表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/60

第一話「実はな。其方に悪役令嬢役になって貰いたいのだ」



「ベリル・ミスリルハンドよ、実はな。其方に悪役令嬢役になって貰いたいのだ」

「悪役令嬢()?」


 謁見の間で立派な玉座に座ったズルタ陛下から、私はそんな言葉を頂いて、思わず聞き返した。

 何を言われたのか良く分からなかったからだ。自分でも驚くほどに素っ頓狂な声が出たものである。

 悪役令嬢役とは何なのか。そもそもどうして言葉に『役』という言葉を二度使われているのだ。

 まったくもって良く分からない。

 

 私の名前はベリル・ミスリルハンド。肩書きは公爵令嬢という御大層なものだ。

 なんて偉そうな事を言っておいて何だが、私はミスリルハンド公爵家の中では半端者である。何をやっても中途半端で、どうにもこうにも突出した能力がない。器用貧乏とも言うかもしれない。

 まぁ私の上には優秀な兄や姉がいるので我が家は安泰だが、兄弟と比べて私は肩書きを外套のように羽織っているだけ。優秀な兄上や姉上のように秀でたものがない私は、常々、お荷物だなぁと思っていた。


 そんな私は先日十七歳の誕生日を迎えた。十七歳ともなれば、そろそろ結婚相手を探さないと貴族社会の世間体的にまずい時期らしい。

 むしろ遅いくらいだとも聞いたことがあるが、生憎と私にはそんな気はさらさらなかった。

 家名目当てで結婚の申し込みはあるが、大体はミスリルハンド家を利用しようとする輩。家に厄介事を持ちこむ事が目に見えて分かっている相手と結婚するなんて御免である。

 幸い両親からも「自由で良いのよ」と言われているので、それならば自由にさせて貰うつもりでいた。


 今回もその申し込みをさてどう断ろうかと考えていたところに、急にこのトルマリン王国のズルタ陛下から呼び出しを受けたのだ。

 何の用か分からないが、お見合い云々の話であったらどうしよう――なんて微妙に嫌な予感を感じながら、私は侍女に着替えさせられて、こうして謁見の間へやって来たと言うわけである。

 ……まぁ、さすがにこれは予想外だったけれど。

 ほっとしたような、何とも言えない感情が芽生えるような、このやり場のない微妙な感覚をどうしたら良いのだろうか。


「其方の通っている王立学院に少々不穏な動きがあるのだ」


 ほうほう、不穏な動き。なかなか物騒な響きを含んだお言葉。


「不穏な動きですか。それはまた物騒なお話ですが……しかしそれと悪役令嬢役などというものに一体何の関係が?」

「その不穏な動きの元を探るために『立場の悪い』人間を作る必要があるのだ」


 ズルタ陛下曰く、立場の悪い人間ならば、相手がその孤独さを利用しようと接触して来るのではないかとの事らしい。

 理にはかなっているような気はするのだけど、やはり何を言っているのかまで理解が辿り着かない。

 そもそもこんな半端者を引っ張り出してどうするんだ。

 思わず首を傾げそうになるのを答えながら私は曖昧に返答する。


「それでしたら、私などよりもっと他に適任の方がいらっしゃるのでは……そうだ、例えば殿下の婚約者とか」

「うちは代々恋愛結婚でな、あれにはまだおらん。ゆえに、其方が適任だ。勉学や武術の成績がそこそこ優秀で、ちょっとやそっとでは死にそうになくて、何より友人がいなさそうなところが良い」


 褒めたと思ったら後半はほぼ悪口しか仰っていませんよね?

 上げて落とすとはこういう事かコノヤロウ、と言葉に出来たら楽なのに。

 まぁ心で思うだけならばタダだ。しかし言葉にしたら一発で不敬罪の牢屋直行コースなので、私は貴族らしい笑顔で出かけた言葉を飲み込む。


「とにかくそんな孤立している所がちょうど良いと思ったので手伝って貰いたい。なに『婚約者候補』とでも噂を流せば関わる理由にもなるだろう」


 ちょうど良くもへったくれもないのだが……。

 どうやらズルタ陛下からの私への評価は大変残念なものであるらしい。

 それが分かっただけでも収穫だとも思うが、嬉しくも何ともなかった。


 うーん、正直なところ、面倒くさいな……。

 自慢ではないが、私は基本的に面倒くさがりな人間である。好きな事や、やろうと決めた事には頑張れる人間であると自負している。

 興味のある事ならばやりたくなくても頑張るが、その逆は期待しないで頂きたい。

 そしてズルタ陛下からの「手伝い」には、残念ながら興味の欠片も持てなかった。


「ちなみにミスリルハンド公爵には話を通してある」


 父上、知っていたんですかい。まぁ、断りにくいだろうなぁ……。

 陛下からの言葉に私は頭を抱えそうになった。

 もっとも最初から拒否権はないのだが。

 何故ならばこれは、トルマリン王国のトップであるズルタ陛下からの頼みなのだ。頼み事などと体裁を取ってはいるが、それは実質命令に近い。出来るのならば断わりたかったが、それをさせない地位が相手にあり、それに従う義務が私にはあった。


