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余命十年の異世界生活 ~ただし、簡単に死ぬ気はない~  作者: セキムラ
第一章 一年目 イケメンでデカ〇ンだからってモテる訳じゃない
8/12

7 幼女趣味ってわけじゃない

 ここはどこだ。

 何を馬鹿なことを。ここは異世界の森だ。

 自問に対する答えはすぐ頭に浮かんだ。

 悪魔に言われるがまま大切な寿命を捧げた結果、俺はボロ布の服を身に纏い、深い森で遭難しかかっている。


「ははは。参ったなあ、もう」


 気分を明るくしてみようかなと思い、ポリポリと頭を掻いた。それで、忘れていた背中の痒みまで思い出した。

 

「ドちくしょうめ……」

 

 どこかでギャア、ギャアと鳥が鳴いた。

 行けども行けども、似たような木、どこかで見たような苔むした石ばかりだった。もちろん同じ場所を辿らないように、短剣で木に傷をつけて目印を作った。わずかな気配も見逃すまいと、全力で周囲を警戒して歩いた。おかげでリスに似た動物や鳥などが近くに居れば、その気配を察することができるようになった。

 今、俺は最初に傷をつけた巨木の前に立っている。

 込み上げてきたのは、やり場のない怒りだった。

 元同級生にたかられ、女にフラレたくらいで自暴自棄になってしまったかつての自分と、痛みに悶え、命乞いをするハックを煩わしく思い、喉を踏みつけてあっさり殺してしまった今の自分、どちらに対しても吐き気がする。

 かつての自分、トム(仮)が悪魔の誘いに乗ったせいで――と言うと語弊がある。口車に乗せられたのとも違う。もし、あのとき十字路で悪魔に出会わなかったらどうなっていたかを考える。

 きっと、何も変わらなかっただろう。

 自殺するのは簡単じゃない。

 投身自殺。高所恐怖症だった俺には無理だっただろう。

 入水自殺。泳ぎが得意ということだけが唯一の取り柄だった。

 練炭自殺。準備するものが手に入らないとかなんとか理由をつけて実行しなかったろう。

 焼身自殺。そんな苦しい死に方は嫌だ。

 服毒自殺。そんな苦しい以下同文。

 とにかく俺には、本気で自ら命を絶つほどの絶望は訪れていなかった。過去の弱かった自分を責めても仕方ない。過去の俺からは考えられないほどの残虐性を持ってしまった自分を忌避することもまた無意味だ。

 死んだら終わり。俺は絶対に生きて、悪魔をぎゃふんと言わせてやる。

 生き残るためにはなんだってやる。なんだってやるが、まずは森を出なければならない。

 こんなことになると分かっていたら、サバイバル術を題材にした本でも読んでおけばよかったか。いや、生態系が地球と同じとは思えないから大半は役に立たないか。下手なキノコに手を出したり、木の皮なんて剥いで虫を探したりして、藪蛇になってはたまらない。


「後悔先に立たず……か」

「ほう、面白いことを言うな」

「誰だ!?」


 短剣を構え、素早く左右に視線を巡らせた。巨木に背を預けた俺の独り言に、反応した奴がいる!

 死角となる背後や、足元、頭上にも気を配る。だが、近くに生物の気配を感じることはできなかった。


「そういきり立つでない。ワシはここじゃよ」

「…………」


 俺の知る限り、自分のことを「ワシ」などと称するのはロクな奴じゃない。甲羅を背負ったエロ仙人とか、百戦錬磨のパイロットとかな。いや、奴らはそう悪い奴じゃなかったか。


「なんじゃい、その青いなんちゃらとかいうのは」

「くっ……心を読むのか!?」

 

 さすがは異世界。

 巨大生物に迷いの森ときて次は心を読むバケモノか。いや、これも悪魔がよこした余計なギフトかもしれない。俺の思念は知らないうちに相手に悟られてしまうのだろうか。


「バケモノとは失礼な。ワシは妖精じゃぞ?」

「……悪いが、俺は姿を見せない奴とは話をしない」

「じゃから、ここじゃと言うに――あっ!」


 チョン、と左頬に触れる湿っぽい感触。視界の端にそれを捕らえていた俺は、間髪を入れず、俺は左手でそれを捕まえた。


「いたたた! 放さんかい、ばか者!」


 俺の左手の中には、ウネウネと蠢く緑色の、触手としか表現できないものが握られていた。それは俺の頭上を埋め尽くす枝葉の隙間から伸びており、色はこれまで何本も切断してきた植物の蔦そのものだった。太さは……そうだな。俺のイチモツくらいある。そういうところも触手然としている。握りしめた先に突き出している先端部分にいやらしい亀裂が入ったかと思うと、それが上下に開閉して言葉を発した。


「早く放さんか! まったく、最近の若いもんは――はっ!?」

「…………」


 いきなり出現して、その偉そうな態度が気に喰わない。俺は道に迷ってイライラしている。


「よせっ! 切ってはならぬ!」

「…………」


 まだ偉そうな命令口調だ。


「両手で掴んで何を――ああっ、引っ張るな! ちぎれると再生したときに歪みが――って、いたたた!! わかった、わかりましたからやめてください! 旦那、道に迷っていらっしゃるんでしょ? 離してくれたら、悪いようにはしませんから! ね?」


