下着同然で過ごすのはやめましょう
「……起きて…起きてください…」
遠くで……いや、わりかし近くで声がして目を開けたら、美形がいた。
「うわっ!!」
ガタっと後ろに引こうとして重たい椅子が邪魔になりそれすら出来なかった。
「ああ!」
私と目が合った美形は感極まった表情で私を見つめる。
そしていきなり膝をついて頭を下げた。
うえ!?
「お帰りなさいませ!陛下!!」
「は!?へいか!?」
「陛下のご帰還、臣下一同歓迎致します!」
「は?へ?しんか!?」
私はなんとはなしに美形の背後に目をやって…
絶句する。
私と美形はアリーナ会場並みに広い部屋にいた。
私は1段高い場所にいて、しかも椅子に座っている。
そして低い場所には礼儀正しく並び年齢も性別もバラバラの者達が皆折り目正しく平伏していたのだ。
なんだこれ!?
新手のドッキリか!?
「我ら一同陛下のご帰還を信じ、ここシュナイザー城を千年守り抜いて参りました!」
「しゅ…シュナイザー城……だと?」
唇が乾燥する。
喉がカラカラになる。
そして改めて跪く美形を見る。
長い金色の髪。
伏せられた瞳は空のように澄んだ青。
聞き覚えのある耳障りのいい声。
人ではあり得ない長い耳。
まさか……
「………レイ?」
はっとした顔で彼が私を見た。
「千年ぶりのご帰還で最初に私の名を呼ぶ名誉を賜り感謝致します!」
「ここまさか…」
彼の名前が当たってしまって愕然とする。
《異世界建国記》
私は今、ゲームの中にいる。
「……そっかぁ、ログインしたもんねぇ」
なんとなく天を仰いで上を見れば豪華なシャンデリアか見えた。
あれ、ガチャで当てた装飾品。
テレビでやってたよなー、オンライン化するって。
そっかぁ、最近のオンライン化ってぇのはゲームの中に入れちゃうのかぁ!
……
……
……って
「んなわけあるかぁぁ!」
私は思わず絶叫して立ち上がる。
「そんなわけあるか、一体何が起こってこうなった!?」
「へ、陛下…….」
ふと足元を見れば美形が…いや、レイがガタガタと震えていた。
いや、これも違う。
背後にいる数多の人達もガタガタと震えていた。
レイの顔色が頗る悪い。
「も、申し訳ありません。何か失態を我々は犯しましたでしょうか?
どうか無知な我々をお許しください」
「えええ…」
ドン引きだ。
かつてない程のドン引きだ。
いい歳した大人が小娘の癇癪にそんな本気でビビらないでくれ。
とはいえビビらせちゃったんなら一応謝っておくか…
「えっと…いや、君達は悪くないよ?」
「本当でございましょうか?
我々は陛下になんらかの不便をかけていたりはしてませんか?」
「うん。大丈夫。」
だからひとまず落ち着こう。
「とりあえず、色々教えて欲しいんだけど」
「なんなりとお聞きください。
我々は陛下のお役に立つ事こそ至上の喜びです」
私の感覚では10年ぶり、彼らの感覚では千年とかいう途方もない時間が経過しているにもかかわらずこの忠誠心は恐ろしい。
ゲームだからか、と一瞬思ったが、ゲームだからで片付けられる問題でもないような気がした。
「じゃあ、ちょっと質問。ここはどこ?」
「ここは、陛下が築き上げたシュナイザー大帝国帝城シュナイザー城が玉座の間になります。」
「うわぁ…」
懐かしい名前に思わず声が漏れる。
うん、私が名付けたよ。
「何故皆この場にいる?」
「本日、神世界とこちらを繋ぐ門が開き陛下ご帰還の報が知らされ我ら一同陛下を迎えるべうと待ちしていたしだいです」
神世界とこちらを繋ぐ門とな?
そんなものゲームでは見たことないがログインするとゲームキャラ達は何やら察する事が出来て集まれるということか。
「ここにいる者達は?」
「皆、陛下のお力に惹かれて集まった臣下でございます。
陛下に身も心も魂も捧げ忠誠を誓うと誓約した者達です。」
力に惹かれた?
