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風の記憶  作者: 望月桔梗
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第六章 廻る廻る糸車

 ルーティスがバシリオス達の元から去って二年になろうかという頃、テイルはとある町の酒場で昼食をとっていた。

「よお若いの、お前この辺じゃあ見ない顔だな、どこの生まれだ?」

 昼間から酒浸りで客に絡んではもめ事を起こす、招かれざる客として有名な男に絡まれたテイル。

「言っても分からないような小さな村です」

 表情を変えずに淡々と答えるテイル。

「おいおい、そんな田舎もんがこういう所で悠長にメシ食えると思ってんのか? そんな田舎もんはなあ!」

 あからさまに見下した態度で嬉々としていじめにかかろうとする男。テイルの座る椅子の脚を蹴って転がそうとした時、

「あーっ! 兄貴、まぁたこんなとこで油売ってる! 仕事してくださいよ、もうッ!」

 大きな声で入ってくるなり文句を並べる、テイルより若い男。フードを目深にかぶっていて顔が見えない。

「なぁんだ、もう見つかっちゃったか。仕事ならしてるよちゃんと」

 にこりと笑い、悪びれた様子もなく言うテイル。

「どこがですか。メシ食ってるだけじゃないですか」

 腰に手を当て、ため息をつく。

「これもシ・ゴ・ト。こういう、な!」

 突然の乱入者と、テイルのいきなり繰り広げられる会話に一瞬の虚を突かれた男が、いつの間にか立っていたテイルによってそのテーブルに組み伏せられた。

「なっ! てめぇなめッアァッ!」

 テイルが男の背中に回していた男の腕を捻り上げた為、批難の声が途中で悲鳴に変わった。

「田舎もんがなんだって?」

 ニヤリと笑うテイル。

「てめぇっ、何もんだ一体」

「何者かと言われてもね。ただの田舎者なんでしょ?

そう言えば、田舎者はここで食べちゃいけないんだろ? でも勿体ないから、あんたにやるよ」

「い、いらん!」

 動揺する男。

「遠慮しないで。ねぇ、こうやって食べさせてあげましょうか?」

 意地悪な笑みを浮かべ、テイルは手掴みで皿の上にあった肉を男の口元に突き付けた。

「やっやめろっ! お、俺が悪かった」

 必死に避けながら慌てて詫びを入れる男。

「サライ、そっち頼むわ」

「了解」

「殺すなよ?」

「善処はする!」

 男から視線を動かさずに、先程のフードを被った乱入者に声を掛けた。

 男の様子を見て怪しんでいたサライは既に怪しい動きをしている者がいないか探っていた。ウェイターがいない事に気付き、指笛を鳴らした。店主の顔が一瞬醜く歪んだのを見逃さず、すかさず短刀を喉元に突き付けた。

「っ!」

「殺すなと兄貴に言われたから善処しなくちゃいけないんで、大人しくしててくださいね? 店主」

 人の好さげな笑みを浮かべ、サラリと怖い事を口にするサライ。

「さて、ここまで嫌がるって事は……」

「何を兄貴に食わせようとした?」

 短刀を喉に更に突き付けながらにこやかに問うサライ。

「わ、悪かった。試しただけだ。本当だ。殺そうと思ったわけじゃ、ヒッ!」

 怯えて良い訳を口にする店主の喉に切っ先が少し刺さり、血が滲んだ。

「耳が悪いの? じゃあ要らないよね。切ってあげようか」

「やっ、やめてくれ」

「じゃあ答えて。何を仕込んだ?」

「し、痺れ薬」

「へぇ。痺れ薬くらいであんな横暴な大の男がビビるとでも思ってるの?」

 サライの顔つきが剣呑になる。

「サライ、もういいぞ。こいつの口に肉突っ込んだら泡吹いてやがる」

「死んだんですか?」

「いや、生きてはいるよ。食う前に気絶」

「へぇ。見かけによらずビビリなのかな?」

 サライの顔つきが変わる。

「こいつ殺しちゃっていいですか?」

「だーめ。兵士に引き渡すから。呼んできてくれ。そいつ気絶させて良いから」

「お人好しですね。後々どうなるかわかりませんよ?」

「その時は殺すさ」

「やれやれ。了解」

 仕方なさそうに返事をすると、短刀を持っていない方の手で首を軽く圧迫した。すると男はすぐに意識を失い、崩れた。

「相変わらず見事だな、それ」

「父が遺した本の中に解剖に関する物もあったんで。力じゃ適わないならどうすればいいかって考えて研究したんです。お陰で部下を率いるまでになりました。実力が全てですからね」

