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契約と節分の日 (前編)

「まさか叶斗が茜と契約する言うとはなぁ。……今度は大丈夫やんな?」


 伊緒里はいつになく弱気な声で言う。

 彼女がそんな事を言うのは叶斗が子供の頃に一度蒼との契約に失敗しているからだ。

 それで叶斗自身も蒼も怪我をしたって。

 式神の儀式ってそんなに難しいものなのだろうか。

 どんなものなのかはもうすぐわかる。

 私は今から実際に儀式に立ち会うことになっていて、今準備が整うのを待っているところなのだ。


「あの、これには何か意味が?」


 純和風の座敷にて一緒にその時を待っている伊緒里は私の爪にネイルアートを施している所だった。


「何かしてやんと落ち着かへんねんもん」


 おまじないか何かかと思ったらただの暇つぶしだった。


「そんなに心配する必要ないよ」


 少年はそう言って高級そうなお茶菓子をパクリと一口。

 そしてこちらもおそらく高級品であろう日本茶をすする。


「なんでそないに落ち着いてられるんやぁ。心配やないん?」


「かなちゃんは成長してるんだよ。あの頃と比べものにならないくらいにね」


 それは知ってるけど、と伊緒里は小さく呟いたが、やっぱり心配は消えないみたいだ。

 叶斗を一番近くで見てきた蒼が言うのだから大丈夫なのだろうと私は信じている。

 本当はきっと蒼と契約を結ぶはずだった叶斗。

 叶斗は私が蒼の主人だということを認めてくれるようになった。

 けれどもし私が蒼と契約していなければ。

 叶斗に申し訳ない。

 そんな思いは未だに胸のどこかに常にある。

 だから叶斗が茜を式神として選び、パートナーを得られる事に私はほっとする気持ちが少なからずあった。


「はい、できたで」


「す……すごいです」


 私の爪は白い水玉とピンクの立体的な花とに可愛いく彩られていた。

 指先がキラキラと輝いて見えて、いくらファッションに疎い私でもこれは素敵だと、ときめいてしまう。


「次、蒼ちゃん」


 まだ随分と時間を持て余している伊緒里は暇つぶしのターゲットを求めている。

 蒼とてそれからは逃れられそうもない。

 彼はその手を大人しく差し出すしかなかった。

 かくして蒼の爪に水色に縞と星の可愛いネイルアートが完成した頃。


「そろそろやろか?」


 伊緒里が時計に目をやった。


「そうだな。行くか」


 瞬時に青年に変じて蒼が言う。

 私が頷くと伊緒里もそわそわと立ち上がった。


 


 


