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第十六話「さて、それじゃあ、今後の事だけど」


「さて、それじゃあ今後の事だけど」


 一息ついた所で私はそう切り出した。


「まず、ここはグランドメイズのどのくらいか、という話だけど。ミノタウロスがいる事から考えて、恐らく下層――――二十二層より下だと思う」


 私のことばにアンドラたちがざわついた。

 二十二層以下という具体的な数字を出したのは、私たちが二十二層まで攻略していたからだ。

 その間、ミノタウロスに遭遇しなかったので、恐らくそれ以下だろうと思ったんだ。違うなら違うで有難いけどね。


「今の戦力でここから地上を目指すのは不可能だ。だから助けが来るまで、ここで待機する事になると思う」

「助けが来るまで? それは……どのくらい……」


 アンドラの側仕えの一人が手を挙げ、おずおずと聞いてきた。

 うん、良い質問だね。


「運が良ければすぐかもしれないし、一週間以上先の可能性もあるね」

「そんな……っ」

「……何とかならないのか? 助けを待つのは仕方がないとしても、一週間水だけで過ごせるかどうか……」


 一気に青ざめる側仕えたちを見て、アンドラが私を見る。

 まぁ一週間くらいは水だけで過ごす事は出来なくはない。それ以上の日数を水だけで生き延びた者もいるっていう話も聞いたことがある。

 だけど一日三食を普通に食べていた者の場合は、水だけで一週間以上は難しいのではないかと思う。

 気の持ちようもあるとは思うけれど、出来る事ならば一週間以内に現状を何とかしたい。

 そして出来なければ食料だけは確保しなければならない。


「食料に関してはダンジョンの中で調達するしかないですわね」

「そうそう。確かグランドメイズには食べられるのもいたはずだ」

「……ま、待て。その言い分だと、まさか……」

「そのまさか。もちろんモンスター」

「やはりか!!」


 簡潔に答えるとアンドラは両手で顔を覆った。

 彼の側仕えたちも揃って顔色を失くしている。

 いや、確かにモンスター食はトルマリン王国ではほとんど聞かないけれど、ちゃんと食用に出来るのもいるんだよ?

 例えばボア系のモンスターの肉はシーライト王国では結構メジャーだし、ゴーレムの身体に生えた苔は珍味として重宝されている。

 あとはスライム系は水分が多いので飲み水代わりにもなるらしい。火だけは通さないと腹を下すらしいけれど。


 ……というような事を説明すると、アンドラたちは意気消沈した顔になってしまった。

 出来るだけ抵抗感が少なそうなものを選んだはずなんだけど、おかしいな。


「まぁ助けが来なかったらの話だよ。餓死しても良いというなら別だけど、それでもその時は私が無理矢理食べさせるので安心して欲しい」

「安心できるか、そんなもの! そんなものを食べるくらいなら食べずに……」

「却下、それは私がさせない。君を死なせたら、うちの家族やシーライト王国にも迷惑が掛かる。それに君の御家族も悲しむだろうよ。」


 アンドラの言葉をバッサリと切る。

 するとアンドラは言葉に詰まらせ、目を伏せた。

 俯き加減の顔は、心なしか苦しそうにも見える。


「……俺が死んだところで悲しむ家族はいないだろうさ」

「いや、いるでしょう。そもそも君は跡取りだろう? 死んだら困ると思うけど」

「俺よりも強くて優秀な妹や弟たちがいるからな。むしろ喜ばれるだろうよ」


 アンドラは自嘲気味にそう言った。彼の側仕えはアンドラを心配そうな目で見ていた。

 ……予想外のところで微妙な家族関係を聞いた気がするぞ、どうしよう。

 まぁ妹のガーネット嬢の話を聞いただけでも、確かにアンドラよりも優秀そうだとは思ったけれど。

 だけどアンドラがどうして負けた事にああもしつこく食いついてきたのかは分かった気がする。

 恐らく妹や弟に対するコンプレックスなのだろう。


 アンドラの気持ちは何となく分かる。

 自分よりも優秀な兄弟と比較され続けるのは、周りが思うよりずっと堪える。

 比較された相手の事を好きだと思っていても、尊敬していても――否が応にもそういう気持ちは生まれてしまう。

 

