転(ころ)ばぬ先(さき)の杖(つえ)
転ばぬ先の杖とは
躓いて転ぶ前に予め杖を突くという事
どんなことであろうとも事前に注意していれば失敗しないで済むという意味……
「アハハハハ、それは大変な目にあったね! というか、あの掲示板に書かれていた炉を爆発させたのOYAZIさんだったんだ。」
「俺だって、爆発するなんて知っていたら態々入れたりしないわ! ちょっと噂に翻弄されただけだ。」
「だからヤエちゃんに言われたとおりに、何処かのNPCの工房へ弟子入りしてレベル上げした方が良いのに」
「うぅ、それはそうなんだが……」
あの大爆発騒ぎから2日経ち、クエスト広場で手ごろな依頼を探している時にエイサから声をかけられたので、互いの最近の事を話していた。
このイルザォン・ヘッヂオンライン、武器の使い方や戦い方を覚えるために道場があったように生産系にも基本知識を教えてくれる場所がある。
それは町中にあるNPCが経営する工房や店だ。もし鍛冶師を取っているなら鍛冶屋に弟子入りをすれば、日給と仕事中に受けたダメージを回復するアイテム、さらに鍛冶の基本を手取り足取り教えてくれる。
さらに弟子卒業する時に弟子入りした工房直伝のレシピを3つ教えてもらえるので、最初はそれを作って金を稼ぐのが一般的だ。教えてもらえるレシピは自分で選ぶことができ、鍛冶屋なら片手剣・両手剣・槍・ランス・片手斧・両手斧等の武器や、大盾・中盾・小盾・プレートメイル等々の防具、さらに包丁・フライパン・オタマといった調理器具等と、多岐にわたる。
この教えてもらったレシピは無論、金属部分の加工の仕方だけしか記されていないがプレイヤーが公開したレシピの様に劣化版になることは無いので、安心して作れるのだ。
まぁ、剣のレシピの場合は鍔や柄は大体が木や皮なので、他のスキルを持っていないと自分では作れないが、そういった部分的な素材もNPCが売っているので評価が5~7までの物なら1人で作ることが可能だ。
「しかし、何でそんなに弟子入り嫌がるの?」
「嫌だって訳ではないんだが、時間がかかりすぎるのがネックなんだよ」
「あぁ、そっかーOYAZIさん生産万能型だから、弟子入りだけで凄い時間を取られるのかぁ」
そう、OYAZIは複数の生産系のスキルを取っているのでそれら全て弟子入りしていたら、リアルで1ヶ月くらいはかかってしまう、そうなるといつまで経ってもイルザォン・ヘッヂの世界を旅したりできないのだ。
「それにもうレベルは大概のスキルがレベル5を超えているから問題はないよ」
「まぁ、本人がイイなら私が口出す事でもないけどね、けどOYAZIさんて凄いよね」
「ん? 何が?」
「誰かに教えてもらったりぜず、本当に手探りでやってるでしょ? あのポーションが良い例だよ。」
「別に完全に手探りではないよ、そもそものポーションの作り方の基礎レシピはヘルプに書かれてたし……ただ俺は、もっと普通のとは違う別な物が出来ないか試しただけだよ」
「それにしたって、あの公開したレシピ見てヤエちゃん凄く驚いていたんだよ。」
「あれは、現実に存在する手法を取り入れただけだよ? 何れ誰かが考え付いたと思うけどな」
「だとしても、凄いのは変わらないよ。」
そうあのポーションは複数の既存の方法でポーションを作りそれを混ぜ合わしただけの物だ。
例えば薬草そのものを乾燥させお茶のように抽出した物と、濃縮還元したポーションと果物の果汁等を混ぜ合わせたら偶然出来た物だ。
最初はそれぞれ単体を作ってみたが普通の物より効果が微妙だったり、飲んでみたとき非常に不味かったので自分なりに色々と試行錯誤した結果だった。
既存の様々な飲み物の加工方法をネット調べて作っただけなので、そこまで凄いことをしたとは思っていない。
「OYAZIさんは誇って良いと思うんだけどね……今、生産系のギルドが活性化しているのって、あのポーションのレシピ公開が引き金だと思うよ?」
「そうかなぁ」
「そうだよ! 誰もが最初に弟子入りで教えられた方法でずっと作り続けていたけど、あのレシピを見て色んな角度からアプローチする人が増えたから、今までに無かったような効果や威力持った物が増えたもん」
実を言うとあのレシピ公開から急激に生産系のプレイヤーが異常な盛り上がりを見せているのだ。
