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サンタと大掃除

 (わざわい)が訪れるのだと妖怪達はまことしやかに噂する。

 厄とは何なのか。

 いつ、誰に訪れるのか。

 不明な点が多すぎて噂の信憑性は疑問だけど、放ってもおけず現在榊河家が総力を上げて調査中。

 そんな不吉な噂とは裏腹に街は色とりどりに飾られて、道行く人が心を弾ませている。

 

「そういえば今日はクリスマスイヴですね」

 

「うちは毎年大掃除と決まっているが、な」

 

 思わずつぶやけば叶斗からそっけない答えが返った。

 寮生は年末になれば実家に帰ってしまう人達がほとんどで、掃除はクリスマスまでに済ませるのが通例らしい。

 大企業の御曹司が自ら大掃除をするのを不思議に思って尋ねた私に、年神を迎える準備を人任せにしては礼儀に欠けると叶斗は答えた。

 確かに節目節目の行事を大切にするのは陰陽師らしいとも思える。

 かくして大掃除が佳境に入った頃、掃除用具の管理から掃除場所の割り振りまで一手に引き受けていたきよが窓拭き用洗剤を切らしてしまった事に自信を喪失して物置に閉じこもってしまったものだから、すでに自室の掃除を終えていた私と叶斗は街に買い出しにやってきたのだ。

 クリスマス気分を楽しむ人達がうらやましくないと言えば嘘になる。

 でも危機をいくつも乗り越えてきて私が思うのは、こうしてみんなで過ごせることだけで喜ばしいということ。

 掃除ができるのも命あればこそだ。

 それに陰陽師や妖怪とクリスマスというのはミスマッチこのうえない。

 そんなことを考えながらマンションへ戻る途中、こぢんまりとした造りのお店が目に入った。

 見逃してしまいそうなくらいに控え目な看板があるけれど、それを除けばただの民家みたいで、そこに何人もの人が出入りしていなかったら気付かず通り過ただろう。

 現に私はこの道を何度も通っているのに初めてその店に気付いた。

 

「こんな所にお店があったんですね。ケーキ屋さん……ですか?」

 

「ああ、ここのケーキ、蒼が気に入ってたな。君もケーキは好きか?」


「……?はい」

 

 私がそう返すと叶斗は店へと足を向ける。

 

「この前の詫びに好きなのを選ばせてやってもいいぞ」

 

「えっ?」


「だ…だから、そのっ…この前は言い過ぎたと言っているんだ。…来ないならいい」

 

「行きます!」

 

 私は慌てて、すねたように振り向きさえしないで行ってしまう叶斗の後を追う。

 でもそれが素直ではない彼が見せた精一杯の素直な行動だと私にはわかるから、嬉しくて何だか心の奥の方が暖かくなった。

 

 

 

 

 

 

「あ、水穂。そこの窓、拭き終わったら鍵開けといてあげて」

 

「え?はぁ」

 

 それが何故なのか、誰に対しての気遣いなのかわからず私は曖昧な返事を返した。

 叶斗宅だけでなく朔良の店の掃除も手伝っている蒼だから私がそれ以上聞く暇もなく出て行ってしまう。

 大掃除は最後の一部屋となるリビングに差し掛かっていた。

 やがて窓の外がすっかり暗くなった頃。

 私は最後の窓を拭き終えて、言われた通りバルコニーへの鍵を開けたままにしておいた。

 しかしここはマンションの最上階である。

 鍵を開けておいたからといってそんな所から入るのは普通なら無理だ。

 それこそ空でも飛べれば別だけど。

 

 

 

 

 ピカピカになったリビングは気持ちがいい。

 といっても元々綺麗に整えられているから見た目にはあまり変化はないけれど、それでもやっぱり気分は違う。

 蒼も叶斗も自らの持ち場を掃除し終えて、朔良の店で夕飯を済ませリビングに集まっていた。

 ここらで昼間に買ってあったケーキの出番だろうか。

 叶斗の目配せするので私はキッチンからケーキを運んできた。

 

「ケーキ?」

 

 蒼は意外そうに目をぱちくりとさせる。

 

「クリスマスですから」

 

