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風の記憶  作者: 望月桔梗
4/26

第三章 動き出した運命

細々としたところを加筆、修正しました。(3/10)

 一年後、レヴァントがとある町で買い物をしている最中に、難癖をつけられ対応に困っている所をバシリオスが助けに入ったが、運悪く多勢に無勢でバシリオスが逆にやられてしまった。しかも彼らの一人に顔を気に入られ、バシリオスはレヴァント解放と引き換えを条件に、狩の獲物の如くに連れ去られてしまった。

 途方に暮れるレヴァントが宿に戻り、震える手で水鏡を操り先視をしていると、不意に水の表に覚えのある男の顔が覗き込んでいるのが見えて驚き振り返った。

「やっぱり俺には何にも見えないな。よぉ、レヴァント、だったか? あの時は視てくれてありがとうな」

「テイル、さん。どうして、貴方が此処に」

「いちゃ悪いのか? 偶然一緒の宿になっただけだろう?」

 レヴァントはへなへなと完全に床に座り込んでしまった。

「おい、どうした? バシリオスは? はぐれたのか?」

 テイルは様子のおかしいレヴァントに膝を折り、肩に手を添えた。

「あの方が、連れ去られました。僕のせいです。僕が町に行かなければ良かったのに」

 顔を覆い、嘆くレヴァント。

「あいつは王になる男なんだろう? だったら少なくとも命の危険はないだろう。そこまで心配しなくても」

「僕が連れ去られる筈だったんです!」

「え?」

「町で買い物をするのはあの方の筈だった」

「話が見えないんだが?」

「あの方が、理由は分からないけれど僕の代わりに町に買い物に行って、遅いあの方を心配して探しに行き、そこで口論になっているあの方達と遭遇。助けに入ろうとしたところで彼らの一人に目をつけられあの方の解放と引き換えに僕が連れ去られる。そういう内容が、先視で見えていたんです。なのに、今回は逆になってしまった」

