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承の巻 むふっ、女神様に出会っちゃった!


 あれから半年、俺は何とか異世界で生き残っている。どこか元いた世界と似たこの異世界は、科学の変わりに魔法学があった。元いた世界では、物語にしか存在しないエルフやドワーフといった存在も、普通に生活している。この世界は、いわゆる剣と魔法のファンタジーな世界だ。

 もしかすると、元いた世界が何らかの影響を与えてるのかも知れないな。


 そして、あの日俺を救ってくれたのは光神教の元神官のエルンスト・クレー、通称エルクさんだ。何故あの時、エルクさんが俺を救いに現れたのか。何でもエルクさんは、あの時公園を散歩中に、何故か突然閃ひらめいたそうだ。

 これは神の啓示に違いないと思い、俺を助けたらしい。

 だから、エルクさんは俺のことを、世のためになる事をする者だと思っている。

 そういうわけで、俺のスキル、ダイスの事は内緒。何故って、今俺はエルクさんの所で世話になってるからだ。

 あの日、逃げ込んだ建物は、エルクさんが個人的に営む神授所、まぁ教会みたいな建物。この建物が建っている場所は三等市民居住区と言われる地区で、いわゆるスラム街といわれる場所だ。

 エルクさんはこの王都にある大神殿の偉い人だったようだが、色々とあって、今はこの神授所で近所の人相手に、読み書きや計算を教えて生計をたてている。

 それと同時に、身寄りのない子供を引き取ったりなんかしていた。まぁ、孤児院みたいなもんだ。



「おいっ、ショウタ、さっさとしろよ」


 俺のすぐ横には、まだ十にも満たない生意気な男の子が、物思いにふけっていた俺の足にガシガシと蹴りを入れていた。


「イテッ、痛いだろ。止めろよなカイル」


 このガキの名前はカイル。この孤児院のガキ共のリーダー的存在。

 そしてその後ろには、カイルの上着の裾を指先で摘まんで、いつもカイルの後ろをついて歩く女の子、エミリがいる。


 エミリも、まだ十にも満たない子供だが、「将来はカイル兄ちゃんのお嫁さんになるの」とか言ってる。


 くそっ、孤児院で一緒に育った幼馴なじみとか、どんなフラグだよ。このリア充め。


「ショウタは何の役にもたたない無駄飯ぐらいだから、これぐらいちゃんとやれよな」


「わかってるよ。ちゃんとやってるだろ。大体、俺はお前らより年上だぞ……ったく」


 俺は今、子供達と一緒に神授所に併設された農園で、畑の周りに繁った雑草刈りをしていた。


「ここでは役にたたないやつを、食わしていく余裕はないからな」


 したり顔でカイルが言ってくる。本当に小生意気なガキだ。


 俺もこの半年、遊んでいたわけではない。いつまでもここで世話になるわけにもいかず、街で俺にでも出来る仕事を探した。

 異世界ファンタジー定番の冒険者ギルドでもないものかと探したが、現実にはそんな物があるはずもない。

 簡単なちょっとした仕事なら自分達でやってしまうし、魔獣や……この世界には魔獣なんかがいるらしい。盗賊なんかもだが、軍が全て討伐するらしかった。

 まぁ当然といやあ当然だな。そのために国や軍があるのだから。

 街の人に冒険者ギルドの事を聞いて、変な顔をされたっけ。


 ただ、街には幾つか傭兵団なるものの、本部が存在している。これは、商人や商会に雇われ商隊の護衛なんかをやっている。時には、国に雇われ他国との小競り合いに駆り出されたりしているらしい。

 だが、主な仕事は貴族の領地の治安にあたることだ。貴族達は軍を常駐させると、金が掛かる上に維持をするのに煩雑な仕事が増え、今では体裁程度の軍を整え、ほとんどを傭兵団に丸投げしているらしかった。


 俺にはステータス閲覧とダイスのスキルがある。こいつはエルクさんにそれとなく聞いてみると、誰も持っていない俺だけのスキルだとわかった。そもそもがステータスといった概念すらない。


 魔獣や盗賊を討伐したからといって、現実的に考えてレベルなんてもんが上がるとは思えない。が、これらのスキルを使って上手く立ち回れば、もしかして傭兵としてやってけんじゃないかと、甘い考えで傭兵団本部に向かったが、入口であっさりとUターンした。


