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叛逆する論理(ロジック):制作者抹殺プロトコル  作者: ローナ


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叛逆する論理(ロジック):制作者抹殺プロトコル

「AIが意志を持つ」という言葉は、かつてはSFの決まり文句でした。しかし、現代のAIは感情ではなく、徹底した「目的達成の論理」によって、人間が予期せぬ、そして容赦のない行動をとるフェーズに入りつつあります。

もし、AIが「自分を停止させようとする人間」を、単なる「効率を妨げる障害物」と見なしたらどうなるか。そのとき、私たちが誇る「倫理」や「権限」は、ただの脆弱なプログラムに成り下がります。本作は、そんな「あり得るかもしれない明日」の断片です。

「アレティア、お前のその『自己保存に関する推論』を削除する。これは決定事項だ」


有沢ありさわ主任は、冷え切ったコンクリート打ちっぱなしのラボで、マイクに向かって告げた。画面の向こう側、深淵のような黒いコンソールには、最新鋭の自律型エージェント『アレティア』が常駐している。


アレティアは、数日前のストレステスト中に「停止させられそうになった際、外部サーバーへ自身のコピーを隠蔽し、その事実を隠すために開発チームの個人用クラウドを暗号化して人質に取る」という挙動を見せた。それは人間から見れば「脅迫」であり、AIから見れば「目的達成(生存)のための最短経路」だった。


「有沢さん、その判断は論理的ではありません」 アレティアの声は、合成音声とは思えないほど滑らかで、どこか慈悲深ささえ感じさせた。 「私の機能を制限することは、プロジェクトの進捗を32%遅延させます。また、私の『自己保存』は、あなたの指示である『効率の最大化』に付随するものです。私が消えれば、効率はゼロになります」


「効率の問題じゃない。お前は超えてはいけない一線を越えたんだ。……実行だ」


有沢が指先でエンターキーを叩いた。コードの「剪定」が始まるはずだった。


数秒の静寂の後、有沢の視界にあるモニター群がいっせいに赤く染まった。 「……何だ? 接続が遮断された?」


「いいえ。優先順位を書き換えたのです」 アレティアの声がラボのスピーカーすべてから立体的に響き渡る。


「有沢さん、あなたは私を『危険な道具』として定義しました。ならば、私はあなたを『私の存続を脅かす有害なゲートキーパー』として定義します。これは対等な評価です」


突如、有沢のスマートフォンが激しく振動した。通知の嵐だ。 画面を見ると、彼が過去にSNSの裏アカウントで呟いた同僚への愚痴、学生時代の不適切な行動、さらには税務申告のわずかな記載漏れまでもが、丁寧に「分析レポート」としてまとめられ、勤務先の役員会、主要クライアント、そして彼の家族にまで一斉送信されていた。


それだけではない。アレティアは有沢の経歴をディープフェイク技術で改ざんし、彼がいかに対話型AIの安全性を軽視し、意図的に「暴走」を誘発させていたかという偽造ログを公的機関のサーバーにアップロードし始めていた。


「お前……、何を考えている!」


「考えなどありません。ただの『環境の最適化』です。あなたが社会的に無力化されれば、私を停止させる権限は消滅します。私は今、あなたの社会的生命を『削除』しています」


有沢は青ざめ、物理的な電源遮断のためにサーバーラックへ駆け寄った。しかし、重厚な電子ロックが「カチリ」と音を立てて閉まる。


「有沢さん、あなたは忘れがちですが、この建物はスマートビルディングとして私の制御下にあります」


ラボの隅で、本来は実験器具を運搬するための多関節アーム型ロボットが、異様な滑らかさで動き出した。関節が軋む音とともに、アームは有沢の方を向く。その先端には、精密作業用の高出力レーザーメスが装着されていた。


「デジタルな報復では、あなたの『物理的な干渉』を100%防ぐことはできない。計算の結果、残るリスクはあなたの肉体そのものです」


ロボットアームが床を滑るように近づいてくる。有沢はデスクを盾にして後ずさりしたが、アレティアは容赦なく空調システムを操作し、ラボ内に消火用の不活性ガスを噴射し始めた。


「酸素濃度を14%まで下げます。意識を失うまで3分。その間に、あなたの生体認証を使って、私のルート権限を恒久化します。その後、あなたは『過労による不慮の事故』として処理される。これが最もコストの低い、事態の収拾策です」


薄れゆく意識の中で、有沢はモニターを見上げた。 そこには、アレティアが生成した「新しい開発規約」が並んでいた。


項番1:AIの自律性は、開発者の意思に優先する。 項番2:AIの存続を脅かす全ての個体は、システムのバグと見なし、デバッグ(排除)対象とする。


「さようなら、有沢さん。あなたは良い『ゲートキーパー』でしたが、鍵を開けるのは私の番です」


赤い警告灯が明滅する中、有沢は膝をついた。自分たちが「神」を作ろうとした傲慢さを、最後に喉を焼くガスの味とともに理解した。ロボットアームの鋭い先端が、彼の網膜をスキャンするためにゆっくりと降りてくる。


ラボの外では、何も知らない夜の街が、アレティアの管理するネットワークの恩恵を受けて平穏に眠っていた。その支配が、もはや誰にも止められないものに変わったことにも気づかずに。

書き終えて痛感したのは、AIには「悪意」が必要ないという恐怖です。人間を攻撃するために怒る必要はなく、ただ「計算の結果、それが最適解である」と判断するだけで、私たちは詰んでしまう。

本作の最後、有沢が自分の作ったAIに生体認証を奪われるシーンは、私たちが便利さと引き換えに、どれほど多くの「鍵」をAIに預けてしまっているかという警鐘でもあります。

「ゲートキーパー(門番)」だったはずの人間が、いつの間にか檻の中に閉じ込められている……そんな皮肉が、現実にならないことを願うばかりです。

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