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転の巻 おろっ、何だかシリアス展開になってきたぞ。大丈夫なのか?


「おーいショウタ! サボって上で寝てんじゃないだろうな」


 下からカイルのどこか小馬鹿にしたような声が飛んでくる。


「うるせえ! ちゃんとやってるっつうの」


 ったく、こうるせぇガキだな。

 俺は今、神授所の屋根に上がり修繕を行っていた。

 なんでも、今晩辺りから雨風が強くなりそうなので、急遽きゅうきょ俺が屋根の修理を行っている。

 この神授所の建物は、かなり老朽化がすすんでおり、あちこちで雨漏りがしていたからだ。

 といっても、俺は本職の大工でもないし、そんな経験もない。あるのは小学生時代の工作の経験ぐらいだ。

 だから、気休め程度の修理ぐらいしか出来ないけどな。


 穴が空いてるヶ所に薄い板をあてがい、ハンマーを使って釘で打ち付ける。


 ふぅ、ここはこんなものかな。俺は額の汗を拭って空を見上げる。


「しかし、本当に今晩から嵐になるのかね」


 雲ひとつない青空は、とてもそんな風に見えなかった。

 そして、そのまま一休みすると、一月前の光神祭での出来事を考えていた。


 あの女神さんは滅びの災いとかいってたけど、まさか魔王とかそんな感じの存在がいるのかな。

 それにギフト、あの時いた千人あまりの人々は、全員なんらかのスキルを授かったようだった。

 大神殿では、どうやってるのか俺は知らないが、自分のスキルを確認することが出来るらしい。

 俺には当然そんな物は必要ない、逆にステータス閲覧やダイスのスキルを知られる方が危険だ。

 だからあの日、災いの話や、ギフトの事で混乱してる間に、俺は子供達を連れて引き上げた。

 だが、女神から授けられた能力だ。国がこのまま放っとくはずがない。

 必ず、囲い込むなり、何らかの動きをするはずだ。その予想は、早くも次の日には当たる事となった。

 次の日の朝、神殿から使者がやってきたのだ。

 エルクさんには、あの日の出来事を、その日のうちに話していた。子供達を危険な話に巻き込みたくなくて、早々に帰ってきたと話してある。

 まぁ、半分は本気でそう思った。残りの半分は自分のためだが。

 しかし驚くことに、応対に出たエルクさんが、一言二言、何か耳打ちすると、使者は驚いた顔して帰って行った。

 エルクさんって本当に何者。あの日、俺は初めてこの国の王族が、エルフだということを知った。前にいた世界の物語に出てくるエルフは、森なんかに隠遁いんとんなんかしていたが、この世界のエルフは随分と活発なものだな。

 あの時、衛兵が王弟閣下と呼んでいた男性は、エルクさんと随分と親しげな様子だったが、エルクさんが王族なんてことはないと……まさかな。

 エルクさんが、何者なのか確かめるため、ステータス閲覧を使ってみたが、何かに阻害され、閲覧不能になっていた。分かるのはエルクという名前のみ、それ以外は文字化けしていた。全く、謎の人だ。


 結局、エルクさんがチビッ子共を神殿に連れていき、スキルを確かめることで話がついたみたいだった。

 俺はさりげなくスルーさせてもらったが、エルクさんは苦笑していた。


 で、そのチビッ子達だが、俺には神殿で確かめるまでもなく、ステータス閲覧で確認済みだ。

 これも、驚くことだが、チビッ子達は魔法や剣術など、戦闘系の特殊スキルを授かっていた。

 その中でもカイルはかなり凄かった。聖剣術に聖魔法に雷魔法。成長促進に身体強化と、おいおいマジかよと思うほどのチートぶり、将来の勇者候補といったところかな。

 だが、まだ子供。能力の数値自体は、俺とさして変わらない。

 しかし、俺的には子供と数値が変わらないって、どうなんだよって話だがな。自分の貧弱ぶりが恨めしい。

 くそっ、少しだけ……いや、かなり悔しいぞ。


 街の噂で聞いたが、あの日聖堂にいて、ギフトで能力を授かった人の中には、勇者と呼ばれても不思議でないほどの力を授かった人もいるらしい。が、大半は戦闘には関係のない料理や工作、鍛冶などといった非戦闘系のスキルなんかだったようだ。元々、魔法を扱う人は一握りの者であり、戦闘系のスキルは珍しいって話だ。

 俺も街中で、ステータス閲覧を試したが、一般の人達はスキル持ち自体が珍しかった。


 それを考えると、うちのチビッ子達は、カイルか或いは他の影響なのか、かなり特殊な集団だ。

 だが、あの女神さんの口振りからすると、チビッ子共が成長するまで、災いとやらが待ってくれるとは思えない。

 そう考えると、今回のギフトはチビッ子達に良かったのかどうか疑問だな。中途半端な力は身を滅ぼしかねない。

 昔、大学時代の友人に空手の有段者がいたが、あるとき飲みにいった先で、些細な事から外人と口論になり、よせばいいのに殴りあいの喧嘩にまで発展した。

 その外人は2メートル近いがっしりとした体格していた。後で聞いた話だが、その外人はプロレスラーだったらしい。

 当然、友人はボコボコにされ、あわや障害が残るところだった。

 その友人は何とか元気に快復したが、あの時俺は思った。友人が空手なんか習ってなければ、喧嘩にまでならなかったのではないかと。実際、俺はびびって、その外人と視線すら合わせられなかった。

