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雪国と少年(1)

 もうかれこれ四時間もバスに揺られただろうか。

 目指すは一件の小さなペンション。

 その辺りは雪深い土地で、スキーやスノーボードも楽しめる。

 いつもならたいていそういった場所に行く場合は妖怪絡みの事件を解決するためだ。

 しかし今回私達の目的はそうではなかった。

 目的は楽しむこと。

 つまりは純粋に遊びに行くというのだから驚きだ。

 メンバーは私に叶斗に蒼に茜、それからあやめと楓太と渚。

 それに加えてイズミまでが一緒だ。

 というのも目指すペンションはイズミの親戚が経営しているから。

 日本にいるのなら一度友達と一緒に遊びにおいで、と言われたらしく。

 行くなら大勢の方がいいからと、イズミはマンションにやってきて皆を勧誘したのだった。

 イズミにしてみれば何も起こらないにせよ妖怪はもちろん陰陽師だの巫女だのと四六時中一緒にいられるとはちょっとした事件だろう。

 そんなわけでものすごく喜んでいたから私もそんな彼女に水をさせず、叶斗を説得までしてここにいるのだった。

 出発までかなりハイテンションだったイズミは今はなんだか大人しい。

 スタミナ切れというわけではない。

 それには理由があった。

 彼女は今、途中で手に入れた芸能情報が掲載されているらしき雑誌に夢中だった。


「ね?ミズホは誰がステキと思いますカ?」


 イズミがこちらに向かって雑誌を広げる。

 なんだかカラフルな頭の、整った顔立ちの4人の男性が写っていた。

 一人は人なつっこい笑みを浮かべた髪の色が緑のお兄さん。

 一人は小柄で可愛らしい、ピンクのおかっぱ髪が印象的な少年。

 一人は金髪の、人形のように美しく微笑む青年。

 一人は薄い水色の髪でクールな表情の長身の男性。


「え?んーと……新しいアイドル……か何か?」


「HANURUを知らないのですカ?ミズホ」


 信じられないという表情のイズミ。

 自慢じゃないが私はこの手の話題にはとんと疎い。

 おまけに蒼とか叶斗とか美形を見慣れてしまって、芸能人のありがたみが薄れつつある。


「サイキン日本デビューした注目のK-POPグループですヨ」


「ふぅん、そうなんだ?」


 曖昧に返す。

 イズミが人間にここまで興味を示すのは珍しい。

 今まで叶斗に対しては興味を示していたが、それは陰陽師の末裔というオカルトチックな情報をどこから手に入れたからだ。

 今度はアイドルでK-POPとは新鮮すぎる。

 まるで普通の女子高生みたいだ。


「ね、ちょっと見せて」


 前の席から黒いクマみたいな耳がぴょっこりと覗く。

 ぬえちゃんだかなんだか言うキャラクターの耳付きニット帽を被った蒼は身を乗り出してきて雑誌を覗き込んだ。


「うーん……やっぱ気のせいかなぁ」


「蒼くん、この記事何か気になったの?」


「このひと、見覚えがある気がしたんだ」


 HANURUの4人のうち緑の髪の青年を差して言う。


「最近テレビにもヨク出ていマスから見覚えアルハズです!」


「うん、テレビでも見たよ。そのときにも思ったんだよね。もっと昔に見た気がするんだけど……」


 蒼はしばらく考え込んでいた。

 そうこうしているうちに車は目的地に到着する。

 実はスキーもスノーボードもやったことがないから不安だけれど、一面に広がる銀世界に少しワクワクした気分になった。


 


 


「いらっしゃい。あらあら、イケメンと美人揃いだこと。みなさんゆっくり楽しんでいってねぇ」


 明るい女将さんが出迎えてくれる。


「イズミちゃん本当に久しぶりねぇ」


 女将さんは姪にあたるイズミとの再会を懐かしんだ。

 親戚とはいえ遠く離れた国に住んでいたから、三年ぶりくらいに会ったのだそうだ。

 屋根から落ちた雪に半ば埋もれたペンションはログハウス調の木の暖かみのある建物だった。

 ペンションの前で少年が一人、一生懸命雪をどけている。

 蒼と茜より大きいけれど、まだ小学生だろう。

 それなのに重労働の雪かきを手伝うなんて感心だ。

 ペンションの前には人ひとりが通れるくらいの道が出来つつあった。


「アックン!アックンですヨね!大きくナリましたネー」


 イズミは嬉しそうに手を振るのだけど、少年の方はちらりとこちらを見ただけで反応が薄い。


(あつし)!あいさつ!」


「……こんちわ」


 難しい年頃なのだろうか。

 母親に促されて無愛想にそれだけ言ってまた黙々と仕事をし始めた。

 聞けば女将さんは旦那さんを亡くしてから三年、女手一つでペンションを再開したばかりだという。

 再開に至ったのは息子の淳の協力があってこそなのだそうだ。

 そうして作ってくれた道はほどなく入口まで到達し、私達はペンションにたどり着くことがきたのだった。


 


 


