ハロウィン
《どれだけの時を経ただろうか?安寧の地を求めて未だにこの世界をさまよい続けている。
道は土の凸凹道から、綺麗な道へと舗装され、人々の姿も身軽なものへと変わっている。あの頃時代を欲しいままにした魔女の姿は街から消え、魔法の類も人々の心から消え去っていた。馬車が行き交っていた街には、鉄の箱が煙突から出るような黒い煙を吐き出しながら我が物顔で走っている。
どれほどの距離を歩いただろう?履いていた靴はボロボロになってとうの昔に捨ててしまった。地を踏んだ足の皮は、随分固くなったように思う。爪は剥げボロボロになっていた。皮膚は血管が浮き出るほど薄くなり、骨まで浮き彫りになっている。歯はところどころ抜け落ち、醜い顔になっていた。そのために、顔は常に布で覆い隠した。
今思えば、あれはまともな選択ではなかった。だが、あの頃の自分は地獄へ行くのがたいそう恐ろしかった。何としてでも、安寧の地へ行きたかったのだ。》
ボロボロの服ともわからない布に身を包んだ男が、虚ろな目でランタンに灯る火を見つめている。男は、長い長い回想の後、空を見上げ日が暮れていることを確認すると、重たい腰を持ち上げた。カブをくりぬいて作られたランタンを手に取る。ランタンの火は男の足元を照らす。
男は街を包む明かりに目を奪われた。が、別に驚くことはなかった。男はこの日を、ハロウィンに合わせこの街へ来たのだから。
カボチャで出来たランタンがいくつも並び外道を照らす。仮装をした子供たちがお菓子を手に走り回っている。
そんな、賑やかな街と裏腹に、影のないものたちも彷徨いている。この日に合わせて、あの世から死者が集まっているのだ。
男もまた、里帰りの途中であった。オレンジ色の優しい明かりに包まれた街を背に、人の気配のない町外れの墓地へと足を進めていく。
『ただいま』
男は一人ぼそっと呟いた。ランタンで照らした場所には、ぼろほろの墓石があった。かすれて文字の読めなくなった石が時間の経過を思わせた。
寂しい思いをさせているだろうか?1人先に逝かせてしまった愛するものへの謝罪を届けることは、男には不可能だった。
『×××…必ず、必ず君の元へ行くと約束するよ。それまでどうか、身勝手な私を待っていてくれ』
墓石に頭を垂れ、涙を流す男を慰めるようにランタンの火がゆらゆら揺れる。
街も寝静まった頃、男は1人歩き出した。消えることのないランタンの火で道を照らしながら。安寧の地を目指して。
「地獄へ行きたくない」その願いを聞き届けてくれた悪魔は笑っているだろう。天へ逝くことさえ拒まれ、死後の世界にすらたどり着かず、永遠にこの世をさまようこの男を。
男を見るものはいない。男の存在を認めてくれているのは、手元に小さく灯る永遠に消えないランタンの灯りくらいだろ。