 テイルは引っ掛かりを覚えたが、あえて何も言わなかった。

「で、お前はここで何をしてるんだ?」

「狂ってしまった運命の先がどうなるのか、視ようとしていました」

「視えたか?」

 テイルの声の温度が下がってきているが、レヴァントは気付かない。

「いいえ。その前に貴方が映って」

「先視がそんなに重要か?」

 レヴァントがやっとテイルの言葉の温度に気付き、身構える。

「外れる事もあると分かったのに、なんでまだ先視に拘る? それよりもやれる事があるんじゃないか?」

「僕は剣を扱えない! あの方に禁じられているから。血で穢れたら能力を失うかもしれないからって! あの方を助ける術を、僕は何一つっ!」

 パチンと鳴る程度の軽い平手であったが、レヴァントを黙らせるには充分であった。

「あいつを助ける為に、お前に人殺しを勧めているわけじゃない。只、色んな制約の中だって、お前が本気で助けたいと思うなら出来る事はあるって言ってるんだ」

「僕は先視しか出来ない!」

「それは違うぞ、レヴァント」

「違わない!僕が持っているのはこれだけだもの!」

 頑ななレヴァントに構わずに問う。

「あいつを攫ってった奴らはこの辺を縄張りにしている奴らか? 何人いた? どっちへ向かった? その時の町の人達の様子は?」

「え?」

「何か一つでも答えられるか?」

「……いいえ」

「……水鏡に、もしあいつの殺される場面が映ったら、お前、運命だから仕方ないって諦めるつもりだったんじゃないのか?」

 テイルの冷たい瞳がレヴァントを射抜く。

「それ、は」

「否定しきれない、か。その程度だったんだな、お前達の関係は。もういい。そうやって先視に依存して震えていろ」

 テイルは立ち上がり踵を返すと、部屋を出て行った。その背中に投げられた想いを感じる事もなく。


 テイルは品物を物色している振りでそれとなく聞き耳を立てた。だが、誰も関心がないのか、騒ぎに対しての噂はテイルの耳に入らなかった。

「おばさん、これ一つ頂戴。あと、これと、これもね」

「はいよ。旅の人かい?」

「ああ。色んな所をね」

「ふぅん。楽しそうだね。でもあんまりこの辺は治安が良くないから気を付けた方が良いよ?」

「俺の持ち物なんてタカが知れてるから大丈夫だろう」

「いいや。物じゃなくてあんた自身さ」

「俺がなんだって?」

「さっきも若い男が狩られて行ったよ」

「子供じゃなくて?」

「子供も攫われるけど、大人の若い男も攫われるんだよこの辺じゃ」

「本当に物騒だな。この辺を根城にしているのか? 近づかないようにしなくちゃ」

「そうだよ。南にある荒地の、大きな岩に隠れるように隠れ家があるって聞いたよ。間違ってもそこに近づかないようにしなよ」

「ありがとう、おばさん。そうするよ」

 店のおばさんから情報を聞き出したテイルはそこを離れると、彼女の視界から外れるところまで行き、再び情報収集を始めた。

「おじさん、これ、旨いの?」

「いらっしゃい。あぁ。旨いとも。うちの自慢の一つだからな。この辺じゃ珍しくもない食べ物だが、よそ者かい?」

「東から来たんだ。どんな味?」

「ちょっと酸味がある。好き嫌いは分かれるかな。食べてみるかい?」

 人の好い店主が切り分けて一房差し出してくれたので、テイルはそれを口にした。

「うん。酸っぱい。でも今の俺にはちょうどいいかも」

「ん?」

「ちょっと頭に血が上ってたから。お陰でスッキリした。ありがとう、おじさん。これ三個もらうよ」

「ありがとう。頭のクールダウンなら、皮を干して適当にちぎったのを湯に入れるのもおすすめだ。香りが心を落ち着かせてくれる」

 袋に入れながら、店主が教える。

「へぇ。湯につかるの? 飲むの? それとも嗅ぐだけ?」

「飲んでも良いが、皮は食べない事をお勧めするね」

「やってみます」

「良い旅を」

「ありがとうございます。ところでおじさんにお聞きしたいことがあるんですが」

「なにかね?」

「さっきこの辺りで人攫いがあったみたいですけど、攫われたのはどんな人でした?」

「あぁ、さっきの騒ぎか。よくある事だから皆関心ないんだよ。気にしたってどうも出来ないし」

「おじさんは見なかったんですか? その人の事」

「見なかったも何も、やけに堂々としてたよその男。何だか暴れる主人を縄で縛って連れ帰る従者みたいな感じだったから、人攫いだとは思えなかったよ」

 テイルは場面を想像し、吹き出しそうになるのを口に手を当てて必死にこらえた。

「知り合いなのかい?」

「もしかしたら」

「だとしても助けに行こうなんて思わない方が良い」

「どうしてですか?」

「噂では相手は十人はいるという話だ。取り締まりは強化されている筈なのに、一向に捕まらないどころか白昼堂々と人攫いが行われている現状だ。味方などいないと思った方が無難だ。そんな中で一人で乗り込んだら、君が捕まるか殺されるかだ。悪いことは言わない。諦めた方が良い」

「……。そうですか」

 言葉とは裏腹に、テイルの顔はうっすらと笑みが浮かんでいた。

「何がおかしい?」

「いえ。ただ昔、似たような忠告を親友からされたのを思い出したので」

 どこか苦しそうな表情を滲ませるテイル。

「その親友の忠告には従ったのかい?」

「ええ。そして、今の俺がいます」

「……。まずは自分の命を大事にすることだよ。生きてこその経験だ」

「ご忠告、感謝します」

 テイルは礼を言い、その場を離れた。


 宿に一度戻ったテイルは必要な荷物の整理をしていた。

「人を、殺した事、ありますか」

 突然部屋にやってくるなり、レヴァントがそんな事を口にした。

 テイルは無視を決め込み、準備を進める。

「誰かを本気で殺したいと思ったことはありますか」

 テイルの動きが鈍る。

「ついさっきまで生きていた人が、目の前で冷たくなっていくのを、成す術なく見送るしか出来ずに涙を流した事がありますか」

 動きが止まり、聞き耳を立てるテイル。

「僕は、全部、あります」

 ぴくっと反応するテイル。

「僕は既に人殺しなんです。バシリオス様に出会う前から。それでもこの能力はなくならない。馬鹿ですよね、あの人。人殺しとこの能力は関係ないって話してあるのに、禁じるんです。そんな役割は演じるなと」

