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新しい年と新たな出会い(前編)

 元旦。

 新しい年の幕開け。

 いつしか車窓を流れる風景が冬枯れの木々ばかりになっている。

 やがて開けた視界に入ってきたのは山々に囲まれた集落と山の麓に建つ豪奢な屋敷だった。


 


 大掃除を早々に済ませ、あとは大晦日までゆっくりと過ごせるのかと思いきや、陰陽師としての仕事と追儺のための弓の練習に明け暮れる日々だった。

 私の弓の先生は同じマンションに住む一年生、六宮渚(ろくみやなぎさ)である。

 彼女は全国大会に出場するほどの弓道の腕前なのだけど、叶斗や蒼を慕っているからいつも二人と行動を共にしている私を良く思っていないらしく、弓の指導は物凄く厳しい。

 年末ともなると私は身体のあちこちが筋肉痛になっていた。

 そんな渚を始めとする寮生達も新年が近付くにつれ実家へと帰ってしまい、学生以外の住人はいるとはいえマンション内はいつもより寂しい。

 私の両親はといえば赴任先の中国から帰国予定はない。

 中国では旧正月が正月であり、今の時期は特に長期の休暇はないのだ。

 去年の正月は寂しかったなぁと思い出す。

 けれど今年は違う。

 もちろん蒼や叶斗、朔良がいるからというのは大きい。

 そして、これから榊河八重理事長の元へ新年の挨拶に行くからというのも寂しがっていられない理由であった。

 理事長は現在榊河家の当主代行として実権を握っている人物だから様々な人が挨拶に訪れるそうだ。

 普通の女子高生が何の間違いか蒼と契約してしまったということはすでに榊河家の人々の知るところだろう。

 通常なら蒼を式神に持つ者は榊河家の中で霊力、実力共にトップと認められ、一族内で当主に並ぶ権限を有することができるという。

 私はそんなのは望まないけれど、人が集まる場所に行けば注目を浴びるのは容易に想像できる。

 堂々としていろと叶斗から言われたし、蒼も普通にしていればいいと言ってくれたけど、粗相のないようにしなければと私はすでに落ち着かない気持ちでいっぱいだった。


「水穂、帯苦しくない?」


「うん、大丈夫」


 理事長宅に向かう車の中、蒼は助手席から慣れない振袖に身を包んだ後部座席の私を振り返った。

 蒼はといえば伊緒里からのクリスマスプレゼントのコートの下はフリルの付いたシャツとハーフパンツのスーツスタイルで、まるで中世ヨーロッパの貴族の少年みたいに可愛らしい。


「今年はお前には振袖が送られてこなくてよかったな」


 私の隣で叶斗がわずかに口元に笑みを浮かべた。

 スーツにネクタイの彼は髪をいつもより大人っぽくセットしていて、きっと街を歩けば誰もが振り返ることだろう。

 隣にいるとドキドキしてしまう。


「かなちゃんだって知ってるでしょ?振袖ってけっこう窮屈で大変だって」


 去年蒼は送られてきた振袖を着たわけではなかったらしいが、たぶん伊緒里に過去に着せられたことは想像に難くない。

 彼だけでなく叶斗までがその窮屈さを知っているのは何故なのかは言及してはいけない気がする。

 私は振袖を着たのは初めてで窮屈ながらも少し嬉しい。

 自分で着られるわけはないので、双子の猫又美由と美弥に着せてもらったのだけど。

 髪もセットしてくれたりと色々器用にこなしてしまう二人の本業はナースだ。

 私も何度かお世話になった白澤医院で働いている。

 もちろん普通の病院とは違い患者のほとんどは妖怪。

 医師も看護師も人間じゃないんだけどその話は今は置いておこうと思う。

 すでに車は立派な門をくぐっている。

 私は何とか長時間を耐えやっと理事長の住む屋敷にたどり着いたのだった。


 


 

