表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/22

契約と節分の日 (後編)

 丸顔に眼鏡の気の弱そうな青年が少し困ったような笑みを浮かべた。

 彼の名前は確か榊河大樹(さかきかわだいき)

 彼にも式神がいて、白銀と戦った時、私達のピンチに駆けつけてくれたのだ。

 知っている顔に私は心底ほっとした。


「水穂ちゃんは追儺初めてだよね?」


「はい。上手くできるか不安です」


「いやぁ、僕も何度やっても不安だよ」


 そこで私の固まった表情に気付いたのか慌てて手をぶんぶんと振る。


「違う違う、そうじゃなくて、大丈夫!方相氏役の叶斗君が走った後を射ればいいだけだから。ほら肩の力を抜いて」


 なんか不安だけど……私を気遣ってくれているのはわかった。

 とにかく何もわからない私は大樹と一緒にいるしかない。

 部屋には何人かの男女が既に準備を済ませて座していた。

 年齢は私が一番若そうで、上は40代といった感じ。

 全員が式神を持っているのかというと違うらしい。

 本来なら式神を持っている人が矢を射る役目だが今は人数が少ないのだ。

 とはいえ選りすぐりの人達が顔を揃えているわけで。

 実は大樹も全員と面識があるわけではないらしい。

 なんだかえらいところに来てしまったと改めて思った。

 式神を持っている人と持たない人の間には何となく遠慮がちな距離があり、挨拶をかわすくらいで親しく談笑したりはない。

 しばらく部屋の隅で壁と一体化していた私と大樹だったのだが、最も会いたくなかった人物がやってきた。

 部屋に入るなり私達を見つけて近付いてくる。

 薄い唇に浮かぶのはいつか見たのと同じ冷たい笑み。


「また会ったな。と言いたいところだが、君が来ていい場所だと思っているのかい?」


 部外者なのに参加するのかと、笑っていない瞳は私を見据える。


「いいに決まってる。彼女も榊河の血を引いているんだ。蒼と契約できたのが何よりの証拠じゃないか」


「ふぅん。そうか。まぁ、あなたが参加できるくらいだからな。仲がいいと思ったら似たもの同士ということだ」


 この人は大樹までを馬鹿にしている節がある。

 クツクツと笑いを漏らしながら去っていった。

 腹が立つけど、それでも立ち去ってくれて良かった。


「ふードキドキした」


「あの……ありがとうございました」


「いや、いいんだ。けれど、僕はどうも彼が苦手で」


 二人の性格は正反対で、年上のはずの大樹が彼に苦手意識を抱くのもわからないではない。

 巧巳と叶斗とは違った意味で相容れない存在なんだろうな。

 もちろん私もこの巧巳という人物と仲良くはなれそうになかった。


 


 