「あのお店、水穂、よく知ってたねぇ」

 

「榊河君が買おうって」

 

「ふぅん……」

 

 からかうように蒼は目を細める。

 

「お前達はクリスマスとかそういう俗っぽいのが好きだろ」

 

「そういうことにしといてあげるよ。お茶いれてくる」

 

 蒼はなんだか楽しそうにキッチンへ駆けていった。

 叶斗は何も言わなかったが眉間にはしわが寄っている。

 蒼を手伝おうと立ち上がった時、私はくしゃみのような音を聞いた。

 

「あのー、開けてくれないかなー?」

 

 声がする。

 そっちは洗い立てのカーテンが閉められた窓の外−−バルコニーだ。

 その窓の鍵は私が開けておいた場所だから開けてくれというのはおかしいのだけど。

 

「メリークリスマス!!サンタさん参上!」

 

 カーテンを開けた瞬間赤い色が目に飛び込んできた。

 自ら名乗るとおりサンタクロースだった。

 正確にはサンタクロースの衣装を着たチャラめのお兄さんだ。

 そしてその背には立派な金茶色の翼が生えていたからもはやサンタでもなければ人間ですらないのは明白だった。

 名を琥珀というこのイケメンなお兄さん、実は長である蒼が戻るまでの間留守を預かる実質現時点での天狗の里のトップなのだ。

 鍵を開ければ、偉い立場の天狗であるはずの琥珀は金色の瞳を潤ませながら威厳の欠片も見せないままに叶斗宅に上がり込んだ。

 

「んもぉいくらサンタでも凍え死ぬ所だったよ」

 

 そこへちょうど蒼が戻ってくる。


「紅茶でいいよねぇ?はい、琥珀は梅昆布茶だよね」

 

 彼がいることはわかっていたのか、蒼の運んできたトレイにはカップが四つ乗っていた。

 琥珀は蒼からカップを受け取り、その温かさを確かめるように両手に包み込む。

 いつの間にか夜空にはちらちらと白いものが舞っていた。

 外は相当に冷え込んでいる。

 どれくらいバルコニーにいたのか、さすがの妖怪も寒いらしい。

 でもおかしい。

 

「鍵は開けておいたはずなんですけど」

 

「僕が閉めておいた」

 