「もし、その禁を破ったら?」

 思わずレヴァントに顔を向け、尋ねる。

「その時は、捨てるそうです。『自分の役割を全う出来ないような奴は俺の人生には必要ない』だそうです」

「そうか」

「はい」

 レヴァントに再び背を向け、

「でも、謝らないぞ」

「はい」

「もう休め」

 レヴァントはそれには答えず、懐から一振りの短剣を鞘ごと抜きだし、テイルの傍に置いて深々と頭を下げて部屋を出て行った。

 出て行った事を確認し、ちらりとその短刀を見るテイル。そっとそれに触れ、無造作に掴んで懐に収めた。


 後ろ手に枷と足枷まで嵌められた状態で転がされていたバシリオスは、僅かな喧騒と刀がぶつかり合う音に目を覚ました。

(仲間割れでも始めたのか?)

「てめぇら、ただで済むと、ッギャアー!」

 上ずった負け惜しみのセリフを最後まで言わせてもらえないままに殺されたらしい男の断末魔の叫びを聞き、襲撃にあっていると判断した。

「おい! 聞き出してないのに殺すなよ!」

「殺してからゆっくり探せばいいじゃん!」

「だからってなあ」

「うるさいよ。あんたが先に探しに行けばいいだろ! あんたしかそいつわかんないんだし!」

(テイル! 何故? まさかレヴァントも?)

 驚愕に目を見開くが、現状では何も出来ないと諦めかける。ふと目に入った格子が嵌められた窓から差し込む白い月の光を浴び、バシリオスは皮肉気に笑う。

(綺麗な月だ。いつか、こんな月の下で、あいつと二人で酒を酌み交わしたい)

「顔向け出来ないなんて、俺らしくない」

 瞳に、表情に、生氣が戻る。扉に向かいもがき進む。

「こんなもの、恥でも、何でも、ない! 今腑抜けとなる事こそ恥と知れ!」

 プライドが苛むのに抵抗するように、敢て口に出して自分に言い聞かせ、励ますバシリオス。

 扉の傍の壁に辿り着くと、体を押し付け、押し付けられた所が酷く痛むのを無視し、何とか自身を立たせた。

「届けよ」

 祈りを込め、思い切り体当たりした。

 ドシン! と小さいが不自然な音が戦闘中のテイルの耳に届いた。

 ハッとするテイルに、先程テイルと言い争いをしていた若い男がテイルに怒鳴った。

「上だ! ここはいいから行け! あんたしか助けられない!」

「しかし」

「安心させてやれるのはあんただけだろ。つべこべ言ってないでさっさと行け! 邪魔なんだよ!」

 乱暴にテイルを促す若い男。

「ここを頼む!」

 ほんの一瞬迷い、テイルはそう言って見えていた奥の階段を目指し駆け出した。

「させるかぁ!」

 誰の叫びか認識する間もなく駆け上がる。その背にはざっくりと裂けた傷があったが、テイルは気付いていなかった。

「バルス! いるのか?」

 階段は途中で天井に遮られていた。そこには重い木の板が嵌め込まれており、持ち上げようとしても持ち上げられなかった。ならばと奥から手前にスライドさせようと試みた。僅かだが隙間が出来たのに氣を良くし、隙間を広げるべく力を込めた。ズズズと板がこすれて移動し、ようやく人が何とか入り込めるくらいに広がった。

