第六話 デバッグ・バトル――時計塔のバグ・エンティティ
数ある作品の中から本作をお選びいただき、ありがとうございます。
拙い部分もあるかと思いますが、最後までお楽しみいただければ嬉しいです。
第六話 デバッグ・バトル――時計塔のバグ・エンティティ
ロセッティの象徴である中央時計塔が、視覚的に「崩れて」いた。
石材が剥落するのではない。テクスチャが剥がれ、その下からデジタルノイズのような砂嵐が溢れ出しているのだ。
そこから這い出してきたモノは、生物という定義を拒絶していた。
ゴブリンのような四肢を持ちながら、頭部があるべき場所には巨大な「口」だけが浮遊し、腕の数は見るたびに三本から五本へと増減を繰り返す。
【個体名:エラー・キメラ(不完全な記述体)】
状態:暴走
危険度:測定不能(物理法則無視)
「……っ、何よ、あの気味の悪い生き物! 矢が、矢が当たらないわ!」
リィンの放った魔力矢が、怪物の胴体を真っ直ぐに射抜いた――はずだった。
だが、矢が触れた瞬間、怪物の体が「コマ飛び」するように数メートル横にズレ、矢は虚空を突き抜けた。
「リィン、落ち着いて! あれは速く動いてるんじゃない。位置情報の記述がバグってるんだ!」
「イチジョウホウ? バグ? 意味わかんないわよ!」
「……説明してる暇はないか。僕が座標を固定する。リィンは、僕が合図した瞬間に、最大出力でその『口』の中を射抜いて!」
僕は『黒晶の魔戦槍』を握り直し、ノイズの渦中へと突っ込んだ。
二十五歳のエンジニアとしての直感が告げている。
あれは倒すべき「敵」ではない。消去すべき「不正プロセス」だ。
物理演算の破綻と、僕の「介入」
怪物の周囲では、重力さえもが狂っていた。
一歩踏み出すと、地面がスポンジのように沈み込んだかと思えば、次の瞬間には鉄板のような硬さになる。
怪物の「腕」が、予備動作なしに僕の目の前に出現した。
「……『ソースコード閲覧』、全開ッ!!」
視界が極彩色に塗りつぶされる。
怪物の周囲に展開されている、崩壊したコードの海。
そこには、本来あるはずのCollision(衝突判定)やGravity(重力設定)が、書きかけのメモのように断片化して漂っていた。
error_code: 0x000FF1
position_x: NaN; // 数値ではない値
position_y: 12.5;
「位置座標がNaN(非数)になってやがる……。だから攻撃が透過するのか!」
僕は走りながら、左手首の『グリモア・リンク』を猛烈な速度で操作した。
知力「22」にブーストされた思考が、流れるコードの中から「修正ポイント」を見つけ出す。
「位置情報を……強制上書き(オーバーライド)!!」
僕は槍を地面に突き立てた。
槍を通じて、僕の魔力……いや、「修正プログラム」を大地の記述へと流し込む。
force_set_position(target, current_vector);
ドォォォォン!!
空中で明滅していた怪物の体が、まるで見えない巨大な手に押さえつけられたかのように、地面に「固定」された。
座標の浮動が止まり、怪物の実体がこの世界に繋ぎ止められる。
「ギ、ギギギィィィッ!!」
怪物の絶叫。それは音というより、高圧電流が耳の中で弾けるようなノイズだった。
「今だ、リィン! 撃てッ!!」
「――貫け、『無欠』ッ!!」
リィンが、再構築された精霊弓を満月にまで引き絞った。
放たれた光の矢は、これまでのような「物理的な飛び道具」ではない。
僕のデバッグによって道筋を整えられた、純粋なエネルギーの奔流だ。
乱数分散をゼロにされた矢は、寸分違わず怪物の「口」――その中心にあるコアへと吸い込まれた。
致命的なエラーと、ショウタの覚悟
光の矢が着弾した瞬間、大爆発が起きた。
だが、怪物は消えなかった。
逆に、爆発のエネルギーを取り込み、その姿をさらに巨大で歪なものへと変容させていく。
「……そんな、直撃したのに!?」
リィンが絶望の声を上げる。
僕はグリモア・リンクに表示された、真っ赤な警告ログを見た。
【警告:対象は自己増殖コードを保有。外部からのエネルギー干渉を『アップデート』として吸収しています】
「……クソっ、こいつ、ウイルス進化してやがるのか!」
攻撃すればするほど、相手は強くなる。
典型的な、設計ミスによる無限ループのバグだ。
このままでは、ロセッティの街そのものがこの「エラー」に飲み込まれ、消滅してしまう。
「ショウタ、逃げましょう! あれは私たちの手に負える相手じゃないわ!」
リィンが僕の腕を掴んだ。
彼女の判断は、冒険者として正しい。勝てない敵からは逃げるのが鉄則だ。
だが、僕には見えていた。
逃げたところで、この世界の「記述」が壊れれば、どこにも逃げ場なんてないことを。
「……リィン、先に逃げてて。僕が……あいつを消す」
「何言ってるの!? アンタ、死ぬ気!?」
「死なないよ。……僕は、こいつの『消し方』を知ってるんだ。エンジニア(職人)には、職人の戦い方があるんだよ」
僕はリィンの手を優しく解き、一人で怪物の前に立った。
十五歳の僕の背中は、彼女の目にどう映っただろうか。
震えているかもしれない。でも、二十五歳の僕の魂は、かつて徹夜でバグと戦ったあの夜のように、静かに燃えていた。
デバッグ完了――「管理者権限」の片鱗
僕は、槍を捨てた。
物理的な攻撃が効かないなら、論理的に消去するしかない。
僕は両手を広げ、怪物の放つノイズの渦を真正面から受け止めた。
「ぐ、あああああぁぁぁ!!」
情報のゴミが、僕の脳内に逆流してくる。
他人の人生、死んだ魔物の怨念、崩壊した数式の断片……。
普通の人間なら一瞬で発狂するような情報量。
だが、僕はそれを「整列」させた。
(……うるさい。整列しろ。不要なデータは破棄だ……!)