「努力は人を裏切らないってとこか。凄いなやっぱり。俺には真似出来ない」

「貴方には才能があるじゃないですか」

「才能? ないよそんなの」

「そうやって人を褒めるのも才能の一つでしょ。争いを避けるのにも役立つし」

 二人はそれぞれ気絶した男を縛りながら会話をしている。

「俺の場合は必要に迫られただけだ」

「だとしても、貴方は嘘で褒めたりしないでしょう? 褒めるべき所を見つけられるのだって才能です」

「バルスに出会った日に、人たらしだって言われたんだがなぁ」

「乱発してたんじゃないんですか?」

 苦笑するサライ。

「本当にそう思ったから言っただけだよ」

「何でもかんでも褒めちぎれば良いってものでもないでしょう。図に乗られたら面倒ですよ?」

「その辺の加減が難しいよなぁ」

「ま、でも、そういう貴方が好きで同行しようと思ったんで、計算ずくで動く貴方なら興ざめですけどね」

「それ褒めてる? けなしてる?」

「さあ?」

 小首を傾げ、悪戯っぽく笑うサライ。

「じゃあ呼んできますね。縛ってあるから一人で大丈夫ですね? くれぐれも油断しないで下さいよ? 貴方は甘いんだから」

「分かってるってば」

 少し鬱陶しそうに返事をし、サライを行かせた。

 程なく裏口のあたりから壺などが割れるような音と争う声が聞こえてきて、テイルは二人の口を布で縛り、様子を見に行った。

 そこには、怪我をして倒れている仲間と苦戦しているらしいサライの姿があった。

「おい、大丈夫か?」

 怪我をして倒れている仲間を助け起こし、声を掛けた。

「な、何とか。すみません」

「いいから。腕を斬られたのか。とりあえずこれで」

 止血をしようと、服を裂こうとするのを男は止めた。

「俺の事は良いですから、敵を。俺達を庇っているからサライ兄貴一人じゃ厳しいです」

「分かった。後でちゃんと治療してやるからな」

「はい」

「兄貴は手を出さないで下さいよ」

 サライがテイルには目もくれずに言い放つが、余裕のない事は一目瞭然だった。

「無理するな」

「俺の相手です。手を出したらあんたでも許さない」

「……分かった。仲間の事は任せろ。存分にやれ」

「言われなくても」

 テイルはサライの言葉に絶対的な拒絶を感じ取り、大人しく引き下がった。

 テイルが治療を始めてから一人目が終わった時にはサライが圧倒的に有利に事が運んでいた。しかし。

「そこで何やっているお前達ッ!」

 見回りに来た兵士がサライ達の争いに気付いて声を荒げた。その時、相手の男が演技をして兵士に訴えてきた。

「た、助けて下さい! こいつら強盗なんです!」

「何ッ?」

「ふざけんな! お前らが俺達を罠にハメようとしたくせに!」

「ほ、本当です、店主と客の一人が中にいます。確認して下さい!」

「分かった。動くなよ」

 兵士は店内に入って行った。

「くくくっ! よそ者がしゃしゃり出るからこうなる。大人しく身ぐるみ剥がされれば良かったものを」

 兵士の姿が無くなると表情を一変させ、男はニタリと笑って言い放った。

「チィッ!」

 サライは持っていたナイフの柄で、素早く男の首筋を殴って気絶させた。

「逃げるよ兄貴。みんな走れるか?」

 サライは言い、倒れている仲間の一人に肩を貸してやった。

「バラバラに逃げよう。俺達は突き当りの道を左に。兄貴達は右。お前らは真っ直ぐ行って適当な所で曲がって撒け。例の所で落ち合おう」

 矢継ぎ早に指示を出す。

「了解」

 それぞれが指示に従い、怪我人を庇いつつ急いで立ち去った。兵士が戻って来た時には姿が見えず、別れた後だった。


 1時間後、サライ達は合流した。

 そこは捨てられ、忘れ去られた朽ちかけの神殿跡であった。

「お疲れ」

 テイルが最後に現れたサライ達に声を掛ける。

「無事でしたか。あいつの怪我は?」

「さっき治療した。それ程傷は深くないからすぐに良くなるだろう。脱臼もしていたんで入れたけど、俺はそこまで人体に詳しくないから診てやってくれないか?」

「了解。隣の部屋ですか?」

「ああ」

 サライは隣室に診に行き、その間外の様子を窺うべく出入り口に向かった。

 特に騒いでいる様子もなくホッとする。自分達が逃げた事で大騒ぎになるかと思っていたが、何故か平穏な雰囲気のままであった。暫く出入口近くにいたが、大丈夫だと判断して、神像が安置されている中央の広間に向かった。

