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余命十年の異世界生活 ~ただし、簡単に死ぬ気はない~  作者: セキムラ
第一章 一年目 イケメンでデカ〇ンだからってモテる訳じゃない
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4 人助けをしている余裕はない

「なんだ、言葉がわかるんだな」


 ヘリックが緊張を解いた。

 一触即発だった空気が弛緩していく。

 日本で暮らしていたときにいじめられていたおかげか、俺は相対する人間の強さというか、危険度を判断する力がある。電車で胡乱な目を向けてくるが、絡む気はない連中を一とすれば、玲央が四。剣の柄に手をかけていたヘリックは十ってところか。

 ヘリックが柄から手を離した。

 しかし、彼のひし形の目だけはしっかりと俺の……なぜ下の方ばかり見るんだ。俺だって好きでこんなモノをぶら下げている訳じゃない。

 今更股の間に挟んで隠すような羞恥心は持ち合わせていない。いや、持っていたはずだが、あまり感じないのだ。これも、契約書の影響だろうか。

 俺が首を捻っていると、ヘリックが口を開いた。


「俺たちは泣く子も黙る狩人“ヨハンソン一家”だ。ジャイアント・ボアの足跡を追ってきた」


 どうして“狩人”が“泣く子も黙る”存在を自称するのかという謎が残るが、ヘリックが言うジャイアント・ボアは、きっとさっきの巨大イノシシのことだろう。


「……それなら、さっき襲われた。森に逃げ込んで助かったんだ」

「なんだと?」


 初対面の人間相手にスラスラと言葉が出たことに自分でも驚いていると、ヘリックの隣に立つ眼帯男が、残る右目を見開いた。


「信じられねえ。こんなだだっ広い草原であいつに追われて“逃げる”なんてできっこねえよ! どんな魔法を使いやがった!?」

「そう言われても、わからないな。夢中だったから」


 実際夢中だったし、俺は跳んで、走っただけだ。

 魔法は使おうと思ったができなかった。

 あまり詳しく説明しないのは、誰かもわからない相手に名前を伝えただけでも危ないというのに、俺の身体が一般的な人間とは一線を隔す性能を秘めていることはあまり知られたくないからだ。だがまあ、あの巨大イノシシをたった三人で狩ろうとしている連中がいるくらいだ、実は俺ぐらいの身体能力を有する奴がゴロゴロしているのかもしれないが。


「ジャイアント・ボアのことはもういい。匂いがまだ残っているし、足跡もはっきりしているからな」


 ヘリックが鼻をヒクヒクさせてから言った。“狩人”だけあって、鼻が利くらしい。


「で、お前はなんで、裸で寝ころんでいた?」

「それは……」


 どうにも返答に困る。

 悪魔と取引した結果です、などと説明して余計に不審に思われたくないが、他に言い様がない。

 黙っていると、眼帯男がまた口を開いた。


「なあ、ヘリック。こいつ、もしかして捕虜だったんじゃねえか?」

「ああ、俺もそれを考えていた。サードネームまでもっているんだから、よほどの御家柄なんだろう。マスコギーなんて性は聞いたこともないが」


 御家柄?

 俺の目が点になった。

 家柄も何も、俺は異世界で一文無しだ。まさに裸一貫でこれから悪魔と戦おうと思っている男だ。

 果たしてなんと答えるべきか。


「絶対捕虜だぜ。じゃなきゃこんな昼間に裸で寝てるなんざ、変態以外の何もんでもねえや」


 俺が返答に窮している間に、また眼帯男が口をきいた。こんな風に言われても返す言葉を持っていない自分が悲しい。

 大草原に裸で寝ころぶミスターマスコギー。……大草原以外全てヘンタイっぽい。

 だが、なるほど捕虜か。

 俺は内心で大きく頷いた。

 こいつらが国という単位の社会に属しているなら、他国と戦争でもしているのだろう。俺は、奴らが知らない国から連れてこられた戦争捕虜。機を見て脱走し、着の身着のまま走った。人目を避けてさまよっている間に精根尽き果てて、草原で倒れていた。うむ。これならつじつまが合う。着の身着のままどころか、何も着ていないというところも苦しい状況だったという説明に真実味を持たせてくれるはずだ。さっき森に突っ込んだときに泥だの土だのが付いて汚れたから、必死で逃げてきたという話も頷ける。

 脱走した捕虜という立場が、彼らにとってどういう意味を持つのかは計り知れないが、ここは一つ、身分を偽装するためにヘリックと眼帯男の勘違いを利用させてもらおう。


「どうなんだ? お前はロジンバラの捕虜だったのか?」

「……そうだ」


 ヘリックの問いに、最低限の言葉だけで答えた。

 ロジンバラってなんだ。

 恐らくはこいつらが属する国の名前だろう。

 問題は、


「どこから連れてこられた? エッサイか、それともジャヌビアか?」


 出自を聞かれることだと思ったそばからこれだ。

 俺の出身国は日本だ。

 ロジンバラ、エッサイ、ジャヌビア。どれも地球には存在しない国家の名称だ。下手にヘリックの口から出た国の出身だと答えて、あれやこれやと質問されるとまずい。

 俺は、訳あって身分を明かすことができない脱走捕虜。名前は……ちくしょう。どうにか違う名前にしてやろうと思っても、頭に浮かぶのはマスコギーだ。まあいい。マスコギーは偽名。本名は謎。これで通すことにしよう。