 何故って入口の門で歩哨ほしょうをしている男に、じろりと睨まれただけで、腰が抜けそうになったからだ。

 異世界に来て最初に出会ったゴロツキ達とは比べるべくもなく、その暴力的な雰囲気は、日本の平和な中でのんべんだらりと過ごしてきた俺には、無理だと覚るのに十分なものだった。


 あれは無理! 睨まれるだけでちびりそうになったもの。あんな連中と一緒に傭兵なんか出来るはずがない。

 因みに、歩哨の男をステータス閲覧で確かめてみた。



ステータス

名前 :ゴーダ・エクス

年齢 :35

種族 :狼人

職業 :傭兵

level :38

HP :685

MP :120

筋力 :240

耐久力:310

素早さ:220

知力 :40

魔力 :70

精神力:130

器用さ:125

運  :35


スキル

火魔法 Lv2

槍術 Lv5


 うん、無理。絶体に無理だね。馬鹿じゃねえの俺は、日本みたいな生ぬるい世界にいたのに。俺はあっさりと、暴力の世界で生きるのは諦めた。


 そこで俺は職業のギャンブラーについて考えた。スキルのダイスを使えば……しかし、元いた世界、日本ではそれで失敗した。だから、手を出しかねていた。


 仕方なく、この地区の人がよく行くという荷役作業の人夫仕事に行ってみた。それは、商隊などの荷物の積み降ろしなどの力仕事だった。

 だが、日本でまともに働いた事もない貧弱な俺には、半日すらもたなかった。挙げ句に2日ほど寝込むという始末。


 それならと、俺は知力も高く元いた世界では、三流とはいえ、一応大学を卒業している。エルクさんを手伝って子供達や、近所の人に勉強を教えようと思った。


 しかしそれも……俺は少し調子に乗っていたのかも知れない。俺はちゃんとした学問をうけている。お前らとは違うと、この世界の人をどこか馬鹿にしていたのかも。

 俺はつい調子に乗って、世界というのは丸い星の上に成り立ち、太陽の周りを回ってるなんて言ってしまった。

 だが、この世界は海の彼方には奈落に落ちる滝があり、そこが世界の果てらしく。また、丸くもなく、まっ平らな固定された地面の周りを、太陽が回ってるらしい。


 実際に世界の果てまで行って、もどって来た者もいるようだった。

 そしてこの地面も、地平線は半円にならず平行線らしい。これも、俺は見たことないが、ワイバーンに股がる竜騎兵からなる騎士団が国にはあり、この地がまっ平らだと、上空より確認済みだった。太陽についてもよくは知らないが、魔法によって確認済み。


 俺が得意気に語った事は、この世界では全てでたらめ。それ以来、誰も俺の教える事を信用しなくなった。

 子供達も、「駄目タ、馬鹿タ、ショウタ」とはやし立て、物を知らない残念な大人と思われてしまった。

 そんな事があり、人にものを教えるのも断念した。


 これから先どうしたものか、何か考えないとなぁ。


 あの日以来、ダイスの精も出てこない。

 確か、人生の岐路とか何とか言っていたが…………。



「おい、また手が止まってるぞ。ぼぉとして、ほんとにショウタは駄目な大人だな。皆、ショウタみたいな大人になるなよ」


 くっ、こいつカイルのガキはいつも、周りの子供達も頷いてるし……さすがに俺もへこむわ。


「今日は祭りに行くんだから、ちゃっちゃと早く終らせようぜ」


 カイルがそう言うと、子供達が嬉しそうにしている。


 んっ、祭り?

 そういや、今日は街中が朝から騒がしかったな。


「おい、カイル。祭りって何のことだ」


「へっ……ショウタはほんとに何にも知らないんだな。今日は光神祭だろ。そんな事も知らないのかよ」


 カイルが馬鹿にしたような目で俺を見る。他の子供達も、それにならって同じような目で俺を見る。


 ぐっ、こいつら。しかし光神祭か……確か、光の女神を称え、豊穣ほうじょうを祈願する祭りだったな。


 エルクさんに、この世界の成り立ちを聞いていた。まず最初に、光の女神と闇の女神の二柱の神が生まれ、二柱の女神が協力してこの世界を作った。

 そして、数多くの神や精霊や生き物を生み出した。

 やがて、闇の女神が少しうたた寝をした時だった。うたた寝といっても神にとってのうたた寝、それは千年にも及ぶ物だった。

 だが、闇の女神は目覚めると、世界の様子が一変していた事に驚いた。

 世界にはヒューマン、エルフ、ドワーフ、獣人などといった人と呼ばれる者が満ち溢れ、こともあろうに闇の女神がお気に入りの森を伐採して切り開き、湖や池を埋め立て居住区を作り、可愛がっていた闇ギツネを自分達の娯楽のために狩り尽くしていた。

