第8話 流石に運ゲーだった
「おらああっ! こっちだ化け物!」
サクトシは大声を出して走り回る。
ボスモンスターは目立つ囮に引き寄せられ、サクトシの方に歩みを進めた。
『オオオオオオオオ――――』
その様子を、私――――ユリアは呆然と見つめていた。
私が倒すって……?
私の魔法で、あのボスをやっつけるってこと……?
「そんなの……」
できっこない。
できるはずがない。
あのモンスターに立ち向かおうとするだけで、足が震える。
マンティロス相手ですら、私は何もできなかった。
杖を向けることもできず、震えていただけだった。
それなのに、こんな化け物を、倒せだなんて……
サクトシはすごい。
私とそんなに歳が違わないのに、あの化け物の前で堂々と立ち回っている。
私は、サクトシみたいに勇敢にはなれない。
「ユリア!! 思いっきりだ!」
その時、サクトシの声が聞こえた。
必死に逃げて、注意を引きつけているサクトシと目が合う。
先ほど掴まれた肩が熱くなっているように感じた。
私は、サクトシに言われたことを思い出す。
「――――ユリアの魔法は、多分強いよ」
ダンジョンボスが私達に近づこうとする最中、彼は私にそう言った。
その声は確信に満ちていたのだ。
「ユリアには僕の10倍以上の魔力がある。自分の中の魔力を感じて、それを全て具現化するようにイメージできれば、とんでもない魔法が使えると思う……!」
大丈夫――――できるよ――――
サクトシが目で訴える。
ボスを見据える。
怖い。
今すぐにでも逃げ出してしまいたい。
でも――――
「私がやらなきゃ、サクトシが死んじゃう……!」
私は決意を固めた。
そして――――いつもの杖ではなく、サクトシにもらった方の杖を取り出して構えた。
今も勇敢にも注意を引きつけているサクトシ。
彼がいたから、今、私は生きているんだ。
「ふうう……!」
私は大きく息を吐いた。
集中して、自身の魔力を練り上げる。
そして、ありったけの魔力を、両手に持つ杖に流し込んだ。
ずっとかけていたブレーキを外して、思いっきり――――
「はあああああっ!!」
私は杖を前に掲げる。
すると、広場の熱が一点に吸い寄せられるように、周囲がゆらりと歪んだ。
足元に赤い魔法陣が展開し、幾何学模様が高速で回転し始める。
狙いは――――サクトシを追いかけ回す、あのボス――――!
『ファイア・スピア』
私は一気に魔力を解放した。
杖から吹き出したのは、炎――――
炎は球にならず、引き延ばされ、圧縮され、鋭い形を取っていく。
真紅の炎で形作られた、一本の長大な槍となる。
空気を焼きながら一直線に怪物へと突き進んだ。
そして――――その体の少し上を掠めていった。
「ああっ……」
外した。
やってしまった。
体に途轍もない疲労感を感じる。
一気に魔力を使いすぎると、息切れを起こすのだ。
床に膝をついてしまった私に向かって、モンスターは大きく一歩踏み出した。
『ウオオオオオオオオオオオッッ――――――!!』
私の魔法は、あの怪物の注意を引くには十分だったみたいだ。
大口を開けて、私の方に走ってくる。
あれほどの質量の突進をかわすほどの余力は、もう私にはなかった。
ああ……
私は死ぬんだ。
ここで、何も成し遂げられず――――
せめて。
サクトシだけでも生きて――――
目を瞑って、死を受けいれようとした。
その時、思ってはいなかった————横方向から衝撃を受けた。
ハッと、目を開けると――――
サクトシが私を突き飛ばしていた。
そして、次の瞬間————
化け物の牙が、サクトシの左腕を抉り取った。
「うがああああっ――――!?」
サクトシが悲鳴をあげて地面を転がる。
赤黒い飛沫が宙に散った。
「サクトシ……サクトシ!?」
私はサクトシに駆け寄る。
だが――――彼の左腕は、もはや原型を留めていなかった。
手ではなくなったその部分から、とめどなく血が流れ出ている。
サクトシの顔は苦悶に満ち、変な汗が額から流れ落ちていた。
ああ……
なんで……
なんで、役立たずの私なんかを助けるの。
私じゃなくて、サクトシが傷つくの?
『ォォォォォォ……ォォ……』
ダンジョンボスはゆっくりとこちらに近づいてきた。
もはや、この二人に危険はないと悟ったのかもしれない。
大きな腕がサクトシを掴み上げる。
「いや……いやああああっ!!」
私の糾弾は届かず、ダンジョンボスはただ無慈悲に、サクトシの体を持ち上げる。
グッタリとしたサクトシは、もう化け物の手から逃れる力は残っていないのだろうか。
お願いサクトシ……
どうか逃げて――――
ボスが腕を振り上げて、サクトシにトドメを刺そうとした瞬間――――
『ガッ――――――ギィィィィアアアアアアアアアアッ!!』
ボスの体に異変が生じた。
苦しそうに膝をつく。
その衝撃で、サクトシの体も解放された。
「サクトシ!」
私は彼の体を受け止める。
その時、サクトシは苦しそうに息を上げながらも、笑みを浮かべていた。
「へへ……うまく毒が回ってくれた……!」
ボスは呻き声を上げながら、体をジタバタとさせている。
口から体液を吐き出し、呼吸を荒くする。
これまでの道中で、マンティロスを倒した時の様子と同じだった。
毒に侵されている……?