「それは、言えない」

「……ふん」


 しばらく俺の目を見つめていたヘリックが、両肩を竦めて鼻を鳴らした。


「まあいい。俺たちの仕事は“人間狩り”じゃないからな……お嬢、行きやしょう」

「おいおい、ヘリック! 見逃すのかよ!?」


 背後の女を促して踵を返したヘリックを見て、眼帯男が色めき立った。


「脱走者を引き渡せば、報奨金がたんまり出るぜ? ボアを狩るより裸の変態一人の方が――」

「ハック」


 ヘリックが眼帯男を振り返って、一言発した。それは、ハックに向けてのものだったが、彼を間に挟んでいる俺の腹にまで、ズシンと響くほどの迫力を持っていた。


「お嬢が頭領を継いで以降、狩りの対称は人間以外と決まった。忘れたのか?」

「いや、そういうわけじゃ、ねえよ……」


 ハックは一歩たじろいで、柄にかけていた手を離して眼前で大きく横に振った。


「ちっ。裸野郎。命拾いしたな」

「……待て」

 

 捨て台詞を残して踵を返したハックの背中に、俺は声をかけた。遠雷のような音が小さく聞こえる。


「ああン?」


 ハックが一瞬こちらを振り返りかけて、すぐに眼前に視線を戻した。ようやく、事態に気がついたらしい。これで“狩人”だと言うのだから笑わせる。


「……まずいな」


 ヘリックは、もうとっくに気がついていたようだ。巨大な剣を構えて、彼方にそびえる山脈の方を向いている。奴の視線の先には、もうもうと土煙を上げて迫る茶色の塊があった。


「おい、おい……うそだろ?」


 ハックは一歩、二歩と後退していく、足が震えて情けないほどへっぴり腰になっていた。


「あの数……暴走(スタンピード)か」


 遠雷のように聞こえていたのは、俺たちに迫る茶色の塊が大地を踏み鳴らす足音だった。それは今はっきりと、地鳴りとなって耳に届いていた。そして、茶色の塊のように見えていたものの正体は、先ほどの巨大イノシシの群れだったのだ。だが、まだ距離は十分ある。今のうちに森に逃げ込んでしまえば問題あるまい、と俺が思ったとき、女の声がした。


「ヘリック、あっち(・ ・ ・)には本隊が」

 

 おや、と思った。

 背はハックより少し高い。百六十センチくらいだろう。身体にフィットした白いボトムスに隠されたお尻の発育具合からして、もう少し大人びた声をしているかと思っていたが。彼女はヘリックの肘を引っ張って、女は土煙の方を指差していた。


「お嬢、迂回して進むにしても、あれ(・ ・)は横に広がりすぎてまさぁ。ひとまず森の奥まで後退して――」

「ダメだ! 仲間を見捨てるなんて!」

「見捨てるわけじゃありやせん……それに、あいつらだってとっくに気がついて、逃げてまさ。“アジト”で合流しやしょう」

「ダメだもん! 『仲間は絶対に見捨てるな』って、父さんが!」


 どうやら、イノシシの群れと俺たちとの間には、彼女の仲間たちが待機していたようだ。どのくらいの規模の集団が居たのか知らないが、あいつらの暴走に巻き込まれればただでは済むまい。ここからそんな人影は見えなかったわけだから、イノシシに追いつかれる前に森へ逃げ込むのはまず無理だろう。となればヘリックの言う通り、巻き込まれないように群れの進行方向から逃げ出すしかない。左右どちらに行くと何があるのかわからないが、彼らははぐれても最終的に“アジト”とやらに集合すると予め決めているようだった。

 父さんか誰かの言い付けだか知らないが、無謀すぎる。仲間を大事にするのはきっといいことなのだろうが、自分が死んだら何にもならないじゃないか。俺にしても、あのバケモノどもの大行進に巻き込まれて圧死なんて嫌だ。


「お嬢……では、あっしが見て参りやす。お嬢はハックと――おい、ハック?」

「奴なら、あっちだ」


 俺は親指で後ろを示した。ヘリックと女がすったもんだしているうちに、ハックの背中は、木々の向こうへ消えようとしていた。


「『冗談じゃねえ。共倒れはごめんだぜ』だそうだ」


 別に伝言を頼まれたわけじゃないが、一応奴が最後に呟いた言葉を伝えてやった。


「……お前、まだいたのか」

「ああ。ちょっと聞きたいことがあってな」


 ハックじゃないが、見ず知らずの異世界人の巻き添えなんて御免こうむりたい。

 三人の中じゃ一番腕が立ちそうなヘリックでさえ、逃げの一手を選択しようとしたのだ。狩人という連中の仲間がもしあの暴走に巻き込まれているのだとしたら、残念だが生き残れるやつはごくわずかだろう。

 ヘリックたちがそれを救出に向かうなら、たぶんこの二人も助からない。その前に、できるだけ情報を仕入れておきたいところだが、お互いあまり時間がない。


「ハックは、あんたたちを見限って逃げた」

「……」


 俺の言葉に、ヘリックは黙って頷いた。女の方はヘリックの脇に立ってそっぽを向いていたが、下唇を強く噛んでいた。


「あんたたちは仲間をえらく大事にしているようだが、ハックは、まだ仲間なのか?」

「……!」


 女の目がカッと開いた。だが、言葉を発することはなかった。


「俺たちは別行動を取ることになっても、アジトで再会すればまた仲間だ」

「ハックが、アジトに戻って来なかったら?」

「……追うことはせん」

「そうかい」

 ヘリックの答えに満足した俺は、二人に背を向けた。


「じゃあ、な」


 森の方を向く際、女とわずかながら視線が合った。……どこかで見たような、と思ったのは確実に気のせいだろう。

 俺は、森に入った。

 背の高い草や、垂れ下がる蔦を切り払った痕跡を追って走った。





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