 もともと古めかしい屋敷だがこの儀式のために更に時を戻したかのように見えた。

 平安時代……とまではいえないかもしれないけど、歴史的な場面の中に入り込んだ気分になる。

 僅かな風の中に雅楽の演奏が混ざり始めた。

 そんな中、私達は雪の降り積もった広い中庭を取り囲むように配された建物の廊下をしずしずと進む。

 全員が手には弓と矢を携えている。

 そうしてこの儀式を取り仕切っている叶斗の叔父、暁史の指示に従い等間隔に並べば私のちょうど向かいには巧巳がいた。

 向こうまではかなり距離があるから気にしなければいい。

 そう自分に言い聞かせて集中する。

 こんな事で精神を乱して失敗しようものなら文句を言いつつもずっと練習に付き合ってくれた渚をはじめいろんな人に申し訳が立たない。

 弓を握る左手に自然と力がこもった。

 太鼓の音が中庭を渡る。

 それは叶斗の登場を示していた。

 平安貴族のような着物を纏って六つの目を持つ面を付け、手には盾を持っている。

 白い和紙を広げたようなだだっ広い中庭にぽつぽつと刻まれる足跡。

 歩みというより舞というのが相応しいかもしれない美しい身のこなしでゆるりと進む。

 雪を踏む音。

 雅楽の音。

 そこに太鼓の音が高く鳴り響く。

 それは魔を祓うための音だ。

 太鼓の音に追われるように叶斗の歩みは早足になる。

 見とれるほど幻想的な景色。

 最初の矢が射られた。

 鋭い音を引いて。

 叶斗の軌跡をなぞるように矢は白い地面へと突き刺さってゆく。

 私の意識は現実へと引き戻され、自らの順番を控えていやがおうにも緊張は高まった。

 弓に矢をつがえて前を見据えると巧巳目に入る。

 出来るだけ意識をしないように平常心が大切だと自分に言い聞かせる。

 ふと、巧巳の構えに違和感を覚えた。

 あれでは変な方向に矢が飛ぶのでは?

 間違いない。

 狙いは叶斗に定められている。

 誰か気付いているだろうか。

 わからないけど。

 何とかしなければ。

 でも、私の腕で相手の矢を射落とすなんて芸等できるはずがない。

 それなら……!

 巧巳の指から矢が離れた瞬間、私は祈るような気持ちで矢を放った。

 叶斗へと迫る矢に私の矢が当たる事がやはり難しいのは遠目に見てもわかる。

 だから私は二本の矢が接近したその時、小さく真言を唱えた。

 私の矢から波紋のように小さな衝撃波が広がる。

 私は矢に霊力を込めて放ったのだ。

 私の矢はそのまま地面に向かい、もう一本の矢は風にあおられたかのように軌道を変えた。

 それは叶斗から逸れて地面へと突き刺さる。

 叶斗がちらりと一瞬そちらを見たのがわかったが、彼は歩みを止めはしなかった。

 ほっとして、肩の力を抜く。

 その時、突き刺さるような視線を感じた。

 巧巳は真っ直ぐにこちらを見ている。

 きっと目論見を見抜かれ矢を逸らされたことに苛立っているんだ。

 巧巳と対立するのは怖いけれど、叶斗が怪我をするよりはよっぽどいいと思った。

 それから追儺は滞りなく進み、淡く霊気のもやみたいなものが上空を覆うと、叶斗が唱えた真言により儀式は幕を閉じた。


 


 


