第四話 銀貨三十枚の晩餐と、世界の「バグ」
数ある作品の中から本作をお選びいただき、ありがとうございます。
拙い部分もあるかと思いますが、最後までお楽しみいただければ嬉しいです。
第四話 銀貨三十枚の晩餐と、世界の「バグ」
ギルドの喧騒を後にした僕とリィンは、西区にある冒険者向けの宿屋『踊る山羊亭』へと向かっていた。
夕暮れ時のロセッティは、露店の灯りが石畳を橙色に染め、家々からは煮込み料理の匂いが漂ってくる。十五歳の体になってからというもの、五感が鋭くなっているせいか、その匂いだけで胃袋がひっくり返りそうなほどの空腹を感じた。
「……ねえ、ショウタ。さっきの短剣、本当にあんな適当な理由で通ると思ってるの?」
前を歩くリィンが、振り返らずに尋ねてきた。彼女のポニーテールが、歩調に合わせて小刻みに揺れる。
「適当っていうか……拾った魔石を、僕なりに使いやすくしただけなんだ。ほら、僕の実家ってちょっと特殊な職人の家系だったからさ」
「東方の職人ねぇ。……まあいいわ。深入りはしない。それが冒険者の暗黙のルールだしね。でも、あんなものをギルドの鑑定官にホイホイ見せるのは、カモがネギを背負って火鍋に飛び込むようなものよ。覚えときなさい」
「肝に銘じるよ……」
僕は苦笑いしながら、左手首の『グリモア・リンク』をチラリと見た。
レベル5に到達した際、このスマホは時計と融合し、半透明のホログラムを投射する「魔導デバイス」へと進化した。幸いなことに、この世界の住人には「高度な魔導具」にしか見えないようだが、リィンのような鋭い探索者には、その異質さが際立って見えるのだろう。
豪華な空腹と、ステータスの真実
『踊る山羊亭』の食堂は、任務を終えた冒険者たちの熱気で溢れていた。
リィンは慣れた足取りでカウンターへ向かい、店主に銀貨を一枚投げた。
「おじさん、一番いいコースを二人分。それと、このガキはしばらくここに泊めるから、一番安い相部屋を確保しておいて」
「あいよ! リィンが男連れとは珍しいじゃねえか」
「ただの迷子を拾っただけよ。……さあ、座って。ショウタ」
運ばれてきたのは、巨大な猪肉のステーキ、たっぷりの温野菜、そして黄金色に輝くパンだった。
僕は二十五歳の社会人だった頃、仕事の合間にコンビニの冷たいおにぎりで済ませていた日々を思い出した。あの頃の僕がこの光景を見たら、泣いて喜んだに違いない。
「いただきます!」
ナイフで肉を切り、口に運ぶ。
野生の風味が溢れ、噛むたびに肉汁が脳を刺激する。美味い。泣けるほどに美味い。
「……アンタ、さっきから『グリモア・リンク』ってやつを凝視してるけど、何が見えてるの?」
リィンがエールを飲みながら、怪訝そうに僕の手首を指差した。
「え? ああ……。自分の状態をチェックしてるんだ。ほら、リィン。僕、さっきの森でアース・ベアを追い払った時に、なんだか一気に『馴染んだ』感覚があって」
「アース・ベアを!? ……アンタ、あんな化け物相手に生き残ったの? 正気?」
リィンの目が点になる。僕は慌ててホログラムの画面を操作し、彼女に見えるように数値を調整した。もちろん、そのまま見せるわけにはいかない。
【偽装ステータス:グリモア・リンク展開】
名前:ショウタ
レベル:5
職業:見習い職人
「レベル、5……。出会った時は3くらいに見えたけど、あんな死線を越えれば上がるか。でも、レベル5の職人が作れる短剣じゃないわよ、あれは」
彼女は呆れたように溜息をついた。
だが、僕の視界には、彼女には見えない「赤い文字」が浮かび上がっていた。
『※世界の根幹への干渉権限が一部開放されました』
この一文。
ギルドで短剣を査定した瞬間、あるいはレベル5に上がった瞬間から表示されている。
二十五歳のシステムエンジニアとしての僕が、この一文を冷静に解析する。
「ソースコード」とは、プログラムを動かすための設計図そのものだ。
もしこの世界が何らかのシステムで動いているのだとしたら、僕はその「根本」に触れる権利を得てしまったことになる。
深夜の再構築実験:情報の「バグ」
食事を終え、リィンと別れて相部屋のベッドに潜り込んだ僕は、眠りにつく代わりに『グリモア・リンク』を起動した。
周囲には、疲れ果てていびきをかく冒険者たちが三人。