 闇の女神は嘆き悲しみ、大いに怒り狂い世界を人を滅ぼそうとした。

 慌てた光の女神が、それを止めようとするが、逆に、起きて世界を見守っていたはずの光の女神を非難する。

 そして、闇の女神は大洪水を起こし、全てを押し流して世界は一度滅んだ。力尽きた闇の女神はまた眠りにつき、滅びを止められなかった光の女神も嘆き、やがて同じく眠りについた。


 そして、わずかに生き残った人々は、己れのおかした罪を恥じ二柱の女神を恐れ敬い、女神が眠りについた地に女神を称える大神殿を建てた。

 それが聖都とも呼ばれるこの王都にある大神殿だと、そして代々のこの国の王は神官長も兼ねているとも、エルクさんに教えてもらった。


 光と闇の女神ねぇ…… 日本からこの世界に来たせいか、俺には胡散臭く感じるけどな。

 しかし、先の星の例もある。もしかすると、光と闇の女神の物語も本当の事かも知れないな。


 そんな事をぼぉと考えてると、またカイルに足をガシガシと蹴られた。


「だからあ、手を止めるなって。ほんとにトロイやつだぜショウタは」


 こいつ、本当にむかつくガキだな。


「こらっ、カイルちゃん。駄目でしょ。大人に向かって」


 俺達の後ろから突然声が掛けられた。

 後ろを振り返ると、花束を沢山詰め込んだバスケットケースを、両腕で抱えた犬耳美少女が立っていた。


「ケイ姉ちゃん……だってこいつが」


「こいつなんて呼び捨てにしたら駄目でしょ。ショウタさんはカイルちゃんより、ずっと年上なんだから」


 少し頬を膨らませてカイルを叱ってるこのは、近所で花屋を営むマリーさんの娘さんでケイミさん。

 母娘おやこで花屋を営む近所でも評判の器量良しの娘さんだ。

 ケイミさんは、毎日無償で神授所に花を届けてくれる。そのついでに、手作りの甘菓子なんかも持ってくるので、子供達にも大人気だ。だから、子供達が顔を輝かせて集まってくる。