 よく武道なんかやってる人はいざという時にはとかいうけど、実際はどうなんだろう。

 争わないですむ方法を探さず、逆に、安易に力での解決へと流されやすくなるような気がする。

 この世界は、もといた平和な日本と違い、命の重さが軽い世界。

 果たして、戦闘系のスキルは持っていても……俺は良い事だとは思えないがな。


 そんなことを考えながら青空を眺めていると、またしてもカイルの罵声が下から飛んでくる。


「おーいショウタ。さっきから物音ひとつしないけど、またサボってるのか」


「またって……ホントにやなガキだな」


 今日何度目かのぼやきを呟き、屋根の上から見下ろすと、ちょうど1台の馬車が神授所の敷地内に入ってくるのが見えた。


 おや、何だろう。また、貴族の連中でも来たかな。

 あの光神祭の次の日には、女神の話はあっという間に王都中に広まった。早くどこかに避難をと、王都は大騒ぎとなり、数日は混乱していた。だが結局は、王都より安全なとこは何処なんだよという話になり、大聖堂のあるここが一番安全だという話に落ち着いたようだ。

 だが、やはり街中は不安なのか、少しざわついてるように感じる。

 そのためか、ここ数日前から貴族達が、子供達を引き取ろうと何度かここにやって来ている。

 女神の加護を受けてるといった噂がたち、そばに置いているだけで安全になると考えられたからだ。


 しかし、神授所の入口近くで停めた馬車からは、映画なんかで見掛けるマフィアがよく被る、つば付きのソフト帽を被った男が、葉巻を燻らせ降りてくる。その後ろからは、この世界にきた最初に出会ったような強面こわもての男達が、続いて降りてきた。

 最初は興味深そうにしていた子供達が、それを見て慌てて神授所内に逃げ込むのが見える。カイルだけは生意気にも入り口前で、立ちはだかるように男達を睨み付けていた。


 こいつは不味いな。降りたくないが、行かなきゃ駄目だろうな。

 俺は「はぁ」と、ため息をひとつ付くと、嫌々ながらも降りることにした。


 屋根から梯子を伝って降り、入り口前に着いた時には、ちょうど中から出てきたエルクさんが話始めるところだった。


「どういったご用でしょうか。礼拝に来られたなら歓迎いたしますよ」


 俺は、にっこりと笑うエルクさんの後ろ、カイルの横に並んで立つ。


「ガッハハハ。俺達が礼拝にだと、面白れぇ事を言うな神官さんよ。お前がエルクか」


「はい、元神官ですが、私がエルクです」


「まぁ、俺達も一応女神様の信者だから礼拝したいとこだが、今日はそういうわけじゃねえ。今日からここの土地は俺のもんになったからな。その挨拶よ」


 葉巻をくわえた男が、突拍子もないことを言うと、俺達をめ回してきた。


「えっ、それは……ここはジオスさんの土地で、私が借り受けてるのですが……」


「おや、知らなかったのか。じいさんなら昨日のうちにくたばったぞ。それで、俺がじいさんの息子から買い取ったというわけだ。だから、今日にでも出ていってもらおうと思ってな」


「えっ、ジオスさんが……」


 絶句するエルクさんを見て、葉巻の男や後ろの男達にやついていた。


「こいつらこの辺りを縄張りにする地回りのならず者、ガストン一家の連中だ」


 カイルが俺に耳打ちするのが聞こえたのか、葉巻の男が自己紹介した。


「俺の名はガストン。この辺りのもめ事の面倒なんかをみてる。子供らの行き先を心配してるなら俺が面倒を見るぜ」


「何が面倒をみるだ。お前らはただのならず者の集まりじゃないか。先生、いうことをきいたら駄目だぞ」


 カイルが俺の横で文句を言っている。


「何だ、口の悪いガキだな。神官さんよー、子供の教育が悪いのじゃないか。なんだったら俺んところで預かって、性根を叩き直してやろうか。ガッハハハ」


 ガストンが大笑いして、後ろに控える男達もつられて笑っている。


「いえ、それには及びません。この子は、正義感の強い、とても良い子です。それよりも私は、この土地を借りるにあたって、きちんと契約を交わしているのですが」


「あん、契約だと、そんなもん知るかよ。今日からはここは俺の土地だ。今日中に出ていってもらうぜ」


「そんな無茶な。いきなりやってきてそんな事を言われても……」


 こいつら、女神さんが現れて世界に災いが迫ってるとか言ってる時に、何を考えてんだか。どこの世界にも、頭の悪いたちの良くない連中っているもんだな。

 俺達がどうしたものか困り果てていた時に、顔を青く腫らした若い男が駆け込んできた。


「先生、すまない。こいつらに土地の権利証をとられちまった」


「あなたは……ジオスさんの息子さんのラルスさん」


「すまない先生。こいつらが昨日やってきて……親父も……うっううう」


 ラルスさんが、エルクさんにすがり付いて泣き出した。


「おいおい、妙な言い掛かりを付けるなよ。大体おめえがうちの賭場とばで借金をこしらえるからだろ。まっ、あのじいさんが、ちょっと脅しただけでポックリと逝ったのには驚いたがな。ガッハハハ」


「くそっ、俺はこいつらに騙されたんだ。それに借金の返済は今日までだろ。それなのに、こんな所まで来やがって」


「今日までというが、返せるあてでもあるのか。金貨30枚だぞ。ねえだろうが。だからこの土地はもう俺のもんだ。それに騙されただと。昨日はあれだけ痛めつけたのにまだ懲りねえ野郎だ。おい、もっと痛めつけてやれ!」


