第十四話「丸腰ではないよ」
転移魔法陣の光が収まると、目に飛び込んできたのは、薄暗いダンジョンの壁だった。
この壁の材質や、装飾には見覚えがある。グランドメイズだ。
どうやらシーライト王国王城の客室ではなく、グランドメイズの中に転移してしまったようだ。
周囲を見回せば、アズと、ドレス姿のアンドラ、そして彼の側仕えが青ざめた顔で立っていた。
……うん、ちゃんと部屋の中にいた全員は、ここにいるね。
誰か一人でもはぐれていたらどうしようかと思ったけれど、不幸中の幸いだ。
まぁ碌な装備も持たない状態でグランドメイズの中にいるのは、大変よろしくない状況ではあるのだけど。
「お嬢様、ここはグランドメイズですよね?」
「うん。どの階層か分からないけれど、そうみたいだ。出来れば上層だと、有難いのだけど」
「……グランド、メイズ? ここがどこなのか、知っているのか?」
アズと話していると、混乱極めたりという顔のアンドラがそう聞いて来た。
今なら少しは聞く耳を持ってくれていそうだ。そう思ったので、アンドラたちにも説明を始めた。
「グランドメイズというのは、シーライト王国の地下に広がる巨大なダンジョン――――うん、迷宮の事だね。上層、中層、下層の三つに分類されていて、下に行けば行くほどに内部は複雑かつ、敵も強くなってくる。中ランクくらいの冒険者パーティが腕試しに潜る事が多い場所だよ」
「……シーライト王国だと?」
説明をしていると、アンドラが一部に食いついた。
「そうだけど?」
「何がどうなって隣国に跳ぶのだ!? 貴様、本当に一体、何を企んで――――」
混乱によるものだろう、怒鳴り掛けたアンドラの口を、アズが素早く手でふさぐ。
突然口をふさがれて、もがもがと暴れるアンドラを、アズが睨む。
「ここはダンジョンの中ですわ。大声を上げれば、モンスターが寄ってきます。死にたくなければ、小さな声で話して下さい」
「もがもがもが」
「わ・か・り・ま・し・た・か?」
うん、アズがコワイ。
アズがドスの聞いた声で念を押すと、アンドラはうんうんと頷き、ようやく大人しくなった。
諸々の説明は――――すると長くなるから、あまりしたくはないけれど。
何故、シーライト王国に飛んだのかだけは、仕方がないから後で話す事にしよう。
「とりあえず精霊の安息所を目指すのが良いかな」
私がそう言うと、アズも「はい、お嬢様」と同意してくれた。
精霊の安息所というのは、ダンジョン内の各層に存在する安全地帯だ。そこには結界が張られていて、モンスターは近づく事はない。
その結界は自然に出きたものなのだと、前にジャスパーが教えてくれた。そして精霊が生まれる場所だから『精霊の安息所』と言うのだとも。
「……目指すと言っても、丸腰ではどうにも」
「いや、丸腰ではないよ」
「え?」
目を瞬くアンドラの前で、私はドレスのスカートの中からひょいと剣を引っ張り出した。
腰のあたりはコルセットをつけているので無理だったから、太ももの部分にベルトを巻いて装着していたんだ。
少々歩き辛かったけど、まぁお茶会は大体座って行うものだ。ただ座っているだけならば何も問題ない。
ちなみにアズも同様で、ナイフをスッと取り出していた。
「な、何でそんな場所に武器を隠し持っている!?」
「あんなに怪しい手紙を貰ったら、警戒するのは当然でしょう」
本当は部屋に設置した魔法陣でどうこうするつもりだったんだけどね。
部屋の中で剣を振り回したくなかったし。
「怪しい手紙……だったか? 十分、ちゃんとしていただろう?」
ちゃんとした手紙だったら、お茶会を開けなんて事は書かないんだけどね。
こちらとしては怪しさの塊にしか見えなかったけれど、アンドラからすると普通の手紙だったようだ。
あの調子の手紙を他の人たちに送っていると考えたら、少々恐ろしいのだけど。
けれど、それは私が考える事ではないので、側仕えの方々には是非とも頑張って貰いたい。
「それはともかくとして。周辺の様子を少し見て来るよ」
「えっ!? いえ、お嬢様、私が――――」
「いや、アズにはアンドラたちの事を見ておいて。私の言葉よりアズの言葉の方が聞きそうだから」
ちらり、とアンドラたちに目を向けてみせる。
彼の側仕えはともかくとして、アンドラは私を嫌っている。彼の気性では、私が何か話したり、指示をしたりしたら反発を受けやすいと思う。
その点アズなら、先ほどのやりとりを見ても、有無を言わさず話を聞かせる事が出来そうだ。
そんな事を暗に言うと、アズは心配そうな顔だったが頷いてくれた。