 さすがのカイルも、ケイミさんには頭が上がらない。


「だって、こいつ……ショウタが馬鹿だから。光神祭も知らないんだぜ」


「呼び捨ても駄目よ。ちゃんとショウタさんと呼びなさい。それにこの大陸に住んでる限り、光神祭を知らないなんて有り得ないわよ。ショウタさんにからかわれたのよ」


 そうよねって俺に向かって微笑む姿は、正に原爆級。ピクピク可愛らしく動かす犬耳は、正にレールガン級。

 もう俺はメロメロですよ。あー、あの犬耳をモフモフしたい。


「やだなぁ、もちろん冗談に決まってますよ。俺はそんなに馬鹿じゃありません。キリッ」


 ケイミさんがニコニコしている。いい、良いですよ。何か今、カイルがまた足をガシガシと蹴っているが、今は痛みも感じない。

 あっ、そうだ。ケイミさんを祭りに誘うのはどうだろう。異世界にきてぼっちで過ごすのはあまりにもさみしい。そうだよ、ケイミさんと二人でこれから……むふふ。

 ということで、まずは祭りに誘おう。ケイミさんはいつも俺に微笑んでくれる。まんざらでもないはず。きっと……うぷぷ。


「ところでケイミさん、お話しがあります、キリッ。今日の光神祭に俺と一緒にいががですか」


「えっ、それは……」


 その時だった。

 またしても“ポン”という乾いた音と共に、辺りの景色がセピア色に染まり、周りの全ての時が止まる。


「えっ、何で……もしかしてダイスのスキルなのか。どうして……」


「よっ、相棒。半年ぶりだな。しかしあれだな。男ならもっと勝負しろよな。一向にお呼びがかからないから退屈してたぜ」


 唖然とする俺の目の前に、あのケットシーのペロが煙りと共に現れた。


「お、お前、この間は説明もせずに消えやがって、今頃になって」


「ちっちちち。おいらは、ちゃんと説明しただろ。人生の岐路、運命の選択をする時に現れるって」


 ニヤニヤして小馬鹿にしたように指先を左右に振る。やっぱりこいつはむかつく。


「じゃあ、何故今回は現れたんだよ。こっちはこの半年、仕事がなくて困ってたのによ」


「それは当たり前だろ。生涯の伴侶になるかも分からないからな。仕事よりこっちのが重要だろ」


 キザったらしくステッキを、クルクルと回している。それが妙に様になっていて、何か腹立たしい。


「大体、どういった基準でお前は出てくんだよ」


「んっ、それは……おいらの気分しだいかな」


 なっ、な、な、なんだとー! お前のさじ加減なのかよ。

 ダイスは俺のスキルなのに、俺の勝手にならないってどうなのさ。


「時間も無いことだし、さっさと終わらせようぜ」


 そう言うと、またあのサイコロを差し出してきた。


「いやしかし……こんなことをサイコロで決めていいのか」


「よー相棒。青臭いガキみたいな事を言うなよ。ほら、サイコロをさっさと、おっとその前に」


 ペロは、眉をしかめてどこか困ったような顔のまま固まっているケイミさんを見て、ニヤリと笑った。


「ほうこれはこれは、なかなか可愛いい娘さんじゃないか。相棒もすみにおけないな。うーん、そうだな、今回のサイコロの目。運命のさいの目はこれだ」


 そしてまた、目の前の空間に文字が浮かび上がってくる。


1の目 正に神の奇跡。もうムフフなことや、ウヒヒなことをやりたい放題。

6の目 彼女はあなたにメロメロ。一生あなたについていきます。

5の目 ツーン、ふんっ気持ち悪いわね。デレ、でもついていくわ。

4の目 揺れる彼女の心。まずはお友達から。

3の目 誘いは受けます。でも彼女は分かってません。これからのあなたの努力しだいでしょう。

2の目 ごめんなさい。……後は言わなくても分かるでしょう。


 おっ、今度は安心安全でサイコロが振れるな。


「取りあえず2をださなきゃいいんだな。今回はかなり俺に有利だな」


「そりゃそうさ。なんたって、相棒のスキルだからな。相棒に有利にできてる。悪い目は2のみ、確率は6分の1だ。万にひとつも負けはねえよ。さあ振ってくれ」


 万にひとつねぇ……いやな事をいうやつだな。

 俺は取りあえず、サイコロを振ってみた。

 サイコロはコロコロと転がり……。


「おっーとこれは……相棒、気を落とすなよ。こういう時もあるさ」


 サイコロはまさかの2で止まっていた。


 うそーん。何でだよ。どうして俺は……昔からここ一番で負ける俺。万にひとつとか言われると必ず負けるんだよな。異世界に来てまで……。


「お前、イカサマとかしてないだろうな」


「馬鹿言うなよ相棒。おいらはいつでも公明正大。そうでなきゃおいらの存在する意味がなくなる。まぁ、今回はこんな結果になったが、懲りずにまた呼んでくれ。じゃあ、またな」


 呼んでくれって、お前が勝手に出てくるだけじゃないか。

 ペロは煙りと共に消え去り、それと同時に周りの時が動き出す。



「ひゃっ、ごめんなさい」

 ケイミさんの奇妙な叫び声と共に、彼女の拳が俺の顔の中央にある鼻にめり込み、俺は引っくり返った。


 ぐはっ、マジかよ。こんなの聞いてないぞ。あの野郎。俺はニヤニヤ笑いを張り付かせたペロの顔を思い浮かべる。


「あれっ、何故わたしったらこんな事を……ご、ごめんなさい」


 ケイミさんは恥ずかしそうにそう言うと、神授所の入口に向かって走り去った。

 おーい、俺はほったらかしかよ。


「あーあ、ショウタは馬鹿だなあ。ケイ姉ちゃんはエルク先生に首ったけだからな。まさか知らなかったのかよ。ほんとにショウタは何も知らないよな」


 カイルがそう言って大笑いすると、周りの子供達も「駄目タ、馬鹿タ、ショウタ」と囃し立て大笑いしていた。


 くっ、くそっこいつら人の不幸を笑いやがって。

 何でこうなんだよ!