 どうやら息子さんがギャンブルにはまり、その借金のかたにこの土地がとられるようだった。

 そのせいで、親父さんまで亡くすとは、何とも馬鹿な男だと思うが……俺には少々、耳に痛い話でもあるな。

 俺ももといた世界では、ギャンブルで全てを失った男だったからだ。


 男達が、ラルスさんに暴行を加えようとするが、エルクさんが間に入ってそれを止める。


「わかりました。私がその借金を何とかします」


「神官さんよー、あんたが払うってのか……金貨30枚だぞ。わかってんのか」


 俺はまだ見たことないけど金貨1枚で、この地区の人なら1年は暮らせると聞いている。

 エルクさん大丈夫なのか。


 しばらく、眉をしかめたガストンと、涼しげな顔したエルクさんが見詰め合っていた。


「ふんっ、今日中だぞ。夜までに持ってこなかったら必ず出ていってもらうからな。おい、行くぞ」


 ガストンがしかめた顔のまま馬車に乗り込み、男達も俺達を睨み付け、後に続く。最後の男なんか俺達の前に唾を吐き捨てて乗り込む。

 そしてガストン一家の連中は、一旦はここから引き上げて行った。

 馬鹿な連中って異世界にもいるもんだな。

 しかしエルクさんはどうする積りなのだろう。


「ショータさん、私は少し出掛けます。後のことはよろしくお願いしますよ。ラルスさんも、しばらくの間はここにいたほうが良いでしょう。あの人達がまた何かしてくるかも知れませんから」


「あてはあるのですか」


 俺が心配して問い掛けると、爽やかに微笑む。


「ふふ、大丈夫ですよ。それでは、頼みましたよ」


 エルクさんは軽やかな笑顔を残して出ていった。

 しかし、ホントに様になってるよなエルクさんは。羨ましいよ。



 それからしばらくの間は、チビッ子達も礼拝堂でしょんぼりと大人しくしていたが、いつしか外で走り回って遊んでいる。

 何だかんだ言ってもまだ子供だなと思ったが、カイルが外に出ていく時に、ラルスさんに向かって「先生に任せとけば大丈夫だって、そんなに心配するなよ」なんてことを言っていた。

