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第十五話「ミノタウロス……」


 グランドメイズの通路を息を潜めながら歩く。

 通路の把握に、罠がないか、敵はいないかの確認。やる事は色々あるし、緊張感もある。本当なら二人で組んで行くのが望ましいのだけどね。

 私たちのパーティでは、いつもジャスパーが斥候役を買って出てくれているんだ。大変だろうなとは思っていたけれど、自分でやってみるとよく分かる。

 ……今度、何かジャスパーの好きなもの、皆で食べにいこう。


 そんな事を考えていると、T字路に到着した。

 音を立てないように、姿を見せないように、そっと左右の通路を覗く。

 左手の通路の奥に、影があった。

 牛の頭に、人の身体。遠いのではっきりとは分からないが、そのシルエットはモンスターである事を示している。


――――ミノタウロスだ。


 そう判断した私は、元の通路に頭を引っ込める。

 ミノタウロスというのは、牛の頭をした人型のモンスターだ。遺跡や迷宮を住処としているため、野外ではほとんど見かけない。私も本物は初めて見た。

 彼らは総じて怪力の持ち主で、その体長は大体は二メートルくらい。稀に三メートルを超える個体もいるらしい。

 ミノタウロスたちは知性はそれほど高くはないが、私たちと同じように武器を扱うことが出来る。

 冒険者ギルドで読んだ資料によると、ミノタウロスが扱うのは斧とかハンマーが多いそうだ。


 ……まずいな。

 今の戦力では、戦って勝てるかと言えば、微妙なところだ。

 アイドとジャスパーがいて四人がかりなら何とかなるだろうが、私とアズの二人で、アンドラたちを守って戦うとなると勝率はぐんと下がる。

 しかもミノタウロスは遭遇すれば骨の一本や二本は折られる覚悟をしろ、という話だ。避けられるものならば避けて通りたい相手である。


 幸い、ミノタウロスは私がいる場所とは逆方向に向かっているようなので、何かしら刺激しなければ、そのまま行ってくれるだろう。

 しかし、そうなると進める道は限られる。

 ミノタウロスがいる位置とは反対側の、右側の通路だ。ミノタウロスに気付かれないようにそちらに目を向けると、今の所は何の気配もない。

 というより、僅かに魔力が流れているような感じがする。

 もしかしたら、この先に精霊の安息所があるのかもしれない。

 その先まで確認に行きたいが、あまりアズたちと離れるわけにもいかないので、そのまま戻る事にした。


 ……しかし、うーむ。ミノタウロスか……。

 