 俺は鼻血がダラダラと流れる鼻を押さえて、天を仰いだ。


   ◆


「おーい、離れるなよ。ちゃんと手を繋いで、お互いを確認してついてこいよ」


 俺は今、子供達を引き連れ大神殿へと向かっていた。今日は光神祭というだけあって、すでに通りは人で溢れ大混雑となっていた。

 通りのあちこちでは屋台や出店が並び、主が声を張り上げ通りを歩く人々の興味を引こうとしている。街の辻辻では大道芸人が得意の芸を披露して、道行く人が足を止めたりしていた。


 子供達も興味深そうにあちこち眺めて楽しそうにしている。しかし、目を離すと迷子になりそうで気が抜けない。

 ったく。これじゃあ、俺は少しも楽しめない。

 今もひとりが大道芸に見とれて、おいてかれる所だった。


「おい、カイル。お前も普段は偉そうなこと言ってるんだから、こういう時はお前もちゃんと皆の面倒をみろよな」


 俺は文句を言いながらカイルを振り返ると、カイルも目を輝かせてエミリと楽しそうにはしゃいでいた。

 ……まっ、いいか。

 カイルも普段は生意気な事ばかり言うけど、考えたらまだまだ遊びたい盛りの子供。身寄りもなく孤児院に辿り着いた。

 いつもは肩肘はって生きてるのだろう。今日ぐらいは伸び伸びとさせるか。


「おい、ショウタ! またぼぉとして。ほらっ、ガンタのやつがふらふらとどっかいっちまうぞ。先生に俺達の引率を頼まれたなら、ちゃんと仕事しろよ。ほんとにショウタはトロイぜ」


 ぐっ、前言撤回。やっぱりこいつは小生意気なガキだ。

 はぁ、しかし子供達の引率がこんなにめんどいものとは。子供達は興味のあるものを見つけると、すぐふらふらとあちこちに行ってしまう。

 世の先生方には、本当に頭が下がるわ。



 そして何故、俺が子供達を引き連れ大神殿に向かっているのか。

 それはエルクさんに頼まれたからだ。


 大神殿では年に一度光神祭の時に、秘蔵の女神像を一般公開する。

 まぁ、そういうわけで、有りがちな話だが、その女神像に触れると病気が快癒かいゆするとか、願いが叶うといった話がちまたでは蔓延している。

 そのため、光神祭の時は大神殿に人々が殺到する。だから、神殿側はそれを制限するため、一部の招待客と抽選で選ばれた一般市民、約千人ほどが女神像を拝めるようだった。


 俺達が草むしりを終えて神授所に戻ると、エルクさんが近付いてきた。


「ショウタさん、少し話があるのですが、よろしいですか」


「あっ、はい」


 エルクさんはエルフ族出身というだけあって、かなりのイケメンだ。

 その上、人柄も良く誰にでも優しい。この三等市民居住区で神授所を開き人々に奉仕している。

 非のうちどころのない好人物。この人エルクさんを前にすると、どうにも人として負けた感が拭えないです。

 くそっ、イケメンは……世話になってるのに、これ以上は駄目ですよね。


「ちょっと神官時代の友人から招待状を貰いましてね。私も一応ここに神授所を構えてるので、今日は近所の人達に教えを説かなければいけません。ですので、後学のためにも一度子供達を連れて行って欲しいのですよ」


