第八話 北への旅路と、未踏の「関数」
数ある作品の中から本作をお選びいただき、ありがとうございます。
拙い部分もあるかと思いますが、最後までお楽しみいただければ嬉しいです。
第八話 北への旅路と、未踏の「関数」
ロセッティの街を離れる朝は、驚くほど静かだった。
石造りの城門を背に、北へと続く街道を僕とリィンは歩き始めていた。僕の背中には、再構築して容量を増やした『魔獣の背嚢』。そして左手首には、これからの旅の羅針盤となる『グリモア・リンク』。
リィンは、昨日までとは打って変わって、軽装ながらも隙のない装備を身に纏っていた。
「いい、ショウタ。ここから先は『文明のパッチ』が当たっていない場所よ。街道と言っても名ばかり、魔物のレベルも格段に上がるわ」
「わかっているよ。……でも、行かなきゃいけないんだ。あのアラートを止めるために」
僕はグリモア・リンクのホログラムを操作し、北の空に向けた。視界に映る美しい山脈は、僕の目には赤く点滅する「バグの震源地」として映っている。
街道の「デッドリンク」
歩き始めて数時間。街道の景色は次第に荒れ果て、踏み固められた土さえもが不自然に断裂し始めた。
僕は立ち止まり、足元の地面を『精密解析』した。
【警告:物理演算の不整合を検知】
地形データ:破損(Broken Link)
摩擦係数:不規則
「リィン、気をつけて。この先の道、見た目通りじゃない」
「えっ? どういうこと?」
彼女が一歩踏み出そうとした瞬間、その足がまるで沼にハマったように、硬い土の中にズブズブと沈み込んだ。
「きゃっ!? なによこれ、地面が……柔らかい!?」
「テクスチャだけが土に見えてるけど、中身のデータが液体に書き換わってるんだ。……『再構築』――属性復元!!」
僕は沈みゆくリィンの足元に手をかざし、強引に地面の「定義」を元に戻した。
ドロドロとした感触だった土が、一瞬でコンクリートのような硬さを取り戻す。
「……ふぅ。アンタがいないと、まともに歩くこともできないわね、この道」
「世界の『自律稼働』が限界なんだ。整合性を保てなくなってる」
二十五歳のシステムエンジニアだった頃、古いサーバーを放置しておくと、ある日突然ファイルシステムが壊れて、中身がデタラメな文字化けを起こすことがあった。今、この世界で起きているのはまさにそれだ。
野営と「食料の最適化」
日が暮れ始めた頃、僕たちは街道脇にある岩陰に陣取った。
旅の初日の夜。リィンが手際よく焚き火の準備を始める。僕は背嚢から、街で買っておいた干し肉と硬いパンを取り出した。
「リィン、それ、僕がちょっと『調整』してもいいかな?」
「調整? 料理でもしてくれるの?」
「料理というか……デバッグだね」
僕は干し肉にグリモア・リンクをかざした。
item "Dried_Meat" {
toughness: 85;
flavor: 12;
nutrition: 40;
}
「……硬すぎるし、味が薄い。これをこうして……」
僕は『万物再構築』を使い、干し肉の分子構造を組み替えた。繊維を柔らかく解き、アミノ酸の配列を旨味が最大化される形へと再配置する。ついでに、周囲の空気から水分をわずかに抽出し、肉に「潤い」を戻した。
【アイテム:再構築・熟成肉】
品質:絶品
効果:一時的な体力回復ブースト
「はい、どうぞ」
「……何よこれ、焼いてもいないのにホカホカして……。あむっ。……!? っ、美味しい! 何これ、王宮の料理人でも雇ったの!?」
リィンは目を輝かせて、再構築された肉を頬張った。
十五歳の僕にとって、彼女のその美味しそうな顔を見るのは、どんなステータスアップよりも報酬に感じられた。
「ショウタ、アンタのその力……。世界を救うとか難しいことはわからないけど、少なくとも人を幸せにする力なのは確かね」
「……そうかな。だといいんだけど」
焚き火の爆ぜる音。
僕は夜空を見上げた。前の世界では決して見ることのできなかった、二つの月。
エンジニアとしての僕は、この世界を「修正すべきプログラム」として見ていた。けれど、リィンの横にいる今の僕は、この世界を「守るべき居場所」として感じ始めている。
深夜のアラート:未踏のバグ「ゴースト・プロセス」
深夜。リィンが寝息を立て始めた頃、僕は一人で見張りをしていた。
静寂の中、グリモア・リンクが突如として不気味なノイズを奏で始めた。
【緊急警告:未知の『ゴースト・プロセス』が接近中】
【対象:物理的な衝突判定を持ちません】
「……幽霊? いや、データだけが残った残滓か」
暗闇の中から現れたのは、半透明の兵士の姿をした「何か」だった。
それは僕たちを襲う様子もなく、ただ虚空を見つめ、決まった動作を繰り返している。
「……あ。……あ。……あ。」
バグったレコードのように、同じ音を出し続ける兵士。
僕は『精密解析』をかけた。
【個体名:不要なメモリ(Garbage Collection Failure)】
詳細:過去にこの地で戦死した兵士のデータが、正常に消去(Delete)されずにメモリ上に残存している状態。
「……消去され損ねた、魂のゴミ……」
胸が締め付けられるような感覚だった。
