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第二十六話「いなくなって困る者に、陛下は行けとは仰いませんよ」


 その日の夕方、屋敷へ戻ろうとしていた私は、エピドート教授から呼びとめられた。

 何だろうかと思いながら、アズと一緒に教授の後をついて行くと、辿り着いた先は医務室。

 促されて中へ入れば、部屋のベッドに顔色の悪いアルマさんが眠っているのが見えた。


「ベリル……!?」


 驚いたように名前を呼ばれ、声の方を見ると窓際の椅子にダイヤ王子が座っていた。

 テーブルの上に書類らしきものが積まれているのを見ると、どうやら仕事をしていたようだ。

 アルマさんが心配で戻るに戻れなかったのだろう。

 こういう時もするべき事はするのだな、と、ダイヤ王子に対する評価を上方向に修正する。

 だが逆にダイヤ王子は不審そうな顔を私に向けた。

 

「なぜ君がここへ……」

「僕が呼んだんですよ」


 王子の疑問にエピドート教授が有無を言わさず答える。

 エピドート教授はそれだけ言うとダイヤ王子に構わず自分の机の方へ向かった。

 そうして私の方を振り返ると、ちょいちょいと手招きしてくる。

 ダイヤ王子は何か言いたげだったが、構うつもりはないと言わんばかりのエピドート教授の様子を見て諦めたようだ。

 私も呼ばれた以外の理由は知らないから、そうしてくれるとありがたい。


「帰ろうとしたタイミングですみませんね」

「いえ。……その、彼女の解毒薬は時間が掛かるんですか?」

「ええ。その事で君に相談があるんです」

「相談、ですか」


 うーん、エピドート教授に相談されるような事があっただろうか?