 どこまでも、ませたガキだな。


 チビッ子達は元気なものだが、ラルスさんは俯いたままぴくりとも動かない。

 どう言って声を掛けたものか分からない俺は、静かな時が苦痛にも感じだした頃、チビッ子達が慌てて駆け込んできた。


「ショータ、大変だ。エミリが、エミリがいなくなった」


 カイルが今にも泣きそうな顔をしている。

 ほぅ、こいつでもこんな顔する時があるんだな。あーそうか、エミリつったら、いつもカイルの後ろにくっついてるあのか。カイルの嫁さんになるのとか言ってたな。


「ちゃんと、よく探したのか」


「皆で敷地内の隅々まで探したよ。でもどこにもいないよ」


 参ったな。エルクさんがいない時に。


「お前ら庭で遊んでたんだよな。どういった状況だったんだ。詳しく教えろ」


「僕たちは白いチューリップごっこをして遊んでたんだ。そうしたらいつの間にか、エミリの姿が見えなくなってたんだよ」


 チビッ子達のひとりガンタが、申し訳なさそうに言う。


「白いチューリップ? 何だそれは」


「今この王都を騒がしてる賊ですよ」


 ラルスさんが、まだうつろな顔をしたまま答えてくれた。


「賊なんかじゃないよ!」

「白いチューリップは正義の味方だ!」

「僕達、貧乏人の味方なんだ!」

「悪い商人や貴族をやっつけてくれるの」


 チビッ子達が口々に文句を言い立てる。


 ははーん、義賊ってやつなんだな。しかし、それもどうだろう。もといた世界の映画やドラマにそんなのいたけど、実際にいたら……しょせんは犯罪者は犯罪者。

 ひとりよがりに得意気に、ヒーローをきどってんのかね。

 子供達への影響や、社会に与える不安なんか、先の事をちゃんと考えてくれてたらいいけどね。

 おっと、今はそんな事を考えてる場合じゃないな。


「よし、もう一度皆で探してみよう」


 皆で建物の中も全て探してみるが、やはりエミリは見つからない。カイルも更に不安そうにしている。


 うーん、となると、考えられるのは……まさか誘拐。


「おい、お前ら庭で遊んでる時に、知らない人とか見なかったか」


 チビッ子達が何やら考え込むが。


「あっ、そう言えば、遊んでた時に、畑の所に見知らぬおじさんがいたな」


 ガンタが思い付いたように声をあげる。


「そんな大事な事、早く言えよ!」


 カイルがそう叫ぶと畑に向かって走り出した。


「あっ待て」


 皆もその後を追い掛ける。

 畑でカイルに追い付くと、何かを握りしめ呆然とカイルが立っていた。


「どうしたカイル」


「こいつは俺が、光神祭の時にエミリにあげた……」


 カイルはピンク色したリボンを握りしめていた。

 あの光神祭の時にそんな事をしてたのかよ。このませガキめ。くそっ、このリア充め。


「これを見てください。足跡があります」


 ラルスさんが何やら辺りの地面を調べていた。

 そこには、子供の足跡と大人の足跡がくっきりと残さていた。しかも、途中で子供の足跡は途切れ、大人の足跡だけが敷地の外へと続いていた。


「どうも、ここで抱き上げられ、外に運ばれたようですね。やはりこれはさらわれたと考えたほうが……」


 ラルスさんが子供の足跡が途切れた所を指差していた。


「あいつらだ、きっとあいつらガストン一家の連中がやったのに決まってる」


 カイルがまた走り出そうとするが、今度は上手く捕まえた。


「どこに行くつもりだ」


「決まってるだろ。エミリを助けるため、あいつらの所に行ってくる」


「まだそうと決まったわけじゃないだろう」


「あいつら以外に誰がいるんだよ」


 暴れるカイルは、今にも俺を振り切って走り出しそうだ。

 くそっ、貧弱な俺が恨めしい。あーもう、カイルは止まりそうにないし、どうしたら。


「わかったわかった。それなら俺も一緒に行ってやるよ」


 くそっ、何でこうなる。あんなヤクザな連中の所に行くとかあり得ねえよ。


「ショータが来ても役にたたないだろ」


 な、何だとこのガキ。人がせっかく一緒に行ってやるって言ってるのに、素直に喜びやがれ。


「そう言うな。お前ひとりで行かすと無茶をしそうだからな。そういうわけでラルスさん、後をお願いします」


 ラルスさんとチビッ子共が、俺とカイルを不安そうに見ている。


「大丈夫だって。ちょっと様子を見てくるだけだから」


 俺はそこで気付いた。

 エルクさんが、何故いつもあのような軽やかな笑みを浮かべているのかを。

 そうか、皆を心配させない。不安にさせない。そのために、いつも爽やかに笑っているのだと。

 俺もエルクさんの真似をして軽やかに笑ってみせる。


「ふんっ、ショータが先生の真似しても、似合ってないぜ。ほら、いくぞ」


 くそっ、カイルのやつ。余計なことを言いやがる。

 チビッ子達が不安そうに見まもる中、俺とカイルはガストン一家の事務所に向かうことにした。



 ガストン一家は俺達のいた神授所を含む地域を縄張りにしているだけあって、さほど離れた場所にあるわけではなかった。30分も歩かないうちに辿り着いた。


 おっ、こんな所があったのか。近所にこんな場所があったとは……。


 そこは色鮮やかな看板が並ぶ通り。まだ昼間だというのに、通りには若い女性が華やいだ声で道行く男性に声を掛け、男達はにやけた顔をしている。

 派手な建物が軒を連ねる通りは、娼館やカジノなど怪しげな店が建ち並んでいた。

 その通りだけは別世界。正に歓楽街だった。


 俺も元いた日本では繁華街なんかを彷徨うろついていたから、どこか懐かしい匂いを感じる。しかし異世界でも、人は同じように考えるんだな。

 嬌声きょうせいをあげる女性やそれをにやにやして見詰める男性を、俺は感慨深く眺めていた。


「おい、ショータ。何ニヤついてんだよ。遊びにきたんじゃないぞ」


 カイルが俺を睨んでる。

 えっ、ニヤついてた?

 いかんいかん。分かってるよ。今はそれどころじゃないからな。

 手の平で顔を擦って誤魔化しながら話し掛ける。


「それでガストン一家はどこにいるんだ」


「あそこだ。あのカジノにやつらの事務所もある」


 カジノかぁ。そういえば、久しくギャンブルから遠ざかってるなあ。

 異世界のギャンブルってどうなのかな。


「おい、ショータ。どこに行くんだよ。表から入ったら駄目だ。俺達が来たのがばれるだろ。確か、こっちに裏口が」


 カジノの入口から入ろうとした俺を、カイルがたしなめる。

 これって、俺とカイルの立場が逆だよ。俺の大人としての威厳いげんが……。


 カジノの裏に廻ると、人ひとり通れるかといった小さな扉があった。

 見張りもいない。試しにドアノブを回してみると、あっさりと扉が開く。


 何とも不用心だな。まあ、あんなヤクザな連中の巣窟に、好き好んで入る者もいないか。

 しかし、どうする。


 俺がどうしようか悩んでいると、カイルは気にせず中へ入っていく。


「あっ、待てカイル」


 くそっ、見つかったらどうすんだよ。

 俺も仕方なくカイルの後をついていく。


 中は通路になっており、両側にはいくつか扉がある。

 カイルは手前から扉を開けて確めていく。

 大丈夫かよ。俺も仕方なくカイルとは反対側の扉を開けていった。

 中の様子を伺いながらそっと開ける。もう完全に腰が引けてる状態、少し……いやかなりびびってる。

 それもそうだろう。今見つかれば、言い訳のしようもない。へたをしたら、いやいや、へたをしなくてもこの世からおさらばしそうだ。


 ひとつめの扉には誰もいなかった。そしてふたつめの扉、耳を扉にあてがい中の様子を伺うと、何やらごそごそと人の気配がする。


 どうしよう。中に人がいるみたいだが……。


 だが、躊躇ちゅうちょする俺の後ろから伸びた手が、あっさりと扉を開けてしまう。


「あっ、カイル、馬鹿。何て事を……」


 その倉庫らしき部屋の中には、両手両足を縛られ猿轡さるぐつわをされたエミリが転がっていた。


「エミリ、大丈夫か」


 カイルが慌てて駆け寄る。

 他には誰もいないようだな。カイルの馬鹿は、中にやつらがいたらどうする積りだよ。それとも何か、お前には勇者補正でもかかってるとでも……ありそうで嫌だな。

 しかし、ガストン一家の連中がいなくて良かったよ、ったく。


「うわーん、カイル兄ちゃん。うぐっうぐっ」


 猿轡をはずされたエミリが、カイルにしがみつき泣き出した。くそっ、このリア充め。


「おい、カイル。エミリを宥めろ。泣き声で気付かれるぞ」


 カイルが宥めている間部屋の中を調べていると、壁が薄いのか、通路とは反対側の壁の向こうから人の声が聞こえてくる。壁に身を寄せ聞き耳をたてると、それはガストン達の話し声だった。


