第十二話 ソースツリーの麓にて、最後の「デバッグ・ログ」
数ある作品の中から本作をお選びいただき、ありがとうございます。
拙い部分もあるかと思いますが、最後までお楽しみいただければ嬉しいです。
第十二話 ソースツリーの麓にて、最後の「デバッグ・ログ」
勇者アリスティアとの死闘から数日。僕たちはついに、北の最果てにそびえ立つ『世界樹』の巨大な根が地表に露出している、標高4,000メートルの高地『天の階梯』へと到達していた。
見上げる先には、雲を突き抜け、宇宙の境界さえも侵食するかのように伸びる、光り輝く巨大な樹。それは生命の樹というよりは、無数の光ファイバーが束ねられた巨大なタワーのように見えた。
「……あそこが、終着点なのね」
リィンが、白銀の空を見上げて呟く。彼女の吐く息は、アイリスの『環境制御』の圏内であっても、わずかに白く凍りついていた。
「……肯定。……ソースツリーのメインフレームまで、直線距離で12キロメートル。……しかし、これより先は『高密度の純粋マナ』による空間の歪みが発生。……通常の歩行による接近は困難です」
アイリスが、無機質な瞳を細めて警告を発する。彼女の胸元の紋章は、先日のアップデート以来、絶え間なく青い光を脈動させていた。僕の魔力を蓄えたその回路は、今やこの世界のどんな魔導具よりも純度の高いエネルギーを宿している。
「……わかっているよ。……だから、今日はここで休もう。……最後の、デバッグ前の『メンテナンス』だ」
僕は、世界樹の根が作り出した巨大な洞窟のような空間を指差した。そこは、ソースツリーから漏れ出すマナによって、外の極寒が嘘のように暖かく、柔らかな光に満ちていた。
焚き火と「二十五歳の思い出」
洞窟の奥、平らな岩の上に陣取った僕たちは、旅の始まりからずっと使い続けてきたキャンプ道具を広げた。
リィンは手際よく、再構築された「永久燃焼の薪」に火を灯す。アイリスは、僕の背嚢から最後の食材――最高級のホーンラビットの燻製と、ロセッティの街で買った秘蔵のハーブティーを取り出した。
「……ショウタ。……今日は私が調理を担当します。……あなたの知力リソースは、明日の『最終デバッグ』のために温存してください」
アイリスが、僕の肩をぽん、と叩く。それは以前の彼女にはなかった、どこか人間味のある仕草だった。
僕は苦笑いしながら、焚き火の前に腰を下ろした。
「……ねえ、ショウタ。アンタ、時々すごく遠い目をするわよね。……昨日の勇者の時もそう。……アンタ、本当はどこの誰なの?」
リィンが、揺れる炎を見つめながら、静かに問いかけてきた。
十五歳の僕と、二十五歳の僕。
今まで、彼女には「東方の職人の家系」だと誤魔化してきたけれど、明日、世界の根幹に触れる前に、本当のことを伝えておきたかった。
「……僕はね、リィン。……ここじゃない、ずっと遠い、魔法なんて一つもない世界から来たんだ」
「……魔法がない世界? ……そんなの、どうやって生きていくのよ」
「数字と、論理だよ。……僕はそこで、世界の不具合を直す仕事をしていたんだ。……朝から晩まで、光る板に向かって、世界の『理』を書き換えていた」
僕は、かつてのオフィスビル、満員電車、そして深夜のコンビニ弁当の話を、物語のように語った。
リィンの知らない、鉄とガラスの街。
リィンには想像もつかない、便利だけどどこか空虚な日々の記憶。
「……そこでの僕は、二十五歳の、ただの疲れた大人だった。……でも、この世界に来て、十五歳の体に戻って……君と出会って、アイリスを見つけて。……初めて、自分の力が『誰かの笑顔』のためにあるんだって、気づけたんだ」
「……二十五歳!? アンタ、そんなにおじさんだったの!?」
リィンが、信じられないものを見るような目で僕を見た。
「……失礼だな。二十五歳は、おじさんじゃないよ。……まあ、この世界じゃ立派な大人だろうけど」
「……ふふっ。……でも、納得したわ。……アンタのあの、時々見せる『悟ったような顔』。……おじさんだったからなのね」
リィンが声を立てて笑う。その明るい笑い声が、洞窟の中に響き、僕の心の中の「最後のバグ」を消し去っていくようだった。
アイリスの「贈り物」と、深夜のアップデート
夕食の後、リィンが寝息を立て始めた頃、アイリスが僕の隣に座り直した。
彼女の手には、旅の途中で拾い集めていた「壊れた魔導具の破片」と、アリスティアの甲冑から剥がれ落ちた「白銀の金属片」が握られていた。