 衣装を着替えると途端に過去から現代に戻った気分になる。

 着替え用に用意された部屋の外で叶斗が待っていた。


「ご苦労だったな」


「あ……えっと、追儺、うまくいったみたいで良かったです」


「ああ、礼を言う」


「えっ?」


「巧巳の企みを止めてくれただろ?」


「あ……いえ、榊河くんも気付いてましたよね。余計なことしたかも、って……」


 叶斗なら私の手助けがなくても難なく切り抜けたかもしれないと後から思ったのだ。


「余計なことのはずないだろう」


 叶斗は少しあきれたようにため息を付く。


「とっさにあれだけ出来るんだ、君はもっと自分に自信を持った方がいい。でないと将来僕が困る」


 これは、誉められているのだろうか。

 彼が将来何故困るのかもよくわからない。

 話しながら歩いて、別棟に通じる廊下を渡った。

 そこは妖怪達が集う場所だ。

 楽しげな笑い声が聞こえる。

 廊下の角を曲がれば、庭で蒼と伊緒里が犬に似た妖怪達と雪遊びをしているのが見えた。

 時おり聞こえる鳴き声はキィキィと廊下が軋む音によく似ている。

 その妖怪は蒼によく懐いていて久々に遊んでもらえたことが嬉しそうだ。

 それを眺める縁側に腰掛ける二人の子供の姿があった。

 そのうちの一人はうちの子だ。

 茜ともう一人は12、3歳に見える女の子。

 浴衣にはんてんという格好が屋敷の雰囲気に似つかわしく思えた。

 二人は手元に目を落としている。


「スマホいいなー。私も買い換えようかなー」


 あれば何かと便利だからと茜に携帯を持たせたのは叶斗だ。

 最新のスマートフォンを茜が使いこなすまでには時間がかかりそうだけど。


「スマホ?これはケイタイデンワではないのか?」


「携帯にも種類があるんだよ」


 女の子はスマホについててきぱきと説明する。


「そうなのか……。しかし、私にはこれの仕組みがいまいちよくわからないんだ」


「ふふ、私も最初は不思議だったよ。あ、そうだこれ写真も撮れるよ」


「写真?」


「うん。みんなで撮ってあげる」


 女の子は立ち上がり、小走りに座敷に駆け込んで振り返った。


「蒼ちゃん、伊緒里、家鳴り達も、こっち向いてー!はい、チーズ!」


 不意にカメラを向けられた一同はそれでも楽しそうに写真に収まったに違いない。

 そこで伊緒里が私達に気付いた。


「叶斗!水穂!終わったんか?ほなこっち来て一緒に雪合戦しようや」


 こちらに大きく手招きをする。


「やらない。伊緒里は今日は泊まりか?」


「そや。アキが後片付け諸々で忙しいから何日かはここにおるやろな。叶斗らは帰るんか?」


「ああ。蒼、家鳴りと戯れるのはそれくらいにして帰る支度をしろ」


「はぁい」


 蒼が可愛らしく返事をして家鳴りの雪を払ってやるとキィキィという声は寂しそうに聞こえた。


「もう帰っちゃうの?」


 女の子は寂しそうに叶斗を見上げた。


「学校があるからな」


「えーつまんなーい。あ、そうだった。初めまして。私、(はぎ)。座敷童やってまーす」


 急に改まり、私に向かってぺこりと頭を下げるその子は式神ではない。

 この屋敷には住み着いている妖怪達が多数いる。

 その一人だった。

 私がお辞儀を返すと、また遊びに来て欲しいと言ってくれた。

 人懐っこくて可愛い子だ。


「見ない顔だな?」


 いつの間にか叶斗の視線の先にもう一人、伊緒里と同じ年頃の女性がそこにいた。


「誰だ?」


 まるで庭の木の影から出てきたみたいに突然に現れたその妖怪のことを叶斗すら知らないようで、その場にいる誰にともなく訪ねた。


「わかんない。何も話してくれないんだもの」


 萩が困り顔で首を振る。


「僕の式、(リン)だ」


 やっと返った答えはちょうど廊下を渡ってきた巧巳からのものだった。

 自らの式神に異国の言葉で何かを命じる。

 どうやら日本の妖怪ではないらしいその女性は完全に無表情。

 ただ頷いて巧巳の影の中に足元からするすると入っていってしまう。

 そうして溶けるように消えてしまった。

 蒼や夜稀を蔑んでいた彼の事だからまさか式神がいるとは思いもしなかった。


「君の式はあれか」


 嫌みな笑いが喉から漏れる。


「今度は契約に失敗しなかったようだ、おめでとう。しかし石の力さえあれば妖を従えるのにわざわざ契約を結ぶ必要もない」


 リンは人形か何かのように巧巳に従順だ。

 それこそがあの殺生石のなせる技なのだとしたら少し怖い。

 無理矢理従わせた結果が夜稀のような悲劇を生んだのだから。


「お前、何を考えている?追儺のこともだ」


 問う叶斗の声音はいっそ静かですらあった。


「ああーあれはすまなかった。手元が狂って狙ったところに飛ばなくてね。弘法も筆のあやまりというやつだ、許してくれ」


 いけしゃあしゃあと言う巧巳。

 そんな言葉を叶斗が信じるはずもないと解っていながら言っている。

 宣戦布告。

 あれはそういう意味だとおそらく双方が思っている。

 ここで事を荒立てる事はどちらもしないけれど。

 式神との関係性ひとつをとってみてもあまりに考え方が違いすぎる二人だ。

 きっとこの先何かと衝突しそうな雰囲気がある。

 これからの榊河を引っ張っていくはずの若い二人は同じ血に連なってはいてもきっと見据える方向は違っていて、進んで行く道は今や別の方向なのだと感じずにはいられなかった。



読んでくださってありがとうございますm(_ _)m

Web拍手でコメントをくださった方へのお礼は随時活動報告にて書かせて頂きたいと思います(≧∇≦)

今後とも青天の破片をよろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