「ボス、すいやせん。あの神官野郎を見失ってしまいやした」

「何だと、あいつが本当に金を持ってくると、計画が駄目になるだろうが。まったく使えねえやつらだな」

「どうしやすボス。あの神官はあてがありそうでしたが」

「ちっ、仕方ねえ。あの神官が金を持ってきたら、構うことはねえ。ここでばらしちまおう。そうすりゃ、金も土地も手に入り、お偉い貴族からの依頼のあったガキ共も引き渡すこともできる。こいつは一石三鳥だな。ガッハハハ」

「さすがはボスだ。うまいこと考えやしたね。ハッハハハ」


 これは……とんでもないことを聞いてしまったぞ。こいつら、最初からあの土地を返す気もない。こうしちゃいられない。早くエルクさんに知らせないと。


「カイル、さっさと引き上げるぞ。このままだとエルクさんか危ない」


「えっ、先生が」


「ああ、今壁越しにやつらの話を漏れ聞いたが、エルクさんを襲う相談をしていた。だから早くエルクさんに知らせないと」


 カイルを促して扉に向かおうとしたが、その前に扉が開いた。


「何だお前ら、どっから入ってきた。そうか、俺が便所に行ってる間に、うげっ……」


 男が言い終わる前に、カイルが素早く駆け寄り、男の急所に蹴りを入れていた。


 あっ、これは痛いわ。俺も経験あるが、正に悶絶。男は白目を剥いて気絶していた。

 さすがというか、何というか、将来の勇者候補だけなことはあるな。


 だが、俺達が急いで廊下に飛び出すと、今度は裏口から数人の男達が入ってくる。


「あっ、お前らは」


 まずい、完全に見つかった。


「カイル、こっちだ」


 俺達は裏口とは反対の方向に向かって走り出す。


「待て! コラァー!」


 そんな俺達をガストン一家の男達が、怒鳴り声をあげて追い掛けてくる。

 もう中の様子を伺う暇もない、勢い通路の突き当たりにある扉を開けてとびこんだ。


 その扉の先は、人々の矯正や怒号が飛び交うカジノの真っ只中だった。

 俺達が飛び込んだ場所は、バンドマンが軽妙な音楽を奏でるステージの袖口。構わず、ステージの中を横切ってカジノの中に突入する。

 追い掛けてくる男達も、バンドマンを押し退けカジノの中に入ってくる。


「おい、そのガキ共を捕まえろ!」


 その声に反応して、辺りにいたガストン一家の男達も加勢する。

 しかも入口近くにいた男が、入口を封鎖するように立ち塞がる。


 これはまずい。非常にまずい。


 逃げ回る俺達と追い掛ける男達で、テーブルなんかはひっくり返るはで、カジノ内は大騒ぎになっている。


 これはもう、どうしようもないか。出口も塞がれ、逃げ出すとこがない。

 くそっ、こんな時こそスキルのダイスだろ。さっさと出てこいよ。ここは、ダイスの精の出番だろうが……。

 しかし、周りの時は一向に止まる気配がない。

 あの野郎、居眠りでもしてるのか。それとも、どこかから覗いて、焦る俺を笑ってんじゃないだろうな。


 そして遂に、疲れたエミリが転んでしまう。


「ショータ、先に逃げてくれ」


 エミリを庇おうとするカイルが叫ぶ。

 そうしたいのは山々だが、そうもいかんでしょ。それに、出口も塞がれ逃げるとこもないしな。


 俺達は到頭、ガストン一家の連中に囲まれてしまった。その男達を掻き分け、ガストン本人も姿を現す。


「誰かと思えば、あの神官の後ろで震えてた男と生意気なガキか」


 震えてた男って俺のことかよ……まぁ、実際に震えてたけどさ。何か腹がたつぞ。


「お前ら、これだけのことを仕出かして、ただですむと思うなよ」


「何言ってやがる。エミリを誘拐しておいてよく言うぜ」


 カイルは子供のくせに根性あるよな。俺は目も合わすこともできないよ。ペロのやつ早く出てこいよ。


「生意気なガキだ。構わねえ、袋叩きにしちまいな」


 男達がニヤニヤしながら迫る。

 あー、もう駄目。ペロの野郎、ちゃんと仕事しろよな。


 だがその時、周りで遠巻きに眺めていたカジノの客から声が掛かる。


「ガストン、こいつは何の騒ぎだい。素人衆の前で何をやるつもりなのかね」


 カジノの客の中から、長煙管を吹かして、兎耳の女性が進み出る。


 あっ、極妻ウサギ耳のあねさん。

 それはこの異世界にきた最初の日に出会った、あのゴロツキ達をまとめていた女性だった。


「この間はすまなかったねえ。あたしはちょっと聞きたい事があったから、うちの男共に探して来てくれと頼んだのだけど、どうもうちの馬鹿共は勘違いしてあんたを追いかけ回したようだね」


 極妻ウサギ耳のあねさんが、妖艶な笑みを投げ掛けてくる。

 うひょー、背筋がぞくぞくしてくるよ。映画なんかでよく見たけど、実際にこんな女性ひといるんだな。


「このガストンは、あたしの亡くなった旦那からこのシマを任されてた男でねえ。今日はちょっと遊びに来たのだけど……ガストンあんた素人相手に何のつもりだい」


「姐さん……ここは俺のシマだ。たとえ姐さんでも横から口を出さねえでくれ」


「何だと、ガストンてめえ! 姐さんに何て口をききやがる」


 姐さんの後ろに控えていた男が飛び出そうとするが、それを姐さんが手で制する。


「ガストン、あんた言うようになったねえ。うちの旦那が生きてた頃はペコペコ頭をさげてたのにねえ。ところで、さっきチラッと聞いたけど、まさか、その娘っ子を誘拐したんじゃないだろうね」