 理事長は広々とした和室にて、以前と変わらず穏やかな中にも凛としたものを感じさせる佇まいで私達を迎えた。


「本当に呪いを解くことができたのですね」


 恭しく新年の挨拶を交わし終え、それから理事長は言った。

 青年の姿へと変じた蒼はスーツ姿なのはいつもと変わらないけけれど、髪を束ねているので少しばかり雰囲気が違う。

 髪で隠す必要もなくなった左の頬に理事長がそっと手を伸ばした。

 痣が消えていることを確かめるように。

 そして私に向き直る。


「昨年は大変な試練を乗り越えましたね。榊河の担う役目に力を貸して欲しいと言ったものの、あまりに多くをあなたに背負わせてしまったのかもしれません。蒼のこともそう。あなたには感謝してもしきれません」


 その表情はどこかつらそうでもあった。


「そんなこと……。私は私の出来ることしか出来ないから、みんなを信じただけです。それしか出来なかったから。でも私は嫌々とかではなくて自分の意志でここにいるんです。妖怪と人間がいがみ合うなんて嫌なんです。……未だに迷惑ばかりかけてしまっているのは確かですけど……」


 もしかして理事長は私を榊河家から遠ざけようとしているのではないか。

 そんな考えが過ぎって私は必死に自分の気持ちを言葉にした。


御祖母様(おばあさま)、僕は迷惑と思ったことはありません」


 加えて叶斗までがそう言ったから理事長は一瞬目を瞠り。

 

「そう」

 

 それから笑みを作る。

 

「あなた達は互いに無い物を補い合っているのでしょうね。水穂さん、どうかこれからも叶斗に力を貸してやって下さい」


 理事長は深く頭を下げた。

 挨拶に来たのは私の方なのに。


「あの…これからも、頑張ります!」


 私も慌てて頭を下げる。


「食事を用意させてあります。ゆっくりしてお行きなさい」


 理事長はふわりと微笑んだ。


 


 

 屋敷には和と洋が調和したレトロな雰囲気が漂う。

 本邸というのはここから更に山を登った場所にあり不便だからと大正時代に建てられたのがこの屋敷らしい。

 理事長への謁見を済ませた私達はダンスパーティーでもできそうな広いホールに案内された。

 白い柱は大理石だろうか。

 クロスの掛けられた丸いテーブルに豪華な食事が並んでいる。

 立食形式のパーティー会場にはまだ人はまばらながら、私達に注目が集まっている事はひしひしと感じられた。

 その中から一人の男性がこちらにつかつかと近付いてくる。

 薄い唇には笑みが浮かんでいたが、瞳の奥は冷たい。


「やあ、叶斗。蒼との契約を結べないでいるうちに、素人に主人の座を奪われたって?君らしいといえば君らしいが、災難だったね」


 まるで蛇を思わせるような切れ長の瞳がこちらを値踏みするように細くなる。

 年は少し上、大学生くらいだろうか。

 微笑んでいるのになんだか恐い。


「そんなつまらないことを言うために帰ってきたのか?お前らしいな、巧巳(たくみ)