 良く分からないが、とりあえず内容を聞いてみようと私が頷くと、エピドート教授は話始める。


「実はね、解毒薬に使う材料が足りないんですよ」

「え? それは……大丈夫なんですか?」


 驚いてアルマさんの方を見る。

 顔色は悪いが、どれだけ毒が進行しているかは見ただけでは分からない。


「一週間ほどは大丈夫でしょう。ですが、それ以上は分かりません」

「な……!」


 首を振るエピドート教授に、私よりも早くダイヤ王子が反応をした。

 ダイヤ王子は音を立てて立ち上がると、走るような勢いでエピドート教授に詰め寄る。


「あなたは先ほど、解毒薬があるなら大丈夫だと……!」

「ええ、ですから『解毒薬があるなら』ですよ」

「そんな……」


 青ざめたダイヤ王子を手で軽く押しやると、エピドート教授は私の方を向く。

 ……何だかエピドート教授、ダイヤ王子に冷たいような……。

 まぁ、それはそれとして、この流れだと……多分、あれだな。私への相談とは材料絡みの話なのだろう。


「足りない材料は何ですか?」

「『月の涙』です」


 『月の涙』か……ちょっと難しいものがきたな。

 『月の涙』っていうのは、夜に咲くムーンフラワーという花が蓄えている蜜の事だ。

 常に魔力が満ちた場所でしか育たないので、採取できる場所は限られている。

 簡単に言うと精霊の安息所をさらに魔力で満たした場所にしか咲かない。

 私も見た事はないけれど、そういう場所は大体は危険地帯の奥にしかないんだよなぁ。


「分かりました。ですが、場所は?」

「話が早くて助かります。――トルマリン王国の神樹の森です」


 ああ、神樹の森か、それならば納得だ。

 神樹の森というのはトルマリン王国の聖域の事で、王族や、許可を受けた貴族しか入る事を禁じられている。そして森の奥には神樹と呼ばれる巨大な樹が生えているらしい。

 神樹というのは、精霊樹の親戚みたいなものだ。一つ違うのは、神樹は精霊王が生まれるためのものらしい、という事だろうか。

 まぁジャスパーの受け売りなんだけどね。

 もちろんだが私は森の中に立ち入った事はないよ。うちの父上ならばあるかもしれないけどね。


「立ち入りの許可は、すでにズルタ陛下から出ています。頼めますか、ベリル君」

「ええ、状況が状況ですから構いません。アズは……」

「申し訳ありません。貴族ではないアズ君の許可はおりませんでした」


 エピドート教授は首を横に振る。

 ……どうやらアズの同行は却下されたようだ。

 どんな状況でも決まりは破れない、か。ちらりとアズの方に顔を向ければ、彼女は心配そうに私を見ている。

 アズに「大丈夫」と笑いかけると、彼女は小さく頷いてくれた。


「貴族であれば良いのですか?」

「ええ。許可がいりますが、君の推薦であれば配慮して貰えると思いますよ」

「分かりました。それでは教授、準備をしたいのですが、こちらに神樹の森の資料があればお借りし……」

「待て、おかしいだろう!」


 話を進めようとした時、今まで黙っていたダイヤ王子が割り込んで来た。

 ダイヤ王子の剣幕にエピドート教授が片方の眉を上げる。


「何がおかしいのですか、ダイヤ殿下?」

「ベリルに頼む必要はないだろう! それに彼女はミスリルハンド公爵家の令嬢だ、危険な真似をさせるわけにはいかない!」


 ……おお。何を言われるかと思えば、どうやら普通に心配して下さったようだ。

 普段が普段なので嫌われているのは確かだろうが、こういう所は紳士なのだなと妙に感心する。


「では、他にあてがあると?」

「僕やアンドラ、それにユークレイスやデュモルもいるだろう。騎士団からも人員を出すべきだ。ベリルのような女性に任せる事ではない」


 挙げられた名前は王子と良く一緒にいる面子だ。

 確かユークレイスは魔法使いで、デュモルはアンドラと同じく騎士の家だったか。

 ダイヤ王子と一緒にいるくらいだ、学院の成績は悪くなかったと記憶している。

 ただ……なぁ。彼らの中ではアンドラが一番強かったと思うんだよな……。

 騎士団ならまだしも、まだ学生の身分の彼らには荷が重いように感じる。私が言えた義理でもないんだけど。


「そう言われましても、騎士団は別件で動いているから出せない、との事ですよ。ズルタ陛下は実力と経験を見込んでベリル君にならば、と仰っていましたし」

「出せない、のではなく、出さないのだろう」


 ダイヤ王子が苦虫を噛み潰した顔でそう言う。


「父上や母上がアルマの事を快く思っていない事は知っている。だから彼女を助けたくないのだろう?」


 悔しそうに言うダイヤ王子の言葉を私は不思議に思った。

 ズルタ陛下から悪役令嬢役を頼まれた時の話の中には、特にアルマさんの事は言及されなかった。

 むしろ頂いた脚本には他人の恋路を邪魔するのが悪役令嬢だ、とまで書いてあるのだ。ダイヤ王子の側から彼女を排除するつもりならば、もっと的確な方法を取るだろう。

 確かに陛下たちがダイヤ王子とアルマさんの交際を良くは思っていないのは確かだ。だがズルタ陛下とモルガ王妃は恋愛結婚である。アルマさんと交際をする事で何か不利益があるならともかく、何もないならば別れさせる事はあっても、さすがに彼女の死まで願ったりはしないのではないだろうか。

 もっとも不利益云々は私には分からないのだけども。

 それに「素材を取って来て助けろ」というくらいだ。事情はともあれ、助けたくないという事はないだろう。

 どちらかと言えばいなくても問題ないのは、彼女ではないだろうし。


「それは少々尖った見方過ぎますよ、殿下。彼女に何かあればコーラル王国が黙っていないでしょう。彼女はコーラル王国からの留学生――客人です。快く思っているかいないかはともかくとして、助ける必要があります」

「……あ」


 私がそう言うと、ダイヤ王子はポカンとした顔になる。

 そして少しの間のあと、口を押えて僅かに顔を赤くした。


「そ……そう、だな。そうだ、すまない、つい……」


 うん、どうやら落ち着いてくれたみたいだね、良かった良かった。

 何かを考える時は悪い方へは幾らでも想像が広がるものだ。


「……だが、本当に君は良いのか? 父上が君に頼むくらいだ、教授の言うように戦えるのだろう。だが君は公爵家の令嬢だ。そんな君に危険な任務を依頼するのは、やはり……」

「実戦経験はそこそこありますから、まぁ、事前準備をしっかりすれば何とかなりますよ」

「だが……」


 ダイヤ王子は心配半分、不安半分と言う視線を向けて来る。ああ、この人は根はお人好しなんだな……。

 その気持ちも分からないではないけれど、神樹の森へ入る人材としては私が一番適当だというのは理解している。

 神樹の森は聖域とは言うものの、魔物もそれなりに徘徊しているそうだ。

 ムーンフラワーが生えているのは魔力が豊富な場所――恐らく、かなり奥の方。魔力が豊富な場所は植物だけではなく魔物も大きな力を得やすい。友好的であるなら別だが、それだけという事はないだろう。

 そして先にも言ったが、神樹の森に入れるのは王族か許可を得た貴族だけだ。

 王族か貴族しか入れない、かつ、危険である可能性が高い場所。

 そんな場所へ向かえと言うのは、つまり。


「いなくなって困る者に、陛下は行けとは仰いませんよ」


 自嘲気味に笑ってそう言うと、ダイヤ王子が軽く目を見開いた。

 悪役令嬢『役』を頼まれたころから薄々は気づいていた。

 ちょっとやそっとじゃ死ななそうだから――なんて理由でご指名があったとしても、大部分はそこじゃない。

 立派な兄上や姉上がいる現状、ミスリルハンド公爵家は安泰だ。悪役令嬢役なんてものを受ける前から、国内ではあまり上手くやれてはいなかった。

 自業自得の部分もあるが、私だけが浮いていて――私だけが中途半端。

 だから今回も、騎士でも、王子たちでもなく、私にまず依頼が来た。

 アルマさんではない。ダイヤ王子たちでもない。


――――代えのきく人間は、私だ。

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