 自分の事のような気になっていたら、アズが気遣うように私を見ている事に気が付いた。

 いかん、いかん。思考が沈むとジャスパーに「卑屈過ぎ」って怒られる。

 アズに向かって笑ってみせると、私は再びアンドラに目を向けた。


「確かに話を聞く限りでは、君の妹さんや弟さんは優秀なのだろうけれども」


 そう前置きするとアンドラが傷ついた顔になる。

 すると彼の側仕えたちが私に向かって憤った目を向けた。

 ……なんだ、良い人たちが周りにいるじゃないか。

 ちゃんと想ってくれる側仕えがいる以上、アンドラという人間の人となりは、それほど悪くはないのだろう。あとは主を叱れるようになれば一番なんだけどね。


「君の妹さんたちでは、ダイヤ王子の友人にはなれなかったんじゃないのかい」

「……え?」


 私がそう言うとアンドラがきょとんとした顔になった。


「妹さんを騙って女装までして、無謀にもミスリルハンド公爵家まで乗り込んできたガッツがあるんだ。それをもっと別の方面に発揮したら良いと思うよ」

「…………」

 

 次第にアンドラは困惑した表情になっていく。彼の側仕えたちも同様だ。

 思考が止まったのか、動かなくなってしまったので、ひとまずそのままにしておいて。

 私はアズに話しかける。


「ところでアズ。何か書くものは持っていない?」

「いえ、ちょうど持っていなくて……」

「そっか」


 状況が状況だったからなぁ。

 さて、何か代用できるものがないかと考えていると、


「……ある」


 アンドラがそう言った。

 そちらを見ればアンドラが側仕えからペンを受け取っていた。

 ……いいなぁ、あれ。ペンの中にインクが中に入っている奴じゃないか。人気商品でなかなか手に入らないんだよなぁ……なんて思っていると、アンドラがそのペンを差し出してきた。

 貸してくれるという事なのだろう。


「ありがとう、お借りします」


 礼を言ってペンを受け取るとアンドラは小さく頷いた。

 さて、これで書くものは準備出来た。あとは『紙』代わりのものだけだね。

 私は「よし」と立ち上がると、ドレスの裾を剣で切った。


「な、な、な、何をしているんだ!?」

「お嬢様……」


 アンドラがぎょっとした声を出し、アズは額に手を当てている。


「ああ、いや、書くものが欲しくてね」

「それならば私の服を切りますよ!」

「嫁入り前の娘にそんな事をさせられますか」

「お嬢様もですよ」


 アズがそう言うとアンドラの側仕えにまで頷かれた。解せぬ。

 まぁ、それはともかくとして書くものが欲しかったのは本当だ。

 紙があったら良かったんだけど、まぁ布でも丁寧に書けば何とかなるだろう。


 そんな事を考えながら私は湧水に切り取ったドレスの布をひたす。

 布に湧水を十分に吸収させたあと、いったんそれを絞って魔力を込める。布を乾燥させるためだ。

 役に立つ魔法はほとんど使えないけれど、魔力を多少の熱に変換するくらいは私にも出来る。

 しばらくすると布から蒸気が立ち始め――やがてカラッと乾いた。

 私は床に切り取った生地を置くと、そこに文章を書き始める。

 あて先はダンジョン底のラブラさんだ。


「ラブラさんという方への手紙ですか?」

「うん。正確には救助依頼だけどね」


 私はいつもダンジョンネットワークを使ってラブラさんと手紙のやり取りをしている。

 ラブラさんへ充てる時はダンジョンの壁ならどこでも良いけれど、あちらから手紙が来る時はそうじゃない。まっすぐに地上へ送られるのである。

 どういう原理かは詳しく聞いた事はないけれど、ラブラさんはそういう風に出来るらしい。

 実際に手紙はいつも郵便配達人経由で、冒険者の酒場かトルマリン王国の客室の方へ届いている。


 ――で、それを利用して助けを呼べないかと思ったのである。

 ただダンジョンネットワークで手紙を送る際には魔力が籠っている紙でなければならない。なので布で代用するとしても、多少なりとも魔力が籠っているものである事が最低条件だ。

 だから精霊の安息所の湧水を利用したというわけである。


「上手く行くと良いけれど」

「きっと行きます。……と信じた方が精神衛生上良いので、信じましょう、お嬢様」


 アズはとても彼女らしい言い方で励ましてくれる。

 

「そうだね、そうしよう」


 つられて笑うと私は文章を書き上げ、手紙役の布をダンジョンの壁にあてた。

 布は手紙と同じように、すう、とダンジョンの壁に吸い込まれて行く。

 ……どうか、届きますように。

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