僕は『精密解析』を、部屋の隅に置かれた古い「水瓶」に向けてみた。
【対象:古びた水瓶】
材質:陶土、長石、少量の不純物
構造:脆弱。底部に微細なクラックあり
[ソースコード閲覧]
僕が「閲覧」と念じた瞬間、視界がモノクロに反転した。
水瓶の周囲に、膨大な文字列――まるでプログラミングコードのようなものが滝のように流れ落ちる。
object "Water_Jar_042" {
material: "Clay_Normal";
durability: 15 / 100;
state: "Old";
position: {x: 142, y: 12, z: 88};
}
「……これ、やっぱりプログラムじゃないか」
僕は戦慄した。
僕の『万物再構築』というギフトは、単なる工作スキルではない。
この世界の「記述」そのものを書き換える、管理者権限に近い力だったのだ。
試しに、僕は水瓶のdurability(耐久度)の部分に意識を集中させた。
MPを1消費し、数値を「15」から「100」へ書き換えるイメージ。
durability: 100 / 100;
カチリ、という電子音のようなものが脳内で響く。
次の瞬間、水瓶の底にあったヒビが消え、まるで今窯から出たばかりのような美しい光沢を取り戻した。
「……できちゃったよ」
震える手で自分のスマホ――いや、グリモア・リンクを見る。
MPゲージがわずかに減っているが、回復速度は上がっている。
これなら、壊れた武器や防具を「新品」に戻すどころか、その「定義」すら変えられるかもしれない。
僕は次に、自分の着ている『鉄鼠の防刃ジャケット』を解析した。
item "IronRat_Jacket" {
defense_power: 12;
weight: 8.5;
skill_add: null;
}
ここを書き換えれば、この服に「魔法耐性」をつけたり、あるいは「重量」をゼロにしたりできるのか?
だが、そこまでしようとした瞬間、脳に強烈な負荷がかかった。
【警告:現在の権限では、複雑なスキルの付与(コード改竄)はMP不足により制限されます。レベルの向上、または『演算能力』の強化が必要です】
「……世の中、そんなに甘くないか」
だが、希望は見えた。
僕は二十五歳の社会人として、この世界の「仕様」をハックし、効率的に生き延びる道を見つけたのだ。
翌朝の依頼:ゴブリンと「バグ」の検証
翌朝。
リィンが宿の食堂で、パンを齧りながら僕を待っていた。
「おはよう、ショウタ。よく眠れた?」
「おかげさまで。……リィン、今日は何をするの?」
「アンタの『冒険者のいろは』を叩き込むって言ったでしょ。ギルドで一番簡単な依頼――『薬草採取』と『はぐれゴブリンの討伐』を受けてきたわ。アンタの実戦能力を、安全な場所で見極めてあげる」
街を出て、昨日とは別の方角の森へ向かう。
リィンは僕の歩き方や、周囲への警戒の仕方を事細かに指導してくれた。
「足音を消すのは基本」「魔力感知を一定のリズムで飛ばせ」……。
それは、彼女がハーフエルフとして、そしてCランク冒険者として積み上げてきた「本物の技術」だった。
「リィンは、どうして冒険者をやってるの?」
「……単刀直入ね。別に、特別な理由なんてないわよ。ハーフエルフは村に居づらいし、弓の腕一本で生きていくには、ここが一番手っ取り早かっただけ」
彼女の寂しげな横顔に、僕はかける言葉を見つけられなかった。
二十五歳の僕なら、適当な世辞で場を濁したかもしれない。でも、十五歳の僕は、ただ彼女の背中を追うことしかできなかった。
やがて、目的の場所に到着した。
そこには、三匹の醜悪な小鬼――ゴブリンが、薬草の群生地を荒らしていた。
「いい、ショウタ。私が一匹仕留める。残りの二匹、アンタ一人でやってみなさい。その『重力槍』があれば、なんとかなるでしょ?」
「……わかった。やってみる」
僕は『黒晶の魔戦槍』を構えた。
リィンの矢が風を切り、一匹のゴブリンの頭を貫く。
直後、僕は地面を蹴った。
タクティカル・ブーツの反発力により、僕は文字通り「弾丸」となってゴブリンの懐へ。
ゴブリンが棍棒を振り上げるが、僕の目にはその動きがスローモーションに見える。
(解析……コード閲覧!)
