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父と母

 私は生まれ育った街へとやって来ていた。

 正直いってあまりいい思い出のある街ではない。

 私は生まれ持った強い霊感のせいで小学校でも中学校でも周りと馴染めずにいた。

 だから知り合いのいない学校に行きたくてこの街を離れ、寮のある今の高校に入ったのだから。

 それから色々な事が起きすぎて、そんな気持ちでいた過去がとても遠く感じられる。

 今となってはこの街を訪れられることが嬉しく、清々しい懐かしさすら感じられるから不思議だ。

 蒼や叶斗と暮らすようになってから一人で出掛けるのは久々のような気がする。

 都会と呼べるほどに大きな街ではない。

 それでも待ち合わせ場所の駅には寒さを感じさせないくらいに人々で賑わっていた。

 辺りを見回す。

 ちょうど携帯の着信音が鳴りだした。


「水穂。今着いたわ。あ、こっち!右よ右!!」


 電話から聞こえる元気な声。

 右を向けば行き交う人の向こうに父と携帯片手に手を振る母の姿があった。


「少し大人っぽくなったんじゃない?」


 髪を撫でる母。

 どれくらいぶりだろうか。

 懐かしい。

 春節の休みを利用しての久々の帰国だった。

 父を追って中国へ行ってしまった母だったが、決して私への愛情が薄いわけではない……と思う。

 父はほとんど単身赴任で国外を転々としていたから、母は私を一人で育てたようなものだ。

 私が他の人には見えない物が見えて、その事で近所から避けられる事があっても母は私を責めたことはない。

 母は元来、悩んだりクヨクヨしたりはしないあっけらかんとした性格だから、私はそれに憧れたりもする。

 ついでに言えば振り回されたりもする。

 ちなみに父はといえば、空気のような人だ。

 ただ微笑みを浮かべてそこにいる。

 母と私を見守っている。


「水穂、特待生クラスに入ったんだって?」


 実家は引き払ってしまったから駅近くの昔よく来たレストランに場所を移してから母が言った。


「凄いじゃない!勉強にやる気を出すのはいいことだけど学生生活は楽しんでる?彼氏できた?」


 そういう母の方は楽しそうだ。


「学校は楽しいよ。でも、付き合ってる人なんていないって」


「好きな子くらいはいるでしょ?」


「え……ううん、いないよ……」


「ダメダメ!青春には恋が必要不可欠なのよ!素敵な子いないの?イケメンの子がいたじゃない。ほら、入学式で新入生代表だったあの子!お母さんあの子がいいと思うなぁ」


「榊河くんは学園で一番の人気者なんだから、私のこと相手にしないって」


 その学園のアイドルと一緒に暮らしていると知ったらさすがの母も慌てるだろうか。

 とはいえ一緒に暮らしているからといって恋愛対象になれるかといえばそれはまた別である。


「何言ってるの、積極的にいかなきゃダメよ。当たって砕けてもそれは自分を成長させてくれるのよ」


「そう言われても……」


「このお父さんだってね、高校生の時何回お母さんにフラれても諦めなかったのよ。遂にはお母さんも根負けしたっていうか。そうやって付き合いはじめてみたらこんないい人いないわって、わかったの。どうなるかなんてわかんないもんなのよ」


 母はクラスのマドンナで、父は内気で目立たない男子だったという話はそういえば前にも聞いたことがあった。


「ほら、お父さんからも何とか言って」


「はは、これは父さんから。お年玉の代わりだ」


 マイペースな父は話をばっさりと切り替えた。

 取り出した包みを開くと細かい細工の木製の箱が現れる。

 中を見てみると……空っぽだった。

 造りは綺麗といえなくもないが、かなり年代物といった風情がある小箱だ。

 何か大切な物をそっとしまっておくために作った箱。

 そんな感じがする。


「何に使うもの?ずいぶんと古い物みたいに見えるけど」


「唐の時代に作られた宝石箱らしい。骨董品屋で見つけたんだよ。何故だかそれが水穂を助けてくれるもののような気がして」


 意味深な事を言い出す。

 普通の人なら聞き流すかもしれないが、私はそれが引っかかった。

 何年か前に、私の霊感はいつか必要となる日が来るから与えられた能力なのだ、と父が言っていたことを思い出した。

 それが本当になるとはその時は全く思えなかったけれど。

 普段はぼんやりして見える父の予感はなぜだかよく的中するのだ。

 そうかと思えば骨董好きの父は中国の骨董品屋は掘り出し物が目白押しで良いとか、中国勤務になって良かったとかそんなことを話している。

 頼りになるのかならないのかよくわからない。

 とにかく父も母も相変わらずで、そのことに私は安心感を覚えた。

 そうして私はほんの1日の間だけど家族団らんの時間を楽しんだ。

 別れるときはやっぱり寂しかったけど、帰る場所があるから笑顔で手を振ることができた。


 


