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第十七話「取ってつけたような棒読みが好ましい理由がないだろう」

 ダンジョン底のラブラさんに手紙を送り終えたあと。

 精霊の安息所の周辺を探索したり、食料の確保について考えたり、寝床を作ったり、やる事はそれなりにはある。

 でもまぁ少し休んだ所で罰は当たらないだろう。

 アンドラや彼の側仕えたちの様子を見れば、彼らも落ち着いてきたようで表情が穏やかになっていた。

 うん、良かった、良かった。

 いつまでも難しい顔をしていると体が持たないからね。


 ……それにしても、転移魔法陣がああいう反応をしたのは初めてだったな。

 確かアンドラが紅茶を零してしまい、それを転移魔法陣の敷物で拭いたんだっけ。

 それで止めようと慌てて手を伸ばしたら、指先が魔法陣に触れた瞬間に魔力が吸われる感覚がしたんだ。

 あの紅茶は美味しい以外は普通だし、水も特別なものを使っているわけではない。

 そうなると敷物が水分を吸った事が何か関係しているのだろうか。魔力も吸われたしね。


 ……何か最近、本当に水関係の話題を良く聞くなぁ。

 アルマさんへの嫌がらせにも水が絡んでいたらしいし、占いで水難の相でも出ているのだろうか。


「……おい」


 そんな事を考えているとアンドラから声を掛けられた。

 声の方を見上げると眉間にしわを寄せたアンドラが立っている。

 言葉もぶっきらぼうだし、表情は硬いが先日のように怒っているという様子ではなかった。


「どうしたの?」

「いや、何もないが……その、少し話をしても良いか?」

「ええ、まぁ暇なのでどうぞ」


 私が了承するとアンドラは隣に腰を下ろした。

 少し離れた場所にいたアズがアンドラに気付き、こちらを心配そうに見たので「大丈夫だ」と頷いておく。


「……単刀直入に聞くが、それが()か?」


 座って直ぐにアンドラはそう聞いて来た。

 ……ああ、そうだ、言われて思い出した。

 彼らの前にいる時は悪役令嬢役の脚本に頼り切って話していたので、もっと御令嬢らしい言葉遣いだったはずだ。

 けれど今――というか、学院でアンドラが絡んできた辺りからは普通の口調が混ざっていた気がする。

 ああ、しまったなーとは思うけれど、まぁ状況が状況だから仕方がない。

 なので私は頷いておく。


「うん、まぁ素の方だね。あの口調の方が良かったかい?」

「まさか。取ってつけたような棒読みが好ましい理由(わけ)がないだろう」

「あれでもそれなりに努力したんだけどね」

「どこがだ。シロガネ大根役者並みだぞ。どうにもおかしいと思っていたが……」


 どうやら私の演技はアンドラから見てもシロガネ大根役者だったらしい。

 棒読みにも気づかれているとなると、ダイヤ王子たちにも「おかしい」と思われているのではなかろうか。

 だから私に演技は無理だとあれほど……!

 ……陛下には言ってはいないけれども。

 うーうー唸りながら私が頭を抱えていると、


「――――申し訳ない」


 と謝罪の言葉とともに、アンドラが頭を下げた。


「えっ」

「俺が侍女(かのじょ)を悪く言った時に、君はとても怒っただろう?」


 それは当然だ。アズは私にとって大事な家族なのだ。

 誰であろうとアズを悪く言われて黙っている事は私には出来ない。

 私が「ええ」と肯定すると、アンドラは頭を下げたまま話を続ける。


侍女(かのじょ)の事と、ダンジョンに飛ばされてからの様子を見れば分かる。君はアルマに嫌がらせをしたり、噂に聞くような不気味な事をしない人間だと俺は思う。――だから、本当に申し訳ない」


 ……これは何と言うか、謝罪されるとは思わなかったので驚いた。

 アンドラの行動にアズや側仕えたちの視線が集まるのを感じる。

 嘘でもフリでもないのだと言う事は私にも分かった。

 それならば私もちゃんと答えなければならない。


「謝罪をしてくれるのならば、私の事よりもアズに対して言った事を謝って頂きたい」


 そもそも私は私個人の事に対してはどうでも良い。

 悪役令嬢役という仕事で、それを後押しするような流れになっていたからだ。

 例えどんなにヘタクソな演技であっても、そういう役回りなのだ。


 だがアズは違う。

 彼女は私が頼んだから傍にいて、協力してくれているだけなのだ。

 アズを悪く言われるのは一番堪えるし、腹が立つ。

 だから謝罪ならばアズへと私は言った。

 アンドラは私の言葉に頷くと立ち上がる。そして驚いているアズの所まで歩き、


「あの時、馬鹿にした事を言って申し訳なかった!」


 と、さらに深く頭を下げた。

  ……アンドラは誰であっても謝る事が出来る人なのか。

 トルマリン王国の貴族でもこういう人がいるのだな、と何だか不思議な気分になる。


「……私の方はどうでも良いのですけれど」


 頭を下げられたアズは困惑気味に私を見た。

 なので私はしっかりと首を振る。


「私にとってはどうでも良くない問題です」


 だって本当にそうなのだ。

 私がそう言うとアズは肩をすくめ、アンドラに向き直った。


「……そうですね。私の方は別に良いですけれど、お嬢様への暴言は許せません。……けれど、ひとまず頭は上げて下さい。私への謝罪は確かに受け取りました」


 そう言われ、ようやくアンドラは顔を上げる。するとその顔を見たアズが少し笑った。

 こちら側はからはアンドラの背中しか見えないが、どんな顔をしているのだろう。

 そして何となくだが、アンドラの耳が赤くなっているようにも見えた気がした。

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