第三話 森の出口と、銀髪の狩人
数ある作品の中から本作をお選びいただき、ありがとうございます。
拙い部分もあるかと思いますが、最後までお楽しみいただければ嬉しいです。
第三話 森の出口と、銀髪の狩人
森の夜は、想像以上に過酷だった。
木々の隙間から差し込む月光は青白く、日中には聞こえなかった奇妙な遠吠えや、硬い殻が擦れ合うような音が絶えず鼓膜を揺らす。
僕は、大きな樹木の根元にできた空洞を見つけ、そこを今夜の宿に決めた。
入口を『万物再構築』で加工した厚い木の板で塞ぎ、内側からつっかえ棒をする。
小さな通気孔だけを残したその空間は、二十五歳の僕なら閉所恐怖症になりそうな狭さだったが、十五歳の今の体には、不思議と落ち着く「秘密基地」のような安心感があった。
「……ステータス、確認」
暗闇の中でスマホの画面を灯す。青白い光が、少し幼くなった僕の顔を照らした。
【ステータス】
レベル:3(夜間の小規模な接敵により上昇)
体力:16
魔力:12/12
筋力:12
敏捷:15
知力:17
運:10
レベルが一つ上がっている。
寝る前に、襲ってきた大きな角を持つ鼠――『アイアンラット』を二匹、魔石の槍で仕留めたからだ。
その際、僕は自分のジャケットを再構築し、胸部と腕にアイアンラットの硬い毛を編み込んだ「プロテクター付きの防刃ジャケット」へと作り変えた。
【アイテム:鉄鼠の防刃ジャケット】
材質:ポリエステル、鉄鼠の剛毛、魔力結合繊維
詳細:ショウタの再構築により、特定の部位が金属並みの硬度を持つ。
「よし。これで少しは生存率が上がったはずだ」
僕は画面を閉じ、泥のような眠りに落ちた。
街道への到達
翌朝。
森を抜けるための足取りは、昨日よりもずっと確実なものになっていた。
川を下り続けて数時間。ついに視界が開け、背の低い草が広がる平原と、そこを横切る一本の「道」が見えた。
アスファルトではない。踏み固められた土の道だ。
だが、そこには明らかな轍の跡がある。
「……道だ。人がいる!」
思わず駆け出した。
二十五歳の社会人時代、満員電車に揺られていた頃には「道」なんて単なる移動経路でしかなかった。けれど、この見知らぬ世界で見る轍は、文明という名の救いそのものに見えた。
街道に出て、周囲を見渡す。
右に行けば山脈へ、左に行けばなだらかな丘を越えて、遠くに煙が立ち上るのが見える。
「あっちに村か街があるのか……?」
左へ進路を取ろうとした、その時だった。
「――伏せろッ!」
鋭い、鈴を転がすような、けれど凍てつくような緊張感を含んだ声が響いた。
反射的に、僕は地面に身を投げ出した。
ヒュンッ!
