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aria4、 さよなら、魔法少女ノリコ・アゲート


 魔法少女とは、セカイが定めた捧げられる存在だ。

 この国では昔は巫女とか尼僧とか呼ばれていた。

 もっと前は、名前すらなかった。


 でも、時が流れ、いつのころからか()()()()と呼ぶようにした。

 わかりやすくて、可愛くて、夢があるように感じるから。


 ののちゃんも、そうやって選ばれた。

 セカイの供物になるために。


 ののちゃんのことを覚えている人は、もういない。

 魔法少女協会の記録にも、魔法少女の名簿にも、彼女の名前は残っていない。


 でも、ボクは知っている。

 いつもかわいい笑顔を浮かべ、少しクセのある赤毛のツインテールを揺らしていたあの子が、セカイを救ったことを。そして、セカイがその事実を、最初から()()()()()()にしたことも。


 魔法少女ノリコ・アゲート。

 本名、野々村希子(ののむらのりこ)

 「の」が三つも入っているから、学校や魔法少女仲間からはノノノと呼ばれていた。


 ののちゃんは、不器用な魔法少女だった。

 だけど魔力が、桁違いだった。


 でも、うまく出力調整ができなかった。

 だから、普段は本来の力の3%も出せなかった。


 他の魔法少女たちと一緒に戦っても、足手まといにしかならなかった。


「ノノノ、またやらかした〜」

「魔力だけが高くてもね」

「いいなぁノノノは出力3%で、疲れないでしょ? アタシは今日もクタクタだよ」


「ごめんね、皆、次はがんばるから」


 他の魔法少女にバカにされても、ののちゃんは、いつも笑っていた。


 魔法少女は任意だ。

 本人の希望があれば、いつでも辞めて普通の女の子に戻れた。

 でも、ののちゃんは、どんなにバカにされても、魔法少女を続けた。


 魔法少女としてはできそこないでも、彼女の心は本物だった。

 誰にも見えないところで、ずっと努力していた。


 それが、予定通りの破滅に繋がると知らずに……。


 まだ駆け出しのマスコットだったボクは何も知らなかった。

 

 ののちゃんをスカウトしたのは、ボクだったのに。


 最初から仕組まれていたんだ。

 ののちゃんが魔法少女になることも、破滅を迎えることも、全部、全部――


 わかってたら、彼女を魔法少女にさせなかった。


 全部ボクのせいだ……。

 ボクの……。




 【任務記録 No.774】

 対象:蒼き静寂の月

 Type:来たるべき悪意

 想定被害:SSS 時空崩壊の兆候あり

 対処:魔法少女ノリコ・アゲートに単独任務を指示

 備考:住民には超大型台風として避難指示済。記録は機密指定。



 『来たるべき悪意』は、悪の秘密結社とは違う。

 決して人と分かり合うことができない、意志なき存在。

 ただ、セカイを滅ぼすために現れる。


 今から三十五年前のあの日、『蒼き静寂の月』は、台風のような姿で南太平洋上に突如出現し、真っすぐ東京に向かって飛んできた。


 蒼き静寂の月の狙いは、上野・不忍池。

 四百年前、当時の魔法少女天海によって封印された、もうひとつの来たるべき悪意――『黒き混沌の太陽』との融合。


 蒼き月と黒き太陽が重なるとき、無に変わる。

 つまり、このセカイは終わりを迎え、新セカイが創世される。

 今のセカイの人間は、新セカイにはたどり着けない。


 魔法少女は、来たるべき悪意に対抗できる唯一の手段だ。

 