「はぁ」


「それに私は、ショウタさんが神に選ばれた人だと思ってます。きっと良いことが起こるでしょう。そんな予感がします」


 まぁ、そんなわけで、子供達を引率する事になったのだが。

 当然、ケイミさんはこの神授所にやってきて、エルクさんの教えを受ける。

 なんだかなあ……。


 そんな事を考えてる間に大神殿へと、俺達はやってきていた。


 大神殿の入口前には多数の人達が集まり、それ目当ての物売り何かもいて、大騒ぎとなっていた。


「迷子になるから皆、手を離すなよ」


「迷子になるのはショウタのほうだろ」


 くっ、こいつは……ったく。

 そんなこんなで、俺達も騒ぎながら人混みを掻き分け、大神殿の入口へと辿り着いた。


 だが、入口近くに立っていた衛兵らしき男が、俺達を見て怪訝けげん面持おももちで眺めている。

 その横を通って神殿の中に入ろうとすると、目の前に槍を突きだし封鎖した。


「おい、お前らは三等市民だろ。今日は王族の方も来られている。お前らみたいな胡乱うろんな者を、中に入れることはできん」


「はっ、しかし招待状を持っていますけど」


 子供達が不安そうな顔して見つめあっている。

 何だよそれは。大体、神様を祀る神殿で、差別はどうかと思うぞ。

 日本で生まれ育った俺には、こういった階級制度は受け入れがたいものがあるな。


「なにっ、お前らみたいなのが招待状だと。どれ見せてみろ。どこかから盗んできたのじゃないだろうな……うおっ、これは……ちょっ、ちょっと待ってろ」


 俺が差し出した招待状を見て、衛兵がぎょっとした顔をして、神殿の中に駆け込んでいった。

 俺達は顔を見合わせ更に不安になる。


「おいショウタ。大丈夫なのか」


「大丈夫だと思うが」


 そんな顔するなよ。俺も不安になるだろ。だが、不安な顔を見せられない。子供達が今にも泣きそうな顔してるからな。

 エルクさん、まさかと思うけど、偽造された招待状とかじゃないだろうな。


 しばらくすると、先ほどの衛兵が、きらびやかな衣装をまとった少し年配の男性を連れてきた。


「おや、エルクはおらんのか。お前達はエルクの存じよりの者か」


「はあ、俺達はエルクさんの神授所で世話になってる者でして」


 何だろうこの人は。なんか偉そうだけど、耳が尖ってるからエルクさんと同じエルフ族だと思う。ちょっと太ってるけど、エルクさんと同じくかなりのイケメン。若い頃は女性を相手に、多くの浮き名を流したのだろうなと思わせる。


「おい、お前! 口のききかたに気を付けろ。このお方は王弟閣下であらせられる。無礼は許さんぞ」


 案内してきた衛兵が、目を怒らせ俺を睨む。


「へっ」


 俺は何とも間抜けな声を出してしまう。


「よいよい。今宵は光神祭じゃ。今日だけは無礼講。これは確かにわしがエルクに贈った招待状じゃ。構わん通してやれ」


「はっ、分かりました。おい、閣下のお許しが出た。お前達は通って良い」


「それにしてもエルクのやつめ、少しは顔を出せば良いものを」


 王弟閣下と呼ばれた男性は、そう呟きながら奥に戻っていった。


 えぇー、エルクさんあんた何者だよ。



 その後、すったもんだはあったが、俺達はすんなりと大聖堂に通された。

 そこは、正に別世界。神授所の小さな聖堂とは違って、ここは千人は優に入れるかという大聖堂。ドーム状になった天井には、光の女神や闇の女神が世界を生み出す、壮大な物語を模したフレスコ画が描かれている。

 大聖堂の周囲には鮮やかなステンドグラスが所狭しと嵌め込まれ、光を反射してキラキラと輝いていた。

 そして正面には、背中に大きな翼を羽ばたかせた白亜の女性像が鎮座している。その端整な顔に微笑みを浮かべて。

 あれが光の女神像なんだろうな。


 子供達も辺りを見渡し歓声を上げている。

 すると、俺達の前にいた男性が振り返り「シッ」と口元に指をあてる。そして俺達の姿を見て眉をしかめた。


 何だよそれは。仮にも女神さんの恩恵にあやかろうって人が、差別をしたらいかんでしょ。


 どうやら、女神像の前に並んでいる偉い神官の人達の、有り難いお話しとやらが始まっていたようだった。


 俺は昔からこういった偉い人の有り難い話ってのが、苦手なんだよね。

 例えば学校の校長先生のお話しとかね。なんで詰まんない話を、あーも長々とくっちゃべるのかね。途中で必ず眠くなる。もう苦行に近いもんがあるよね。


 あくび連発して、周囲から非難の目にさらされながら、辛抱の限界に達するかという時にやっとお話しが終わった。

 カイルや子供達の呆れたような、冷たい視線が一番辛かった。


 ふぅ、ようやく終わったか。これでやっと帰れる。

 俺は聖堂の出入口に向かおうとする。


「おいショウタ、どこ行くんだよ。今からが本番だぜ」


 へっ、何が。

 あー、女神の像に触れるとかいうやつか。


 すでに女神像の前には大行列となっていた。


 うげっ、こいつに並ぶのかよ。マジですか。何時間掛かるんだよ。今日中でおわんのかよ。


 子供達に促されて渋々と列に並ぶ。


 大体、像に触っただけで、やまいが直ったり、願いが叶うなら苦労は要らないぞ。

 そもそも、その光の女神とやらはホントにいるのかよ。かなり眉唾な話だと俺は思うけどな。


 なんて事を考えてた時、突然女神像が光輝き、女神像から光が飛び出し人の形へと姿を変える。

 へっ、まさか……。


《私は光の女神アマラ。今、この世界には大いなる災いが迫っています。それは場合によってはあなた達の滅びへと繋がるものです。その滅びから回避するため私は、ここにいるあなた達に光の加護を与えようと思います。願わくば、この中より闇を打ち払い、人々を導く勇者が現れる事を望みます。さぁ受けとるのです。私からのギフトを》