 


 


「どうしてそうなるんですかぁ!!?」


 マンションの地下にある修練場に渚による叱責がこだます。


「蒼様に頼まれたから、こうやってしぶしぶ練習に付き合ってるのに!もう少し上達してくれないと叶斗様に当たったらどうするんですか!?」


 私の弓の腕前に関してご立腹なのだ。

 私としては何とか矢が飛ぶようになっただけでもかなりの進歩だと思うのだけど。

 追儺の際に、榊河の当主の家系である叶斗の役割は矢を射る方ではないらしい。

 手元が狂えば矢は叶斗を傷つけかねないと聞けば渚の気持ちもわからないではなかった。

 だから年末年始の遅れを取り戻すべく帰って来るなりこの状態だ。


「はい!もう一回!!」


「おーい、そろそろ飯食わないと今日はバーの日だから未成年は店に入れてもらえなくなるんだぜ」


 楓太の言葉が助け舟となって私は地獄の猛特訓から解放された。


 

 夕飯を済ませた後、私は自室であの骨董品の箱を手に取った。

 蓋を開けてみる。

 そうしたところで何もないのだけど。

 何に使おうかなどと考えていると、扉が少々ぎこちなく叩かれた。


「少し時間はあるだろうか?」


 茜の声だ。


「はい。なんでしょう?」


 部屋の前に浴衣姿の少女が少し困ったような表情で立っていた。


「ど……どうしたんですか!?」


 私が驚いたのは彼女がポロポロと涙をこぼし始めたからだ。

 本物の子供が泣きじゃくっているみたいに手の甲でしきりに涙を拭う。

 よほどショックな事でもあったのだろうか。


「しみる……」


 慌てる私に茜は言った。


「え?」


 察するに玉ねぎが目にしみるような感じらしい。


「それのせいだろう」


 泣きながら箱を指差す。


「これ……今日父から貰ったものなんですけど」


 良くないものなのだろうか。


「その箱からは何か強い力を感じる。父親が娘の為に買ったものを悪いものとは思わないが、しまっておいた方がいい」


「はい、そうします。これで大丈夫ですか?」


 私は蓋を閉じ、箱を机の引き出しの奥にしまった。


「それで、何か私に何か用が?」


「そうだった。ちょっと来てほしい」


 茜は涙をぬぐいつつ歩き出す。

 そちらにあるのは蒼の部屋と叶斗の部屋だ。

 二つのうちの手前の方の扉を茜はノックもせずに開いた。


「蒼は今いないが許可は得ている」


 私が戸惑っているのに気付いてそう前置きする。


「好きな服を好きなだけ持って行っていいと言っていた。けれど私にはこの時代の事がまだよくわかっていないから、どういう物を着ればいいのかわからない。だから選ぶのを手伝ってほしい」


