第二十四話「騎士の剣ではないって事」
アンドラと話をするようになった以外は、学院生活はこれと言って何も起こらず平穏だった。
ダイヤ王子たちと接触する事があまりなかったのも良かったのかもしれない。
悪役令嬢役なんてものをやる必要もなく、ごくごく普通に授業を受けて屋敷に帰る日々だ。
もちろん休日もあるのだが、グランドメイズの一件で転移魔法陣は調査中。なのでシーライト王国へは行けないのだ。
だから休日はとても暇なのである。
さて、そんなある日の事だ。
私とアズはいつものように食堂の端の方で昼食をとっていた。
学院で生活している間、私たちは昼食は食堂で食べている。たまにお弁当の時もあるのだけど、どこで食べても微妙な眼差しを向けられるので、それならば食堂で食べたって同じだからね。
貴族や裕福な家柄の子供が通う学院の食堂なのでメニューの値段は高めだが、舌の肥えた子供達を満足させるだけあって、味はさすがのものだった。
バリエーションが多いのも特徴で、他国からの留学生のためにか別の国の料理も幾つかメニュー表に並んでいるのだ。
もちろんシーライト王国のものもある。
さて、そんな食堂でのお昼のひと時。
いつもは私とアズの二人だけなのだが、最近はアンドラが時々混ざるようになった。
アンドラは私たちを見かけるとダイヤ王子たちと別れてこちらへやって来るのだ。
目立つから控えて欲しいのだがアンドラは気にしていない様子だし、心なしかアズからも嬉しそうな雰囲気を感じるので無下にも出来ない。
ダイヤ王子たちからの物言いたげな視線を受ける私の身にもなって欲しいものである。
「……アンドラ、王子たちの方は良いの?」
「ん? 何がだ?」
「いや、だからね。ダイヤ王子たちとお昼を食べなくて良いのかって話」
「いつも食べているから、たまに違っても良いだろう?」
アンドラはきょとんとした顔でこちらを見て来る。
確かにそれは良いとは思うけれど、違うんだ。そういう話じゃないんだよ、アンドラ……。
グランドメイズの一件以来、アンドラの態度が軟化したというか、纏っていたピリピリとした空気が消えたというか……。何かしら良い影響があったのだろうけれども、これでは彼の将来が心配だ。
私が口出し出来る問題ではないけど、将来的にアンドラはダイヤ王子つきの騎士になると思っていたから、この状況はどうなんだろう。
そんな私の心配をよそにアンドラは話を続ける。
「そんな事よりも、あちらへはまだ行かないのか?」
「行きたいは行きたいんだけど、転移魔法陣がまだ調査中でさ」
「あー……その……悪い事をしたと思っている」
転移魔法陣の事を話題にすると、アンドラがしょんぼりと肩を落とした。
そこまで落ち込まずとも。
うーん、これは話題を変えた方が良さそうかな。
「あっいやいや、まぁ、あれだよ。毎週のように行っていたから、たまにはこういうのもアリかなってさ」
「あら、お嬢様。暇だ、暇だって言ってませんでした?」
珍しくアズが空気を読んでくれない……。
ちらりとアンドラを見ると何とも悲壮な顔をしていた。
私はこめかみを抑えると大きく息を吐く。
「……いや、そりゃ確かに暇なんだけどね。こちらではあまりおおっぴらに動けないし。身体を動かさないと、あちらへ行った時に感覚が鈍るからさ」
「そうなのか? それならば……そうだ! うちで訓練をしないか? どちらかと言うと手合せしたいという意味合いが強いのだが」
「え?」
アンドラの家で訓練?
一体何の誘いだろうかと私が目を瞬いていると、
「ほら、以前に俺はベリルに負けただろう? だからもう一度戦ってみたいし、その話をしたらうちの家族も是非ベリルと戦ってみたいと言い出してな」
アンドラはおずおずといった様子で説明してくれた。
なるほど、そういう……事じゃないよ! 何という話をしてくれたんだ!
ダマスカスフィスト家は、辺境伯であるアンドラの父親を筆頭に腕っぷしは大層強い。
代々王族付きの護衛騎士を輩出している家柄だ、そんじょそこらの騎士とは比べ物にならない。
アンドラは私に負けたと言うが、あれはまぁアンドラが油断していたからというのも大きい。彼が油断する事なく始めからまともに戦っていれば、勝敗は五分五分くらいだっただろう。
私の戦い方はあくまで冒険者の戦い方で、戦いに勝つためのものである。試合というルールに則った上でなら、反則負けの可能性も否めない。
なので手合せと言われると少々考えてしまうのだ。正式な試合を臨むのであれば私は対応できないから。
「私は君が望むような戦い方は出来ないと思うよ」
「俺が望む戦い方? 手合せ自体は望んでいるが、戦い方について特に望みはないぞ?」
「騎士の剣ではないって事。騎士としては、ちょっと変だなーって感じなんだけど」
私がそう言うとアンドラは「何だそんな事か」と笑った。
「ベリルは騎士ではないのだから、騎士の剣ではないのは当然だろう。俺が負けたこの間のような戦い方だって十分勉強になったとも。嫌だと言うならば諦めるが、そうでなければ頼みたい。……駄目だろうか?」
私の目を見て真っ直ぐに頼んで来るアンドラに少なからず驚いた。
勤勉というか、貪欲というか。アンドラは強くなる事に対して、こだわりはないようだ。
そういう姿勢は嫌いじゃないな、なんて思ったので、
「そういう事なら良いよ」
と答えたら、アンドラがとても嬉しそうな顔で「ありがとう!」と言ってくれた。
自分でも安易な選択だとは思うが、まあ、いいか。喜んでくれているならばそれで良いや。
さて決まったならば、あまり先延ばしにするわけにもいかない。
日程はいつにするかアンドラと相談し始めた時、
――――食堂の二階から悲鳴が聞こえてきた。




