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余命十年の異世界生活 ~ただし、簡単に死ぬ気はない~  作者: セキムラ
第一章 一年目 イケメンでデカ〇ンだからってモテる訳じゃない
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6 無手でも戦えないことはない

 奴の突きに対して一歩踏み出した俺は、同時に体軸を僅かに逸らすだけでそれを躱すことに成功していた。伸び切った奴の腕と俺の身体が水平になり、短剣の先端がつい先刻まで俺が立っていた位置へ突き進んでいく。狙ったのは、それを握りしめる奴の手根骨だった。


「ぐ!」


 手首をしたたかに打たれたハックが、短く呻いた。拾った棒切れが必要以上に乾いており、軽かったことと、ハックがとっさに手首を内側に捻って弱い部分をガードしたことで、奴の手首の骨が砕ける、あるいは神経束に打撃を与えることができなかった。ハックは剣を取り落とすことはなく、飛び出した勢いのまま身体をかがめて左手を地面に突き、大きく前転した。

 なるほど、「マスターズ認定」という肩書は、伊達じゃないらしい。

起き上がって構えるか、追撃を恐れていれば振り返り様に短剣を振り回してくるか。いや、暗器の類いを使うかもしれない。

 俺の頭にいくつもの考えがよぎり、全てに対応するべく身体が動いた。すなわち、前転という動作の途中であるハックの背に、打ちかかる。

 踏み込んでいた左足が、堆積した腐葉土を深くえぐった。左脹脛の筋肉と膝の関節が全体重を一旦支えるが、そこから生まれた反発力がすぐさま大腿部へ伝わり、反転しようとしているハックの背中に向かって跳躍した。

 振り返ろうとして目の前に俺の足が見えたのだろう。ギョッとした表情になったハック。

 奴が右手の短剣を振るうより前に、俺の右足底がその肩を捕らえていた。


「あぐがッ!!」


 うつ伏せに倒れたハックの肩甲骨の上に、俺の足底部が密着している。俺は躊躇うことなく全体重をかけた。


 バギッ!


「ああー!!」


 その高まりに沿うように足を滑らせ、上腕骨の辺りを思い切り踏み抜いたとき、乾いた音がした。


「情けない声を出すな。腕の一本ぐらいは覚悟の上だろ?」

「ぐぐぐ……てめー、いったい何者だ」

「……」


 俺はいったい何者だ。

 自分でも正直わからない。

 戦いになる、背後にハックの気配を感じたときから、自然とそう覚悟していた。以前の俺なら考えられないことだ。敵意をもって俺に迫る相手は無視するか、服従するかの二択しか対応方法を知らなかった。だが、悪魔の契約書はそれをよしとしない。頭と身体に植え付けられた悪魔の力が、目の前に迫る敵を排除しろ、過去の自分を思い出している暇があったら、足元の獲物を喰らい尽せとせっついてくる。


「ひぎっ!? や、やめてくれ!」

「襲い掛かって来たくせに、形勢が不利になったら泣き言を言うのか?」


 踏みつける足に少しだけ体重をかけてやる。


「あああー!!」


 這いつくばったままのハックは折れた右腕を踏みつけられているため、苦痛に身もだえすることもできない。足の裏には肉の下で転がる骨の破片の感触がはっきりと伝わってくる。気色悪いそれからは早く逃れたいが、お互い苦痛から解放されるのはもう少し先だ。


「さて、いくつか質問に答えてもらうぜ?」


 グリッ、と足を捻る。


「あぎゃッ! や、やめてくれ。なんでも、なんでも話す!」

「結構、結構」


 短剣を握る力もなくなったのか、地面に放られたそれを拾い、奴の腕から足をどかした。







「無いよりマシ、無いよりマシ……」


 俺は繰り返しつぶやいて自分に言い聞かせ、少々土がついたおかげでさらに汚れた丸首シャツに袖を通した。少々痛めつけてやったおかげで脂汗でもかいたか。じっとりと湿ったそれは、ハックが着ていたときは七分丈だったが、俺が着ると半袖になってしまう上にヘソが丸出しになった。

 茶色のズボンは、腰紐の長さでウェストのサイズが調整できるようになっていたため、難なく着ることができたが、こちらは膝下ぐらいのハーフパンツ風になってしまった。小柄で痩せていたハックと俺の体格の違いを考えれば当たり前だが、奴の皮の胸当ては装着できなかったし、履いていた皮の靴は履けなかった。


「お、こいつは……」


 胸当ての裏に縫い付けられていた小袋を調べると、中には紫がかった小さな宝石が三個入っていた。大豆大のそれらを手の平で転がしながら、どの程度の価値を持つのかを聞き出しておけばよかったと思ったが、時はすでに遅い。