ゴブリンの棍棒の軌道が、赤い線となって視界にガイドされる。
「バグ」を見つけるデバッグ作業と同じだ。一番脆いところを突く。
僕は槍の刃先で、ゴブリンの棍棒ではなく、その「手首の関節」を軽く掠めるように突いた。
【ソースコード干渉:物理法則の歪曲】
if (contact == "target_joint") { gravity_multiplier = 100; }
僕が脳内で設定した条件。
一瞬だけ、槍の刃の質量を百倍にする。
ドンッ!!
槍が触れた瞬間、ゴブリンの手首は重力に耐えきれず、地面に向かって叩きつけられた。
棍棒を持ったまま、ゴブリンの体全体が不自然な角度で地面に埋まり、動きを止める。
「……えっ?」
後ろで見守っていたリィンの声が漏れた。
ただの突きが、まるで巨人の槌でも食らったかのような破壊力を生んだのだ。
僕はそのまま、もう一匹のゴブリンの首を跳ね飛ばした。
戦闘終了。所要時間、10秒。
リィンの疑念と、深まる協力関係
「……アンタ、今何したの?」
リィンが、戦慄を隠しきれない顔で歩み寄ってきた。
地面にめり込んだゴブリンの死体を見て、彼女は震える手で僕の槍に触れる。
「普通に突いただけだよ」
「嘘おっしゃい! 槍の重さが、当たる瞬間だけ変わったわよね? そんな魔法、聞いたこともないわ。……アンタ、本当にただの見習い職人なの?」
僕は困ったように頭を掻いた。
社会人の知恵――「正直に話しすぎるな、だが完全に嘘はつくな」。
「……僕のギフトの応用なんだ。物質の構造を理解すると、一瞬だけ重さを変えたりできる。でも、すごく疲れるんだよ」
実際、MPは半分近く減っている。物理定数の書き換えは、想像以上にコストが高い。
「……信じられない。でも、事実なのよね。……わかったわ。その力、絶対街の奴らに見せちゃダメよ。特に、変な魔導研究者なんかにバレたら、アンタ一生研究室の標本にされるわよ」
「……リィンは、僕を売らないの?」
僕が尋ねると、彼女はふいっと顔を背けた。
「……アンタがいなくなったら、私の装備のメンテナンス、誰がやってくれるのよ。さっきの短剣代の恩、まだ返しきってないんだからね」
ツンとした態度だが、その耳の先が少し赤くなっているのが見えた。
十五歳の僕は、不覚にも「可愛いな」と思ってしまった。
新しい目標:情報の欠片
街への帰り道。
僕はグリモア・リンクを操作しながら、ある確信を得ていた。
この世界には「バグ」がある。
あるいは、何者かによって「記述」された不自然な設定が随所に隠されている。
僕が転移してきた理由、若返った理由。
それは、この世界の「ソースコード」を修正するためなのか、あるいは――。
「ねえ、ショウタ。明日からは、もう少し難しい依頼に挑戦してみる?」
リィンが、少しだけ弾んだ声で提案してきた。
「ああ。リィンとなら、どこまでも行けそうだ」
「……バカ。変なこと言わないでよ」
夕闇が迫るロセッティの街。
城門の向こう側に見える、かつていた世界にはなかった巨大な月。
僕は、十五歳の少年としての「冒険者生活」を楽しみ始めていた。
二十五歳の頃に忘れていた、未知に対する純粋な高揚感。
そして、この手にある「世界を書き換える」ためのキーボード。
「まずは、リィンの弓を最高の状態に再構築してあげようかな」
「……勝手にいじったら怒るわよ!」
笑い合う二人の影が、石畳に長く伸びる。
だが、その時。
僕のグリモア・リンクの画面に、これまでにない黒い通知が走り、一瞬だけ消えた。
『致命的なシステムエラー:[魔王]の存在を検知しました。再起動が必要です』
「……魔王?」
僕の冒険は、どうやら思っていたよりもずっと、深刻な事態に片足を突っ込んでいるようだった。
【現在のステータス】
名前:ショウタ
レベル:5
称号:リィンの相棒、世界のデバッガー
【能力値】
体力:20
魔力:8 / 20(回復中)
筋力:15
敏捷:19
知力:22
運:12
【取得権限】
・ソースコード閲覧(Level 1)
・物理定数の簡易書き換え
【装備品】
・黒晶の魔戦槍
・鉄鼠の防刃ジャケット(耐久度:MAX)
・グリモア・リンク(システムエラー検知中)
「リィン、少し急ごう。なんだか、嫌な予感がするんだ」
「ええ。……私もよ。風が、少し寒くなってきたわね」
二人は、走り出す。
その先に待ち受けるのが、世界の崩壊を食い止めるための「デバッグ作業」だとは、まだ誰も知らない。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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