誰もが公開済みレシピや弟子入りした時に教えてもらった作り方、若しくはヘルプに載っている最低限の作り方を元に、水だったり素材だったりを変える事で変化をつけていたが、今は自分なりの方法を見つけようと普通では有り得ない組み合わせをしたりして様々な用途の物が作られていた。
「だとしても、切欠を作っただけだからね、今ではほぼ文無しの一介のプレイヤーにすぎないしね」
「フフッ、もしレシピ公開していなかったら今頃、億万長者だったのにね」
「そうしたら、お金と引き換えに何か色々無くしそうな感じがするけどね」
「アハハ、それはそうだね♪ と、話は変わっちゃうんだけど良い?」
「ん? 何んだい?」
「あのね……今日会った時から不思議に思っていたんだけど、何でOYAZIさん討伐系のクエストボードに居たのかな~て、お金が無いなら生産系の方が実入りは良いよね?」
「あぁ……それは、そろそろ隣村くらいは行っておきたいと思ってね、確か皮系をドロップするモンスターが多いんだろ?」
「うん、そうだけど……アプデ明日だよ? 今日、移動したら明日INした時、めんどくさくない?」
「いやー、それは……」
正直なところOYAZIは元々、このアップデートとは関わらないつもりでいたのだ。何故なら、今も尚続々とこのジャネイロに物凄い量の人が集まってまるでコミケ最終日みたいな状態なのだ。
しかも露店の競争率も激しくなり、OYAZIの露店の物の売り上げは下がり、クエストは少なくなるいっぽうだ。こんな状態ではレベル上げもお金も集まりようが無いので、ほとぼりが冷めるまで隣村に逃げてのんびりレベル上げでもと考えていたのだ。
「でもあの村、本当に何にも無いよ? 宿屋も無いから家を結構な額で借りるか、お金が無いなら馬小屋で寝泊りになるけどイイの?」
「その辺は考えが在るから大丈夫、だから村へ行く荷馬車護衛とかお使い系クエストがないか探していたんだ。」
「なるほどね」
そんな感じに話しているとエイサはギルドメンバーに呼ばれたらしく、『またねぇ』と挨拶を交わし別れた。
「しかし予想はしていたが、ここまでクエストが無いとは思わなかったなぁ……」
そうぼやきながらOYAZIはクエストボードを眺め始めた。このイルザォン・ヘッヂオンラインには3種類のクエスト方式が存在する。
まず、町・村に居るNPCと親密になると受けられる"フレンドクエスト"、次にフィールド上で突然NPCが困っていて助けたり、手伝ったりする"突発性クエスト"最後が各町にある広場に掲示された国や町・村、もしくはNPC達が依頼する"フリークエスト"の3つだ。
"フリークエスト"は国が運営し、町ごとにある役場に個人や町・国等からの依頼をプレイヤーが掲示板から依頼票を役場へ持って行き、依頼を受ける物だ。
依頼内容は誰でも受けることが可能で、どれくらいのレベルでないと受けれないとか、よく在るランク制度が存在しないので、プレイヤーは自分が可能だと思われる依頼を自らが判断し受ける、とゆうシステムだ。
だから受けようと思えば、ルーキーがドラゴン討伐クエストを受ける事もできる。
ただし、失敗すればそれ相応の賠償金やら罰則があるので普通の奴なら受ける事は無い。
なので今、困っているのだ。
「普通に隣村への荷車の護衛クエストは最低3人からのしか残ってないし、後は俺のスキルレベルじゃ無理そうなのばっかりだしなぁ、どうするか…」
(残された選択肢は3つだな、誰かパーティーを募って護衛クエストを受けるか金を払って馬車で行くか、徒歩か……パーティーは難しいだろうなぁ、村まではゲーム内で馬車を使って半日かかるから村に用がないと行く人はいないだろうし、馬車は金が無いから無理だから、残るは徒歩かぁ)
現在リアルでは午後9時、夜中の1時からアップデート開始なので残り4時間は無いくらいだ。
ゲーム内で考えれば約1日と半日程度しか時間が残されていない、村まで徒歩で行くのなら1日はかかるので今から準備しないと到底アップデートまでに村に到着できないといわけだ。
(しょうがない、徒歩で行こう……パーティー募集していて人が集まらなかったら時間の無駄になるしな! 良し、そうと決まれば急いで支度を済ませよう! 村からはマイハウスに移動できないから、道具類はしっかり持っていかないと)
そう、村には各町へアクセスできるワープゲートも無くマイハウスへ行くための場所も無いのでハウス内の物を町の倉庫へ移動して、村にある倉庫への入り口からアクセスするか自分で持って行くしかないのだ。