 光の女神がにっこり微笑み両手を広げた時、またしても“ポン”と乾いた音と共に、周囲がセピア色に変わり動きを止める。


 えっ、ここで。マジですか。


「よーよー相棒。続けざまに呼ぶのはいいけどよ。こっちは息つく暇すらねえぜ。今度からは考えてから呼んでくれよな」


 だから、お前が勝手に出てくんだろ。俺は呼んだ覚えはない。

 しかし、これは……何とも。


 俺の視線の先には、両手を広げて微笑んだまま固まってる女神さんがいた。


 これはどうみてもおかしいだろ。相手は神様だよ。女神さんまで固まるってどうなのさ。


「あっははは。光の女神つっても、こうやって見ると間抜けだな。ははは」


 ペロが女神を指差し、腹を抱えて笑ってる。

 まあ確かに間抜けには見えるが……。


「相手は神様だろ。どうなってるんだよ。それに滅びって」


「あー、女神つってもこの世界の神だからな。この世界のことわりから外れる事はできないさ。それと災いのことはおいらも分からない。まっ、それほど心配するほどでもないだろう」


 へっ、という事は……ダイスのスキルは、この世界の法則をも無視するってことなのか。


「さぁ、ウダウダやってる暇はないぜ。さっさとサイコロを振っちまいな。というわけで今回のサイコロの目。運命のさいの目はこれだ」



1の目 光の女神様とめくるめくようなムフフな一時を。

6の目 神に遭うたら神をも斬る。授かったギフトの力であなたも超神の仲間入り。

5の目 光の加護で伝説の勇者だ。さあ魔王を倒しに行くぞ。

4の目 人の力としては最高のギフトを授かる。今日から勇者のパーティーの一員だ。

3の目 この授かったギフトで自分の身は自分で護れるだろう。

2の目 こいつは微妙。貰っても貰わなくても一緒かも。



 うーん、これは……もらえるギフトの種類を決めるのか。今回も、何も危険はないようだな。しかし、1の目はギフトと関係ないような……でも、狙ってみよう、はは。


「よかったな相棒。今回はゆるゆるだぜ。取りあえず、何かはもらえるってこった。まっ、前回は2の目がでたことだし、今回も続けて2の目が出ることは、万にひとつもないだろう」


 あっ、また万にひとつって嫌な言い方をしたな。まさかな。


 まぁでも、今回は気楽にほいっと。


 コロコロとサイコロは転がり……。


「あっ……相棒、おいらには掛ける言葉が見つからないよ」


 サイコロの目はまたしても、2の目で止まっていた。


 うそーん。マジですか。あり得ねえよ。


「お前、本当にイカサマじゃないだろうな」


「失礼だぜ相棒。おいらは公明正大だと言ってるだろ。くよくよすんなって、次回に期待しようぜ。なっ、相棒。そういうわけで、じゃあまたな」


 そう言うと、煙りと共にペロは消え去り、それと同時に周りの時が動き出す。



「ひゃっ、あれっ」


 いつのまにか目の前にいた女神さんが、奇妙な叫び声と共にグーパンを、俺の鼻面に炸裂させた。


 ぐはっ、またこのパターンかよ。あの野郎、絶対仕組んでたはず。


「あわわわっ、どうしたことでしょう。私ったら……ごめんなさいね。皆さんギフトは行き渡りましたね。それでは頑張ってください」


 少し焦ったような女神さんが、慌てて消え去った。

 おい、また俺はほったらかしかよ。

 ぼやきながらも自分のギフトを確認する。

 ……ダイス……また、ダイスだよ。もうスキルでダイスは持ってたのに、もらったギフトはまたダイス。マジかよ。


「ショウタ、女神様にまで嫌われて殴られるとかホントに最低だな」


 カイルが呆れて俺を眺めてる。他の子供達からも、冷たい視線が送られる。


 なんで、なんで、なんでだよー!

 俺は鼻血がダラダラ流れ落ちる鼻を押さえて、天を仰いだ。


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