 口角から涎の代わりに緑色の汁を飛ばして、触手野郎が喚いた。先ほどまでの偉そうな口調はどこへいったのか、三下根性丸出しだった。そんなことよりもこんな下品な造形の妖精がいてたまるか。こいつはモンスターだ。倒せば幾ばくかの金やしょぼいアイテムをドロップするに違いないのだ。なに、俺はもう人一人殺している。今更植物の一本や二本切ったからと言って、痛む良心なぞ持ち合わせていない。


「考えてることが下衆かつ意味わからないんですけど!? アイテムとかドロップとか――あれ? なんだかいっそう強く握られてやしませんか?」


 下衆だと? ヌルテカ変態触手ジジィが、分際というものをわきまえろ。


「ああーっ!!」







「うう……やっぱり、ニンゲンに話しかけたりしなければよかった」


 項垂れて俺の前を歩く緑色の髪の少女がぼやいた。年の頃は十二~三歳程度に見えるが、実際は三百年も生きている木の妖精だそうだ。身長百三十センチくらいだろうか。爽やかなエメラルドグリーンの、葉っぱをモチーフにしたワンピース風の服を着た彼女の頭を見下ろして、


「そんなことはない。俺たちの出会いにはメリットがたくさんあった」


 とフォローしてやったのだが、彼女は歩きながら振り返って、キッ! とこちらを睨んだ。痩せてはいるが、赤味がさした頬がぷくぷくとしていて、どうしてもあどけない印象を与えてしまう。髪と同じく碧の瞳が揺れ、目じりには涙が浮かんでいた。


「ドリアードに生まれて三百年! こんなひどいニンゲンに遭ったことはない!」

「“遭った”なんて、人を災害みたいに言うなよ」

「それ! まさに災害!!」

「…………」

「あーっ! やめてやめて、切らないで!!」


 バタバタと両手を振って抗議する少女の名はラヴィ。木の妖精ドリアードだ。

 ラヴィによると、ドリアードという妖精は樹齢を重ねた霊木から希に生まれる。周囲の木々や動物たちと語らい、育むのが役割で、自然にできた森には百~二百くらいのドリアードが住んでいるそうだ。

 基本的には本体の霊木から離れられないそうだが、精霊同士の交流が必要な時や、森で迷って困っている旅人を助けてやるときには、こう(・ ・)して人型を取って現れ、しばらく活動することができる。活動時間を延ばすために、お尻の上から尻尾のように蔦を伸ばしていて、こいつに定期的に水をやれば、かなり長い時間人型を保っていられる。


「そう。だから切っちゃうと、あなたを“迷宮”まで案内することもできないよ?」

「……心を読むことはやめろと言っただろう。それに、悪いが案内は迷宮までで終わりじゃない」

「えー!?」


 すっかりジジィ口調――精霊として格が低いラヴィが、「ちょっと偉そうにしたかった」と思ってやったささやかな誇張――は影を潜め、見た目通り少女の口調になったラヴィ。

 彼女は猛然と抗議する構えで口を尖らせたが、短剣の切っ先をチラつかせると静かになった。

 

「俺はこの世界とは別の世界から来たんだ。ここで暮らしていくためのイロハってやつを、教えてもらうぜ?」

「イロハって言われても……ラヴィは妖精だから、ニンゲンとは生き方が違うと思うんだけど」

「だが、魔法は使えるんだろう?」

「まあ、一応は」

「結構、結構」


 ラヴィからこの世界の超常的な生き物や現象についてあれこれ聞き出しているうちに、森の奥深くに手つかずの迷宮が存在することと、妖精は魔法が使えることもわかった。悪魔は確かに、「溢れる魔力をその身に宿す」と言っていた。使えるものはなんでも使わせてもらおうじゃないか。


「ところで、ラヴィ」

「?」

 

 顔だけ振り返ったラヴィに、俺はできるだけ優しい顔を作ってやった。


「俺は腹が減った。食い物も調達したい」

「えー? 人間の食べ物なんてラヴィは――はいっ! 果実に小動物、なんでもお申し付けください!!」


 短剣の切っ先を見ると、ラヴィは素直になる。


「ふっ、パブロフの犬……か」

「それの使い方は間違って――なんでもない! なんでも!」


 心を読まれてしまうというのは難点だと思われたが、慣れてしまえばいちいち言葉に出さなくとも気持ちが伝わると言うのは楽なものだ。ラヴィはどうやら、俺が使うことわざとか慣用句のような表現が気に入ったらしい。話しかけて来た時もそうだったからな。


「マスコギーに話しかけなきゃよかった。でも、後悔先に立たずだ……」

「ははは。うまいこと使うじゃないか」

「なら、なぜ短剣をチラつかせるの!?」

「マス……ファミリーネームで呼ぶからだ」

「嫌なんだね? 凄く、伝わってきた。じゃ、なんて呼べば……え? トム?」

「……ジーンでいい」


 森で遭難しかけたが、思わぬ拾いものをした。


「拾いものって……あ、少し急いだ方がいい。日が暮れると、やっかいだから」

「そうなのか」

「うん」


 ラヴィが歩調を速めた。

 飼い犬のリードのように握っている蔦がピンと張らないよう、俺も合わせる。

 見上げれば木立の向こうに見え隠れする空が、いつの間にか赤く染まっていた。余命十年の異世界生活、長かった一日目が暮れようとしていた。




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