今OYAZIの手持ちのお金はすっからかんなので、村から町倉庫へアクセスする料金すら危ういのだ。だから様々なスキル用の道具類は持って行かざるを得ないとゆう訳だ。
「えーと、コレはいる……コレは、いらないか! 後はコレとコレとぉ……」
マイハウスに戻るとOYAZIは急いで身支度をし始めた。かさばる物、村までの間に使わない物を魔法道具のプレイヤー露店から購入した最安値の物を購入した、ファンタジーではお約束の"アイテムBOX"に仕舞い、ポーションや携帯食料は自作したカバンに詰め込みジャネイロを出発した。
ジャネイロの町を出てからおよそ半日、OYAZIは隣村へ向うため広い石畳の街道を大きな皮のリュックをガチャガチャと音を立てながら歩いていた。
「なんか俺、今すっげーファンタジーしてるよなぁ……」
何処までも広がる草原、雲ひとつ無い太陽がきらめく真っ青な空には巨大な竜らしき影が飛んでいた。
「うん! やっぱりファンタジーと言ったらこんな風景だよな! いやぁ、ようやく自分がファンタジーゲームの世界に居るって実感が湧いてきたなぁ、ではフィールドに出ても必ず人と出会うし込み合っているしで、あんまりファンタジー感が無かったもんなぁ」
そんな事を言いながらのん気に青空の下歩いていると、不意にガサガサっと草むらから音がした。
「むっ!?」
『ジャッ!』っと鳴きながら棒を持った二足歩行のウサギが飛び掛って来た。
なんとか初撃をかわすと、すぐさまリュックを下ろし斧を抜き距離を取った。
「こいつは確か、アーマーラビット! っちぃ、めんどくさいアクティブモンスターに出会っちまった。」
"アーマーラビット"は何か軽装備を身に付け、近接攻撃してくるアクティブモンスターだ。
装備のパターンも幅広く、鱗の鎧や鉄のプレートアーマー等身に着けていたり、ナイフや小太刀を持っている事もある初心者キラーの異名を持つモンスターだ。
しかし今回は街道という強いモンスターが出にくい場所での遭遇なので、アーマーラビットの装備も布の服と小さいこん棒を持っているだけであった。
(しかしコレって権利的に大丈夫か? 二足歩行のつぶらな瞳のウサギが水色の布のシャツを着ているのってビジュアル的にダメじゃね!?)
などと変な事を考えていると、アーマーラビットは軽くステップを踏むと体勢を低くし『ウジャッ!』っと鳴きながら再び飛び掛かって来た。
「バカが! 真正面から突っ込んできたら、いい的だろうがぁ! そこだ! "スマッシュ"!!」
『"スマッシュ"』っと叫ぶと斧は白く輝き、横なぎにブオンッと音を立てて勢い良く斧がスイングし、アーマーラビットの体に見事命中した。
スマッシュが命中したアーマーラビットの体は、くの字に折れ曲がり『ミキュッ!?』という鳴き声を残しアーマーラビットは光りの粒子となって消えて行った。
「はっ、はっ、はっ……はぁ~勝てたかぁ、最初の攻撃をかわせて良かったぁ。こりゃ盗賊のスキル無かったら危なかったな、これからは小まめに食事と飲み物を飲もう。はぁはぁ、1回の技でここまで待ってかれると思わなかった。」
OYAZIは町を出る前に念の為"斧"のスキルを取得しておいたのだ。
先ほど使った"スマッシュ"はどの武器系のスキルでも最初から覚えている初級技である、ただスキルレベルが上がらないと渇水・空腹・MPの減りが激しく、威力等がそこまで出ない技の1つだ。
そして少し休憩しつつアイテム整理をして、ドロップアイテムをアイテムBOXに仕舞うと、セーフティーゾーンである町と村の中間にある小屋へと急いだ。
まさかジャンル別のデイリーランキングで1位になれるとは夢にも思っていませんでした。本当にブックマーク登録、評価ありがとうございます。
それと、色々な方から修正点、誤字脱字を指摘していただき本当にありがとうございます。ちょっとずつかもしれませんが修正していきたいと思います。けれど何処を修正したとかはあまり報告せずに修正するかもしれませんのでご容赦いただきたいです。
それと、そろそろ小説のストックが無くなってきたので、今後投稿ペースが不安定になるかもしれませんが、ゆっくりお待ちしていただければ幸いです。
そう言えばピーターラビットのアニメもう一度見てみたいですが、DVDとか出ないんかなぁ~