 眼帯とバンダナは残しておいてやる。せめてもの手向けというか、趣味じゃないからな。

 光を失って、濁った眼に語り掛けても返事がないのは当たり前。俺は喉元がぐしゃりと潰れたハックの亡骸を残してその場を立ち去った。

 もと来た道なき道を辿りながら、ハックから聞き出した情報を整理することにした。ハックはどうやら本当にエリート剣士だったらしく、博識だった。

 俺が今いる国の名はロジンバラ。

 ローバーンという名の大陸の南東を治めていて、北のエッサイ、西のジャヌビアと国境を接しており、三国は常に戦争状態にある。というのも、三国の王たちは、ローバーン大陸の中央に位置する“約束の湖”と呼ばれる聖域に隠された“創造神の迷宮”に眠る“至高王の玉璽”とやらを手に入れたものが世界の王となる、といういかにもアレな伝説を信じているからだそうなのだ。

 俺は話を聞いて鼻で笑ったが、この世界にはそうした伝説を信ずるに足る証拠がいくらでもあるとハックは主張したのだった。

 神学者によるとこの世界は、神と呼ばれる人智を超えた力を持つ存在によって創られた。

 古代、神々は人間や動物と共に世界で暮らしていたが、あるとき神々の間で争いが起きた。その原因については諸説あるが、神々にも階級があって、身分の低い奴がやんごとない神の恋人に横恋慕したのが始まりだとか。神の一族同士の争いにまで発展した壮絶な嫁取り合戦によって、仲良く暮らしていた人間たちもバラバラに分かれて争うようになり、今の地図が出来上がったそうだ。

 神々は荒廃した世界を嫌ってどこかへ去っていったが、彼らの住まいが迷宮として今も残されており、その奥底には神々の技術で作られた超絶便利道具(オーパーツ)が眠っている。

 神が去ってからしばらくは、平和な世が続いた。人間たちは初めのうちこそ神々の迷宮を畏れて近づかなかったが、そこに便利な宝が眠っていると分かれば手に入れたくなるもの。

 ロジンバラ政府は特に率先して、神々の迷宮探索を推進した。

 様々な罠――神々にしてみればただの防犯セキュリティー――を潜り抜け、放たれる魔物――番犬?――を打ち倒す。ヘリックやハックのような狩人(ハンター)とは、もともとはそうした迷宮を探索するトレジャーハンターのような仕事をしていた連中の集まりだったそうだ。個人の金持や国の援助を受けて活動していた狩人たちだったが、ある神学者によって“創造神の迷宮”の存在が明らかにされてからは、狩人たちの生業にも変化が現れた。

 それまでのような、自国の迷宮探索だけをさせておくには、狩人の能力は高すぎたのだ。ロジンバラ政府は各地に散らばる狩人たちの中から、特に実力を認めた者たちを集めて狩人機構を造り上げた。

 機構は狩人たちをまとめ上げ、“家制度”を確立した。

 家制度を、ハックが属していたヨハンソン一家を例に説明すると、次のようになる。

 まず狩人を生業とするためにはロジンバラ政府が年二回行う試験に合格し、免状の交付を受けなければならない。

 狩人の仕事は大きく分けて四つであり、一つは迷宮の探索、一つは犯罪者の捕縛、一つは戦争の補助、一つはその他の国家事業である。

 狩人の仕事は受注制であり、発注元として認められるのは機構および機構が認定した代理機関のみである。

 機構及びその代理機関は、個人及び国家から受注した業務を狩人に割り当てる。その際、個人個人にではなく、“一家”が対象となる。

 この一家というのが、会社に相当すると俺は理解した。

 ヨハンソン一家はその他の国家事業にあたる“猛獣狩り”を専門にする狩人の集団だった。今日もジャイアント・ボアを狩るために平原に赴いていたのだが、俺と、猛獣の暴走というイレギュラーに遭遇してしまったというわけだ。

ちなみに機構の中核を担うものたちが“マスターズ”であり、彼らの定める試験に合格したものには、その能力応じた“職業証”が授与される。

 ハックはそのマスターズ公認の“剣士”であり、その実力は相当高いものらしい。それを難なく打ち倒したのだから、この身体のスペックは相当なものだ。初撃に相当な油断があったとはいえ、戦いのイロハを全く知らない俺でもこの世界で人並み以上の実力者と互角以上に戦えたのだ。だからといって、悪魔に感謝しようなどとはこれっぽっちも思わないが。

 それにしても……


「戦争、か……」


 日本に暮らしていた俺は、長い間戦争とは無縁だった。地球ではいつもどこかで戦争が起きていて、近代兵器を駆使した戦闘は苛烈極まりないものだった。弁当箱くらいの爆薬で何百人も人が死ぬ。試験管一本分の毒薬で村一つくらい壊滅させられると聞いたこともある。この世界で行われている戦争がどういうものかわからないが、そういった死亡率が上がりそうなものには関わり合いになりたくない。

とにかく、十年間生き残るんだ。

 俺は目の前にぶら下がる蔦を右手の短剣で切り払い、左拳を握りしめた。


「……ん?」


 森の中なんて、どこも似たような景色だ。だが、目の前にそそり立つ大木にはまったく見覚えがなかった。考え事をしながら歩いていたせいか、俺は道に迷っていた。





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