「わ、私はあまり流行とか詳しくないですよ!?」


「そうなのか?昔は若い女達は着る物の話題で盛り上がっていたものだが。この時代は違うのか?」


「それは、確かにこの時代も変わりませんけど、私はあまりその手の話題が得意じゃないというか……。そうだ、蒼くんに選んでもらうのは?」


「ダメだ。蒼は男だ」


「うーん、でも蒼くんの服だからきっと蒼くんの方が着こなし方を心得ていると思うんですよね」


「それなんだが、どうしてあいつはあの様な格好ばかりするのだろう?こういうのは女の着る物ではないのか?本でも女しか着ていない」


 茜が手には小学生向けのファッション雑誌があった。

 自分なりに勉強していたらしい。


「えっと、それは……」


 少々事情がある。

 ここにある服はほぼ全てが伊緒里の趣味だ。

 そしてどちらかといえば可愛らしいフリルやらレース、リボン、花柄、水玉などといった女の子向けのデザインが多い。

 伊緒里曰わく、似合うんやからしゃーないんや、ということだ。

 蒼本人も、本当に嫌なら着なければいいのだから、実は気に入っていたりするんじゃないかと思ってしまう。

 さすがにスカートは嫌そうだったけど。

 部屋のウォークインクローゼットには服から帽子、小物、靴までがかなりの数揃っていた。

 同じものが色違いで何枚もあったり、新品もけっこうある。

 そんな中から茜と二人して悪戦苦闘しながら服を選んだ。

 途中からは、これはどうやって着るんだという説明を求められ、とっかえひっかえ試着してもらうことに。

 確かにこれは蒼とだったらできないかも。


「これは……派手ではないか……?」


「大丈夫です。すごく似合ってます」


 可愛らしくない服は蒼のクローゼットには少ないのだけど、茜自身が選ぶのは落ち着いた色やデザインの物が多い。

 それは彼女の凛とした雰囲気に合っていると言えば合っているけど、蒼に似合う可愛い服はやっぱり茜にも似合うのだから色々着なきゃもったいない。

 むしろ女の子なのだから蒼より可愛くなるはずなのだ。

 だんだんと伊緒里の気持ちがわかってきた気がしてしまう私だ。


「本当にこれでいいのか?丈が短すぎるぞ」


「そういうときは中にこういうのを履けばいいですよ、きっと」


「……こうか?」


「いいです!すごく!」


「そ、そうか」


 蒼を思い出しつつ雑誌を参考になんとか選んでこんな物かなと、服を山積みにしたところで扉がノックされた。


「えっと……まだかかりそう?」


 自分の部屋だけれど遠慮がちに扉も開けずに言う蒼。

 ずいぶん長い時間部屋を占拠していた事に気付き、慌てて扉を開いて目を疑った。

 しばらく声をかけるタイミングをうかがっていたのだと思われる少年は長い金髪からウサギの耳を生やしていたのだから。

 髪はもちろんカツラで、レースと薔薇で飾られた小さな帽子も頭に乗っかっている。

 フワフワミニスカートの水色のドレスに白いエプロンが可愛らしく、お尻部分にに丸いしっぽがくっついている。

 これはいつもの可愛らしい服装の上を行く、むしろコスプレの域だ。

 そこで私はやっと思い出した。

 今日は朔良の店がBARとして営業する日だと楓太も言っていた。

 蒼はよくそれを手伝っている。

 大人の蒼のバーテン姿を想像していたのだけど。

 子供が夜中に働いて大丈夫なのだろうかとかいう心配はあの店に限っては無用なんだろうな。


「蒼、なんだその可愛らしい格好は!」


 茜は、けしからんと言いたげだった。


「朔良の趣味でバーはたまにおとぎの国になるんだよ」


 ため息をつく蒼。


「あ、中にちゃんとショートパンツ履いてるからね!」


 何故だかそこはきっちりと主張する。

 衣装の提供者は伊緒里。

 蒼の格好は不思議の国のアリスをイメージしていると思われた。

 しかしどうも登場人物が混ざっている。

 それに、わざわざ仮装などしなくても彼ら妖怪だって立派なおとぎ話の登場人物じゃないだろうか。

 といったところでお客もみんな妖怪なんだろうな。

 茜は解ったような解らないような微妙な表情で蒼を見ていた。

 並ぶと髪の色は違えど二人は本当によく似ている。

 でも正直勝てない。

 せっかく可愛くしたのにこんな可愛い姿でこられたら私の女子力では茜を勝たせてあげられそうにはなかった。


「さすがにこの格好恥ずかしいから着替えだけとらせて」


「その必要はない、もう終わった。ところで蒼……」


「ん?」


「あれは何だ?」


 茜は私の葛藤など知る由もなく、部屋の片隅を指差した。

 そこに無造作に置かれているのはシックな部屋にそぐわないファンシーなぬいぐるみ達。


「ああ……琥珀が勝手に置いていったものだから、ほしいなら持って行っていいよ」


「本当か!」


 茜は意外にも可愛いぬいぐるみたちにとても心を惹かれていたようで、嬉しそうに持てるだけの服と一緒に部屋へと運んで行った。


「水穂のお父さんとお母さん、元気だった?」


「うん。相変わらずだったけどね」


「離れて暮らすのは寂しくない?」


「んー、前は寂しいときもあったけど、今は蒼くんやみんながいるから平気」


「そっか」


 アリスの蒼はニコリと満足げに笑った。

 蒼や叶斗は今や私のもう一つの家族だ。

 茜が加わってきっともっと賑やかな家族になっていくんだろうって、そう考えたら幸せな気持ちになる。

 茜が残りの服を取りに戻ってきたから、私も運ぶのを手伝って部屋を出た。

 蒼が二人で住むには広すぎると言っていたこの家も、四つの部屋に明かりが点るようになって暖かさが増した気がする。

 こういうのって、いいなってしみじみ思う私なのだった。



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