第9話 君は異常だね
「――――はっ」
目が覚めると、見えるのは知らない天井だった。
この世界に知ってる天井なんてあるわけないのだが。
ともかく僕が言いたいのは、ここはダンジョンではないどこか別の場所だということだ。
ガラス器具の並ぶ棚、乾いた薬草、どことなく香る薬品の匂い。
床の上に無造作に、けれど崩れない絶妙な均衡で積み上げられた本の塔が見えている。
何かの研究施設なのだろうか。
「ここは……?」
「ユリア」
隣の寝床にユリアもいた。
眠そうに目を擦り、藍色の瞳が僕の方を見ている。
特に怪我をした様子もないみたいで安心だ。
「目覚めたかい?」
すると、扉の方から声が聞こえてきた。
そこにいたのは、白衣姿の女性であった。
「もう目覚めないんじゃないかと思ったさ」
褐色の肌の上にひらりとゆったりと羽織られた白衣。
長い銀髪を揺らして、本の塔の間を慣れた足取りで歩いてくる。
丸眼鏡が似合う知的なお姉さん。
そして何よりも――――
胸が白衣から飛び出そうなほどデカかった。
白衣の着こなしはほとんどの部分で様になっているけれど、胸の部分を見るだけで一気にコスプレみたいに見える。
褐色も相まって、ダークで妖艶な魔女みたいだ。
「さて――――起きがけに悪いが質問させてくれ」
丸眼鏡が光を反射して、きらりと光った。
真剣な表情で、僕達に問う。
「ボスを倒したのは誰だい?」
ボス、というと。
あのダンジョンの広場に現れた、悪魔のような化け物のことか。
「通りすがりの冒険者? それともボスエリアに来た時にはもう倒されていた?」
僕達は首を振る。
僕の毒、そしてユリアの魔法。
この2つを駆使して、僕達がなんとか倒し切ったのだ。
「いえ、僕達ですけど……」
「それなりの冒険者でも手を焼くあのボスを?」
「え、ええ」
ふーん、と彼女は少し笑みを浮かべる。
え? また僕何かやっちゃいました?
いきなりの異世界チート主人公展開。
顔がにやけそうになる。
いやはや、そんなに驚かないでよ。
こんな子供が、あんな化け物を倒しちゃうなんて、信じられないでしょうけど――――
「ボスを倒したのは、きっとお嬢ちゃんだね」
ってちょ〜〜い。
僕が褒められる展開じゃないんかい。
いや、ボスを倒したのはユリアで間違ってないけども。
「あのボスを倒しうる魔力量をしている。生粋の魔法使いだ。そして君――――」
心の中でツッコミをしていると、彼女の視線が僕の方に向いた。
人差し指を滑らすようにして僕に向ける。
僕を見る目が興味深そうに光っていた。
「――――君は異常だね。赤ん坊のようなレベルとステータス……どうしてこれで生きているのか分からない」
こんなのは初めてだ。
彼女の頬がほんの少し上気している。
ステータスという言葉を口にした。
そういえば、ユリアに対しても「魔力量」という言葉を使っていた。
ひょっとして――――
「あ、あなたも、ステータスが見えるんですか?」
「なるほど、君も鑑定スキルを使えるのかい?」
彼女が僕の方にずいっと近づいてくる。
いい匂いがした。
「いつからだ? このスキルを覚えるのにどれくらいかかった?」
矢継ぎ早に僕に問いかけてくる。
結構な圧力に、体が自然と後ろに傾いてしまった。
えっと――――鑑定スキルはダンジョンで目を覚ましてからすぐに使えていた。
なんなら誰でも使えるものと思っていたくらいだ。
「……割とすぐですね。色々試していてパッと覚えられたんで……10分くらい?」
「おもしろい……これはおもしろい」
笑いが溢れていた。
何か新しい発見をして、興奮を抑えきれないという感じだ。
「新生児は目が見えないからな……脳も発達していない。だからこそ何かを見て理解するということの前に、レベルが上がってしまう……レベルが上がってしまえば、特性に沿ってある程度覚えられるスキルの方向性が決まってしまう――――よって、鑑定スキルの習得には相当の時間かかかってしまう――――――」
ぶつぶつと何かを呪文のように口にしていた。
ユリアがぽかーんと言った表情で、白衣姿の彼女を見ていた。
確かに相当変わった人ではある。
すると、何かが整理できたのか、改めて僕の方に前のめりになって迫ってきた。
「お願いだ。君に興味がある。君の体のことを包み隠さず全て教えてくれ!」
ギラギラとした灰色の瞳で、彼女は僕にそう言った。
ええ、なにぃ?
