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第二十三話「君は最近、ベリルとずいぶんと仲が良いのだね」

 トルマリン王国に戻った私たちは、考えていたよりも直ぐに普通の生活に戻る事が出来た。

 無事を喜んでくれた家族にもみくちゃにされながら聞いた話によると、ライト陛下とサファイア王子が掛け合ってくれたお陰らしい。

 本当に何から何までお世話になってしまった。後できちんとした形でお礼をしなければ。


 そう思いながら、ひとまずは今まで通り私はアズと共に学院に通っている。

 今回の件は徹底した情報管理が行われていたようで、学院の生徒たちは騒動の事は知らない様子。

 それはそれで有難いのだが相変わらずヒソヒソと噂されてはいるようだ。

 これも今まで通りという奴である。

 まぁシーライト王国の一件が知られて騒ぎになるよりは、まだこちらの方が落ち着くかもしれない。

 ――まぁ、それもおかしな話だとは思うけれど。


 ただあの騒動の後、一つだけ今までと違う事は起きていた。

 アンドラである。

 シーライト王国の一件以来、アンドラはよく私たちに声を掛けてくれるようになった。

 問題と言うほど問題でもないし、私も以前ほどアンドラの事は悪く思えないので、それはそれで構わないのだが――ズルタ陛下に頼まれた悪役令嬢役の事があるのでどうしたものかとは思っている。

 気合いをいれて励もうなんて気は元々なかったんだけどね。


 そんな事を考えていたら学院の廊下でアンドラと出会った。

 ダイヤ王子やアルマさんと一緒のようだ。

 目が合うとアンドラは朗らかに笑って片手を挙げる。


「おはよう、ベリル、アズ」

「ああ、おはよう。アンドラ」

「おはようございます、アンドラ様」


 そんな風に挨拶を交わすと――ダイヤ王子たちはやや戸惑いの表情で私とアンドラを見比べている。

 アルマさんだけは相変わらずほわほわとしていて、いつも通りの穏やかな表情だけど。


「……アンドラ。君は最近、ベリルとずいぶんと仲が良いのだね」

「そうですか? 特別仲が良いとは思いませんが……」


 ダイヤ王子にそう言われ、アンドラは首を傾げた。

 アンドラの言う通り特別仲が良いというわけではない。ただすれ違ったら挨拶をするし、たまに雑談するくらいの仲だ。

 ……ただダイヤ王子、そういう話をするならば他所でやって頂きたいなぁ。ただでさえ王子が目立つのだから、私を話題に含めないで欲しい。


 でも、そうは思ったけれど黙っておく。

 だって悪役令嬢役の脚本にはその類の言葉が載っていないからだ。

 辛うじて応用できそうな台詞を抜粋すると『殿下にお会い出来て光栄ですわ』『まぁ殿下、私の事を気にして下さって嬉しいですわ』的なものしかない。

 もう少し汎用性が欲しいものである。

 ……あったとしても使い道はないけれど。


 ああ、そうだ、使い道と言えば、グランドメイズで見つけたソルトスライムの件が残っていた。

 実はトルマリン王国に戻ってからあのソルトスライムで塩を作ったんだ。

 調味料としても使えるのだけど、あれは幸運の象徴でもある。今、冒険者たちの間でソルトスライムをお守り袋に入れて持ち歩くというのが流行っているんだ。仲間や家族、恋人の無事を願うという意味で贈り物としても良く見る。


 それで私たちもそれに習って作ってみたんだ。

 私がソルトスライムで塩を作っている間に、アズがお守り袋を縫ってくれたのである。

 私とアズ、ジャスパーとアイド、そして「一応作ってみました」とアンドラの分。

 だけどアンドラはダイヤ王子たちといつも一緒なので、なかなか渡す機会に恵まれなかった。受け取ってくれるかどうかは別問題だけど、せっかくアズが作ってくれたものだ。何とか渡したいのだけど、アンドラを呼び出す口実がないんだよね。

 下手に見ている所で渡せばダイヤ王子たちに勘ぐられそうだし。


 ……なんて考えていると内に、ダイヤ王子たちはそのまま通り過ぎていった。

 突っかかられるよりはマシかなぁなんて事を思いながら見送っていると、アンドラだけが足を止めた。

 アンドラはダイヤ王子たちが離れて行ったのを確認したあと小声で、


「ところでベリル」

「はいはい」

「次回は正式な装備で頼む」


 なんて、やたらアンドラからウキウキと何かを期待する眼差しを向けて来られた。

 正式な装備で頼むって何だろうかと考えて直ぐに理解した。

 恐らくまたダンジョンへ連れていって欲しいという催促なのだろう。

 連れて行ったというよりは不可抗力だったのだが、思いの外アンドラはダンジョンが気に入ったようだった。

 

 まぁ確かにアンドラは戦う事――もしくは冒険――が好きみたいだからね。

 ダンジョンで冒険、しかもサファイア王子も冒険をしたらしいとなると好奇心が疼くのだろう。

 うーん。下手に断ってこの間みたいな事になっても困るし、たまになら良いのだろうか。

 アズに目で聞くと彼女も「仕方ないですわね」と言った様子で苦笑していた。


「いいよ。王子たちにバレないようにね」

「分かった!」


 私がそう答えるとアンドラは嬉しそうに頷いた。

 その笑顔があまりにも楽しそうなものだから、私も思わず笑ってしまう。


「ああ、そうだ、ちょうど良い。これをどうぞ」

「うん? 何だ、これは?」

「アズお手製のお守りです。渡すタイミングがなかなかね」

「えっ」


 アンドラが驚いた顔でアズを見る。

 アズは小さく笑って、


「ついでですよ」


 と言った。アンドラはお守りとアズを交互に見たあと、ぱあっ笑顔になる。

 私の記憶にあるアンドラの表情はしかめっ面が多かったが、こうして笑顔になると年相応に見えるな。

 なんて感想を心の中で呟いていると、アンドラはお守りを大事に手で包み、

 

「ありがとう、アズ。大事にする」


 とアズにお礼をいった。

 アズは目を瞬いたあと、


「……ど、どうも」


 と言いながら、ぷい、と顔を逸らしたが心なしか耳が赤い気がする。

 ほうほう、もしかして……。

 青春の甘酸っぱさの恩恵を受けてにやけていると、アズが少し慌てて、


「ちなみに中身はソルトスライムですわ!」

 

 なんて事を言った。

 一瞬アンドラが固まった気がしないでもない。

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