第二十一話「サファイア君もたまにグランドメイズに潜っていてねぇ」
入浴を終えたあと、私たちはライト陛下の執務室に案内された。
部屋の中央に置かれた大きな丸テーブルの周りに、ライト陛下とサファイア王子、そしてアンドラが座っている。
アンドラはすでにドレス姿ではなく、ちゃんとした服装に着替えていた。恐らくライト陛下にお借りしたのだろう。
陛下たちの後ろにはアラゴナさんなど、それぞれの側近や側仕えたちが控えている。
ライト陛下に挨拶をしてアンドラの隣に座ると、今回の件についての話が始まった。
とは言っても事のあらましについてはすでに話してはいるので、再確認の意味合いが大きいけれど。
「転移魔法陣に紅茶ねぇ。とりあえずベリルのところの転移魔法陣を、こちらで調べさせてもらって良い?」
「はい、それはもちろん。……今回はご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありませんでした」
「ああ、いやいや、それはぜんっぜん大丈夫! ベリルとアズが無事だったのが一番だもんさ。アンドラ君たちもね」
ライト陛下は朗らかにそう言うと、バチンと音がしそうな勢いで片目を瞑った。
陛下は大丈夫と仰ったが、そうじゃないのは私だって分かる。
救助隊の事も、転移魔法陣の誤作動の事も。下手をすれば国ごとの問題になっていたはずだ。
とてもご迷惑をおかけした事なのだ。それなのにライト陛下は笑ってそう仰って下さる。
……本当に懐の大きな方だ。ライト陛下の笑顔に、少し泣きたい気持ちになってきた。
「それに、ちょうどサファイア君もいたからねー」
そんな事を思っているとライト陛下はサファイア王子の方へ顔を向けた。
色々あって聞けなかったけれど、どうしてこの国にサファイア王子がいるのだろう?
外交か何かだろうかと考えていると、
「ははは。私もちょっと野暮用だったのでね」
サファイア王子は笑ってそう仰った。
どうやら仕事で来ていたわけではなさそうだ。
「いやーそれがさー、サファイア君もたまにグランドメイズに潜っていてねぇ」
「……えっ」
予想外の言葉が来たよ!?
私と同じくアンドラも驚いたようでぎょっとした顔になっている。
サファイア王子がグランドメイズに潜っている――なんて、どういう事だろうか。
まさかサファイア王子も私のように冒険者をしているわけじゃないだろうし。
……ないよね?
思わずそんな視線をサファイア王子に向けると、
「楽しいよね、冒険者」
冒険者していらっしゃった!
していらっしゃったよ、王子!
い、いや、もしかしたら単なるリップサービスかもしれない。落ちつくんだ私。
一国の王子が隣国で冒険者稼業に精を出しているなんて事は……。
……いや私も一応は公爵令嬢だけど冒険者をしているから……もしかして有りなのか?
有りか無しかを考えたら有りのような気がしてきた。
「はい。楽しいですよね、冒険者」
なのでしっかりとそう頷く事にした。
確かに意外性はあるけれど、王子だろうが何だろうが趣味は自由だ。特別おかしな事ではない。
……という事にしておきたい。
なんて思っているとアンドラが何か言いたげな視線を投げかけて来た。
何となく「羨ましい!」という感情が込められている気がする。
「ああ、でも今回は違う目的だったんだけどね。たまたまここへ来ていた時に、知り合いから手紙を受け取って君たちの事を知ったんだ」
「知り合いからの手紙……ですか?」
「うん。ほら、君の文通相手のラブラさん。僕の知り合いなんだ」
「えっ」
何とサファイア王子はラブラさんの知り合いだったらしい。
驚いてライト陛下を見ると、大きく頷いている。
「最初に手紙を出して欲しいって依頼をしたのもサファイア君なんだよ。ナイショでって言われてたから黙っていてゴメンね!」
「そ、そうなのですか」
なるほど、そういう事か。
サファイア王子とラブラさんの関係性は謎だけど納得は出来た。
でもラブラさんって一体何者なんだろう?
グランドメイズの最下層に住んでいるのも不思議だけど、サファイア王子の知り合いでもあるなんて。
気にはなったけれど今日はそれ以上は聞く事は出来なかった。