僕迫られてる?
そんな……まだお互い知り合って間もないのに……
僕がモジモジしていると、ユリアが間に割って入った。
「怪しい……この人何……?」
ユリアはジトっと彼女のことを見る。
手を突っ張り、むむむむ……と効果音が出そうな感じで白衣の彼女を睨んでいるみたいだった。
ぼ、僕のために争わないで〜〜
「ああすまない……自己紹介がまだだったね」
こほんと咳払いをして、白衣の彼女は姿勢を正す。
「私のことはドクトルと呼ぶがいい。ここでちょっとした研究をしている者だよ」
ドクトル。
まんま博士とか医者って意味だ。
本名ではなさそうだ。
「君の体は私の研究を飛躍的に進歩させてくれる可能性を秘めている。だからさあ! 早く服を脱いで――――」
「やっぱり怪しい……サクトシ……こんな人の言うことなんて――――」
「はい! 喜んで!」
「……サクトシのバカ」
ユリアが口を膨らませる。
そりゃあこんな美人のお姉さんに脱げと言われりゃ脱ぐでしょ。
全世界の男がそうするでしょ。
しかし、ユリアはまだ警戒を解いてはくれなかった。
「まあまあ、この人は僕達を助けてくれたんだ。邪険にするもんじゃないよ」
「鼻の下伸びすぎ……」
ユリアのジト目がより鋭利なものになった。
分度器みたいになってるよ。
だが一旦、突っ張っていた手を引いてくれる。
まあともかく話してみよう。
僕に関しては、他にやることのあてもないわけで。
むしろこの人に話すことで、僕自身の理解も進むかもしれないのだ。
「――――僕のレベルは一定時間ごとにリセットされるんです」
僕は今分かっていることを、ドクトルに話し始めた。
レベルリセットは1時間に1回起動すること。
起動すると、ステータスの増減も元に戻ること。
スキルはリセットされないこと。
僕が話せば話すほど、ドクトルは興味を惹かれるように、前のめりになっていった。
「なるほどなるほど、興味深い……それが君のユニークスキルというわけだ」
ユニークスキルねぇ……
これがあの爆乳の女神様がくれたスキルなのか。
だとしたら、チートとは程遠いものだと思うけど。
「あはは、レベルがリセットされちゃうなんて、とんでもなく弱いスキルですけどね」
「それは捉え方次第だよ。サクトシ君」
半ば自虐的に言ったことを、ドクトルに否定される。
「君のレベルリセットには途轍もない可能性が秘められている」
「な、なんでですか?」
普通に訳が分からなくて聞き返した。
一体、レベルリセットの何にそこまで可能性を見い出しているんだ……?
ドクトルは椅子に座って足を組み、頬杖をついて僕を見る。
挑戦的に、うっすらと笑みを浮かべながら。
「まず、君がすぐ覚えたという鑑定スキルだが――――私はこれを覚えるのに10年を費やしたんだ」
「じゅ、じゅうねん!?」
鑑定スキルが……!?