「バルス!いるなら返事してくれ!」

「テイル!」

「良かった。今助けるからな」

 薄暗い屋根裏には更に部屋があるようには見えなかったが、蠟燭の灯りが助けとなり、彼が囚われている場所を特定出来た。

「すまない。レヴァントもいるのか?」

「宿で待ってる。くそっ厳重すぎだ! バルス、扉から離れろ」

「何をする氣だ?」

「蹴破る」

「この扉は外開きだから無理だ。蝶番を壊せないのか?」

「おーい! こっちは制圧したぜ! そっちはまだかー?」

「誰かがカギ持ってないか?」

「あー、探してもいいけど、ちと時間がかかりそうだ。斧で壊そうか?」

「頼む。上がってきてくれ」

「了解した」

 すぐにその若い男は現れた。

「凄いな、これじゃ見逃してしまうよ。よっぽどの上玉なんだな」

 屋根裏の更なる一室を指さされ、彼は呆れたような感心したような声を出した。

「扉の向こうにいる当人に殺されたくなかったらそれ以上無駄口を開かない方が良い」

「げっ。強暴系? きゃぁ」

 軽口を叩きつつ、壊す場所を探す。

「よし。中の人、扉そのものを破壊するから扉から離れて」

「ちょっと待ってくれ。両手足を拘束されていて思うように動けないんだ」

「なら、悪いが床に伏せていてくれればいいぜ。出来そうか?」

「ああ。何とか。……いいぞ」

 バシリオスの返事を聞き、男は斧を思い切り振りかぶって叩きつけた。何度か繰り返して扉を破壊した。

 テイルは急いで中に入った。

「大変な目にあったな。今拘束を解いてやるからじっとしていてくれ」

 テイルの見たバシリオスの姿は到底他人に見せられるものではなく、一瞬で後ろを振り返り、男に下で待っているように頼んだ。

「いいぜ。ゆっくりは出来ないが、慰めてやんな。友達なんだろ」

「ここまでありがとう」

「利害が一致したからあんたに便乗しただけだ。礼なんて良い。じゃあな」

 察していた男はあっさりと了承し、階下へ降りて行った。

 テイルは懐に入れていたレヴァントの短刀を抜き放ち、拘束を解いた。

 バシリオスの破れた上着の上から、自分の上着を脱いでかけてやった。助け起こし、

「遅れて済まない」

「何故お前が? それにさっきの男は?」

「質問ばかりだな。偶然宿がお前達のと一緒だったんだ。で、廊下を通っていたら開いている一室の向こうにレヴァントらしき後姿を見かけて、声を掛けた。事情を聴いてここまで助けに来たというわけさ。さっきの男と仲間が下にいるが、彼らはこの町の住人。自警団らしい。潰す機会を狙っていたそうだ」

「お前、お人好しすぎるぞ。少しは疑えよ」

 呆れるバシリオス。

「疑っても始まらないからな。それに、どちらにしてもお前を助けに行くつもりだったから、土地勘のある人がいた方が楽だろう」

「先視の内容、覚えているだろう? なら少なくとも命は取られない。こんな無茶をしなくても」

「それは思ったよ。でも、レヴァントの言動に違和感を覚えたから、幾つか直接お前から聞きたかったんだ」

「何を? いや、それより、お前、大怪我しているんじゃないのか?」

「は? いや。大怪我はしていないが、そういえば血の匂いがするな。お前だと思ってたんだが?」

「……。ちょっと後ろ向け」

 少し怖い顔をすると、簡潔に命じた。

 テイルは訝りながらも素直にバシリオスに背を向けた。

「ッ! 馬鹿か? こんなに大きな刀傷作って、出血も酷いじゃないか!」

「え? 全然気づかなかった。いつやられたんだろう? ま、生きてるし、お前も助けられたし、結果オーライだな」

 呑気に笑うテイルに、バシリオスはこれ以上ない程低い声で言った。

「……な」

「ん?」

「ふざけるな!」

 渾身の力を振り絞り、テイルを殴り飛ばすバシリオス。

「ッ! いきなり何しやがるッ!」

「助けに来てくれたのは嬉しい。けどな、自分が斬られた事さえ気付かないような奴が助けになど来るな!」

「何だよ。こうしてぴんぴんしてるんだからいいじゃねぇか!」

「まだ言うか! その刀に毒が仕込まれていたら? その刀傷が致命傷だったら? お前はもうこの世にはいない。お前の生きる目的も、お前の大切なものも、全てが水泡と帰すんだぞ。背後を取られるのは仕方ないとしても、斬られて気付きもしないなんて、戦う者として失格だ! 俺の友として、犬死なんて許さない。今後俺の身に何が起きてもお前は助けになど来るな」

 あまりな激怒ぶりに驚くテイル。説教を聞きながら落ち込む。

「……。心配かけて、ごめん」

「……。帰るぞ」

 殴られ倒れたままのテイルを助け起こす事なく、謝罪にも答えず、バシリオスは部屋を出て行った。ノロノロと立ち上がり、後を追うテイル。階下で合流した先程の男は、その奇妙な空気と彼らの態度に唖然とした。

