりするらしい。

 簡単に説明すれば魔法が使い放題ってことだ。

 魔力の回復は体力の回復より遅いので、練習なり冒険なりでは場合によっては回復薬を使用する必要がある。

 だがここでは少し待っているだけで減った魔力が補填されるので、回復薬の心配をしなくて良いのだ。

 ここが聖域でなければ魔法の練習にはうってつけの場所だろうな。


「それでベリル、ムーンフラワーは森の最奥、という認識で良いのかい?」

「ええ。エピドート教授からお借りした地図にもそう書かれていますが……」

「何かあるのかい?」

「二箇所なんですよね」


 鞄から『神樹の森』の地図を出して広げて見せると、アンドラたちがひょいと覗き込んでくる。

 地図には入り口から最も離れた場所に二つ、赤い印がつけられている。これがムーンフラワー生息している可能性のある場所だ。

 一つは湖の近く、もう一つは神樹の近くだ。

 地図に記されている精霊の安息所からだと湖の方が近いかな。


「ひとまず精霊の安息所を目指そうと思いますが、よろしいですか?」

「ああ、構わない」


 ダイヤ王子が頷くと、アンドラとガーネットさんの二人もほっとした様子で同意してくれた。

 その事にホッとする。危険な場所に、まだお互いの事を良く知らない仲間と向かうほど心配なことはない。

 拠点を確保しつつ安全を確認しながら探索するのが最短の方法だ。

 パーティバランスが攻撃に特化していて回復役がいないから、あまり無茶な特攻は避けたいところである。

 回復薬の類は用意してきたけれど数に限りがあるからね。


 そうそう、出発前に一応、それぞれの戦い方の確認をしたんだけど。

 私、アンドラ、ダイヤ王子が剣士で、ガーネットさんが弓使い兼魔法使いだ。

 魔力が満ちているこの森で味方に魔法使いがいるのは心強いね。

 歩きながら使える魔法を尋ねたところ「氷」の系統の魔法が得意らしい。森の中の戦闘では二次被害が少ない氷系統の魔法はありがたい。


「私も魔法なら少し使えるが」


 そんな話をしていると、ダイヤ王子がそう言った。

 ほうほう、王子は魔法が使えるのか、初めて知った。


「おや、そうなんですか?」

「ああ。炎系統の魔法だけどね」


 炎系統かぁ。

 炎系統の魔法って、色々に応用出来て便利なんだよね。

 神樹の森だと火事にさえ気を付ければ有難いな。


「……俺は使えないがな」


 話をしているとアンドラが目を逸らして言う。

 まだコンプレックスをこじらせているのだろうか。

 ……まぁ、そう簡単に何とかなる類のものじゃないのは、私にも分かるからなぁ。


「私だって魔法陣の補助がなければ魔法なんて使えないよ。出来れば良いなとは思うけど、出来なくても一人で戦うんじゃないんだから平気だって」


 そう励ますと、アンドラは目を瞬いたあと、ガーネットさんとダイヤ王子を交互に見た。

 それから「そうか」と何か納得したように頷く。

 とりあえず落ち込んだりはなくなったかな?

 それならそろそろ先の様子を見て来よう。


「それじゃ、少し先を見てきますね」

「え?」

「ああ」

「お願いします」


 私がそう言うと、ダイヤ王子以外の二人が頷いてくれた。

 神樹の森にはトラップはないだろうけど、資料で確認したモンスターは厄介なものが多いからね。安全確認を怠ると危険だ。

 足を止める二人にダイヤ王子だけは少し困惑気味である。

 良く分かっていない王子にアンドラが「安全確認ですよ」と説明してくれている間に、私はその場を後にした。

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