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その1 魔法

 暗い、ここがどこかもわからないような所に二つの影があった。


「また戦士が送り込まれたのか?」

「はい……案内人が、その、予想外にとても強い使い手で……申し訳ありません……」


 玉座に座る者の前に、片膝を床につき、俯いて喋る美女が声を震わせる。


「……それなら仕方あるまい。下がれ」

「ま、誠にありがとうございます」


 予想外の反応に美女は顔をあげ、立ち上がった。短いウェーブのかかった黒髪を揺らし、玉座に背を向ける。しかしその瞬間だった。


「ふん、この………たわけ者が」


 この声に反応することもなく、黒い渦が彼女を纏った――




 地球は、時代を逆行しようとしていた。

 アメリカでは突如、先住民族インディアンが大統領のいるホワイトハウスに奇襲をかけた。日本の北、北海道ではアイヌ人がマスコミに大々的に取り上げられることが増えた。またヨーロッパでは長く続いた通貨ユーロ制が廃止になり、過去に使っていた通貨が出回ることとなった。革命や運動、反乱が世界各地で多数勃発し、死者もうなぎのぼりに増えていた。これは数年の出来事ではなく、たった数ヶ月の出来事で、世界はこれを『時代の逆行』と呼んだ。

 そんな地球にいた勇導とデュナミスは、今は地球ではないところにいた。

 七色の世界、デュナミスが気持ち悪いと言った世界だ。彼らがこの世界に来て二回目の朝――とは言っても、太陽は存在しないので時計に刻まれるだけの二回目だが。


「おい、おっさん早く起きろ」


 勇導が外段を揺すり起こそうとしていた。だがその相手は未だに布団に包まり出てこようとしない。


「なんですか……勇導くん。我はもう少し寝た……」

「おじさん起きろ!」

「う、ぐ!?」


 そんなやりとりを見かねてデュナミスが布団を思い切り蹴り上げた。毛布を巻いたままの外段がゴロゴロと床を転がっていった。


「い、痛いじゃないですか」

「そりゃそうだろうな」


 勇導は目を細めて冷ややかに放つ。デュナミスも腕を組んで外段が立ち上がるのを待っていた。


「おっさん、今日こそは説明してもらうからな」

「うちらがここにいる理由!」


 おお怖い、と外段はつぶやきながら立ち上がり、ふぅ……と外段のお得意のため息を吐いた。

 その態度を見て、勇導はイラっとして口を開く。


「俺らにとっちゃあ、わけもわからない村に連れてこられて、畑仕事をしろと言われてるようなもんだぞ!」

「いや、その例えもどうだか……」


 デュナミスが横でツッコミを入れる。


「とにかく! お前は誰で、俺らは何の為にここにいて、どこに向かってて、一体全体何が起きてるか説明しろ!」


 はぁはぁと勇導は一気に放つ。余程ストレスがたまっているらしい。


「だから何度も言うように我は案内人兼、付き人の外段です。あなた方は戦士で、今はあちらの世界に向かっていて……」

「ぐあー! 耳たこ!」


 勇導はだんだんとじだんだを踏む。その様子を見ていたデュナミスもキッと外段を睨む。


「いい加減にしてくんない? もう少ししたら弟の誕生日があるんだけど、それ相応の理由はあるんだろうね」


 外段はわざとらしく肩をすくめる。それからゆっくりと失礼にもデュナミスを指さした。


「我がなぜこの家をこの空間に作れたか?」

「し、しらな……」


 デュナミスが言い終わる前に、指先を今度は勇導に向ける。


「勇導くん。君は我をふざけた者と思ってますね」

「そりゃ……」

「いいでしょう、お二人とも。今から家の外に出て下さい」


外段はほくそ笑んだ。


「まだあなた方には早いとは思いますが、全てを理解したいならこれが一番てっとり早いです」


 二人は眉間にシワを作る。しかし問い詰めるのもまた面倒。彼らは何も言わずに扉に向かった。

 扉を開けるとそこには――


「……??」

「………???!」

「じゃ頑張って」


 バタン! と扉が勢いよくしまった。

 彼らはその閉じた扉に一度目をやり、再び恐る恐る顔を上げてみる。


「グルルルッ」


 錯覚ではなかったようだ。


「ッてまてや! バカ野郎!!」

「開けろっ! 中に入れろーー!」


 家の外、そこは七色の世界を飛び交う十数匹の化け物たちだった。おかしい、さっきまで外は静かだったのに、こんな怪物なんていなかった。そんなことを二人は思うも、今はそれどころではない。