頭上を何かが通り抜けた。
直後、背後の茂みから飛び出そうとしていた、体長二メートルはある巨大な狼――『フォレストウルフ』の眉間に、一本の矢が深々と突き刺さった。
「ガゥッ……!」
狼は悲鳴を上げる間もなく絶命し、その巨体が僕のすぐ隣に崩れ落ちる。
心臓が口から飛び出しそうだった。鑑定する余裕すらなかった。
「……おい、ガキ。こんなところで突っ立ってて、死にたいのか?」
声のした方へ顔を上げると、そこには一人の少女が立っていた。
年齢は僕と同じか、少し上に見える。
透き通るような銀色の髪をポニーテールにまとめ、背中には大弓を背負っている。
腰には数本の短剣。革製の軽装鎧を身に纏った彼女の姿は、まさにファンタジー世界の「狩人」そのものだった。
「あ、ありがとう。助かった……」
「礼はいらない。ただのついでだ」
彼女は冷淡に言い放つと、倒れた狼のもとへ歩み寄り、手際よくナイフで眉間の矢を回収した。
僕は震える膝を叩き、立ち上がる。
そして、勇気を出して彼女に『鑑定』を試みた。
【個体名:リィン・アルスター】
種族:ハーフエルフ
職業:Cランク冒険者(狩人)
状態:警戒・呆れ
(ハーフエルフ……! 本当に、ここは異世界なんだな)
「あの、すいません。僕はショウタといいます。……道に迷ってしまって」
「ショウタ? 妙な響きの名前ね。東方の出身か何か? それにその格好……」
リィンの視線が、僕の「再構築されたジャケット」に注がれる。
スーツの生地と、魔物の毛が不自然に融合したデザインは、この世界の住人からすれば奇妙極悪に見えるだろう。
「……珍しい防具ね。ドワーフの試作品かしら。まあいいわ、私はリィン。見ての通りの冒険者よ。アンタ、死にたくなかったら次の街までついてきなさい。このあたりはさっきのウルフが群れで動いてる」
「いいんですか!? 助かります!」
僕は食い気味に返事をした。
一人で歩く不安が、一気に解消された瞬間だった。
ギルドと「鑑定」の誤算
リィンに伴われ、一時間ほど歩くと、石造りの立派な城壁が見えてきた。
街の名は『ロセッティ』。
商業と冒険者の街だという。
門番にリィンがギルド証を見せると、僕も彼女の連れとして、臨時の通行証を発行してもらえた。
初めて見る異世界の街並み。石畳の道、行き交う馬車、露店から漂うスパイスの香り。
そこには、僕がかつていた世界とは全く違う「熱量」があった。
「さて、ショウタ。私はギルドに報告があるから、アンタはここで放流よ。あ、これ」
リィンは、先ほどの狼から剥ぎ取った「魔石」を僕の手のひらに放った。
「え、これは?」
「アンタをデコイ(囮)に使わせてもらった分け前よ。それを換金所に持っていけば、一晩の宿代とメシ代くらいにはなるわ」
「……ありがとう。リィンさん、本当に助かりました」
「『さん』はいらないわ。じゃあね」
ぶっきらぼうに手を振り、彼女は雑踏の中に消えていった。
一人残された僕は、手の中の魔石を見つめる。
フォレストウルフの魔石。
普通に売れば、彼女の言う通り数枚の銅貨になるだろう。
(……いや、待てよ。これをそのまま売るのはもったいないか?)
僕は街の隅、人気のない路地裏に入った。
ここで試したいことがあった。
『鑑定』で見たリィンの弓は、美しい曲線を描いていた。
そして僕の『万物再構築』。
今の僕の魔力なら、小さな魔石を「加工」して、付加価値をつけられるのではないか。
僕は手元にある『フォレストウルフの魔石』と、自分の『魔石の短槍』を並べた。
そして、槍の先端をもう一度再構築する。
イメージするのは、風を切り裂くような鋭利な形状。そして、狼の俊敏さを宿すような、より洗練された「短剣」への変形だ。
(……ぐ、ああぁっ!)