「助けてくれてありがとう」

「も、もう、いいのか? じゃぁこれ羽織りなよ。外は冷えるからな」

「助かる。バシリオスだ」

「サライだ。礼ならテイルさんの方だろ。俺らは便乗しただけだからな。

 なぁ、何で彼がへこんでんの?」

「ちょっとな。それより、酒一本生きてないか?」

「あぁ、景気づけか? なら、良いのがあるぜ」

 サライが手荷物の中から得意げに酒瓶を取り出した。

「悪いが景気づけに飲むわけじゃない。少しもらうぞ」

 言いながら酒瓶を手にして散乱している中から適当なグラスを拾い上げ、埃を払ってから中身を注いだ。唇を湿らす程度に口をつけると、唇を舐めて何かを確認する。

「テイル。帰る前にここに座れ」

「酒なら帰ってから」

「違う。座れ」

 簡潔な命令に、まだ怒りが収まっていないのだと察して、内心情けなさに泣きそうになる。

サライがバシリオスの意図に気付き焦った顔をする。バシリオスは視線でサライを制した。引きつるサライ。

 彼らの無言のやり取りに気付かず、仕方ないとばかりに椅子に座るテイル。その後ろに回り、バシリオスは今度は一気に口に含み、プッと酒を吹きかけた。

「! ッツ!」

 傷口が乾いていたためすぐには酒が浸透せず、少し間をおいてから激痛と燃えるような熱さががテイルを襲った。

「結構上物だな。強い酒だからしみるぞ」

 淡々と冷えた言葉が余計に痛い。

「ッックゥ! そういうのは先に言えッ!」

「後ろに回った時点で見当もつかん馬鹿には勿体ない薬だ。幾らなら売ってくれる?」

「へっ? あ、あぁ、やるよ。あ、あのさ、バシリオスさん」

「ん?」

「た、助けるために来て怪我した人に、酷くないか? 傷口に強いアルコールなんて」

「知らないのか? 応急処置だ」

「そりゃ、わかるけどっ」

「見てみろよ。こいつの傷口。これでも酷いと言えるか?」

バシリオスは動じず、サライに傷口を見るように促した。

 不審そうにしながらもテイルの背後に回って傷口を確認し、ぎょっとして固まった。

 そこには、傷口から外側に向かって毒によって変色し、腫れあがった痛々しい姿があった。しかも傷口はかなり大きく深く、動いているのはおろか話していることさえ不思議なくらいだった。

「わかったら棒を2本と固定するロープか何かを探してくれ」

 サライはバシリオスの言葉もろくに聞かずに、すべき事を理解したのか、一目散に駆け出し、仲間に何事か頼み、自分は部屋を出てガサゴソとあさり始めた。

「誰か骨でも折ったのか?」

 毒に侵されているからか、ぼんやりと見当違いな事を聞くテイルをジロリと睨み、

「怪我人は余計な事を考えなくていい」

 冷たく言い放った。

「ごめんなさい、父さん。まだお仕置き?」

 記憶の混濁がみられ、僅かに動揺するバシリオス。

「お仕置きなどしていない。怪我の応急処置をしただけだ。お前が罰を受けたいというなら仕置きしてもいいが、怪我が完治してからだ。今は怪我の治療を優先しろ」

「僕、父さんの言いつけを破って心配かけた悪い子だから、痛くても我慢する。だから、僕を捨てないで?」

 不安そうに見つめて言うテイル。

「……。子供が言いつけを破ったり、心配かけるような馬鹿な事したり、そんな事でいちいち捨てるなら、それは父親じゃなくて他人だ。失敗して、うんと叱られて、その経験を次に活かせばそれでいい。

