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「お前がオニノメツキか? 」
俺が一人、甘味処で茶を楽しんでいる時、一人の男が俺の机の前に腰掛け、そういった。相席となったその男の姿をよくよく見れば着飾るもの一つ一つがとても高価なものだとわかった。
此奴は、いったい誰なのだろうか。
「…無視かい? 」
「お前、なんのようだ」
彼の質問には答えない。俺は三色団子を口の中に迎え入れた。ほんのり甘い味。優しい味だ。ここの店はいつも、俺の心を癒してくれる。茶の葉の香り、柔らかな味、落ち着く木の色、人が賑わっているものの何故か落ち着く人の声、湯呑みの手触り、全部が俺の癒しどころだ。
その俺の心の拠り所に、『オニノメツキ』などという二つ名を持ち込むなんて、言語道断だ。
「あのね、オニノメツキさん」
「その名前で呼ぶな」
「じゃあなんて呼べばいいのさ」
俺は一瞬悩む。なんと呼ばせようか、少し迷った末に "あの名前" を口にした。
「菊」
「菊? 」
「ああ。新撰組、わかるだろう?新撰組の沖田総司の愛刀、菊一文字則宗からとったんだ」
「あ…本名は教えてくれないだね」
茶をいっぱいすする。いつの間にか空になりかけている湯呑みに最期の一押し、茶をすべて流し込んだ。そいで、改めて此奴の目をみる。俺との会話で少しは笑っているものの、目は真剣そのもの。瞳の奥にある決意は俺の前に座った時から揺らいでいない。
「菊さん。あなたに、私の護衛をしてほしい」
「…護衛? 」
俺が疑問形のオウム返しをすると、彼は少しだけ寂しげに笑った。琥珀色のタレ目、漆のような黒髪、色男を象徴するような口元のほくろ。形の良い唇が、動いた。
「私と想い人を引き合わせてくれ」
「……成程」
目を瞑る。今一瞬だけでも目を閉じなければ、此奴の汚らわしさに、汚さに、きっと、吸い込まれてしまいそうなのだ。あいつの髪の色の闇の中に、吸い込まれて、しまいそう。
「断る」
俺の声は震えてはいなかっただろうか。想い人、その単語を聞くだけで少し弱腰になってしまう俺が、彼の目に映ってはないだろうか。