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余命十年の異世界生活 ~ただし、簡単に死ぬ気はない~  作者: セキムラ
第一章 一年目 イケメンでデカ〇ンだからってモテる訳じゃない
2/12

1 悪魔はそんなに甘くない

第一章スタートです。

 大草原。目の前は見渡す限りの大草原だった。

 草原のずっと向こうには、地平線の代わりに山頂に雪を残した山脈が見えた。

 振り返ればかなり遠く――歩いて行けば一時間はかかりそうな距離に森が見える。かなりの密度で木が育っているらしく、濃い緑の下は暗く見えた。

 僕は再び寝転んで、青い空と白い雲を眺めた。柔らかな日差しに目を細め、それを全身に浴びて伸びをした。


十字路(クロスロード)の悪魔……か」


 冷静に思い返してみれば、ロックミュージシャンやボクシング選手の前に現れたという伝説を聞いたことがある。願いを叶える代りに寿命を奪っていくとは知らなかった。


「でも、やっぱり悪魔は悪魔だよね」


 できるだけ考えないようにしてはいるのだが、僕は現在素っ裸だ。


「十年残したとか言っていたけど」


 最後に彼は、十年後にまた逢おうと言った。つまり、僕を迎えに来るということだろう。と言っても、僕はそんなに長生きするつもりはない。別に、十年より前に死ぬことが悪魔に不都合ってこともないだろう。


「いやいやいやいや、そんなに甘くはないぞ?」

「わあっ!?」


 日差しを遮って現れたのは、怪しい怪盗風の男――十字路の悪魔だった。


「急に出てこないでよ……」

「いや、失敬。“契約書”を置いて行ってしまうものだから、特別に届けに来てやったのだ……いやぁ、しかし、予想以上の造形に出来上がったものだ。ちとサービスしすぎたか」


 半身を起こしてぶーたれてやると、彼は僕の身体をしげしげと眺めて苦笑いを浮かべた。主に下半身に視線が集中していたため、燕尾服の内側から取り出した見覚えのある巻物をひったくって恥部を隠した。

 待てよ。


「契約……そうか!」

「うん?」


 ポンと手を打った僕を、怪訝そうに見る悪魔。


「なんでも叶えられるんだろ? 残りの十年もあげるから、今、終わりにしてよ」

「ふふん。吾輩の台詞を聞いていなかったのかね? 言っただろう。“そんなに甘くはない”と」

「どういうこと」

 

 彼は答える代わりに、僕の傍らにしゃがみ込んだ。そして無遠慮に下半身を隠していた巻物を取り上げて、それを開いた。


「いいかね、ここにちゃぁんと書いてある。“甲――これは吾輩だ――が定める条件に、乙――君のことだぞ?――は全面的に同意し、違反しない”ほら、ちゃんとサインもしてあるだろう」

「……これは。でも僕は……あれ?」


 悪魔が指さす場所には、知らない名前が書いてある。これは僕の名前じゃない。それだけはわかる。だが本当の名前が思い出せない。

 自分の名前は? と考えると、すぐに下線の上にかいてある名前が浮かんでしまう。強烈な違和感だ。


「君の名はジーン・アルフレッド・マスコギーだ。少なくとも、向こう十年はそう名乗ってもらう」

「なんだそれ、いやだよ」


 なぜ横文字なのかもわからない上に、どういうわけかファミリーネームの部分に強烈な悪意を感じる。僕が精いっぱい睨みつけると、悪魔は不思議そうな顔をして口を開いた。


「いやだ? なぜだね?」


 嫌に決まってるだろう。

()はジーンなんて名前じゃなくて……あれ?


「くっく。始まったな」

お前(・ ・)……何を、した?」


 頭の中に何かが浸食してくる。

 

「“契約”だ。きちんと読まずにサインするからいかんのだ」

「ぐっ……頭……痛……」

「いいかね? 君はおよそ人外の力を振るい、溢れる魔力をその身に宿す超戦士、ジーン・アルフレッド・マスコギーとして生まれ変わった。ちなみに今、契約書は君の身体の一部になろうとしているのだよ」


 悪魔が立ち上がって、ニイッと口角を吊り上げて笑った。

 彼の視線の先には羊皮紙の巻物があり、それは俺の腹部にへばりついていて、そこと頭に焼けつくような痛みが走る。いやそれだけじゃない。羊皮紙の端が皮膚と一体化して、溶け込んでいくように見える。巻物全体がドクドクと脈打って、まるで生き物のようだった。

 それが俺の身体を侵食するのに合わせて、内部から造りかえられているような感触が増していく。

 気が遠くなる。

 僕はいなくなってしまうのか? 

 でも、それならそれでいいか。死んだようなものだ。


「……ああ、たしかにそうだな。君の言う通りだ」

「え?」


 僕の様子を見ていた悪魔がパチンと指を鳴らした。すると羊皮紙の浸食が止まり、痛みが和らいだ。


「ふむ。君の脆弱な精神までも強くしてやろうと思ったが、考えてみれば姿だけでなく人格まで大きく変えてしまっては、寿命を十年残した意味がない。しかし……ちょっと改造が進んでしまったな」


 ブツブツと呟きながら、悪魔は再びしゃがみこんで、契約書とやらをゴシゴシとこすった。


「……よし。これで君は、元の記憶を保持したまま生きることができるぞ? めでたし、めでたし、だ」

「待ってくれ、サインした後に契約を変えるなんて」

「くっく。だからちゃんと読めと言ったのだ。ここに書いてある。“甲は乙に予告なく、契約内容を変更する場合があるが、乙はこれに反対しない”とな」


 そんな一方的な契約ってあるか。酷い条件だ。


「くっく。まあ、そう怒るな。“悪魔は二枚舌”とよく言うだろう? ほら、吾輩もこの通り、だ」


 レロン、と血色の悪い上下の唇を割って出て来た舌先は、確かに二つに割れていた。


「君は十年間、この異世界で自由に暮らすのだ。これまでの半生で得ることができなかったものを存分に貪るといい。成長した君の魂は、さぞかし美味だろうな」


 蛇を思わせる舌が悪魔の唇の周囲を這いまわった。あれは、舌なめずりをしていやがるんだ。


「ふはははははは!!!! では十年間、達者で暮らしたまえよ!?」

「うぐっ! あああー!!」


 悪魔の哄笑とともに竜巻のような風が起こった。

 腹部に再び痛みが走る。浸食が再開されたんだ。だが不思議と頭は痛くならなかった。これ以上、頭の中をいじられることはないようだったが、代わりに襲ってきた全身の痛みに、俺は叫び声を上げた。







 巻き起こった竜巻と共に悪魔は消え去り、同時に身体の痛みもなくなった。

 十年。

 秒に換算すれば三百六十五×二十四×六十×六十秒のさらに十倍。

 気が遠くなるような時を、俺は異世界で生き抜かなければならない。十年。十年だけは何としても生きなくてはならない。“契約書”とやらが身体に溶け込んだ影響なのか、それだけが頭に反響している。目的はただ一つ。“生き抜く”こと。なぜかその後に“最終兵器は下半身”という思いがくっついてくる。

 ……そんなことより、


「くそっ……この状況、どうやって生き残ればいい?」


 俺は無意識のうちに奥歯を噛みしめ、ギリギリと鳴らしていた。


 ぶふーッ!! ごふッ!!


 俺の眼前には、荒々しい呼吸と血走った眼をした、巨大な獣が立ちはだかっていたのだ。




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