僕はグリモア・リンクの奥底に眠る、あの『世界の根幹への干渉権限』を、命を削る思いで引きずり出した。
sudo rm -rf /entities/bug_chimaera_01
管理者権限による、強制削除コマンド。
もちろん、そんな単純な文字ではない。膨大な魔力の計算と、この世界の構成要素への直接交渉が必要な作業だ。
僕の周囲に、青白い幾何学的な紋章が何層にも展開される。
それは魔法陣というより、高度な演算回路のホログラムだった。
「リィン、見てて。これが……僕の本当の力だ」
僕は、怪物の中心にある「核」を指差した。
「――デリート(消去)。」
その瞬間、音が消えた。
怪物の巨体が、まるでインクが水に溶けるように、端からサラサラとした砂となって崩れていく。
叫び声も、爆発もなかった。
ただ、そこに「存在した」という事実そのものが、静かに、徹底的に消し去られていく。
Delete process... 10%... 45%... 88%... 100%.
Completed.
時計塔を覆っていた黒い霧が晴れ、夕焼けの光が再び街を照らし出した。
そこには、元通り(に近い状態)に修復された時計塔と、息を切らして膝をつく僕だけが残されていた。
決着の後の、震える温もり
「……はぁ、はぁ……。やった、のか……?」
MPはマイナスに突き抜けているのではないかと思うほど枯渇し、指一本動かすことができない。
視界がボヤけ、意識が遠のいていく。
「……ショウタ!!」
暖かい感触が、僕の体を包み込んだ。
リィンが、泣きそうな顔で僕を抱きしめていた。
「バカ! 本当にバカ! あんなことして、もしアンタまで消えちゃったらどうするつもりだったのよ!」
「……ごめん。でも、リィンを守りたかったんだ。……それだけは、本当だよ」
十五歳の少年の口から出た言葉は、あまりにも直球すぎて、自分でも少し照れくさかった。
二十五歳の僕なら、もっとひねった言い方をしただろうに。
リィンは僕の胸に顔を埋め、しばらくの間、静かに震えていた。
その温もりと、石畳に響く街の人々の歓喜の声を聞きながら、僕は深い眠りへと落ちていった。
翌朝――システムからの「返信」
翌朝、僕が目を覚ましたのは、宿屋の清潔なベッドの上だった。
窓からは小鳥の鳴き声が聞こえ、昨日の惨劇が嘘のような平和な朝だ。
枕元には、リィンが置いていったのであろう温かいスープと、一通の手紙。
『ショウタへ。
アンタが寝ている間に、街の偉い人たちが聞き回りにきたわ。
でも、昨日のことは「腕のいい魔導師が助けてくれた」ってことにしておいたから。
アンタの力、やっぱり目立ちすぎるもの。
……目が覚めたら、美味しいものでも食べに行きましょう。
奢ってあげるわ。
リィン』
僕は手紙を読み終え、ふっと微笑んだ。
そして、左手首のグリモア・リンクを起動する。
画面には、レベルアップの通知……ではなく、一通の「システムメッセージ」が届いていた。
【デバッグ作業を完遂しました】
【報酬:管理者の断片を1つ獲得】
【警告:不具合の発生源は時計塔ではありません。根源は、さらに『北』に存在します】
「北……か」
僕は窓から北の空を見上げた。
そこには、険しい山脈の向こう側に、不気味な暗雲が立ち込めているのが見えた。
僕のデバッガーとしての仕事は、まだ始まったばかりのようだ。
「……さて。まずは、リィンの奢りで美味しいステーキでも食べに行くかな」
僕は十五歳の軽い体でベッドから飛び出し、新しい一日に向かって歩き出した。
二十五歳の社会人だった頃には決して味わえなかった、この「世界を救っている」という確かな手応えを胸に。
【現在のステータス】
名前:ショウタ
レベル:6(エラー・エンティティ消去により上昇)
称号:ロセッティの隠れた英雄、公式デバッガー
【能力値】
体力:22
魔力:5 / 25(回復中)
筋力:16
敏捷:20
知力:25
運:13
【取得権限】
・ソースコード閲覧(Level 2)
・強制消去(Delete)※使用後、数日間の衰弱を伴う
・[新規]システムログの受信
【装備品】
・黒晶の魔戦槍(一時破損:要再構築)
・グリモア・リンク(システムログ展開中)
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