 ただな、お前の命に関わるようなのはもう勘弁してくれ。寿命が縮むかと思ったぞ」

 父親とのやり取りと混同しているようで、どう返答しようかと迷ったが、バシリオスは思ったままを口にすることにした。

 テイルは、まだぼんやりしている様子ではあったが、その態度はバシリオスの言葉を真剣に受け取っているようにみえた。

「はい。氣を付けます」

「ならばもういい」

 熱があるかの確認を兼ね、テイルの髪に手を置くと、笑ってわしゃわしゃと弄り、その手を額に滑らせ当てた。

 テイルはくすぐったいのか嬉しいのか、一転して子供らしい笑顔を見せた。

「熱があるな。このまま寝ていろ。運んでやるから」

「はい。父、さ、ん」

 限界だったのか、返事を何とか終えたと同時にくたりとテーブルに寄りかかるように伏した。

「ふう。氣を失ったか」

 疲れたようにひとりごちるバシリオス。

「いい子だったんですね、テイルさん」

「聞いていたのか」

 恨みがましく言うバシリオスに苦笑し、

「ええ。第三者が入っちゃマズそうだったんで、黙って聞いてました」

「悪い子だと自分で言っていたが?」

 ぶっきらぼうに言うバシリオス。

「そんなの成長過程で皆通る事でしょう? 俺が言っているのは、素直に聞く心があるって事ですよ。自分の意見を解って欲しいばかりに、叱る言葉に耳を傾けずに、すれ違い道を外すなんてよくある事です。でも、彼はちゃんと受け止めた。良い子じゃないですか」

「……。俺は、テイルが羨ましい。こいつが素直で真っ直ぐな心根の持ち主なのは、こいつの父親をはじめとした周囲の人間が、こいつに愛情を注ぎ続けた結果だ。

自分にとって価値があるとかないとか、そんなの関係なしにこいつの存在を認め向き合うという、最大級の愛情がなきゃ、こんなでかい図体した大人になっても持ち続けるなんて無理だ。愛されて、愛を知り、だからこそ無意識に愛を誰かに掛けられる」

「まるで自分は愛された事がないから、愛を知らないから愛せないとでも言っているみたいですね」

「え?」

「そう聞こえましたよ」

「……。掛け値なしの、無条件の愛を本物と呼ぶなら、俺にはないな。何かの条件が常に付きまとい、満たさなければ拒否どころか存在を否定されたからな。

 そういうものだと思ってきた。こいつに会って話して、違うと確信した。それでも、俺は愛されてきたと信じたい。間違いだらけだったとしても、愛の形が違っただけ。今の俺を、俺は好きだし、こいつらが慕ってくれる俺を、誇りに思うから。愛を知らないとは思わない」

