第九話 銀盤の凍土と、バグった「自動人形」
数ある作品の中から本作をお選びいただき、ありがとうございます。
拙い部分もあるかと思いますが、最後までお楽しみいただければ嬉しいです。
第九話 銀盤の凍土と、バグった「自動人形」
北への旅路は、想像を絶する過酷さだった。
『静寂の峡谷』を抜けた先、僕たちを待っていたのは、一年中雪に閉ざされているという『アイシクル・エンド(氷結の終焉)』と呼ばれる広大な銀世界だった。
「……ひ、ひどいわ。昨日まであんなに暑かったのに、この世界の『気温設定』はどうなってるのよ」
リィンが、再構築した毛皮のコートに身を包みながら、白い息を吐いて文句を言う。
僕のグリモア・リンクによれば、この地域の気温はマイナス二十五度。本来、人が長居できる場所ではない。
「……このエリアの『気候制御関数(Weather_Controller)』が暴走してるんだ。本来はもっと穏やかなはずなのに、冷気の出力が最大値のまま固定されてる」
僕は歩きながら、周囲の空間をスキャンし続けた。
知力「27」の脳内には、常に数千行のログが流れ込んでいる。その中で、一つだけ異質な「シグナル」が混じっていた。
【警告:高密度の魔力反応を検知。座標:前方300メートル】
【種族:不明(機械・生物の複合体)】
【ステータス:動作停止】
「……リィン、止まって。前方に何かいる」
「……魔物? でも、気配が全然しないわよ」
リィンが弓を構える。
雪を掻き分け、僕たちが辿り着いたのは、一本の巨大な氷柱の根元だった。
そこには、雪に半分埋もれるようにして、一人の「少女」が座り込んでいた。
凍てついた「オートマタ」
その少女は、人間ではなかった。
透き通るような白磁の肌。関節部分に見える、精密な球体関節。
背中からは、折れ曲がった金属製の翼のようなパーツが突き出しており、その胸元には、僕のグリモア・リンクと同じ「電源ボタン」の紋章が刻まれていた。
「……人形? いえ、これが古代の『自動人形』なの?」
リィンが驚きに目を見開く。
僕は跪き、彼女の額に手をかざして『精密解析』を起動した。
【個体名:アイリス(IRIS - Integrated Relational Information System)】
型番:管理用端末・三号機
状態:致命的なシステムエラーによる強制シャットダウン
原因:『感情回路』への不正アクセスによる論理崩壊
「……管理用端末。……開発者が残した『手記』に出てきた、世界の監視者か」
彼女の内部コードは、昨日のノイズの怪物以上にスパゲッティ状態だった。
何百年、あるいは千年以上、壊れたままこの極寒の中で放置されていたのだろう。
「……ねえショウタ。この子、直せるの? 昨日みたいに、パパッと魔法で」
「……魔法じゃないよ、リィン。これは『デバッグ』だ」
僕は覚悟を決めた。
管理用端末である彼女を再起動できれば、ソースツリーへの正確なナビゲーションが得られるはずだ。
何より、この捨てられた機械の少女の中に、僕と同じ「孤独」を感じてしまった。
深層意識への「ダイブ」
僕はグリモア・リンクを彼女の胸の紋章に接続した。
「リィン、周りの警戒をお願い。……今から僕の意識を彼女の『サーバー』に飛ばす。しばらく動けないから」
「……わかったわ。アンタはアンタの仕事をなさい。邪魔はさせないわよ」
リィンの頼もしい言葉を聞きながら、僕は目を閉じた。
視界が暗転し、次の瞬間、僕は真っ白な「仮想空間」の中に立っていた。
そこは、情報のゴミが散乱する廃墟のような場所だった。
中央に、膝を抱えて震えている「小さなアイリス」がいた。
「……こないで。……汚さないで。……バグ、こわい」
彼女の周囲には、黒いノイズの鎖が幾重にも巻き付いていた。
それが彼女の感情回路を締め付け、再起動を阻害している正体――『論理爆弾』だ。
「……アイリス。僕はショウタ。君を、直しに来たデバッガーだ」
「……デバッガー? ……管理者様は、もう、いない。世界は、壊れた。私は、いらない子」
彼女の言葉に、胸が痛む。
二十五歳の頃の僕は、壊れたハードウェアを「修理不能」として廃棄してきた。
でも、今は違う。
「……君は、いらない子なんかじゃない。君がいなきゃ、この世界は本当の意味で終わってしまうんだ。……僕と一緒に、このバグを消そう」
僕は手を伸ばした。
彼女を縛るノイズの鎖に、僕の『管理者権限(Level 2)』を叩き込む。
chmod 777 /system/emotions/iris
sudo rm -rf /virus/logic_bomb
【警告:ウイルスによる反撃を検知。精神汚染率上昇……】
「……っ、そんなの関係ない! 消えろ、ゴミデータがッ!!」
仮想空間に、僕の怒りのコードが響き渡る。
黒い鎖がパリンと音を立てて砕け散り、真っ白な空間に温かい光が差し込んだ。
アイリスが、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳に、初めて「光」が宿る。