 叶斗は悪びれもせず答えた。

 琥珀の方は迷惑そうに一別しただけ。


「ちょ…ヒドっ。……そんな悪い子にはプレゼントは渡せないなー」


 イケメンサンタはこれ見よがしに白い袋を取り出した。

 手を突っ込む。

 サンタだと名乗るだけあってどうやら彼はクリスマスプレゼントを届けるためにやってきたらしい。

 なにやら大きな物が出て来そうな気配ではあったが、取り出されたのは想像を超える大きさの物だった。


「メリークリスマス!」


 テーブルを押しのけて陣取ったそれはコタツだった。

 高級マンションのリビングが一気に庶民的になる。


「これ、どうやってその中に入っていたんですか!?」


「妖術でっす☆」


 サンタなのにというつっこみは心にとどめておいた。


「さ、水穂ちゃんも蒼も入って。暖かいよ。これもどうぞ」


 彼がコタツの中から取り出したのはキノコのキャラクターのぬいぐるみだ。

 一見可愛いが顔が微妙に可愛くない。

 私と蒼に一つずつ差し出した。

 受け取ってこたつに入ってみれば暖かくて懐かしい。


「坊ちゃんもどうしても入りたいならいいよ?」


「うるさい!こちらから願い下げだ!だいたいそんな邪魔なもの置くな!」


「すねないすねない」


 琥珀はふざけつつも袋から次々に美しくラッピングされた箱を取り出した。


「こっちは関西娘からだよ」


 関西娘とは叶斗の叔父、暁史(あきひと)の式神である伊緒里(いおり)のことだろう。

 今は関西で式神業の他にアパレル部門に携わったりで多忙な彼女から琥珀に託されたプレゼントだった。


「私にも!?」


 もらっていいものかと戸惑いはあったが、半ば押し付けられるように箱を手にする。

 中身はといえば、蒼には有名ブランドのシャツとネクタイ。

 自社ブランドと思われる紺地に黒のストライプ、黒のレースをあしらった子供用コート。

 叶斗の箱もまた有名ブランドの物で、シックな色使いのネクタイと時計が入っていた。

 それから私の箱には驚くべきものが。


「着物?」


 それは深い青に桜の花が描かれた振袖だった。

 モダンな柄の帯に髪飾り、小物も一式そろっている。


「さすがに頂けません…」


 こんな高価なもの貰えるわけがない。


「貰っておけ。でなければ新年の挨拶に着ていくものがなくなるんじゃないか?」


 新年の挨拶にと叶斗は言った。

 誰にといえばもちろん現在当主不在の榊河家を取り仕切っている人物であり清森学園の理事長でもある榊河八重(さかきかわやえ)−−叶斗の祖母であった。

 蒼への物も、叶斗への物も実はそのための服であり、毎年こうやって届けられるというのだから私以外はもう慣れたものという感じだ。

 確かに理事長に挨拶に行くには着物くらい着ていかなければ失礼にあたるかもしれない。

 私は伊緒里の好意をありがたく受け取ることにした。


「あとこれも水穂ちゃんに」


 琥珀はまたもやその袋の大きさでは到底収まりきらないであろう長さの物をニュウっとばかりに引っ張り出す。

 一応クリスマスカラーのリボンがかけられているのだが、私にはそれが弓のように見える。


御祖母様(おばあさま)からか」


 叶斗には一目見ただけでこのプレゼントの意味がわかったようだ。


「弓の練習をしておけということだろう。次の追儺には君も参加しなければならないからな」


 プレゼントは紛れもなく弓だった。

 けれど私にはまだ意味が解らない。


「追儺?って何ですか?」


「古くは宮中の鬼を追い払う行事で、新しい年の(やく)を祓う大切な儀式だよ。今の節分の元になったって言われてるんだ」


 蒼が説明してくれたところによると、それは節分の日に榊河家の本邸で行われるという。

 そしてそのためには弓は欠かせないらしい。

 私は弓なんて触ったこともないのだけど。


「私、いいです。弓も使えないし」


「式神を持つ術者はみんな参加するんだ。蒼の主人が参加しないというのは有り得ないからな。何とか弓を使えるようになってもらう」


 そんなこと出来るのだろうか。

 物凄く不安になってきた。


「今年はクリスマスケーキがあるのかぁ。気が利くなあ。やっぱ女の子がいると違うねぇ」


 コタツに追いやられたテーブルの上のケーキに手を伸ばそうとした琥珀だったが叶斗に阻まれる。


「これは僕が買ったんだ。お前には一口もやらん!」


「えーケーチ、ケーチ」


 とか叶斗と琥珀が言い合っている間に蒼はさくさくとケーキを四つに切り分けた。


「俺、クリスマスケーキ初めて食べるんだよねー。誰もいらないならサンタもらっていい?」


「共食いか。サンタはやるから僕もコタツに入れろ」


「しょうがないなー」


 いつの間にかなごんでいる。


「コタツの温かさと甘いものは喧嘩も納めてしまうんでしょうか?」


 本当は叶斗もこうしてクリスマス気分を味わいたかったのかもしれない。

 そう思うと微笑ましくて自然と顔がほころんでしまう。


「琥珀がかなちゃんからかうのに飽きただけって感じもするけどね」


 蒼もまた笑みを浮かべる。

 琥珀にとっては叶斗への興味よりケーキへの興味が勝ったということだろうか。

 叶斗には気の毒だけど、何にしてもクリスマスにこうやってみんなでコタツでケーキを食べて笑えるのは素敵だ。

 琥珀は甘い砂糖菓子のサンタを嬉しそうにかじり梅昆布茶をすすった。

 それからも帰る素振りを見せず、テレビを点ける。

 映し出されたのは毎年クリスマスに合わせて放映される人気の番組で、琥珀曰わく天狗の里にもテレビはあるのだが電波状況が良くないらしい。

 ひとしきり楽しんでそのままコタツで眠りこけ明け方に帰って行った彼は結局最後まで威厳のある長代理としての姿を垣間見せることはなかったのだった。



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