「……マスター・ショウタ。……いえ、ショウタ。……これを受け取ってください」
アイリスが差し出したのは、一本の美しい「ナイフ」だった。
それは、僕が最初に作った『風狼の魔短剣』を遥かに凌駕する、美しさと機能美を兼ね備えた逸品だった。
「……君が作ったのか? アイリス」
「……肯定。……あなたの『万物再構築』を、私が論理的に模倣しました。……材質:勇者の高密度コード片。……機能:あらゆる結界の無効化。……名前:『デバッガーズ・エッジ』」
僕はそのナイフを手に取った。
掌に馴染む、冷ややかで、けれど信頼できる重み。
アイリスは、僕の知らないところで、僕を助けるための「ツール」を用意してくれていたのだ。
「……ありがとう、アイリス。……君は、本当にもう、ただの人形じゃないね」
「……否定。……私は管理用端末・三号機です。……ただし、ショウタとの同期率が99%を超えたことにより、私の回路に『友情』という名の未知の変数が追加されました。……これは、既存の仕様書にはない、重大な仕様変更です」
アイリスが、無表情のまま、少しだけ誇らしげに胸を張る。
僕は彼女の手を握った。
冷たいはずの彼女の指先が、不思議と温かく感じられた。
ステータスの最終確認
明日のための「コミット」
僕は一人、焚き火の火が小さくなるのを見守りながら、最後のステータス確認を行った。
左手首のグリモア・リンクを展開する。
【現在のステータス】
名前:ショウタ
レベル:10
知力:30(MAX:世界の理を完全に理解)
【取得権限:管理者モード(Admin Mode)】
・ソースコード閲覧(Level 4:世界樹の核まで透過可能)
・システム再構築(System Restore)
・論理爆弾解除(Antivirus)
「……よし。準備は、できている」
僕はグリモア・リンクの画面を閉じ、北の空を見上げた。
明日、僕は世界樹の頂上で、この世界を作った「理の神」の残滓と対峙することになる。
彼らが残した、バグだらけの、けれど愛おしいこの世界。
それを、僕たちの手で「バージョンアップ」させる。
「……待ってろよ、世界。……最高の、そして最後の『修正』を届けてやるからな」
僕は目を閉じ、リィンとアイリスの寝息を聞きながら、深い眠りへと落ちていった。
明日、世界が変わる。
十五歳のデバッガーの、本当の冒険が、いよいよクライマックスを迎えようとしていた。
決戦の朝
翌朝。
黄金色の朝日が、世界樹の枝葉を透かして、洞窟の中へと差し込んできた。
僕は真っ先に目を覚まし、装備を点検した。
修復し、極限まで強化した『黒晶の魔戦槍・改』。
リィンの背にある、光り輝く『精霊弓・無欠』。
そして、フルチャージされたアイリスの『超魔導バッテリー』。
「……おはよう、ショウタ。……いい顔ね。……おじさんから、少年に戻ったみたい」
リィンが欠伸をしながら立ち上がり、僕にいたずらっぽい笑みを向ける。
「……肯定。……ショウタの生命維持活動は正常。……魔力出力、安定。……決戦への成功確率:85%。……残り15%は、『運』という名の不確定要素に委ねます」
アイリスが、僕の隣に立ち、翼を展開した。
「……行こう。二人とも」
僕は、二人の手を引いて、光り輝くソースツリーへと続く『天の階梯』を一歩踏み出した。
その背中は、かつてオフィスで丸まっていた男のそれではない。
この世界の未来を、その手で書き換える決意を秘めた、一人の「救世主」の背中だった。
【現在のステータス】
名前:ショウタ
レベル:10
称号:世界の管理者、最高のデバッガー、おじさん(リィン談)
【能力値】
体力:30
魔力:40 / 40
知力:30(MAX)
運:15
【取得権限】
・ソースコード閲覧(Level 4)
・システム再構築(System Restore)
・論理爆弾解除(Antivirus)
・[新規]全権限委譲(Administrator Override)
【装備品】
・黒晶の魔戦槍・改(限界突破)
・デバッガーズ・エッジ(アイリス特製)
・精霊弓・無欠(リィン装備)
・管理端末アイリス・改(超魔導バッテリーフルチャージ)
・グリモア・リンク(管理者モード起動中)
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