でも、いつ……?
ボウガンは効かなかったんじゃ……?
「……自分の体に、毒を忍ばせておいた。僕は毒耐性があるから、よほど強い毒じゃない限り体力は減らない。でも、あんな硬い体表で身を守っているあいつはどうかな……?」
そうか――――
サクトシは、あえてあのモンスターに自分の左腕を食わせたんだ。
そんな、自分を犠牲にして……
とてつもない覚悟。
必ず、このダンジョンから脱出するという強い意志を感じた。
思わず、目から涙がこぼれ落ちる。
「泣かないでユリア……まだ戦いは終わっていない……僕の毒で弱らせたけど……きっとまだ死なない」
サクトシは私の手に自分の手を添える。
暖かく、それでいてしっかりとした、男の子の腕だ。
「だから、君がとどめを刺すんだ。君の魔法ならできる」
サクトシは杖を持った腕を持ち上げる。
杖の先には、毒で苦しむボスの姿。
やるんだ。
ここで私がやらなきゃ――――
「僕には、『狙い撃ち』があるから、ユリアはただ力を込めるだけでいいよ……僕に任せて」
「うん……」
私の中に残っているあらゆる魔力をかき集めて、杖に集める。
私はもはや目を閉じていた。
サクトシを信じて。
そして、爆発させる。
『ファイア・スピア』
揺らがない。
風も衝撃も無視して、一直線に伸びる炎。
圧縮されすぎて、赤ではなく白に近い輝きを帯びている。
槍の形を取ったそれは、もはや炎というより“貫通する意思”だった。
怪物が身を捻る。
だが、炎の槍はその動きごと呑み込んだ。
閃光。
次の瞬間、怪物の胸から背中へ、一直線の光が突き抜けていた。
『ギィィィィアアアアアアアアアアッ――――――!!』
一瞬、時間が止まったように見える。
遅れて、爆音が広場を揺らした。
怪物の背後の壁が大きく抉れ、溶けた岩が滝のように崩れ落ちる。
そして怪物自身の体にも、内側から光が溢れ出した。
胸の中心――魔法陣と同じ紋様が刻まれた場所に、風穴が開いている。
そこから白熱した炎が噴き出し、亀裂のように全身へ走っていく。
巨体が傾ぎ、地面を揺るがす轟音とともに
静寂に包まれた。
* * *
「やった…………!」
ボスを倒した。
勝ったんだ――――
達成感を感じるとともに、僕の意識は、だんだんと遠ざかっていった。
「サクトシ――――サクトシ!?」
自分で体勢を維持できず、ユリアの手を離れて、地面に倒れる。
ああ、まずい。
僕の体は限界だった。
遠くでユリアの声が聞こえる。
無くした左腕がずっと熱を帯びていたのに、それももう感じられない。
「いやだよ……サクトシ死なないで……私をひとりにしないで」
やだなあ。
女の子を一人にするジェントルがどこにいるというのだ。
ちゃんと――――そばにいる。
この世界にも天国があるならば――――
ちゃんと君を見守っていよう。
可愛い女の子を一人、助けられたなら――――
男として、本望だ。
僕は目を閉じて、考えることをやめようとする――――
══════════【 SYSTEM 】══════════
レベルがリセットされます。
═══════════════════════════
「――――って、危ねええええっ!! 死ぬかと思ったあああっ!!」
僕は体を飛び起こす。
まるで深海から一気に海面に飛び出るかのように、意識を一気に浮上させられたみたいだ。
ふと、亡くなった左腕を見てみると――――
ちゃんとついてる……!
元通りになっていた。
「サクトシ……!」
ユリアが、ガバッと抱きついた。
胸の辺りに彼女の涙が当たって、じんわりと熱を感じる。
「よかった……! 死んじゃったかと思った……!」
「あはは……僕も」
流石に運ゲーだった。
レベルリセットまでの時間を測っていたわけではなかったので、普通に死ぬかと思った。
でも、こうして生きている。
コツコツとスキルを集めていたことと、ユリアの魔法のおかげだ。
「本当に……無事で――――」
そこまで言って、ユリアは目尻に涙を浮かべながら、眠ってしまった。
あ、やばい。
僕も緊張からの解放で、眠気が――――
そこまでで、僕も意識を保てなくなった。
――――――
広場にはダンジョンボスの亡骸。
そして、ボスを倒した二人の子供が、重なり合うようにして眠っている。
そこに――――足音が1つ、二人に近づいた。
「――――おや?」
読んでくださりありがとうございます。
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