 後ろを振り返ってみれば随分と登ってきたことがわかる。

 辺りは薄く白に覆われている。

 山の上に建てられた榊河家の本邸。

 そこから更に石段を登った先にあるのが古く厳かな空気を湛えた木造のお堂だった。

 そのお堂は妖怪との式神の契約を結ぶ儀式にのみ使われるという。

 いよいよ茜が叶斗の式神になるのだ。

 私達は主役の二人より先にお堂へと足を踏み入れた。

 肌がちくちくとするくらいに強力な結界が張られているのがわかる。

 そこにはすでに伊緒里の主人暁史と数人の術者の姿があった。

 皆白い浄衣に身を包んでいる。

 お堂には床がなく、土の地面には四本の杭が打たれていた。

 この杭が儀式のためには重要らしい。

 私にはそれが何故だか恐ろしい物のように感じられる。

 恐怖ではない。

 これが畏怖という物なのかと思った。


「あの杭が作り出す結界は中の人間の霊力を高める働きをする」


 蒼がそう教えてくれる。


「逆に妖怪の力は削がれるんや。あの中では妖怪は全然力が出えへんねん」


 伊緒里は困ったというように首を振った。

 不意に緊張感が増し、場の空気が変わる。

 空気が冷たいから痛いのか、張り詰めて痛いのか。

 そう考えながら巡らせた視線の先、お堂へと入ってきたのは叶斗だった。

 白の浄衣を纏い、短刀を腰に差している。

 金の装飾が美しい刀だ。

 続いて茜。

 こちらも着てきた洋服ではなく、赤い袴の天狗の装束に身を包んでいる。

 凛としたその姿は幼い見た目にも関わらず、かつて空の一族の長と目されていたのも頷ける神々しさがあった。

 二人は杭の打たれたちょうど真ん中に向かい合って立つ。


「伏して願い奉る」


 それが合図だった。

 朗々と呪文が詠唱される。

 応じて結界の外の術者達も唱え始めた。

 中からと外からの力は杭が描いた見えない線でぶつかり合い、世界を隔てる。

 ゆらゆらと陽炎が立ち上るかのような濃密な霊気が満ちていく。

 加えて耳がキーンとするくらいに空気が張りつめてきている。

 杭で囲んで作られた結界は今や目視できるほどに力を増して、強力な霊力の地場を築いていた。

 それは見えない風船に徐々に押されていくような感覚を伝えてくる。

 建物の中なのに風が吹き荒れ始めた。

 蒼が私をかばうように前に出る。

 伊緒里も主人を守れる位置に移動している。

 きっと妖怪の方がもっと緊張感や圧迫感を感じているはずなのに。

 蒼も伊緒里もそんなそぶりは見せないけれど、本当ならこの場にいることは少なからず負担があるはずだ。

 蒼がわざわざ青年の姿でここに来たのも、少年の姿のままではこの場にいるのはつらいからだろう。

 それならこの結界の中に身を置く茜は大丈夫なのだろうか?

 叶斗は?

 二人はどちらも表情を変えてはいない。

 叶斗が動いた。

 短刀を抜いたのだ。

 茜に刃を向ける。

 まさか彼女を傷付けることはないと思いつつも次にどうなるのか、一瞬たりとも動作から目が離せなくなる。

 茜はそうするように打ち合わせていたのか、手のひらを差し出した。

 それは儀式用の刀だと思っていたけれど、刃は本物だ。

 小さな手のひらに当てれば赤い線が浮かぶ。

 叶斗は刀を返し、自らの手のひらにも赤い一筋の線を描いた。

 二人の掌が合わせられる。

 何か起こったようには見えなかったけど確実に変化はあった。

 不意に空気が柔らかくなり、浄化されたような軽さが辺りに満ちる。

 風はもう吹いていない。

 いつの間にか詠唱は終わっていた。

 静寂の満ちたそのお堂の中心で向かい合う二人の体が傾いだ。

 茜が叶斗の方に倒れ込む。

 叶斗もまた緊張の糸が切れたというようにその場に膝を着いた。

 その腕に茜を支えながら。


 


 


 


 ついにこの日がやってきてしまった。

 二月三日である。

 世間一般には節分で、豆を撒き地方によっては巻き寿司を丸かじりする日。

 しかし陰陽道に端を発する榊河家では『追儺』と呼ばれる節分の起源となったという儀式が執り行われるのだ。


「馬子にも衣装、だな」


「なんですか、それっ!」


 巫女の装束を豪華にしたような衣装を身に付けた私を見て叶斗がしみじみと言うからちょっと腹が立った。

 だってあまり似合っていないという自覚があるから、からかわれているんだと思う。

 でもおかげで少し緊張が解けたかも。

 昨日、儀式の後は疲れ果てた叶斗を見て心配だったけど、もう平気そうでよかった。


「それじゃ、後でな」


「え……え?どこか行っちゃうんですか?一緒じゃないの?」


「ああ、僕と君とでは担う役割が異なるからな。君はあちらの部屋で待て」


 そういえば叶斗はまだ私服のままだ。

 昨夜降った雪でより深く白に包まれた景色が冷たい風を運んで来て手足が冷えてきた。

 仕方なく、まるで運命の分かれ道みたいにな廊下の分岐点から、指し示された部屋にとぼとぼと歩きかけるが足が前に進まない。

 蒼達式神は追儺には出られないから別室で待機だし、一人っきり。

 今まで叶斗や蒼が隣に居てくれたことがどれだけ心強かったか、今更ながら気付いて大きくため息をついた。


「やあ」


 そこに突然声をかけられて鼓動が跳ね上がる。


「ゴメン、驚かせちゃったかな…?」


「あ、あなたは!」



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