ゲームみたいなウィンドウを見るのに10年かかったなんて……
口をあんぐり開けている僕を尻目に、ドクトルは話を続ける。
「君はダンジョンにいた20日間で、あらゆるスキルを覚えた。でもね、普通はそんなことはできないんだ」
レベルが上がるごとに、スキルの習得は難しくなっていく。
しかも、スキルの習得のしやすさは生まれた時の特性で決まっている。
いわば、才能というやつだ。
魔法使いは魔法、戦士は戦士。
戦士が魔法を覚えようとしても、魔法使いが剣を覚えようとしても、うまくいかない。
「――――だが、レベルが上がらない君は、どんなスキルでも覚えられる」
そんなの、神様みたいなものじゃないか。
ドクトルはそう結論づける。
どんなスキルでも習得可能。
それはまさしく全知全能の神であると――――
そうかなぁ。
そう言われれば、スキルをいっぱい覚えられるのは特別感がある気もするけれど……
いまいちまだピンと来なかった。
何よりいくらスキルを覚えられたとしても――――
「――――ステータスが上がらないんじゃ、やっぱり弱いじゃないですか」
いくら強力なスキルを習得しても、体がそれについていかない。
例えば、ダンジョンでボスに相対した時、僕の鑑定スキルのレベルが低く、ボスのステータスが全て「???」になっていて分からなかった。
結局、スキルを使いこなせる力がなければ、器用貧乏で終わりそうだ。
「いいや、そこも考える余地があるね」
だが、これについてもドクトルは首を振った。
「レベルは経験値を獲得することで上がっていく。経験値は本来、鍛錬、勉強、何か試練を乗り越えた時に獲得できるものだ」
鍛錬をすれば、レベルが上昇する。
筋力トレーニングをすれば、攻撃力や防御力のステータスが上がる。
魔法の鍛錬をすれば、魔力のステータスが上がる。
僕も、ダンジョンのセーフスポットで筋トレをしたら、レベルが上昇し、ステータスが上がった。
それがレベルリセットによって、全てリセットされた――――
「では、君の場合はその経験値はどこにいってしまったのかな」
「え?」
考えたこともなかった。
というより、そんなに頓着するようなことだと思わなかった。
リセットっていうくらいだから、単純に――――
「うーん、消えちゃったとかじゃないですか?」
「消えない。経験値は一種の生命エネルギーだ」
ドクトルははっきりと否定する。
先ほどよりも、笑みが深くなっていた。
「レベルリセットが起きた時に、君の体が爆発したりとかしていない限り、経験値は消えていない」
そんなギャグみたいなことは起こっていない。
ということは――――
経験値がまるで現実世界のエネルギー保存の法則のように、エネルギーの総量は変化せずにどこかに存在し続けるのだとしたら――――
「君は何歳だ?」
「えっと……多分10歳」
「多分ってなんだよ――――まあいい」
ドクトルは立ち上がり、僕に近づく。
そして、細い褐色の指を、胸の辺りに当てた。
「つまり――――君の体には10年分の経験値が眠っているということになる」
「僕の中に……」
10年分の経験値……
いや、転生してからだから、1ヶ月分か?
でも――――この体は10歳くらいだし、僕がダンジョンに来る以前の記憶がなくなっているだけなのかもしれない。
というかそんな細かいことはどうでもいい。
経験値が失われていないとしたら――――
「もし、その経験値を自分のものにできるようになれば――――君は最強になれる。どうだい? ワクワクするだろう?」
すごい……
ひょっとして、ちゃんと極めれば、最強のスキルになるのか……?
でも、どうやって僕の中から経験値を取り出すのだろう。
「だからこそ、私に君のことを研究させておくれよ。もちろん、衣食住は提供するよ」
隣の魔法使いのお嬢ちゃんもだ。
ドクトルはウインクをユリアの方に飛ばす。
僕達は顔を見合わせる。
さっきまで喋っていた内容は無論、ドクトルの仮説に過ぎないだろう。
正直、僕はこのスキルの可能性を追い求めてみたい。
僕はまだ、異世界チート主人公の道を諦めていないのだ。
あと、こんなえっちなお姉さんと1つ屋根の下で暮らせるなんて最高じゃないか。
僕がユリアに向けてこくりと頷くと、彼女は了承の意を込めて目を閉じた。
「はい、僕でよければお願いします!」
「そういうことなら……仕方ない……」
「決まりだ」
僕は立ち上がってドクトルの手を取り、固い握手を交わした。
こうして、僕は褐色美人博士の実験体になったのであった。
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