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第十九話「すげぇ顔してっけど、どったのベリル」


「いやー、焦ったわー。碌な装備もないのにグランドメイズの下層に登場! って、ホントよく生きてたよ」


 ジャスパーとともに精霊の安息所に入ると、彼はほっと笑ってそう言った。

 彼は私がラブラさん宛てに出した救助要請の手紙を読んでここへ来てくれたらしい。

 良かった、ちゃんと届いていた。ラブラさんも地上に救助の手紙を送ってくれたのだ。

 ……あとでお礼の手紙を書こう。

 そう思いながら、私は改めてジャスパーに礼を言った。


「ありがとうジャスパー。命拾いしたよ」

「いやいや。アイドも来てるぜ」

「アイドも?」

「ああ、あっちでミノタウロスと戦ってる」


 そう言ってジャスパーはやって来た方向を指差す。


「救助に来た人数が多いから、手持無沙汰でよ。俺は先に見て来いって言われたんで先行したってわけ」

「そっか。……有難いな」


 話しているうちに戦いの音は小さくなっていた。

 そろそろ決着が付きそうと思った時、ミノタウロスらしき断末魔がダンジョンに響き渡った。

 思わず耳を塞ぎたくなるような声だ。

 ミノタウロスの最期の叫びを聞いて、アンドラや彼の側仕えたちの肩が跳ねたのが見えた。

 たぶん聞き慣れていないのだろう。


「やっぱ強い奴が多いと早ぇなぁ」


 ジャスパーは感心したように何度か頷くと、顔を戻した。

 ――そしてその直後に、唐突に噴き出した。

 何事かと思って彼の視線を辿ると、そこにはドレス姿のアンドラがいる。

 ここ二日で私たちは見慣れたけれど、初見ならばそうなるだろうな。


「え? え? っていうか今気付いたけど、何なのこの状況」

「うーん。話せば長くなるんだけどね」


 さすがに私が避け続けたせいで女装までして話をしに来たんです――なんてストレートに説明できないよな……。

 アンドラもさすがに気まずそうである。

 どうしたものかと悩んでいると、ちょうどそこへミノタウロスとの戦闘を終えた人たちが到着した。

 ジャスパーの言っていたとおり大人数で救助に来てくれたようだ。

 その中に良く知る顔があった。


「うむ、無事じゃったか」


 最初に声を掛けてくれたのはアイドだった。

 戦闘後のためか少し疲れた顔のアイドは、私とアズを見ると手を軽く振ってくれる。


「アイド! 助かったよ」

「いやいや、無事で何よりじゃ。大事ないか?」

「ええ、大丈夫ですわ」


 私とアズが頷くとアイドは「そうか」とほっと笑った。

 つられて笑っていると、


「うん、無事だったようで良かったよ」


 と、若い男性の声がした。

 声の方を向くと、そこには爽やかな風貌の青年が微笑んでいた。


「――――え?」


 彼を見て私は思わず言葉を失った。

 ここにいるはずのない人物が立っていたからだ。

 パクパクと魚のように口を開閉する私を見て、ジャスパーが首を傾げいてる。


「すげぇ顔してっけど、どったのベリル」


 そして不思議そうにそう聞いて来た。


「いや、どったの、っていうかですね……な、何でこちらに?」

「何でも何も、サーさんだろ? ベリルたちの救助に行くの率先して手伝ってくれたんだぜ、知り合いなんだろ? お連れさんも、すーげぇ質の良い装備してるなー」

「サーさん……」


 上ずった声で名前を繰り返し、私はその『サーさん』を見た。

 『サーさん』は相変わらずにこにこと微笑んでいる。

 ミノタウロスを見た時とは別の意味で心臓がバクバクと鳴るのが分かった。


 そこにいる方が誰なのか――と言うと。

 この方はトルマリン王国の第一王子であるサファイア殿下である。つまりダイヤ王子の兄君だ。

 ああ、ダイヤ王子と雰囲気は違うけれど、顔立ちは良く似てらっしゃるなぁ……。

 なんて現実逃避をしている横で、アズやアンドラの側仕えたちもポカンとした顔をしていた。

 アンドラなんて私以上に動揺して――何せドレス姿なのだ、無理もない――いる。


 アンドラに同情の眼差しを送りながら、私は混乱する頭を必死でフル回転させる。

 何故ここにサファイア王子がいらっしゃるのか。

 王子が救助に来て下さる理由もないし、何よりトルマリン王国から来たにしては早すぎる。

 

 ジャスパーとアイドの様子から見ても、サファイア王子はご自分が何者なのかも話していないようだ。

 私の知り合いならば貴族か騎士か、その辺りの何かとは思っているのだろうが。

 だが――アイドだけは動揺する私たちを見て何かを察したらしく、心なしか遠い目になっていた。

 黙っているか否かを考えて――私は説明する事を選択した。

 私は今、形容しがたい表情をしていることだろう。


「ジャスパー、この方はねトルマリン王国第一王子のサファイア殿下です」

「はい?」


 ジャスパーは目を瞬いたあと、サファイア王子の方を向いた。

 王子はにこりと笑って軽く手を上げる。


「サーさん改め、サファイアです。よろしくね」


 そして軽い調子で挨拶をして下さった。

 ジャスパーはそれを見てしばし考えたあと、


「わぁお」


 と、真顔でそう呟いた。

 言葉から「何で!?」という感情がひしひしと伝わって来た。

 気持ちは良く分かる。本当に良く分かるよ、ジャスパー。

 だってここにいるほぼ全員が「何で!?」って思っているから。

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