 叶斗の唇にもまた冷笑が浮かんでいた。


「目的を果たしたから帰ってきたのさ」


「目的?」


「夜稀の事は残念だった。もう少し早く帰ればよかったよ」


 叶斗の問いには答えず底冷えするような声で言う。


「僕なら楽に殺さない。死ぬよりつらい目に合わせてやったのに」


「……それは愚かな考え方だとお前にはわからないだろうな」


 叶斗の表情は冷笑から嘲笑へと変わっている。

 それは過去の自分にも向けられているのだと私には思えた。

 巧巳は夜稀を恨んでいる。

 夜稀が行ったことでたくさん榊河家の人達が犠牲になったというから、彼もまた何かを奪われたに違いない。

 だったら恨んでも仕方がないことなのだろうか。

 叶斗も一度は夜稀を父の仇と恨んだ。

 でも、叶斗は悲しみを恨みに変えることは更に悲しいことなのだと気付いたのだ。


「復讐すら果たせぬ君の方がよほど愚かで弱いよ」


 巧巳が弱さだというそれを私は決して弱さだとは思わない。

 それはむしろ強さだ。


「弱い……そうかもしれないな。僕は夜稀を救えなかった」


「救うなんて馬鹿げている。あいつは人間を裏切ったんだぞ!命令だと言えば何でもするはずの化け物のくせにだ」


「そんな言い方は止めて下さい!嵩波さんはそんなつもりで妖怪を式神にしたんじゃないはずです!」


 私はショックだった。

 巧巳にとっては式神はパートナーじゃなく道具なんだ。

 榊河の祖である嵩波の血に通じていても考え方はあまりにも違っているのが悲しかった。


「僕に楯突く気か」


 冷たい瞳に射抜かれて固まってしまっている間に、伸びてきた指が私の顎を掴む。

 怖い。


「手を離していただけますか」


 口調は丁寧だが声は鋭い。

 蒼が巧巳の腕を掴んでいた。

 巧巳は私を離したが、蒼を罵るように一別しまた私へと視線を配る。


「君も騙されないことだ。従順なふりなどしていても、本当は何を考えているのか解ったものじゃない。こいつも、夜稀も同じだよ」


「夜稀ばかりが(あく)だと決めつけるのは乱暴な見解では?」


 蒼の声は静かだ。


「ならば非は兄上にあると?殺されて当然だったと言うのか?」


「どちらに非があるのか。そのように単純に片づけられる問題ではなかったということ」


「式の分際で解ったようなことを言う。だが、これでもそのような口が聞けるかな?」


 巧巳は懐から、手のひらに収まるほどの大きさの物を取り出した。

 懐中時計のようなそれはどうやら何かのケースのようで、蓋が開くと中には小さな石が入っていた。

 そして日本語ではない言葉で呪文を呟く。

 石は妖しい光を放ち始めた。

 蒼が固まったように動かない。

 がくんと膝が床に落ちてその瞬間には少年の姿に変わっている。

 その瞳はただ魅入られたように一点を見つめる。

 巧巳のその手の中で光を発し続ける石を。


「これはその石の力か!?」


「これがあればどんな妖とて服従させられる」

 

 叶斗に向けた笑みは楽しげですらあった。

 

「君らは妖に甘いんだよ。だから式がそのような大きな顔をする」


 私にはその石が何なのか解らないけれど、決して良くないものだということだけは感じる。


「蒼くん?蒼くん!」


 肩を揺すってみるが、目を見開いて、上手く息が出来ていない。

 がたがたと震えている。

 まるで恐怖を感じているかのように。


「並の妖なら命すら奪える。式の内で最強と言われていてもこの通りさ。妖など、脆いよ」


「術を解け!何のつもりだ!?」


「僕はこいつに腹が立っているんだ。夜稀に兄上も自らの主も殺されたというのに自分だけおめおめと生き延びたんだぞ?泣いて許しを請うてみろ。さあ」


「蒼くんに酷いことしないで!あなたがいくら望んでも思うままには出来ない!私の式神なんだから、あなたにこんな事する権利は無いはずです」


 睨みつけた私を見下ろす巧巳の顔がいら立ちを帯びてすぐに冷たい表情に戻る。

 その石の光が徐々に消えていった。

 とたんに蒼が体を折って咳き込んだ。

 呪縛から解き放たれたのだ。


「蒼!」


「蒼くん」


「大…丈夫…だから…」


 うずくまって起き上がることが出来ないまま、それでも蒼は心配させまいとしているんだろう。


「僕にはそいつなんて必要ない。せいぜい君も妖に足元をすくわれないよう気を付けることだ」


 巧巳は石を大切そうにしまいながらそう最後に言い捨てた。



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