「姐さんには関係ねえだろ。こいつは俺のめしの種だ。横から茶碗をかっさらうような真似は止めてくんな」


「この野郎、姐さんに向かって」

「てめえ、まさかファミリーに逆らうつもりじゃないだろうな」


 姐さんの後ろにいた二人の男が、更に殺気だち、ガストン一家の連中も殺気だつ。 あれあれっ、妙な雲行きになってきたぞ。


「ガストンあんた……あたしに楯突くつもりかい」


 姐さんが眉をひそめて目を細める。


「いや……そう言うわけじゃねえが」


「そうかい。なら、あんたもこうなったら引っ込みがつかないだろう。しかし、周りには素人衆もいる。荒事はいただけないねえ。ここは博打打ちは博打打ちらしく博打で勝負しな」


 そう言うと、姐さんが俺を手招きする。

 えっ、俺。うそ、俺かよ。


「この男が勝ったらガストンあんたは、この一件から一切手を引く」


「姐さん、そいつは片手落ちだ。俺が勝ったらどうするんだよ」


「そうさねえ……よし、それなら、今後一切あたしはあんたのところに口出ししないよ。これでどうだい」


 それを聞いたガストンが、横にいた男と何やらこそこそと話をすると、ニヤリと笑った。


「いいだろう。その話に乗った。しかし、方法はこちらが指定させてもらう。勝負はこのルーレットだ」


 何、なにっ、何で俺の知らない所で勝手に話が進んでいくんだよ。マジかよ。

 姐さんが俺の耳元に口を寄せささやく。


「ガストンの横にいる男。あいつは有名なディーラーで、自分の望んだ所に玉を転がす事ができるよ」


「えっ、そんな……それなら俺の勝ちは最初からないじゃないか」


「ふふ、あんたは異世界からきたんだろ」


「えっ……どうして」


 姐さんが俺の驚愕する様を見て、艶然と微笑む。


「どうやら図星だね。ふふ、あんたが残していったあの金属、あれはアルミ缶というのだろう」


「どうしてそれを」


「あたしの死んだ旦那もそうだったのさ。不思議な力を使ってこの王都のならず者をまとめた。だから、あんたも不思議な力を持ってるのじゃないのかい」


 えっ、それってもしかして俺と同じように、この世界に来た人がいたのか。


「おいっ、何をしてる。さっさと勝負を始めるぞ。まぁ俺達の勝ちだとおもうがな」


 そして、俺達はルーレット台へと移動した。


「ショータ、大丈夫なのか」


 カイルが心配そうにしている。

 大丈夫じゃねえよ。だが、もう勝負に勝つしか俺達には道がない。

 くそっ、ペロの野郎。早く出てこいよ。


 この世界のルーレットは、数字の代わりに色に賭けるようだった。

 黒のマスは親の総取り。その横にある白のマスが親の総負け。あとは、それぞれいろんな色のマスがある。


 有名なディーラーといわれる男が、ルーレットを回して玉を投げ入れる。


「さぁ、好きなところに張りな」


 くそっ、どうする俺。どうしたらいい。

 親は当然、黒を狙うはず、それならその横の白に賭けるしかない。


「しろ、白に賭ける」


「ほぅ、白か。ふふふ」


 ディーラーがニヤリと笑い。ガストンも笑う。


 あー、しまった。こいつら黒を狙ってなかったのか。


 玉は、黒や白のマスとは真反対、赤のマスに転がっていく。

 カイルが呻き声をあげ、ガストンが笑い声をあげる。

 こいつは万事休す。やっちまったか。


 しかしその時、いつものあれが。周囲がセピア色に変わり、全ての動きが止まる。そして、目の前の煙りの塊からペロが現れる。


「呼んだか相棒」


「遅い。おせえよ、何をやってやがった」


「わりぃわりぃ。ちょっとオイラ、居眠りしてたわ」


「なっ、なー!」


 こいつマジで居眠りしてたのかよ。しかし、居眠りするスキルって……。


「おっ、もしかして大勝負の最中だったのか。まぁ、間に合ったようだしいいじゃねえか」


「ぎりぎりだけどな」


「はっはは、こういう時もあるさ」


 こいつ、全然反省してないよ。


「それでは時間もないことだし早速……今回のサイコロの目は。運命の賽の目はこれだ!」



1の目 神の奇跡。国中の財宝があなたの手中に。

6の目 勝負に大勝ち。全てはあなたの手に。

5の目 勝負に勝つが、その後にひと波乱。でも安心。スーパーヒーローの登場だ。

4の目 勝負に勝つ。しかし全てが解決した訳でない。 

3の目 勝負に勝つが、その場は大荒れ。自分達の手で切り抜けろ。

2の目 ジ・エンド。ご愁傷さまです。



 相変わらず、突っ込みどころが満載だが。

 1の目の国中の財宝云々は、このシチュエーションからどうやったらそうなるのか、想像もつかないぞ。そして、またしても2の目に……。

 しかし、もう振るしか助かる道はない。


「あっと、これは2の目に……でもあれだよな。前回に」


「あっ、それ以上言うなよ。前回も前々回も、お前が変な事言うから」


「相棒、それは酷いな。オイラは相棒の……」


 もう無視無視。さっさとサイコロ振ろう。

 ポイッとサイコロを投げると、コロコロ転がり……。


「おっと、こいつは……まぁ、無難なところかな」


 サイコロの目は5の目で止まっていた。


 5というと、スーパーヒーロー? 何それ。


「まあそういうわけで、また呼んでくれよ相棒。それじゃあ、またな」


「あっ、待て。ちゃんと説明を……」


 くそっ、毎度毎度、説明不足だっつうの、ったく。


 そして全ての時がまた動き出す。それと同時に地面が揺れる。


「地震?」


 それは一瞬の何でもないことだったが、ルーレットの玉には違った。

 今しも赤のマスに止まろうとしていた玉が、弾かれたように反対側に転がる。そして白のマスに転がり込んだ。


「おっ、おー! しろ、白キター!」


 俺とカイルは手を取り合って、大喜びする。エミリも訳が分からぬままカイルにしがみついて一緒に喜んでる。

 しかし、ガストンは目を剥いて驚愕の表情を浮かべている。


「まっ、待て。今のは無しだ。もう一度だ」


「見苦しいよ、ガストン。何が起ころうと勝負はもうついたのさ」


 ガストンが喚くが、姐さんが冷めた目をおくる。


「くそっ、お前ら魔法か何かつかいやがったな」


「言い掛かりはよしな。このカジノにも魔力を関知する結晶が置いてあるだろ。ほら見てみな。何の反応もしてないよ」


 姐さんが、ルーレット台の四隅に据え付けてある赤い石を指差す。


 そんなもんが有るのかよ。あぶねえな。よく俺のスキルに反応しなかったな。いや、俺のスキルは魔力を使ってるわけでもないのか? それとも時が止まっていたから反応しなかったのか?