 私たちはグランドメイズを攻略している最中なんだけど、今まで一度もミノタウロスに遭遇した事はなかったんだ。

 単に運よく遭遇しなかったというだけならば良いけれど、そうでないなら、ここは下層である、という事になる。

 碌な装備もなく、食料もなく、記憶陣も使えず、人数だけは多い。

 正直、良くない状況だ。

 精霊の安息所に辿り着く事が出来れば湧水があるので、数日は何とかもつだろうが、それ以上は厳しい。

 トルマリン王国の方では突然姿が消えれば騒ぎになるだろうから、探してくれるとは思うけれど……。


 ……ライト陛下やシーライト王国に迷惑を掛けるのは……嫌だったなぁ。 


 シーライト王国はいつでも、私を受け入れてくれた。中途半端な私に、ここにいて良いぞと笑ってくれた。

 ここの人たちが大好きだ。

 迷惑をかけるのが回避できなければ、せめて、それを出来るだけ軽くしなければ。

 そう考えつつ戻ると、


「お嬢様!」


 と、アズが駆け寄ってきてくれた。


「ただいま、アズ」

「おかえりなさいませ、お嬢様。ご無事で何よりです」


 ほっとした顔で微笑まれ、少しだけ嬉しいと思ってしまった。

 アンドラたちを見れば、顔に疲労や緊張はあれど、大人しくしているようだ。さすがアズだね。


「どうでした?」

「この先にT字路がある。それで、左にミノタウロスがいたよ」

「ミノタウロス……」


 アズが苦い顔になった。たぶん、ここがどの階層なのかを察したのだろう。


「右の通路から、僅かに魔力の流れを感じたから、そちらに精霊の安息所があると思う」

「分かりました。それでは、進む方向はそちらですね」

「うん。――――アンドラ、平気かい?」


 アズの言葉に頷いて、私はアンドラに声をかける。

 元気のないアンドラは顔を上げ、こちらを見る。

 ……いない間に何かあったのかな、落ち込んでいるような気がするけれど。

 まぁ、素直に話を聞いてくれるなら、いいか。


「先頭は私が行くから、その後ろで君の側仕えたちをまとめて連れてきて欲しいのだけれど、いいかい?」

「……ああ」

「アズは最後尾を。ミノタウロスの様子次第で、隊列をスイッチする」

「分かりました」


 アズとアンドラに声を掛けると、アンドラの側仕えも頷いてくれた。

 全員の同意を得られたので、私たちは精霊の安息所を目指し始めた。






 T字路を右に曲がったのは正解だった。

 モンスターに遭遇する事もなく、特に罠もなく、私たちは精霊の安息所に辿り着くことが出来た。

 

 精霊の安息所は広場のように開けており、幾つもの光の蝶がふわり、ふわりと辺りを舞っている。

 中央には丈の低い樹が生えていて、その樹をぐるりと囲むように噴水があった。そこに湧水が溜まっている。

 その樹は精霊樹と言って、精霊が生まれる樹なのだそうだ。そして、この光の蝶が、生まれたばかりの精霊なのだそうだと、以前ジャスパーが話してくれた。


 正直、ここに辿りつく前に全滅していてもおかしくはない所だった。

 運が良かったと言えるだろう。私がほっと息を吐くと、


「うーん! 精霊の安息所って、いつ来ても気持ちが良いですよね!」


 と、アズが明るく笑った。

 たぶん、皆を気遣って、無理に元気に振舞ってくれているのだろう。


「そうだね、私もここは好きだよ。アンドラ、皆。あそこの湧水、魔力が少し籠っているから、飲んでみると良い。疲れがとれるよ」


 そう言って振り返ると、アンドラたちは呆けた顔で辺りを見回していた。

 まぁ、精霊の安息所はダンジョンの中にしかないから、珍しいよね。

 外の世界では精霊は自然と生まれるけれど、ダンジョンの中では限られた場所でしか生まれない。だからこういう場所が自然と出来ているのだそうだ。

 

 ……そう言えば、私も初めて精霊の安息所に来た時はそうだったなぁ。


 初めて四人でダンジョンに潜った時の事を思い出たら、少し懐かしくなってきた。 

 あと無性にジャスパーやアイドに会いたくもなってきた。

 ……何とか外に出ないとな。

 とりあえず、私も湧水を飲もう。転移魔法陣に過剰に魔力を吸われたので少し回復しておきたい、というのも本音である。

 精霊樹に近づいて、


「いただきます」


 と手を合わせると、私は湧水を掬って飲んだ。

 あー、美味しい。ほどよく冷たくて微かに甘い。この甘いのが魔力を回復するのだそうだ。

 飲んでいるうちに体の内側がふわり、と少しあたたかくなる。うん……ちゃんと回復しているね。

 隣ではアズも同じように湧水を掬って飲んでいる。

 アンドラたちはどうしようか考えているようだったけど、


「毒、ないでしょう?」


 とアズが冷やかに言ったので慌てて近づいてきた。

 ……やっぱり私がいない間に何かあったのかな。

 ちらりとアズを見ると、私の視線に気が付いて、にこり、と笑ってくれた。

 まぁ、いいか。今の状況では、とくに困る事ではないし。


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