この世界の「死」さえも、システムの不備によって汚されている。
二十五歳の僕は、仕事で不要になったログファイルを無造作に削除してきた。けれど、目の前にあるのは、かつて生きていた人間の証だ。
僕は、眠っているリィンを起こさないよう、静かに立ち上がった。
そして、その兵士の残滓に手を伸ばした。
「……お疲れ様。もう、ループしなくていいんだよ」
僕は『管理者権限』を行使した。
ただし、昨日のような暴力的な消去(Delete)ではない。
コードの終端に、優しく『End』の一文を付け加えるような、穏やかな終了処理。
if (memory_leak == true) { memory_release(target, peace); }
兵士の姿が、淡い青い光となって霧散していく。
最後に、その兵士がふっと微笑んだように見えたのは、僕の知力「27」が生み出した幻覚だったのだろうか。
光が消えた後、グリモア・リンクに一通のログが流れた。
【メモリの解放を確認。演算領域が0.01%回復しました】
「……世界を救うって、こういうことの積み重ねなのかな」
北への門:『静寂の峡谷』
翌朝。僕たちは北への最大の難所と言われる『静寂の峡谷』の入り口に立っていた。
そこは、常に奇妙な霧が立ち込め、方位磁針さえも効かないと言われる場所だ。
「ここからは私が先行するわ。私の『風読み』なら、霧の中でも道を見失わないはずよ」
リィンが誇らしげに『精霊弓・無欠』を構えた。
だが、僕のグリモア・リンクは、その峡谷の奥底に「巨大なエラーの巣窟」を検知していた。
「待って、リィン。霧だけじゃない。この峡谷自体が、空間がループするように『プログラミング』されてる」
「空間がループ? ずっと歩き続けても元に戻るってこと?」
「ああ。……いわゆる『無限ループ』のバグだ。普通に歩いても一生抜けられない」
リィンが顔を青くする。
「……そんなの、どうすればいいのよ。魔法で壊せるの?」
「魔法じゃない。……ロジックを書き換えるんだ」
僕は地面に座り込み、峡谷全体の空間コードをスキャンし始めた。
レベル6になったことで、僕の演算能力は飛躍的に向上している。
知力「27」。これは、現代のスーパーコンピューター数台分に匹敵する「異世界的な思考速度」だ。
(……見つけた。この峡谷の出口条件(Break文)が、壊れてる)
while (traveler_in_canyon) { loop_position(); }
本来なら、特定の場所を通過した際にfalseになるはずのフラグが、マナの劣化で常にtrueに固定されている。
僕はその「フラグ」を物理的に殴り倒すことに決めた。
「リィン、矢に僕のマナを乗せて。あの岩の角、あそこがこのループの『スイッチ』だ。あそこを射抜いて!」
「……わかったわ! ショウタ、信じるわよ!」
リィンの放った矢に、僕の『構造破壊』のコードを上乗せする。
光を纏った矢が岩に激突した瞬間、世界がガラスのように割れる音がした。
旅の向こう側へ
霧が晴れ、目の前に現れたのは、これまでのなだらかな平原とは一線を画す、険しくも神々しい北の大地だった。
遥か遠く、雲を突き抜けるようにそびえ立つ『世界樹』の末端。
そこが、この世界の「ソースツリー」の所在地だ。
「……抜けた。抜けたわ、ショウタ!」
リィンが僕に抱きついて喜んだ。
その勢いで地面に倒れ込んだ僕たちは、顔を見合わせて笑い合った。
十五歳の少年の体。二十五歳の男の魂。
そのどちらもが今、同じ喜びを共有していた。
「リィン。……ここから先は、もっと厳しくなる。でも、僕が君の弓であり、君が僕の目になってくれれば、きっと辿り着ける」
「……当たり前でしょ。アンタの世話を焼くのは、私の役目なんだから」
リィンは少し照れくさそうに立ち上がり、僕に手を差し伸べた。
その手を取って立ち上がった時、グリモア・リンクが新しい、そして今までで最も「静かな」通知を告げた。
【世界のソースツリーまで、あと4096キロメートル】
【現在の進行状況:1%】
「……1パーセントか。先は長いな」
「何が1パーセントよ?」
「ううん、なんでもない。……行こう、リィン。僕たちの『世界デバッグの旅』は、まだ始まったばかりだ」
二人の足跡が、まだ誰も踏み入れたことのない北の大地へと刻まれていく。
背後でロセッティの街が遠ざかっていく。
僕は一度も振り返らなかった。
僕の視線は、まだ見ぬバグと、それを乗り越えた先にある「完璧な世界」だけを見つめていた。
(続く)
【現在のステータス】
名前:ショウタ
レベル:6
称号:世界のデバッガー、未踏の踏破者
【能力値】
体力:22
魔力:20 / 25
筋力:16
敏捷:20
知力:27
運:13
【取得権限】
・ソースコード閲覧(Level 2)
・強制消去(Delete)
・メモリ解放(Release)
・地形ロールバック
【装備品】
・黒晶の魔戦槍・改
・精霊弓・無欠(リィン装備)
・グリモア・リンク(世界地図・更新中)
・再構築された保存食(残りわずか)
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