 苔むし、何処からか飛んできたのであろう蔓草が神像にまとわりついていたが、辛うじて女神なのだとわかる。

 女神像の前に佇み、ただじっと見つめるテイル。

「人間って、薄情なものですよね」

 遠慮がちに後ろから声が掛かる。

「薄情?」

「だってそうでしょう? こんなに立派な神殿を建て、こんなに美しい女神像を祀って賑ったでしょうに、違う神を受け入れたらあっさりとなかったもののように捨ててしまう。

 俺には、女神像が寂しいって泣いているように見えますよ」

 憐れむように女神像を見、言うサライ。

「……。それだけの信仰しか持ち合わせていなかったという事だな。だから掌を返す」

「ええ」

「こういう場所を見る度、人間でいる事が虚しくなる」

「じゃあ見ないでいれば?」

「戒めだよ」

「戒め?」

「……。戻ろう。有難うな」

 問いには答えず、踵を返すテイル。サライと目を合わせようとせず、脇をすり抜けていく。

 一晩休んだ一行は、念のため正面ではない門から町を出る事にした。また、逃げた時とは違うペアでバラバラに出る事にした。


 無事に門を出る事が出来、ホッとしたテイルと仲間は、しかし門から少し離れた場所で取り囲まれてしまった。

 サライが対峙していた男の顔がある事に気付き、その仲間なのだと知れた。

「今度は数頼み。しつっこいね、あんたら」

 敵を一通りぐるりと睥睨し、さもうんざりといった様子で言うテイル。

「あの野郎は一緒じゃないのか。まぁいい。こいつらだけでも血祭りにあげれば仲間への手向けにもなるだろう」

 取り囲んだ者達の後ろでニタニタと笑いながら言う前日の男。

「手向け? 何の話だよ?」

「とぼけるな! てめぇが毒料理食わせて殺した奴の事だ! 俺のダチだ。良い奴だったのに。てめぇが殺したんだ!」

「はあ? 口に肉は突っ込んだけど気絶しただけで殺してはいないぜ?」

 あまりな言い草に呆れるテイル。

「大体、人を差別して意地悪してくる奴のどこがいい奴だって? 変な言い掛りはやめてくれよ」

「見回りの兵士が死んだって言ってたぞ!」

「ダチっていうならその亡骸とやらを拝んだのかよ? その口ぶりじゃ見てねぇよな?」

「うるせぇ! みんな、敵討ちだ! やっちまえっ!」

「話を聞けよ」

 ウンザリと呟き、仕方なく戦闘に参加するテイル。

 一緒にいた仲間の加勢もあり、なんとか襲ってきた全員を倒した。

「はぁ疲れた。大丈夫だったか? 傷開いてないか?」

「大した怪我はしていません。それにしてもしつこかったですね、こいつら。なんか変じゃないですか?」

「変?」

「なんか、こう、上手く言えませんけど、時間稼ぎみたいな。それに」

「それに?」

「ッ! 危ないッ!」

 答えようとした男が顔色を変えて叫び、テイルが振り向いたとほぼ同時に、テイルに衝撃が走った。

「え?」

 何が起こったのか一瞬理解出来ず、相手の顔を見る。

 ニタリと嗤う男の顔が霞み、そのまま倒れた。

「テイル、さん。テイルさんッ! しっかりしてくださいッ! テイルさんッ!」

 刃が全部テイルの体に埋まっていた。

「ヒャァッハッハハハハハ」

 刺した男が狂ったように笑いだす。

 他の男が、刺されたテイルに声を掛けている男を後ろから斬って殺した。

 刺した男はテイルの遠くない死を確信し、仲間達と共に彼らの持っている者をすべて取り上げようとした。殺されたテイルの仲間は身に着けていた僅かな金品と食料を取り上げられ、テイルも金品を取り上げられた。ただ一つ、いつも肌身離さず身に着けていた、件の白珊瑚を除いて。