「レイも?」
「はい。私はこの場にいる誰よりも早く陛下のお力に気づき運命に導かれ陛下の前に跪く誉れを得たものです」
そう、彼こそ私がこのゲームに惹かれるきっかけをくれた田所の声を持つキャラクター、エルフのレイである。
ゲーム中育成に育成を重ねて確かハイエルフ……いや、エンシェントエルフにまで進化させた特に思い入れのあるキャラである。
しかし、リアルエルフの美貌ぱネェ。
イケメンすぎて直視できねぇや。
てか、運命に導かれたとか力に惹かれてとか、カッコいい事言ってるけどガチャの景品だからね、君達。
レイに至ってはチュートリアルの品ってだけだから。
しかし、こんなにガチャったか?
ふと疑問に思う。
十連ガチャ……確か二千円で一回おまけで回せたんだった…よな?
私の当時の小遣いが月一万円ぐらいでバイト代が月5万ぐらいだったから、全額ゲームキャラにつぎ込んだとしてもこんなにたくさんのキャラはゲット出来なかった…ような気もする。
あ、まてよ!?
確か親のクレカでこれでもかって狂ったようにガチャった気がする!!!
その時に爆発的に増えた結果がこれ?
親のクレカの使い込みと成績ガタ落ちそして受験のスリーコンボでゲームを取り上げられたから、あの時とりあえず引いたキャラとは殆ど初対面だわ……。
てか何を引いたかも碌に確認してないし….。
名前だけはつけたけどかなり適当だったような?
「私はログアウトできるのかな?」
思い切って私は核心をつく。
どうやら私はゲームの中にいるらしい。
酔っ払って見ている夢という可能性もあるが、さすがに夢と現実の違いぐらいはわかる。
目の前にいるレイも後ろで平伏している連中も皆確かに生きている。
異世界が現実になっている。
これが当時ゲームにハマっていた頃の私ならハッチャケ確定だろう。
しかし、あれから10年。
こっちは落ち着いた大人になったのだ。
今更リアルゲームなんて出来っこない。
「申し訳ございません、陛下。
ろぐあうと…とはなんでございましょう?」
「神世界への帰還方法」
私の言葉にレイは大きく目を見張り、後ろの臣下達は騒めきだす。
なんだ……?
「お、お言葉ですが…陛下…。
陛下はまた……神世界へとお戻りに…?」
「そのつもりだけど?」
「そんな!!?」
レイが大声を出した。
そして私の生足に縋り付く…っておい!!?
「どうか!どうか!!我らを再び見捨てる事のないよう平に平にお願い申し上げます!
陛下は我らの光でございますれば、いない世界に我らはなんら価値を見出す事が出来ないのでございます!!」
「どうかこのままこの世界に留まりください!」
後ろに控える誰かが叫ぶとそれに呼応するかのように皆が悲痛な声を上げる。
ひぃ!
私はその怨嗟の声に恐れ慄く。
「おおおお落ち着こう?ね?うん、わかった!帰らないから落ち着こう、ね??」
震える声で言えば怨嗟の声は止まる。
「ほ、本当ですか?」
「うんうん、本当。てか、帰り方がわからないから帰りようもないし!」
だからとりあえず離れよう、ね?
と、私は彼らを宥める。
そう、帰り方がわからない。
彼らはログアウトの概念すら知らなかったのだ、帰り方を知るはずも無い。
これは自力で帰り方を調べて帰らなくちゃダメな奴だ……。
「……はい……」
渋々ながらレイは私の生足から離れる。
……生足?
ふと、自分の格好を下から上に見ていった。
「……にょわぁぁぁぁぁ!!!?」
「陛下!?どうなされましたか!?」
「なんでこの格好ーーー!?」
自宅でビールかっ喰らっていた下着同然の姿で椅子……いや玉座に私は座っていたのだ!
そりゃ悲鳴もあげる!
こちとら花も恥じらう絶賛未来の旦那様募集中のうら若き乙女だぞ!!?
「……その、大変扇情的なお姿だとは思いましたが、千年の時を経て美しく成長なさった陛下には大変よく似合っているかと…」
私の絶叫を聞いたレイは頬を赤く染めそっと視線を外してそう宣った。
瞬間、ノータイムで彼の頭にかかと落としを食らわせる。
「痛っ!」
「部屋!部屋に戻る!!そして着替える!
誰がなんといってもとにかく着替えるんだからーーーー!」
私の絶叫が玉座の間にこだましたのだった。