 ペンションに荷物を置いて、休む間もなく出掛ける準備をし出したのは楓太だ。


「早く行かねえとすぐ暗くなっちまうからさ!」


 彼は遊びたくてウズウズしている。

 そんな楓太に叶斗は半ば引きずられるようにして連れられて行く。

 ペンションから見渡せるゲレンデはなだらかな斜面で、初心者のスノーボーダー達が多いらしい。


「自分だけ滑るとかありえないんだけど。普通教えるでしょ」


 渚が冷ややかに言うが楓太は教えることが得意ではなさそうだった。

 説明を受けても解ったような解らないような。

 それでも運動神経の良い叶斗なんかはすぐにコツをつかんだみたいだ。

 蒼はといえば今日はスノーボードじゃなくてソリの気分だとかで、茜はそれを見守っているし、イズミは蒼に遊んでもらっていた。

 私も今日はソリにしておこう。

 しかしたかがソリと侮ってはいけない。

 手軽にかなりのスピードと爽快感が味わえる。

 夕刻にもなるとあやめと渚も上手くなって、初日にしてそれなりにスノーボードを楽しんでいた。


 


 


 

 ダイニングには晩ご飯のいい香りが漂っていた。


「見れば見るほどそっくりねぇ。今日は何をして遊んだのかしら?」


「ソリで滑ったの!楽しかったよ」


「そう、よかったわねぇ。はい、かぼちゃのスープよ。熱いから気を付けて」


 湯気のたつスープを手に厨房から現れた女将さん。

 蒼と茜の瓜二つの顔ににっこりと微笑んだ。


「うん!いただきます!」


「い……いただきます」


 とても子供らしく返事をする蒼と子供らしくはない茜だったが。


「ちゃんと挨拶ができるの、えらいわね」


 女将さんはさらに笑みを深くした。

 冷えた身体に温かい料理が染み渡る。

 いつもは朔良の料理に癒されているけど、ここの料理は女将さんの温かさが込められているみたいだった。


「そうそう、スキー場で気にナル噂を聞きまシタ」


 声をひそめつつ言いながらイズミの瞳が輝いていたから、嫌な予感がした。


「最近ココらへんデワ神隠しが起こルというハナシです」


「神隠し……って行方不明になっちゃうってこと?」


「その話なら私も聞いたわ。最近林の方に迷い込んでしまう人達が多いって。幸いみんな無事見つかってるみたいだけど」


 その林はさしたる広さもないのに何故だか迷い込んで出られないのだ。

 そして次の日にひょっこり帰ってくるという。


「そういえば昔流行ったなぁ、神隠し」


 蒼はふと思い出したように誰にともなく呟いた。


「蒼、そんな事もしていたのか?」


 隣の茜が眉を寄せて咎める。


「ぼくはやってないよ。一回だけしか。それにすぐ送り返した」


 一回やったことがあるんだとつっこんでいいものなのかどうか。

 だって隠す方の立場なんて……。

 なんだか珍しく子供の姿の蒼に距離を感じてしまう。

 イズミも渚も興味津々で、楓太なんかは神隠しのやり方を尋ねるしまつ。

 女将さん達に聞こえやしないかと冷や冷やする。


「ヤハリ、妖怪のシワザと考えるノガ妥当ですヨネ」


「妖怪なんているわけねぇじゃん」


 冷ややかにイズミの言葉は否定された。

 淳が厨房からこちらへとやってくる。


「イますヨ!だってホラ、ココにもーー」


「イズミおねえちゃん、ご飯冷めちゃうよ」


 蒼に遮られ、さすがに言いふらしてはいいけない事だと思ったのだろう。

 必死で言葉を飲み込んだイズミだった。


「見えないけどいるとか言って驚かすつもり?」


「うー……アックンだって昔お菓子の家デ雪女な会ったッテ言ったジャないでスカ」


「は?いつの話だよ。そんな話信じてるのイズミねえちゃんだけだぜ」


「ミズホも信じマスよね」


「え……うん」


 雪女はいるかもしれないけど、お菓子の家って外国の童話じゃなかっただろうか。

 思わず返事に詰まってしまった。


「ほらな。自分でもガキんとき見た夢としか思わないから当たり前だ。あと、あっくんて呼び方、やめろよな」


 パンのバスケットを机に置いて淳はぶいっと厨房に行ってしまった。


「カワイくナイでーす」


「反抗期なのかなぁ?」


 蒼が可愛らしく小首をかしげた。


「今時の子供なんてあんなものじゃないか?手本にしたらどうだ?」


「うん。かなちゃんよりは可愛げがあるもんね」


 ああ言えばこう言うのがこの二人のやりとりだ。

 最初は険悪になるのではとあたふたしたものだが、たいがいは蒼が叶斗を適当にあしらってそのうち終わるので、今ではさほど気にならなくなった。


「はい、サラダもどうぞ。イズミちゃん、妖怪に会いたくて日本に来たって本当だったのね」


 木のボウルがテーブルに置かれて、女将さんの声が降ってきた。


「やっぱり兄さんの子だわ。兄さんもオカルト好きが高じてイギリスに留学してそのまま住み着いちゃったんだから」


 カラカラと笑う。

 イズミが妖怪好きすぎて日本にやって来たなんて知れば心配するかもしれないと思ったけれど幸い不安は杞憂に終わった。

 しかし告げられたのは驚きの事実だった。

 どうやらイズミのオカルト好きは親譲りで、女将さんに言わせればこの親にしてこの子ありということのようだったのだから。

 そして、この旅にも妖怪が関わってきつつある事実から私はまだ目を反らそうとしていた。



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