「けっ、女々しい男だ。女ものの珊瑚の首飾りなんて持ってやがる」

 嘲る男達。

「どうせもうすぐ死ぬんだ、俺様が金に換えて使ってやるよ」

「あはは! 品は良さそうだからうまい酒に化けるかも知れねぇぜ」

 別の男がご機嫌で言う。

「あれ?」

「どうしたんだ?」

「とれねぇ。イテッ なんだ?」

 懐から取り上げようとした男が怪訝な顔をしたかと思うと、小さく悲鳴を上げて手を引っ込めた。

「何だ?」

「今なんか噛まれたみてぇな」

「噛まれた?」

「おい、見ろ! いつの間に! 何で急にこんなに蛇が現れるんだよっ!」

 一人が気付いてパニック気味に叫んだ。テイルと殺された仲間の周囲に大きな蛇が何匹もとぐろを巻いていた。

「じ、じゃぁ今俺を噛んだのは」

 恐る恐る切っ先でテイルの服を裂く男。

 想像通り、ギロリとこちらをひと睨みして鎌首をもたげ、大きな口を開けて飛びかかってきた。

「うわっっ」

 驚いて引く男。他の蛇たちも一斉に鎌首をもたげて近くで固まっている男達を威嚇し始めた。

「ひいぃっ! なんなんだ一体! こいつ守るみてーに湧いてきやがって!」

「に、逃げるぞ!」

 誰かが言って一目散に逃げだした。それをきっかけにしてわらわらと蜘蛛の子を散らすように逃げを打つ男達。

「成程な。あの言葉を引き出す為か。考えたなセシリアよ」

 近くの林から出てきた男が面白そうに笑って、すぐそばにいる巫女に声を掛けた。

「王よ、どうか」

「わかっておる。アドニスを呼べ!」

 かつてセシリアを暴徒から守ろうとしたテイルを、部下にと望んだ王の一行が、支配下の町に抜き打ちで視察に向かっている途中であった。その日の出来事を数日前にセシリアに預言させていた為に準備は万全であった。

「王様、お呼びでしょうか」

「この者を治療せよ。殺してはならぬ」

「力を尽くしましょう」

 呼ばれた初老の男が恭しく控えると、王はそう簡潔に命じた。

 アドニスは安請け合いはせず、だが迅速に動いて有言実行した。

「他の者は死者を丁重に葬れ。俺は先に旅人として町に入る」

「お供いたします」

 テイルを神殿まで送った側近が控える。

「来い。巫女は治療が終わったらテイルについていてやれ。神殿で休ませても構わん」

「分かりました。王よ、どうかくれぐれも今回の目的をお忘れになりませぬよう」

「分かっておる。お前が言わずともその時はこいつが俺に説教するだろうよ」

 苦笑で応える王。その後ろでおかしそうに微笑む側近。

 こうして一行はそれぞれの役目を全うする為に散った。

 王と側近は途中でサライ達に会い、テイルの状態を伝え、町に連れてきて手術をさせると告げた。

 サライは意を決して自分達の状況と無実を訴え、迷惑をかけてしまうので町には戻れないと言った。しかし王は意に介さず強引に同行させた。


 アドニスの仮の治療と、セシリアが町に向かう間つききりでテイルに癒しの力を注ぎこんだ事が功を奏し、テイルは無事に町に着くと、緊急手術の末に命を取り留めた。

 王はアドニスとセシリアをねぎらい、休息を取らせた後にサライ達と引き合わせ、挨拶もそこそこに今後の事を話し合った。



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