 日々、悪の秘密結社と戦闘を繰り広げているのも、来たるべき悪意が現れた時に戦えるように、魔法少女を強化するための模擬戦闘に過ぎない。


 そして、来たるべき悪意が現れた今、魔法少女はようやく本当の戦いを迎えるはずだった。


 だけど『蒼き静寂の月』の迎撃に、協会は魔法少女たちを集めなかった。


 集めても、意味がないと最初からわかっていた。

 当時の全魔法少女の力を結集しても、蒼き静寂の月には遠く及ばなかったから。


 だから、ノリコ・アゲートに単独任務を指示した。

 未熟で、制御不能で、末端の魔法少女に。


 彼女のマスコットだったボクには何も知らされなかった。


 ののちゃんは、何の躊躇いもなく、任務に応じたらしい。

 「わかりました」と一言だけ残して。


 普段は大人しくて、気の弱い子だった。

 任務を受けた時は、怖くて震えていたかもしれない。


 東京湾に浮かぶ、十三号埋立地。

 今ではショッピングモールや観覧車が並ぶこの場所は、当時は何もない更地だった。風しか吹いていない、誰にも見られない場所。


 ののちゃんは、そこで蒼き静寂の月を迎え撃った。


 勝算なんて、カケラもなかった。

 時間稼ぎすら、できないはずだった。


 でも、結果は違った。


 ののちゃんは、全魔力を意図的に暴走させて空間が歪むほどの大爆発を起こし、蒼き静寂の月を、時と空間の狭間に墜とした。


 セカイは、救われた。


 ただし、ののちゃんも時と空間の狭間に墜ちた。

 そして、二度と戻ってこなかった。



 ★ ☾ ♡ ♤ ★ ☾ ♡ ♤ ★ ☾ ♡ ♤



 台風として扱われた蒼き静寂の月は、東京湾上で突如温帯低気圧に変わり、消滅した――と報道された。


 そんなこと、あるはずがないのに。

 メディアには緘口令かんこうれいが敷かれ、真実は闇に葬られた。


 ののちゃんは、仲間の魔法少女たちには「海外留学のため、卒業した」と説明された。プライベートで仲の良かった魔法少女が一人もいなかったため、誰も疑問を持たなかった。


 家族には、記憶操作魔法が施された。

 ののちゃんは、最初からいなかったことになった。


 ……ただし、想定外がひとつだけあった。


 当時四歳だった妹の優美ゆみへの記憶操作が、完全ではなかった。

 数年後、彼女はののちゃんのことを思い出してしまった。


 ――いや、違う。

 思い出したのではなく、そもそも消えていなかったのだ。

 姉と同じく、彼女の魔力は桁違いだった。

 無意識のうちに魔法障壁を張り、記憶の改変を拒んでいたのだろう。


 ボクは、優美の十三歳の誕生日に、魔法少女にスカウトした。ののちゃんと同じように。


 野々村希子の妹だということはわかっていた。

 だけど、あの頃のボクはどうでもいいと思ってた。


「いいよ、元さん。魔法少女になっても。ただし、姉さんともう一度会えるなら」


 ののちゃんと同じ雰囲気がある優美は、赤髪のツインテールを揺らしながらそう告げた。


「キミはののちゃんのことを覚えているの?」

「うん、いつも姉さんと一緒にいた、元さんのこともね」


 ののちゃんを忘れるために、自暴自棄になっていたボクにも、ようやく目標ができた。


 ののちゃんは、まだ生きている。

 だったら、連れ戻せばいい。


 それから優美とののちゃんを連れ戻す手がかりを探し続けた。


 一年、また一年と過ぎていった。


 気付いた時には優美は二十歳を超えていた。

 でも、姿は出会った時の十三歳のままだった。


 彼女の魔力は、認識や記憶を自在に歪めるほど強い。

 協会の誰もが、()()()()()()()()()()()()()()として扱っていた。


 優美は魔法少女協会の相談窓口として、何食わぬ顔で内部に入り込み、現役魔法少女たちの相談に乗っていた。わざと厄介者と思われるような言動を繰り返しながら。


 その裏で、ボクと優美は、協会の極秘資料を手に入れ、ののちゃんを連れ戻す手がかりを探した。


 そもそも、来たるべき悪意とは何なのか。

 数百年に一度しか現れない、自然災害のような存在。

 協会は、蒼き静寂の月の発生を事前に予知していた。


 ボクたちマスコットはなぜこのセカイにいる?