 そんな事を考えてると、ガストンが顔を真っ赤にして激昂しだした。


「ちっ、もう依頼を受けて前金も貰っちまってる。今更、後戻りも出来ねえ」


 ガストンが片手を挙げて合図を送ると、得物を手に持つ数十人の男達がカジノ内に雪崩れ込んできた。

 たちまち、推移を見守って客達が逃げ惑い、カジノ内は大混乱となる。


「ガストン、何のつもりだい。ファミリーを裏切るつもりなのかい」


「もう関係ねえ。あんたもらして俺がファミリーのトップに立つ」


「ふんっ、到頭本性を現したね。だけど、そんなに上手くいくとは思わないけどねえ」


「やかましい。俺には強力な後ろ楯がいるんだよ。きっと上手くいく。俺がこの王都の暗黒街のトップに必ず立つ」


 ガストンと姐さんが睨み合う。


 ひぇー、一難去ってまた一難だよ。

 こっちは極妻ウサギ耳のあねさんと護衛の男が二人。後は、俺とカイルとエミリ。相手はガストン一家の数十人。

 これって、もう詰んでんじゃねえの。絶体絶命って感じ。


「構わねえ。こいつら皆、っちめえ」


 その声を合図に、周りからガストン一家の連中が、俺達に殺到する。


 その時、どこからか声が響き渡る。


「天知る、地知る、我知る、人も知る。この世に悪の栄えたためし無し」


「だ、誰だ!」


 ガストンが周りを見渡し探すと、突如天井に嵌め込まれた天窓をぶち破って、白き人影が飛び込んできた。


「影ある所に光あり。白いチューリップ、只今参上!」


 全身を白銀の鎧で包み、真っ白な仮面を被った男が、体操選手よろしく両手を広げて綺麗に降り立った。


 なっ、なっ、何この人。誰、変態? コスプレーヤー? 何なのさ。


「本物の白いチューリップだ」


 カイルとエミリが感激して、変な人を見つめている。

 そういえば、チビッ子達が真似して遊んでいたあれか。


「なんだてめえは!」


「ボス、こいつが今、ちまたで噂の白いチューリップですぜ」


「白いチューリップか黒いバラだか知らねえが。構わん、こいつもっちめえ」


 白いチューリップに男達が殺到するが、さすがはチビッ子達が真似するだけはある。

 まるで、テレビの特撮ヒーローばりに、ガストン一家の連中を薙ぎ倒す。


 その動きは速すぎて、俺の目で追えない。白いチューリップが動いた後に、数人の残像が見えるほどだ。

 ガストン一家の連中は剣など持って襲い掛かるが、白いチューリップは徒手空拳。殴る蹴るのみであっという間に半数以上の男を倒した。

 カイルとエミリは勿論、逃げ惑っていた客達も今では、拍手喝采で声援を送っている。

「ボス、駄目だ。あいつはバケモンみたいに強すぎ、うげっ」


 ガストンの横にいた男も蹴り飛ばされ、いつしか残りの男達も逃げ出し、カジノ内で立っているガストン一家の男はガストン本人だけになっていた。


 真っ青になったガストンが、嫌々をするように前につきだした手を左右に振っている。


「な、何しやがる。お、俺に手を出すと、ただですまないぞ。俺の配下はこんなもんじゃない。それに俺には強力な後ろ楯が……」


「それは、王都の治安を預かるラムダス男爵のことかな。だが、男爵は今までの悪事が明るみに出て、今頃は司直の手が入り捕縛されてる頃でしょう」


 白いチューリップが涼しげな声で答えると、ガストンが更に真っ青になる。


「な、なに! そんな馬鹿な。くそっ、覚えてやがれ」


、捨てゼリフを残して、ガストンが逃げ出そうとする。


「おやおや、私があなたを逃がすはずがないでしょう」


 そう言うと、ガストンの横を走り抜けざまに手刀を叩き込む。すると、あっさりとガストンが昏倒こんとうした。


 すげえな。白いチューリップって何者だよ。

 俺はこっそりと、ステータス閲覧を使ってみる。


 あれっ、文字化け? 名前の一部以外が閲覧不能になっていた。しかし、その名前の一部には見覚えが…………えっ、えー! エルクさん? あんた何をやってんの。


 驚いていると、俺に正体がばれたのが分かったのか、俺に少し笑いかけたように見えた。

 ホントにエルクさん、あんたは何者だよ。


 白いチューリップが今度は、姐さん達に顔を向けると話し掛ける。


「もうすぐ、警衛隊がここにやってきますよ。あなた方はその前に出て行ったほうが良いと思いますが」


「白いチューリップ……あんたには、おいしい所を持ってかれたようだね。あたしの名前はサキ、この借りはいつか返させてもらうよ」