 ドンドンと扉を叩き、ノブに手をやって開けようとするがピクリともしないうえに、返事もない。


「私まだ死にたくないよ!」

「俺だって! 化け物なんていう幻想生物に食われたなんて言ったら親父に笑われる!」

「親父?」

「だあぁ! んなことはどうでもいい! 逃げろ!!」

「どこにっ?!」

「俺が知るかぁ!」


 その七色の空間はすでに足をつける場所はない。彼らのいう逃げると言うのは、イコール空間を泳ぐことになる。

 不慣れなその逃げ方に二人はただただ慌てるばかりで、ずんずんと羽の生えたドラゴンのような怪物が追いついてくる。


「追いつかれるっ!」

「クソッ! あのおっさんめ! 何考えてやがんだよ! おい! デュナミス!!」

「! 何っ?!」

「体丸めて受け身をとる準備しろ!」

「は……?」


 勇導は家の窓の横につくと手でサッシを握り、足を後ろに引いた。


「なにしてっ!!」

「二人して食われたら誰があいつを殴るんだよ!」


 勇導は足を強くデュナミスに向かって振り上げた。デュナミスは息を詰まらせ窓ガラスをぶち破る。

 そんな彼女の目には、冷汗をかいて笑っている勇導の姿が写った。


「あーダセェなあ……」

「ゆど……!!」


 たった、一瞬だった。

 デュナミスが彼の名前を呼ぶ前に、その姿は視界から消えた。

 その瞬間、デュナミスの脳裏に、映像が流れた。






 ニコニコと笑う、金髪の少女。だがその少女が目の前で何倍もの大きさのサメに飲み込まれ食べられていく――


「お姉ちゃん」


 弟のゼノがデュナミスを呼び、彼女はハッとした。


「アグナお姉ちゃんはどうしていないの?」

「アグナ姉さんはね、病気になって亡くなってしまったの」


 幼いゼノの頭に手を乗せてデュナミスは言う。


(違う……)


「ゼノは早く寝なよ?」


(アグナ姉さんは食べられた)


「ねえ、デュナミスお姉ちゃんまでいなくならないでね?」

「……大丈夫! 私は強いからね!」

「へへっ、約束」






(あの日に誓った。誰にも負けないように。ゼノを悲しませないように)


デュナミスは蹴られた腹部を押さえながらよろよろと窓に向かった。


「こんなざま……」


割れた窓の破片を握り締める。


「こんなざま……! ゼノに言えるかよ! ゆどうーーっ!」


 デュナミスは力任せに叫んだ。そして割れた窓を飛び越えると、勇導を飲み込んだ怪物と対峙する。

――強くなりたい!

 その刹那、彼女の頭の中に声が響いた。


“目覚めなさい、戦士よ”


 ドクンッ――


 彼女の心臓が唸りをあげ、彼女の体中を熱いものが走り抜ける。心臓の鼓動が彼女の耳に響き渡る。だがその瞬間にも怪物はデュナミスの方に大口を開けて迫りよっていた。


「まだ会ってたった数日の奴に! 守られて死なれたなんて後味悪いんだよ!」


 そこにはもうない姿に叫び散らす。


「死なせない」


 彼女は左掌てのひらを怪物達に向けた。


「スピット」


大きな光。勇導を食べた怪物にそれは向けられる。


「さっきお前が食ったもん! 吐き出せぇ!!」


 白い光がデュナミスを包んだ──




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