 人でなければ動物でもないもの。

 いつからこのセカイにいるかも定かではない。

 街を歩いていても、誰もボクらの存在を疑問に思わない。


 天海にも、夜な夜な白狐と話していたという逸話がある。

 ボクと同じマスコットだろう。


 天海が不忍池に『黒き混沌の太陽』の封印を施したとき、それは終わりの始まりだった。


 つまり、皆が忘れてしまうような長い長い時間をかけて最初から仕組まれていた。


 魔法少女も、マスコットも。


 でも、そんなことはどうでもいい。

 暗く寂しい時と空間の狭間から、ののちゃんがこのセカイに帰ってくるなら。


 新宿某所には、隠された天海の廟所びょうしょがある。

 一見、何の変哲もない寂れた神社だ。


 祀られている神も、天海とは何の関係もない。


 ボクらは僅かな手がかりを手繰り寄せ、なんとか辿り着いた。


 人のいない時間にこっそり優美と忍び込み、彼女が残した経典を見つけた。

 そこには、こう記されていた。


 ――いずれ蒼き静寂の月が来たる。

 そのとき、黒き混沌の太陽もまた目覚める。

 封印は、四百年後の月食の夜に一時的に弱まる。

 月と太陽は引かれ合い、朝と夜は同時に終焉を迎えるだろう。


 優美が魔法少女になってから、二十五年が経っていた。

 ボクたちは、ようやく手がかりを見つけた。


 やっと。

 やっと……。


 ののちゃん。

 これで、キミを連れ戻せる……。



 ★ ☾ ♡ ♤ ★ ☾ ♡ ♤ ★ ☾ ♡ ♤



 雲一つない澄んだ夜空に浮かぶ月が、欠け始めていた。

 不忍池の水面が、風もなく静まり返っている。

 封印の中心にある石碑は、四百年前からそこにあった。

 天海が施した、超高密度の大規模魔術結界。


 四百年に一度の月食の夜、封印は最も脆くなる。

 大規模ゆえに、鼠が通れるほどの僅かな穴が生じる。


 この穴に膨大な魔力を注ぎ込めば、結界にはひびが入り崩壊するはず。


 ――東京都台東区上野、不忍池。

 ボクと優美は、不忍池の中央に浮かぶ小島――弁天島にいる。


「元さん、長かったね」

「そうだね、優美……いや、魔法少女ユミ・セレナイト」


「やめてよ。もう魔法少女って歳じゃないから」

「でも、キミは十三歳の頃から、ずっと変わってない」


「変わってないのは姿だけだよ、心は保てないの」


 優美はふと哀しい笑顔を浮かべた。

 魔法少女であり続けることに苦しんでいたのは知っていた。


 でも、魔法少女をやめさせることはできなかった。

 そしてボクは今もこうして優美を利用している。


「優美の魔力操作は卓越している。間違いなく、キミが現代最強の魔法少女だ」


「でも、姉さんには遠く及ばない、でしょ?」

「残念だけど、そうだね」


「ねぇ、今の私って、姉さんと比べたらどのくらい?」

「……知らなくてもいいことだよ」

「いいから、教えて。魔法少女として最後の仕事をする前に」


「わかったよ。今のキミでさえ、アゲートの一割にも届かない」

「やっぱ凄いんだね。私の姉さんは」


「うん。アゲートは特別だよ。ひょっとしたら、あの天海よりも上かもしれない」

「……そっか。もっと姉さんと沢山、話したかったな」


「大丈夫だよ、きっとまた、会える」

「嘘はやめて。黒き混沌の太陽を呼び出したら、私も元さんも……ううん、このセカイは消える。そして、新しいセカイ。姉さんだけの箱庭ができる。そうだよね?」


「……知ってたんだ」

「うん。元さんが隠そうとしてたのもね」


「すまない、優美」

「ううん。でも、私が裏切るとでも思った?」


「消えたくない、生きたいと思うのは、人として当然のことだからね」

「でも、私は姉さんを救うためだけに生きてきた。覚悟がないなら、最初から魔法少女になってない」


「そっか……」


 夢と希望の光に包まれる。

 優美はかすかな光を宿す乳白色の魔法石マジカルストーンを使い、魔法少女ユミ・セレナイトに変身する。白とピンクのリボンを基調とした、かわいらしいコスチュームだ。


 真っすぐな彼女に相応しい。

 優美は魔法少女としては、あまりに繊細で優し過ぎた。


「じゃあ、始めようか。月が欠けてきたし」

「うん。姉さんを迎えに行こう」


 優美が、封印の中心に右手をかざす。

 空気が震える。

 古びた石碑が、ピシりと軋む音を立てた。


 風は止み、池の水面は鏡のように凪いでいた。

 セカイが、息を呑んだ。


 優美とボクは、このセカイの裏切者だ。

 

 ボクらは皆が救われるセカイではなく、ただ一人だけが救われるセカイを選んだ。

 セカイを守るためではなく、セカイを終わらせるために動いている。


 でも、これでいい。

 ののちゃんが帰ってくるなら。


 これが、間違っているというなら――このセカイのほうが、狂っている。


 ボクは、今日ここで終わる。

 このセカイを道連れにして。


 さよなら、魔法少女ノリコ・アゲート。

 できればキミのマスコットとして最後に、もう一度会いたかった。


 長いこと、待たせてごめんね。

 初めて会った日からずっとずっと大好きだよ。


 ののちゃん……



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