激しい頭痛がした。
魔力を無理やり引き出す感覚。
MPが「12」から「0」へと、滝のように流れ落ちる。
意識が遠のきそうになるのを、奥歯を噛み締めて耐えた。
数分後、そこには「槍」ではなく、一振りの「短剣」があった。
柄には狼の皮が巻き付けられ、刃は透き通るような緑色を帯びている。
【アイテム:風狼の魔短剣】
材質:フォレストウルフの魔石、樫の木、鉄鼠の骨
品質:良質
詳細:ショウタの再構築により、風の属性が微量に付与された。装備者の敏捷を+2する。
「……はぁ、はぁ……。できた……属性付与まで成功したのか?」
ステータス画面を見ると、MPは空っぽで、代わりに『空腹度:極限』という不穏な文字が点滅していた。
僕はふらつきながら、リィンに教わった「冒険者ギルド」の建物へと向かった。
鑑定官の驚愕
ギルドの建物は、街の中でもひときわ大きく、荒くれ者たちがたむろしていた。
十五歳の、ボロボロの服を着た僕が入ると、いくつかの冷ややかな視線が刺さる。
「……あ、あの。アイテムの査定をお願いしたいんですが」
受付の女性に声をかけると、彼女は少し驚いた顔をして、奥から眼鏡をかけた初老の男性を呼んできた。
「アイテム鑑定士」だというその男性は、僕が差し出した『風狼の魔短剣』を一目見て、目を見開いた。
「……ほう。これは、君が持ってきたのかね?」
「はい。自作……というか、拾ったものを手直ししたというか」
鑑定士は虫眼鏡のような道具を取り出し、念入りに短剣を調べ始めた。
その顔が、次第に驚きから戦慄へと変わっていく。
「信じられん。素材は確かにフォレストウルフの魔石と、ただの木材だ。だが、魔力の回路が完璧に計算されている。まるで、熟練の魔導職人が数週間かけて研磨したような……いや、それ以上の密度だ。しかも、この属性付与。天然の魔石の力を、一滴も漏らさず刃に封じ込めている」
周囲の冒険者たちが、ざわつき始めた。
鑑定士は僕の肩を掴み、詰め寄るように聞いた。
「坊主、名前は? 誰にこれを習った? ギルドの専属にならんか?」
「え、いや、それは……」
困惑する僕の背後から、聞き覚えのある呆れた声がした。
「……ちょっと、ショウタ。何やってんのよ、アンタ」
振り返ると、そこには報告を終えたリィンが、眉間にシワを寄せて立っていた。
彼女の視線は、鑑定士が抱えている緑の短剣に釘付けになっている。
「……それ、さっきの魔石で作ったの?」
「あ、うん。ちょっと形を整えたら、こうなっちゃって」
「『ちょっと』で魔器が作れるわけないでしょ! アンタ、ただの迷子じゃなかったの!?」
リィンの絶叫が、ギルド内に響き渡る。
僕は確信した。
この『万物再構築』という力は、僕が思っていた以上に、この世界の均衡を揺るがしかねない「劇物」なのだと。
二十五歳の社会人としての「常識」が告げている。
これは、下手に目立つと面倒なことになるやつだ、と。
けれど、十五歳の「好奇心」が、同時に囁いている。
この力があれば、この世界でどこまでも行けるのではないか、と。
「鑑定士さん、とりあえず……それ、いくらになりますか?」
僕は、空っぽの胃袋を抱えながら、苦笑いして尋ねた。
第四話への布石
結局、その短剣には銀貨三十枚という、新人冒険者には破格の値がついた。
リィンは「信じられない」と頭を抱えながらも、僕がこの街でカモにされないよう、しばらく面倒を見てくれることになった。
「いい? ショウタ。その『作り変える』力は、絶対に人前で使っちゃダメ。わかった?」
「わかってるよ、リィン。……でも、必要なら協力するからさ」
「……ふん。まあ、武器のメンテナンスくらいは頼んであげてもいいけど。その代わり、アンタには冒険者の基礎を叩き込んであげるわ」
銀髪の狩人と、謎の力を持つ少年。
ロセッティの街での、僕の新しい生活が本格的に動き出そうとしていた。
だが、この時の僕はまだ知らなかった。
僕のスマホに表示されている【ギフト:万物再構築】の下に、いつの間にか新しい一文が追加されていたことに。
『※世界の根幹への干渉権限が一部開放されました』
十五歳の僕は、この世界の「ルール」を、文字通り書き換えていくことになる。
【現在のステータス】
名前:ショウタ
レベル:3
職業:見習い職人(自称)
称号:リィンの保護対象
【能力値】
体力:16
魔力:0/12(枯渇中)
筋力:12
敏捷:15(+2:装備補正)
知力:17
運:10
【装備品】
・鉄鼠の防刃ジャケット(再構築品)
・銀貨30枚(懐は温かい)
・不思議なスマホ(充電・電波……共に異常なし?)
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
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