MDPへようこそ!
楽しい楽しいサーカスが始まります。
皆さんお金を握っていらしてください!きっと素晴らしい時間を過ごせますよ!
草木も眠る丑三つ時。ベッドで眠る少年は、目を覚ました。
音がしたのだ。なんだかとっても楽しげで、思わず踊ってしまいそうな音が。
寝ぼけ眼を擦りながら音のする方を頭を巡らせて探すと…おや、足元の方だ。ベッドの上を慎重に這って進むと、ベッドの下、カーペットの上にサーカス団が来ていた。
それはとても不思議な光景だった。オルゴール付きのバレリーナが音楽を奏で、着せ替え人形たちがダンスを踊り、指人形が空中ブランコで空を舞う。軍服をきた人形が椅子を積み重ねて出来た不安定なステージで曲芸を披露し、ライオンのぬいぐるみが火の輪をくぐる。毛に火が飛び移り、慌てたヒーローの人形が消火器でライオンのぬいぐるみを追いかける。客席に目を向ければ、そこにも沢山の人形達がいる。見たこともない怪獣の人形、ヒーローの人形、女の子の人形、ぬいぐるみに、風船人形、木彫の熊に、プラモデルまで。
誰も彼もが楽しそうに笑っていて、釣られて少年も笑ってしまった。
「さぁてお次はお待ちかね!
種も仕掛けもございません!人体…あ、いえ熊体切断マジックでーす!」
司会のてるてる坊主がそう言うと、客席から歓声が上がる。少年の期待も最高潮だ。
黒子役の小さな人形たちがわらわらと、なにか台を持って来た。続いて、ベッドの下からクマのぬいぐるみが登場する。
「はっはっは。どうも、どうもー!あいやいや、どもども。あ、よいしょっと。」
客席に手を振りながらクマのぬいぐるみが台に横になる。すると、小さな人形たちがクマのぬいぐるみに一斉に群がった!
「え、ちょ、おい、なにすムグッ!?」
小さな人形たちはクマのぬいぐるみの口を布で縛ると、手際よく手足を台にしっかりと縛り付けた。
「むー!?むぐー!?むぐぐー!?」
クマのぬいぐるみが何事か叫ぶ、が誰もそれに答えはしない。どの人形も、少年もこの次の展開を待ち望んでいるのだ。さて、小さな人形たちはクマのぬいぐるみを縛り終わると、さっとベッドの下へと戻っていった。続いて、ホッケーマスクを被ったボロボロの服を着た人形がベッドの下から現れる。彼の手にはなんと、包丁が握られているのだ!ホッケーマスクの人形は、自身とほとんど同じサイズの大きさの包丁をしっかりと両手で持ちながらクマのぬいぐるみの側に立つ。
「むー!むー!むー!」
そして、大きく振りかぶって、クマのぬいぐるみの腹に包丁を突き立てた。
「む゛む゛む゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛!む゛ぅ゛ー!」
クマのぬいぐるみは絶叫を上げる。しかし、ホッケーマスクの人形の手は止まらない。台の上に飛び乗ると、包丁をしっかりと持ってクマのぬいぐるみの胴を真っ二つに切り裂いた。
白い綿が飛び散った台の上でクマのぬいぐるみは沈黙している。客も、少年もあまりの光景に何も言えないでいる。目を背けたいほどの惨状の舞台。ホッケーマスクの人形は包丁をクマのぬいぐるみの腹から抜くと、額の汗を拭うような仕草をした。
すると、ベッドの下からてるてる坊主が現れて、クマのぬいぐるみに駆け寄った。ぐるぐる巻きになったクマのぬいぐるみの布を解くと、クマのぬいぐるみは震える唇から言葉を紡いだ。
「大丈夫かっ!」
「おれ…おれ…。もう…ダ…メ…。」
「おい、しっかりしろ!お前はぬいぐるみだから大丈夫だろう!」
「あっそうだった。」
途端に観客は笑い出す。爆発するような笑い声が部屋中に響き渡る。恥ずかしそうに頭を掻くクマのぬいぐるみと、彼の下半身と上半身を持って一緒に一礼するホッケーマスクの人形。飛び散った綿は小さな人形たちが回収していく。
最後に舞台に残ったてるてる坊主が大きく頭を回す。
「それでは本日はこれにて終了でございます!
