第二十二話「まーそこは、伊達に斥候役を買ってねぇよって感じ」
その夜、客室でのんびりしていると、窓をコンコンと叩く音が聞こえた。
顔を向けると窓の外にあるバルコニーに、月を背負った誰かが立っているのが見える。
逆光となって顔は見えないが、そのシルエットには見覚えがあった。
尖った耳と夜の暗さでさらに黒く見える褐色の肌――私の冒険仲間であるジャスパーだ。
窓の外でひらひらと手を振るジャスパー。
私は椅子から立ち上がると窓へ近づき、それを開けた。
やや冷えた風が吹き込みカーテンを揺らした。
「ようベリル。ばんは~」
「こんばんはジャスパー。よく捕まらなかったね」
「まーそこは、伊達に斥候役を買ってねぇよって感じ? それよりほら……」
得意げに笑いながらジャスパーは鞄から何やら包みを取り出した。
何だろうかと見ていると中から真っ白でふかふかとした美味しそうな饅頭が二つ出てきた。
ジャスパーの故郷では良く作られているお菓子、ないしは主食の一つなのだそうだ。
中にジャムなどを入れて甘くするものもあれば、甘辛く味付けされた肉や野菜を入れるものもある。
前に食べさせて貰った事があったが、とても美味しかった。
私は特に餡子という豆を甘く煮て作ったものが入った饅頭が好きだ。
「どうよ? ちなみに餡子だぜ」
「最高では」
ニヤリと笑うジャスパーに私も笑ってサムズアップする。
ウキウキしながら「ちょっと待ってて」と部屋に戻ると、ティーポットとティーカップを掴む。
さて、このティーポット。ただのティーポットではなく魔法の道具なのだ。
ティーポットの表面に柄のように魔法陣が彫られていて、ここに魔力を込めると中の液体を温めてくれるという代物だ。
中に水を入れ魔力を込めて少し待ち、茶葉を入れれば温かい紅茶の出来上がりである。
「やっぱソレ便利でいいよなぁ」
バルコニーに戻るとジャスパーがそんな事を言いながら腰を下ろした。
私も同じように座ると、カップに紅茶を注いでジャスパーに渡す。
「どーも。それじゃ、はいどうぞ」
「やった、ありがとう」
紅茶のお返しと言わんばかりに差し出された饅頭を、有難く受け取って笑い返す。
饅頭は手に持った途端に指が沈むくらいふかふかだ。
隣のジャスパーがかぶりついたのを見て、私も同じように饅頭を食べ始めた。
ふかふか、もちもち。パンとはまた一味違うこの食感がたまらない。
皮の部分のほんわりとした甘さがまた美味しかった。
「それにしてもよー、何度も言うけど、ホント無事で良かったよ」
食べながらジャスパーがそう言った。
グランドメイズの事だろう。
饅頭を飲み込んでから私は頷く。
「うん。私も今回は駄目かなーとは考えたよ。ちょっとだけどね」
「ちょっとか」
「もう数日後だったら『結構』に昇格してた」
「はは、そりゃしなくて良かったわ」
カラカラとジャスパーは笑う。
そうした後でジャスパーは大きく息を吐くと、
「……俺は長生きだけどさ、ああいう別れは嫌だわ」
と言った。
いつもの元気をくれるような明るい調子ではなく静かな声だった。
表情も普段とは違って、ずっと大人のそれに見える。
その声に、横顔に、思わず言葉が詰まった。
――――とても心配をかけてしまった。
偶発的な事故であったが、防ごうと思えばもっとちゃんと防ぐ事が出来た事故だ。
あんなところに転移魔法陣をしまわなければ、こんなに大事にはならなかった。
改めて申し訳なさが込み上げてくる。
「……ごめん」
それをどう言葉にしたら良いのか分からなくて。
ただひと言、そう謝るとジャスパーはこちらを向いて目を瞬かせた。
それから困った顔で笑うと首を横に振る。
「いや、そう言うんじゃないんだ。悪い。長命特有のアレだ、うん、ごめん」
「アレ?」
「まぁ、センチメンタル的な? さみしーのよ、要はさ。……だから何かこうさ、無性に会いたくなって来たわけで」
ジャスパーはそう言うと紅茶を飲む。
……寂しい、か。
グランドメイズにいた時は皆を生きて返す事で頭がいっぱいだったから、他の事を考える余裕はあまりなかった。
でもこうして言われてみると、ああ、確かに――――寂しい。
あのまま死んでいたらジャスパーやアイドに二度と会えない。
それは私だって嫌だ。寂しい。それは――怖い。
「ジャスパー」
「うん?」
「来てくれてありがとう」
二重の意味で感謝をこめてそう言うと、ジャスパーは少し驚いたように目を丸くして、
「おうとも、まかせとけーい」
と、直ぐに破顔した。
それからジャスパーは少し顔を赤くして指で頬をかく。
「ま、まぁ? ほら、あれだ。ベリルだから別れるのが嫌だってのも、俺はあるんだけど……」
「そうなの? それは長生きしないとなぁ」
私がおばあちゃんになる頃もジャスパーは今と同じなのかな。
そんな事を想像していると、しばらくしてジャスパーは大きくため息を吐き「俺ってチキン……」なんて呟いていた。
ジャスパーはチキンじゃなくてダークエルフだったと思うんだけども。
「でも私も、寿命以外でジャスパーと別れるのは嫌だな」
「えっ!」
思った事を私が言ったら、ジャスパに驚いた顔をされた。
何か変な事を言ったのだろうか首を傾げていると、
「そっかそっか!」
とジャスパーは嬉しそうに笑った。
宝物を貰った子供のような笑顔だ。
ジャスパーの方がずっと年上だけど、何だか可愛いなと思ってしまった。
それから二人で他愛もない世間話をして――――しばらくしてジャスパーは満足そうな顔で帰って行った。