「嫌な事訊いてしまったな。済みません」

「いい。気にするな。

さて、と。このでっかい荷物を宿まで運んで医者に診せなくちゃな」

「荷物って……」

 誤魔化すように言うバシリオスの言葉に、苦笑するしかないサライ。


 なんとか宿まで帰り着き、医者を叩き起こしてテイルを診察させた。バシリオス達も治療を促されたがテイルの治療が終わるまではと頑なに拒否した。

 想像通り、テイルは斬られた際に塗られていた毒によって侵されていた。痛みを感じなかったのは、その毒の特性故だと医師に教えられた。

 三日の内に熱が下がり、目を覚まさないようなら覚悟するようにと告げられ、バシリオスは悲痛に唇を噛んだ。

 サライ達は気にしつつもそれぞれの住処に引き上げて行った。医師も帰り、静かになると、バシリオスは自分達がとった部屋の扉をノックした。

「起きているんだろう? 開けろ」

 その声は冷たく硬いものであったが、彼にその自覚はなかった。

「バシリオス様、ご無事で」

 ホッとした様に言い、扉を開けたレヴァントを押しのけるように無言で入室すると、バシリオスはベッドの端にどっかと座り、腕を組んだ。ヒタとレヴァントを見据える。

「自分が何をしたのかわかっているか?」

「……はい」

「テイルは瀕死の重傷だ」

「えっ」

「それは想定外か」

「そんな……」

 おどおどするレヴァント。

「あいつが死んだら、お前は人殺し、それも俺の友を死に追いやった大罪人だな」

 真っ青になり震えるレヴァント。

「言い訳があるなら聞くだけ聞いてやる」

「バシリオス様の憂いを晴らしたくて」

 震えながら答えるレヴァント。

「お前は俺の心まで覗き見したのか」

「いいえっ! 違います、違います!」

「顔に、態度に表れていたか」

「はい。だから、安心して頂きたかった」

「その結果がコレか。偽りの預言で運命を狂わせ、そのせいで負わなくていい者が大怪我を負い、死ななくて良かったかもしれない者達が死んでいった」

 レヴァントは、正視出来ずにせわしなく視線を動かした。

「未来を視る者が、未来を変えてはいけないのは、こういう事が起こるからだ。

 能力を持った人間がその意志で起こるべき未来を望むように変えられたとしたら、それは他人の運命を支配する事。お前、神にでもなったつもりか」

「そんなつもりはっ!」

「少なくとも、自分の先視の力を使えば、望むように変えられると思ったわけだろう?」

 質問の形にはなっているが、バシリオスの中では確信しているような口ぶりであった。

「は、い」

「今度ばかりは俺はお前を許さない。だが、まだテイルは生きる為に毒と戦っている。目が覚めた時、お前の姿がないと知れたら氣にするだろう。

 事が解決するまでは同室を許す。その後はその時決める」

 レヴァントは耐えられなくなったのか、バシリオスの足元に跪き、許しを請うた。

「何をしても、怒られるだけ。殴られるなり棒鞭でぶたれるだけで捨てられないとでも思っていたのだろうがな。今の俺はそんなに甘くはないぞ。友の性格を鑑みて同室を許可しただけで、俺の本心から言えば今すぐにでも俺の前から消えて欲しいくらいだ」

 これ以上ないと思われる冷たい言葉に、レヴァントが更に体を震わせ、泣き縋った。

 ただ無言で冷たく見下ろすバシリオス。

 足首を掴んで離さないレヴァントの肩を蹴って離させ、テイルの部屋へ無言のまま出て行った。

 残され、顔を覆い、嘆き泣くレヴァント。


 テイルの寝ている部屋へ入ったバシリオスはベッドサイドに置いてある椅子に疲れたように座り込んだ。

「どこで教育を間違えたのかなぁ。こんな事にお前を巻き込んで。こんな酷い怪我まで負わせて。済まないテイル。本当に済まない。あいつの口からきちんと謝罪させても、お前に許してやれと言われても、俺はあいつを許せそうにないよ。きっと、その原因を作ってしまったのだろう俺自身も。

 お前が目を覚まして、一通り解決したら、狂った運命の代償に、俺はまた独りになる。それで贖罪になる」

「一人で全部背負えるほどでかい器の奴なんてこの世にいるのかよ」

 バシリオスの思い詰めた言葉を遮り、テイルが弱々しくも呆れたように言葉を発した。驚きに思わず立ち上がり、確認する。

「目が覚めたのか!」

「それだけ耳元で独り言言われてりゃ、眠っていたくたって出来やしねぇよ」

 小さく笑って皮肉るテイルの目は、しっかりとバシリオスの姿をとらえていた。

「良かった。本当に良かった。後は熱が下がりさえすればもう大丈夫だって医者が言ってた」

「……。勝手に自己完結するなよ?」

「だがそれ位しか俺には」

「何とも思っちゃいねぇよ」

「それでも知った以上は償いをするべきだ」

「……。お前じゃなくてあいつが、な?」

「あいつにも当然償いはさせる。でも、そのあいつをそうまで追いつめ」

「いい加減にしろ。本気で怒るぞ」

「何がだ」

「……。お前、本当は寂しい奴なんだな」

 バシリオスの言葉を遮り続け、挙句にテイルは低く叱りつけたかと思うと、じっと見つめ、そう言い放った。

「なっ! 何を突然」

 動揺するバシリオス。

「第三者の立場だからよくわかった。お前、だだっ広い部屋に一人閉じ込められた幼子みたいだ」

「はぁ?」

 テイルは素っ頓狂な声に反応せず、

「玩具は沢山与えられても、いつも一人ぼっち。誰もいない。与えられた玩具を部屋中にぶちまけて身動き取れないくらいに部屋を満たして、終いには本当に大切なものまでそこに埋めて、やっと心から笑って冷たく横たわるんだ。そういう子供」

「なんなんだよ、それ。意味が全く分からない。怖い想像しか出来ないんだが?」

「疲れたから寝る。次に覚めるまでに答えを考えておいてくれ。じゃあな。お休み。今度は静かにしてくれよ?」

 一方的に話を打ち切り、本当に寝息をたてはじめたテイルに文句を言う暇もなかった。唖然とするバシリオスが虚しく悪態をついたのはしばらく経ってからであった。


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