第七話 午後の図書館と、世界の「仕様書」
数ある作品の中から本作をお選びいただき、ありがとうございます。
拙い部分もあるかと思いますが、最後までお楽しみいただければ嬉しいです。
第七話 午後の図書館と、世界の「仕様書」
激闘から一夜明け、ロセッティの街は驚くほどの速さで日常を取り戻していた。時計塔のノイズは消え、石造りの壁面は僕が「上書き」した通りの滑らかな質感を保っている。
昨日の無理が祟ったのか、全身がひどい筋肉痛だった。十五歳の体は回復が早いが、精神的な疲労まではカバーしきれない。二十五歳の魂が「今は有給休暇が必要だ」と激しく主張していた。
「……ショウタ、生きてる?」
宿の食堂に降りると、リィンが呆れたような、それでいてどこか安堵したような顔で僕を見ていた。彼女は既に朝食を終え、手入れの行き届いた『精霊弓・無欠』を愛おしそうに磨いている。
「なんとかね。でも、今日は魔物と戦うのは勘弁してほしいかな」
「同感よ。あんな得体の知れないものと連戦なんて、Cランクの報酬じゃ割に合わないわ。……今日は街でゆっくりしましょう。アンタ、この世界の歴史とか魔法のこと、もっと知りたいって言ってたじゃない?」
リィンに誘われるまま、僕たちは街の北区にある『ロセッティ大図書館』へと足を運ぶことになった。
知の集積所と、エンジニアの習性
大図書館は、高くそびえるドーム状の屋根を持つ、荘厳な建物だった。中に入ると、古書特有の乾いた紙とインクの匂いが鼻をくすぐる。この匂いを嗅ぐと、前の世界で技術書を読み漁っていた頃を思い出して、少しだけ心が落ち着いた。
「わあ……すごい蔵書量だ」
「ここは元々、賢者の隠れ家だった場所を増築したらしいわよ。適当に座ってて。私は、弓術の古文書でも探してくるから」
リィンと別れ、僕は棚の間を歩き回った。
二十五歳の社会人時代、僕は新しいプロジェクトにアサインされるたび、まずはそのシステムの「仕様書」を読み込むことから始めていた。この世界においても、それは同じだ。僕が手に取ったのは『大陸全史:創世と魔力の循環』という、ひときわ分厚い革装本だった。
テーブルに座り、ページをめくる。
すると、僕の左手首で『グリモア・リンク』が微かに振動した。
【外部データソースを検知。スキャンを開始しますか?】
「……スキャン?」
試しに「YES」を選択すると、僕の視界に直接、本のテキストが猛烈な勢いで流れ込んできた。ただ読むのとは違う。データとして、僕の知力「25」の脳内に直接インデックスされていく感覚だ。
Loading... World_History_Data.db
Analyzing: The Age of Creation...
【世界の成り立ち:要約】
この世界はかつて、八人の「理の神」によって構築された。彼らは「マナ」というエネルギーを基本変数とし、万物に固有の「名前(ID)」を与えた。しかし、千年前の『大崩壊』により、神々の管理権限は失われ、世界は自律稼働モードへと移行した。
「自律稼働……。やっぱり、この世界は作り上げられた箱庭なんだ」
読み進めるうちに、僕の背筋に冷たいものが走った。
仕様書によれば、世界には「自己修復機能」が備わっている。それが、昨日リィンが言っていた『勇者』という存在だ。
勇者は、世界に「不具合」が生じた際、その原因を排除するために自動的に生成される「最強のユニット」だという。
「……じゃあ、昨日のノイズの怪物みたいなバグが起きたら、本来は勇者が来るはずだったんだ。でも、来なかった」
なぜか。
それは、勇者というシステム自体が既に故障しているのか、あるいは――。
束の間の休息と、リィンの横顔
「……ショウタ、難しい顔して何読んでるの?」
ふと顔を上げると、リィンが数本の巻物を抱えて戻ってきていた。彼女は僕の隣に座り、僕が読んでいた本のタイトルを見て顔を顰めた。
「『大陸全史』? そんな退屈な本、歴史学者でも読まないわよ。もっと面白い伝説とか、英雄譚とか読めばいいのに」
「いや、基本を固めるのは大事だよ。……リィンは、何かいいの見つかった?」
「ええ、見て。これ、千年前のハーフエルフの狩人が残した『風の読み方』の極意書。アンタが弓を直してくれたおかげで、書いてある内容が手に取るようにわかるの」
リィンは嬉しそうに巻物を広げた。
窓から差し込む午後の柔らかな光が、彼女の銀髪を透き通るように照らしている。昨日の戦場での張り詰めた表情とは違う、年相応の少女らしい穏やかな横顔。
(……この世界がバグだらけだとしても、彼女のこの笑顔だけは本物なんだな)
僕は不意に、日本での生活を思い出した。
毎日、デッドラインに追われ、誰が使うかもわからないシステムのバグを修正し、深夜に一人で帰宅する。そこには「守りたいもの」なんて一つもなかった。
でも今は、目の前のこの不器用で真っ直ぐな狩人のために、僕のエンジニアとしての能力を使いたいと思っている。
「……なによ、人の顔じっと見て。私の顔にコードでも書いてある?」
「いや。……リィンは、今のままで十分完成されてるな、と思って」
「なっ……! 変なこと言わないでよ、バカ!」
リィンは真っ赤になって巻物で顔を隠した。
十五歳の僕は、二十五歳の僕よりもずっと素直に、自分の感情を言葉にできるらしい。
ライブラリの深淵 隠された
「README」
リィンが巻物に没頭している間、僕は図書館のさらに奥、地下へと続く立ち入り禁止の階段に目を止めた。