ではでは皆様、お金をしーーーーっかり払ってお帰りくださいねぇ?それじゃぁまた次回の公演でお会いしましょーう!」
観客たちが拍手を送る。釣られて少年も拍手をした。素晴らしい時間だった。なんだか夢の様な。楽しい時間だった。
「おや、こんな所にもお客さんが。」
少年が振り返ると、そこには凛々しい顔をした軍服の人形がいた。
「あっその…。」
「はっはっは、構わないよ。僕らのショーはどうだったかな?」
「すっごい最高でした!もう終わっちゃうのがあっという間で、もっともっと見たくなっちゃって…。」
「そいつは良かった。おっと、そうだ君の分は僕が受け取るよ。さっ渡してくれないか?」
少年は首を傾げて、あっと声を出した。そうだ、お金を払わないといけないんだ。慌ててベッドを降りて、もちろん人形を踏まないように気をつけて、机の上にある財布を手にとってベッドに戻る。
「ええっと、それでいくらなのかな?僕、これだけしかないんだけど…。」
少年が開いた財布を、軍服の人形が覗きこむ。
そして、苛立った声を上げた。
「なんだこれは!金が一つもないじゃないか!」
「え、えっと…。」
しどろもどろになる少年を無視して軍服の人形が叫び声を上げる。
「金ってのはな!こいつやこういうのを言うんだよ!」
そう言って取り出したのは『こどもぎんこう』と大きく書かれた紙だった。少年はそんなもの持っちゃいない。
「えっと…ぼ、僕…持ってなくて…。」
「な ん だ と … ?」
軍服の人形がその背に背負った銃を構える。悲鳴を上げる少年は必死になって謝る。ちょうどその時だった。騒ぎを聞きつけたらしいてるてる坊主がベッドの上に現れた。
「おや!これは一体全体どうしたんだい?」
「座長、実はこいつ金もないのに俺達のショーを見てやがったんだ!」
するとてるてる坊主は、少年の方へ頭を向ける。
「ごっごめんなさい!でも僕、そのお金がいるなんて知らなくて…。」
ふぅむ、とてるてる坊主は考える。体を折り曲げてベッドの上に頭が付きそうになるくらいによぅく考えた。そして、何か思いついたらしく頭が跳ね上がる。
「そうだ!君に手伝ってもらえばいいんだ!」
「えっ…!?」
不思議そうな少年に向かっててるてる坊主が言う。
「今から君にショーをしてもらう。そうして手に入ったお金で払ってもらえばいい!簡単だろう?」
「でっでも僕…ショーなんて…。」
「安心してくれ!うちで一番人気のショーならすぐに何でも、あいや誰でも出来る。」
顔一面を嬉しさで輝かせて少年は頷いた。
「はいっ!じゃ、じゃあ僕やります!」
「君もそれでいいね?」
「えぇ、もちろん。払ってもらえるなら全然構いません。」
そう言うと軍服の人形はベッドの上を飛び降りた。そしてベッドの下で声を上げる。
「えぇー!これよりー!追加公演を行いまーす!皆さん、どうぞ見にいらしてくださーい!」
声を聞きつけた人形たちは、あっという間にベッドの上を覆い尽くすほどだった。少年はそのあまりの数に緊張してしまって、そっとてるてる坊主に話しかける。
「あ、あの…てるてる坊主さん。僕は、何をすれば…。」
「なぁに!君は寝っ転がってくれ!そうしてるだけでいいよ。
……おっと、私が声をかけたら返事をしてくれよ?」
「はいっ!」
少年は勢い良く寝っ転がった。すると、小さな人形たちが駆け寄ってくる。何をするんだろうか、とワクワクしていると。手足に何かが巻き付いた。
「えっ。あれっ…んっ!?」
口にも布が縛られる。手足に付けられた布はそのままベッドの足へと繋がれる。少年がどれだけ力を込めてもビクともしない。慌てて身を捩ると、布団やシーツが揺れて波打つ。
「おっと!こいつは危ない!」
てるてる坊主が楽しそうにそう言うと、小さな人形たちが体まで布で縛り付けてきた。ベッドごと少年を布で縛るのだ。やがてぐるぐる巻きになって身動きも取れない少年の腹の上で、てるてる坊主が言う。
「さぁてお次はお待ちかね!
種も仕掛けもございません!本邦初の人体切断マジックでーす!」
「ん゛ー!ん゛ー!ん゛ん゛ん゛ー!
………ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛!!!!!!!」
「大丈夫かっ!………あれ、おーい?
………おっと忘れてた、人間は一回腹開けちゃうとダメなんだっけ?しまったなー…。
えーというわけで本日は、これにて。ホントに、ホントにお終いです。それでは皆様、またのお越しをお待ちしております!当サーカスは誰でも歓迎!お金があってもなくても、人形でも人でも大歓迎です!
それでは、また、誰かのベッドルームで。」
ところで前回も人形でしたね。
次はなんか別のやつにしようと思います。なんかこう、電波が来ない限りは。