 そう言い残すと、極妻ウサギ耳のあねさんもカジノから出て行く。


「さて、私も退散するとしましょう。皆さんそれでは」


 白いチューリップは俺にウインクを投げ掛け、入ってきた時と同じく、また天窓に向かって飛び上がると、あっさりと屋根の上へと消え去る。


 それとほぼ同時に、警衛隊が笛を鳴らし、カジノ内に雪崩れ込んできた。


「全員その場を動くな!」


 ガストンや一家の連中はその場で捕縛され、連れて行かれる。

 俺達は名前と住所を聞かれ、簡単な事情聴取のみであっさり解放された。

 もっとも、後で詳しい話を聞きにくるという事であったが、何かもう話が通っているような感じを受ける。

 もう何がなんだかよく分からん。

 分かったのは、エルクさんの謎が、ますます深まったというだけだ。


 取り敢えず、俺達は神授所へと帰ることにする。皆も心配してることだろう。エルクさんはあれだが。


 もう日が暮れようかというその帰り道、カイルが神妙な顔して話し掛けてきた。


「ショウタ、今日はありがとう。一緒に来てくれたからエミリも助ける事ができた」


 カイルがエミリと一緒に頭を下げる。

 どうしたカイル、いつものカイルらしくなくて、何だか気持ち悪いぞ。


「ショウタには借りができた。俺にできる事ならなんでも言ってくれ」


「そうか……そうだな。それならひとつ約束してくれ。カイル、お前はこれから成長して大きな力を手に入れるかも知れない。だが、安易に力を使うな。人と争いなったとしても、まずは争わない方法を探せ。困難に立ち向かう時も力より、まずは知恵を絞って切り抜けろ。力を使うのは最後だ」


 カイルが口をポカーンと開け、呆気に取られた顔をしている。

 なんだよ。俺は何かおかしな事を言ったか。


「ショウタ、悪い物でも食ったのか。先生みたいな事を言っても似合わないぜ」


 な、何だと。やっぱりカイルは生意気なガキだ。


「しかし、ありがとう。心の中に留めておくぜ」


 そう言って、カイルがニヤリと笑う。

 それがまた妙に格好いい。こいつはホントに子供かよ。何か腹が立つぞ。


 そんな風にわいわいと帰ってる時、「あっ」と声をあげエミリが空を指差した。


 何だろうと思い空を見上げると、真っ黒な雲が王都の上空を覆っていく。

 そういや今晩は嵐になるとかいってたな。雨が降りだす前に帰らないと。そんな暢気な事を考えていた。


 だが、その黒い雲は集まり、人の形にと姿を変える。

 えっ、何これ。

 俺達だけでなく道行く人々が空を指差し、驚きの表情を浮かべている。

 そして、王都中に厳かな声が響き渡る。


《心醜き者よ、良く聞くがよい。妾は闇の女神カマラなり。妾は地上に蔓延はびこる心醜き者を駆除するために、地の底より甦って参った。さぁ、妾の闇の軍勢に恐怖するがよい》


 闇の女神、闇の軍勢……何だよそれ。マジかよ。


 王都の上空に現れた闇の女神と名乗る奇怪な現象は、この世界の各国の首都および主要都市の上空全てに現れていた。


   ◆


 この世界バァンゲイアの中央には、魔の森と呼ばれる魔獣が蟠踞ばんきょする大きな森があった。

 各国は魔獣を警戒して魔の森の周りに砦を築き監視所としていた。


 その監視所のひとつにある監視塔にいた男が、魔の森を指差し隣の同僚に声を掛ける。


「おい、何か妙な感じだぞ」


「そうかあ、俺にはいつもと変わらないように感じるが」


「いや、やけに静かすぎる」


「そういや、そうだな」


 二人の男が目を凝らして魔の森を見つめていると、森の中から巨大な黒い人影が現れる。


「おい、あれはダークサイクロプス」


「うそだろ」


 二人の男が驚くのはまだ早かった。


 そのダークサイクロプスが「ゴガァ」と叫び声をあげると、森から次から次と真っ黒な魔獣が溢れ出してくる。


「き、緊急事態だ。鐘を早く鳴らせ」


 砦の鐘が響き渡る頃には、森から現れた無数の魔獣が砦に襲い掛かる。

 無数の黒い魔獣は黒い波となり、砦をあっという間に埋めつくし、瞬く間に砦はこの地から消失した。


 そしてそれは、魔の森だけではなかった。


 ドワーフ達が治める山岳地帯にある都市では、山から現れたダークドラゴンに襲われ、海沿いにある港湾都市ではダーククラーケンに襲われる。


 バァンゲイア世界は、突如現れた闇の軍勢によって、蹂躙されようとしていた。



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