「……なぜ悪役令嬢なのかお伺いしても?」

「うむ。最近そう言った物語を王妃がはまっておってな」


 気になった部分を聞いてみたら、ズルタ陛下は隣に座るモルガ王妃に顔を向けた。見たとたんにデレっと笑顔になる。 

 ……べたぼれだなぁ。

 モルガ王妃は相変わらず美しい方である。

 御歳は確か四十後半であったはずだが、その容姿からはまったく年齢を感じさせない。その容姿の保ち方と美しさの秘訣について、貴族女性たちの間ではよく話題になっている。

 そう言えば姉上に連れられて参加したお茶会でその話題を振られた時に「食べ物と運動と化粧の力では」と答えたところ「夢がないですわっ」と言われたが、乙女心とは難しいものである。

 さて、そんなモルガ王妃はズルタ陛下に頷くと、膝の上から一冊の本を持ち上げて私に向かって見せてくれた。


『悪役令嬢は出目貧乏』


 本のタイトルにはそう書かれていた。

 ……売れているんだろうか。

 恐らく悪役令嬢を主人公にした娯楽小説らしいが、どんな内容なのか。

 その想像はつかないが、ズルタ陛下の頼みごとの元凶がモルガ王妃であるのは理解出来た。

 王妃様コノヤロウ。


「申し訳ありませんが、悪役令嬢がどんなものかなど、私の貧相な想像力ではとてもとても……」


 急にキャラを作れとか無理ですという言葉を、出来るだけ綺麗な言葉で包んで返事をする。

 ストレートに言葉に出来たら楽だろうが、そんなもんを言おうものなら牢屋直行コースである。権力とは実に恐ろしいものだ。

 さて、どうかな。

 曖昧にかつ上手く伝えられただろうかと期待を込めてお二人を見上げると、なぜかモルガ王妃の目が輝いていた。


「ええ、大丈夫です。そのために、良いものがありますわ」


 モルガ王妃はそう言うと侍女に指示をし始めた。

 王妃のウキウキした様子を見るからに、何に対して良いものなのか考えたくはない。

 嫌だなぁと思っていると直ぐにモルガ王妃の侍女が何かをトレイに乗せて戻って来た。

 トレイの上に乗っているのも本のようである。

 モルガ王妃が「どうぞ」と微笑むので、私は仕方なくその本を手に取ってタイトルを読んだ。

 

『悪役令嬢を完璧にこなすための脚本』


 王妃様コノヤロウ。

 まさかの脚本である、タイトルを見て頭を抱えたくなった。

 さらに頭が痛い事に著者名はしっかりとモルガ王妃の名前が記載されていた。

 王妃様、書いたんだ、これ……。ざっと見ただけで二百ページは超えていそうなのだが……。

 私は顔が引きつるのを感じながら、何とか笑顔を作る。


「え、ええと……み、見せて頂いても?」

「ええ、よろしくてよ」


 モルガ王妃は形の良い唇を上げて「うふふ」と楽しげに笑った。

 ほぼ怖いもの見たさで私は脚本を開く。

 ページをめくって行くと、悪役令嬢の心構えから始まって、場面ごとに使える言い回しや動作、表情などが細かく山ほど書かれていた。しかも巻末にはご丁寧にQ&Aページまで用意されているという親切設計である。さらには「〇〇した方が効果的!」とか「ここは感情を込めて!」とか、後で思いついたであろうアドバイスまで矢印つきでしっかり書きこまれている。

 脚本と言うよりは実用書の類だね。

 凄いとは思ったが、正直に言うと引いた。


「解決するまでは続けて貰う事になるが、報酬として其方が望むもの与えるつもりでいる。頼めるか?」


 無言になった私にズルタ陛下は改めてそう言った。

 繰り返しになるが、国のトップの頼み事というのはほぼ命令に等しい。そして私はそれを断る事が出来ない。

 いくら報酬があったとしても、乗り気はしなくても、断る事はできないのだ。

 断れば自分だけならまだしも家族や側仕えたちに迷惑がかかる。


「―――――はい、確かに承りました」


 面倒くさいと言うのを飲み込んで、私は深々と頭を下げた。

 しかしやはりとても面倒くさかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