普通の人なら見逃すような、扉の隙間から漏れ出す「情報のノイズ」。
僕の『精密解析』が、そこにある「不自然さ」を捉えていた。
【警告:高レベルの暗号化領域を検知。アクセスには管理者権限が必要です】
「……リィン、ちょっと席を外すね。気になる本があって」
「ええ、迷子にならないでよ?」
僕は彼女に手を振り、足音を消して地下へと降りた。
そこは、埃にまみれた古い資料室だった。窓はなく、壁一面にびっしりと並んだ棚には、もはや紙ではなく石板や金属板に刻まれた「記録」が置かれている。
部屋の中央にある小さな石机の上に、一冊の奇妙な本が置かれていた。
表紙には文字がなく、代わりに「電源ボタン」のような紋章が一つだけ刻まれている。
「……これは、本じゃない。ハードディスクか、それともコンソールか?」
僕は震える指で、その紋章に触れた。
瞬間、グリモア・リンクが激しく点滅し、周囲の空間がデジタルな格子状に塗り替えられた。
【管理者権限(Level 2)を確認。README.txt を展開します】
視界に浮かび上がったのは、この世界の「開発者」が残した、最後の手記だった。
『――もし、これを読んでいる者がいるなら、君は私と同じ、数字の海から来た者だろう。
この世界は失敗作だ。
マナの循環係数を間違えたせいで、千年ごとに「ノイズ」が蓄積し、世界は自滅する運命にある。
私は「勇者」というパッチを当て続けたが、それも限界だ。
あとのことは、君に託す。
世界の中心にある「ソースツリー」を初期化するか、あるいは……君自身のコードで、新しい理を書き換えてくれ。』
「……開発者の遺言……。やっぱり、この世界は詰んでるのか」
僕は石板を握りしめた。
千年ごとに起きる自滅。昨日のノイズの怪物は、その前兆に過ぎなかったのだ。
そして、その「ソースツリー」がある場所こそ、グリモア・リンクが示した「北」の地。
午後の終わり、決意の紅茶
資料室を出て地上に戻ると、リィンが心配そうに僕を待っていた。
「遅いわよ、ショウタ。日が暮れ始めてるじゃない。……何か、いい本は見つかった?」
僕は一瞬、迷った。
この世界の残酷な仕様を、彼女に話すべきかどうか。
だが、図書館の温かい空気と、彼女の優しい眼差しを見て、僕は首を振った。
「……いや、難しすぎて僕にはまだ早かったよ。……ねえリィン、帰りにどこかで紅茶でも飲まない? 喉が渇いちゃった」
「いいわよ。広場に美味しいカフェがあるの。……今日は、私の奢りね。昨日のこと、本当に感謝してるんだから」
カフェのテラス席で、僕たちは香りのいい紅茶を啜りながら、他愛もない話をした。
前の世界の話、リィンの村の話。
内容はバラバラだったけれど、そこには穏やかで、満たされた時間が流れていた。
(……この世界を、初期化なんてさせない)
僕はカップを置き、北の空を見上げた。
開発者が残した「失敗作」という言葉。それを否定してやる。
僕はエンジニアだ。どんなに酷いスパゲッティコードでも、丹念にデバッグして、最高のシステムに作り変えてみせる。
リィンや、この街の人々が笑って過ごせる、この「不完全な世界」を守るために。
「ショウタ? また北を見てる。……あっちに、何かあるの?」
「……ああ。僕たちが、これから行く場所だよ。リィン」
「行く場所? ……勝手に決めないでよ。でも、まあ……アンタの槍の腕と、私の弓なら、どこへだって行けるわね」
リィンは悪戯っぽく微笑み、紅茶を飲み干した。
十五歳の少年の体には、今、かつてないほどのやる気が満ち溢れていた。
レベル6。知力25。
世界の仕様を書き換えるための旅は、この午後のひとときから、静かに加速し始める。
旅立ちの準備
宿に戻った僕は、リィンが寝静まった後、一人で『黒晶の魔戦槍』の修復に取り掛かった。
図書館で得た「古代のマナ循環理論」を応用し、槍のコードをさらに洗練させる。
Update function: Gravity_Burst {
efficiency: +30%;
cooldown: -15%;
}
指先から流れる魔力が、漆黒の刃をより鋭く、より深く鍛え上げていく。
僕の横では、グリモア・リンクが北の地から発せられる「エラー信号」を刻み続けていた。
「待ってろよ、世界。……最高のアップデートを届けてやるから」
二十五歳の魂を持つ十五歳のデバッガーは、静かに笑った。
明日、僕たちは北へと向かう。
そこにあるのは、絶望の仕様書か、それとも希望のソースコードか。
(続く)
【現在のステータス】
名前:ショウタ
レベル:6
称号:世界のデバッガー、図書館の探索者
【能力値】
体力:22
魔力:25 / 25(全快)
筋力:16
敏捷:20
知力:27(読書により上昇)
運:13
【取得権限】
・ソースコード閲覧(Level 2)
・強制消去(Delete)
・[新規]仕様書の解析(スキャン機能)
【装備品】
・黒晶の魔戦槍・改(性能向上)
・グリモア・リンク(世界地図データ読み込み中)
・リィンからもらった安らぎ(精神的バフ)
図書館でのまったりとした時間を通して、世界のバックグラウンド(仕様)が判明し、ショウタの目的が「ただの生存」から「世界の修復」へと進化しました。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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