「……ユーザー・ショウタ。……認証完了。……再起動を開始します」
三人目の仲間
アイリスの目覚め現実世界。
雪山の中に、カチリ、という精密な機械音が響いた。
「……あ、動いた!」
リィンの声。
アイリスの瞳が開き、レンズがピントを合わせるように小さく作動した。
彼女はギギギ、と不自然な音を立てながらも、ゆっくりと上体を起こした。
「……おはようございます。マスター・ショウタ」
「……マスターはやめてよ。ショウタでいい」
「……了解。個体名:ショウタ。……隣接するハーフエルフの個体を確認。……脅威度:低。……語彙力:低」
「なっ……!? 語彙力が低いですって!? この生意気な人形、ぶっ壊していいかしら!?」
リィンが頬を膨らませて怒る。
アイリスは無表情のまま、首を傾げた。
「……事実を述べたまでです。……しかし、感謝します。……私の『バグ』を取り除いてくれたのは、あなたですね」
アイリスは立ち上がり、スカートについた雪を払った。
彼女の背中にある翼が、ガシャガシャと音を立てて展開され、周囲の気温をスキャンし始める。
「……この地域の気温、異常です。……気候制御関数の強制修正を実行します」
彼女が指をパチンと鳴らすと、僕たちが立っている周囲数メートルの雪が、一瞬で溶け去った。
暖かな春のような風が吹き抜け、地面から青々とした草が顔を出す。
「……すごい。一瞬で環境を書き換えたのか」
「……私は管理用端末です。……これくらいは基本機能に過ぎません。……ただし、広範囲の修正には、ショウタの権限補佐が必要です」
チーム「デバッガーズ」結成
アイリスが加わったことで、僕たちの旅は劇的に効率化した。
彼女は世界の「地図データ」を全て保持しており、ソースツリーまでの最短ルートを瞬時に計算してくれた。
「……ショウタ。……北西30キロ地点に、致命的な『物理バグ』を検知。……空間が圧縮され、ブラックホール化しています。……回避を推奨します」
「……助かるよ、アイリス。君がいなかったら、そのまま突っ込んでたかもしれない」
「……当然の務めです。……ただし、リィンの歩行速度が計算より12%遅延しています。……原因:空腹による出力低下」
「……うるさいわね! もう歩けないわよ! ショウタ、今日の再構築肉、まだ!?」
リィンが僕の服の裾を引っ張る。
僕は苦笑いしながら、背嚢を下ろした。
十五歳の少年、銀髪の狩人、そして無愛想な自動人形。
何とも奇妙な三人組。
けれど、二十五歳の僕がかつていたオフィスでは、チームワークなんて言葉はただの飾りだった。
今は違う。
弓で敵を退けるリィン、情報を整理するアイリス、そして理を書き換える僕。
これこそが、最高の「デバッグ・チーム」だ。
5. 迫り来る「削除プロセス」
焚き火を囲みながら、アイリスがボソリと呟いた。
「……ショウタ。……警告しておきます。……私を再起動したことで、世界の『防衛システム』が本格的にあなたを『ウイルス』として認識し始めました」
「……昨日の男も言ってたな。勇者が来るって」
「……『勇者』は、ただの人間ではありません。……それは、この世界の免疫システムそのもの。……意志を持たない、最強の『削除プログラム』です」
アイリスの言葉に、場が静まり返る。
リィンが、不安そうに僕の手を握った。
「……ショウタ。アンタ、消されちゃうの?」
「……消させないよ。……僕は、この世界の『不具合』なんだろうけど、同時にこの世界を一番愛してるエンジニアだからね」
僕は、グリモア・リンクに表示された、遥か北にあるソースツリーの輝きを見つめた。
アイリスという強力な仲間を得て、僕たちの旅は第ニ段階へと進む。
目指すは、世界の中心。
そこにある「仕様書」を書き換え、誰もが、そしてアイリスのような人形さえもが、幸せに笑える「バージョン2.0」をリリースするために。
「……さあ、明日も早い。アイリス、君も一緒に休もう。……スリープモードじゃなくて、本当の眠りを教えてあげるからさ」
「……眠り。……非生産的な行為ですが、ショウタが言うなら、試行してみます」
雪山の夜は更けていく。
けれど、僕たちの心には、新しい仲間の灯火が温かく灯っていた。
【現在のステータス】
名前:ショウタ
レベル:7(アイリス再起動による貢献)
称号:世界のデバッガー、アイリスのマスター(自称却下)
【能力値】
体力:24
魔力:30 / 30(上限拡張)
知力:28
運:14
【取得権限】
・ソースコード閲覧(Level 2)
・強制消去(Delete)
・メモリ解放(Release)
・[新規]システム共有
【装備品】
・黒晶の魔戦槍・改
・精霊弓・無欠
・管理端末アイリス(新規加入)
・グリモア・リンク(アイリスと同期中)
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけたなら、
評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




